露クリミア併合の意味2014年3月20日 田中 宇この記事は「ウクライナから米金融界の危機へ」(田中宇プラス)の続きです。 3月18日、ロシアとクリミアが国家合併の条約に調印した。3月16日に行われた住民投票において投票率83%、支持率97%という圧倒的多数で、クリミアのウクライナからの分離独立とロシアへの編入が支持されたのを受け、クリミア自治共和国の議会は、独立と、ロシアへの併合を決議した。同決議を受けて、ロシアのプーチン大統領がクリミアの併合を決定し、両国間で併合条約に調印した。今週中にロシア議会が併合条約を批准し、正式な国家併合になる。 (95.7% of Crimeans Give The Finger To The White House Tyrant) (Russia, Crimea Sign Historic Reunification Treaty) 私はこれまで、クリミアが住民投票でロシアへの併合を決定しても、プーチンはクリミアの帰属をめぐる問題を米欧との交渉の道具に使うことを優先し、クリミアに経済と安保面の支援を行うだけでロシアへの併合を認めず、クリミアはロシアなど数少ない国々のみに承認された独立国家になる「南オセチア型」の展開を予測していた。プーチンがクリミアの併合をほぼ即時に決めたことで、私の予測は外れた。 (◆米露相互制裁の行方) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動) 米国覇権体制の永続を祈願する対米従属派の人々は、米覇権の自滅的崩壊と多極化の流れを指摘する私の予測がはずれると「田中宇の指摘はやはり空想だった」と喜ぶ傾向がある。しかし今回の私の「はずれ」は、米覇権永続祈願の人々にとって全く歓迎できないものだ。プーチンはクリミアを併合しないだろうと私が考えた背景には、ロシアが経済的・軍事的・国際政治的に、米欧に真正面から対抗できるほど強くないし、米欧から本気で経済制裁されると困るので、プーチンは米欧と取り引きしたがるだろうという読みがあった。実際には、今回のウクライナ問題を機に、米欧が経済的・国際政治的に意外と弱く、しかも(特に米国の)やり方が自滅的に下手くそである半面、ロシアが意外に優勢であることが顕在化し始めている。プーチンは、クリミア併合を発表した演説の中で、米欧から制裁されても打撃にならないと述べている。プーチンのクリミア併合決定を受け、ロシアの株価は上昇した。 (Russian Stocks, Ruble Respond To Obama's Sanctions By Extending Gains) 米国は対露制裁の第一弾として、ロシアの政治家7人とクリミアの政治家4人に対する、在米資産凍結や米入国拒否などの制裁を発動した。彼らの多くは米国に資産を持たず、米国に行く予定もないので、制裁は無意味だ。プーチンの側近は、制裁を「子供のいたずら」と嘲笑している。 (Obama Says Putin Must Pull Back on Crimea Annexation) 欧州は、ロシアに対する姿勢が各国間で分裂している。ギリシャやキプロスはロシア制裁に反対している。これらの国では、米英投機筋がユーロ潰しのために起こした金融危機に対してロシアが救済金を出した。ブルガリアやスペインも対露制裁に消極的だ。(日本も、中国敵視策の一環としてロシアに接近したいので、米国からの批判を避けるための最低限の対露制裁しかしないことを決めた) (Putin approves draft bill for Russia to annex Crimea) フランスの外相が3月18日、G8がロシアを除外する決定をしたと表明した。しかしドイツの首相は、ロシアは引き続きG8のメンバーだと言っている。EUの中枢である独仏の間で、ロシアに対する姿勢が分裂している。ロシア自身は、時代遅れの米英主導のG8より、多極型のG20やBRICSを重視しており、独仏の分裂をあざ笑う状況だ。 (French FM Fabius: Russia's participation in G8 meetings suspended) (Russia to remain G8 member: German chancellor) EU諸国は、消費するガスの4割がロシアからの輸入で、その大半はウクライナを通るパイプラインで運ばれる。ウクライナ新政権の中枢にいる過激な極右は、すでに「ロシアを困らせるため、ウクライナを通るガスパイプラインを破壊しよう」と放言している。今後、米欧とロシアの対立が激化し、ウクライナも過激になり、ロシアからEUへのガス供給が止まる可能性が増している。EUはガスを止められた場合、今年10月分までガスの備蓄があるが、その後の冬季の分のガスが足りなくなる。次の冬は、欧州の市民にとって厳しいものになりそうだ。 (Right Sector leader: Kiev should be ready to sabotage Russian pipelines in Ukraine) 以前の記事に書いたように、ウクライナはロシアに比べて軍隊が非常に弱い。それを補うため、ウクライナ新政権の安保部門の最高責任者であるネオナチ政党スボボダの創設者、アンドリー・パルビーは、6万人の極右ネオナチ支持者に軍事訓練をほどこして「国家防衛隊」を組織しようとしている。これは全く、悪名高きナチスの親衛隊の再現だ。極右の彼らはおそらくロシア軍と戦うより、ウクライナ国内のロシア系など自分たちに従わない者たちへのテロ行為に注力する。下手をすれば内戦だ。ウクライナ新政権を支援している米欧の倫理欠如が国際的に問題になり、国際政治的な米欧の弱さが増すだろう。米国がいずれウクライナをNATOに入れるとの予測もあり、そうなると米欧の倫理的な弱さがさらに増す。 (◆米露相互制裁の行方) (Obama Backs Down on Crimea) 米欧はクリミアの住民投票を「国際法上、無効だ」と言っているが、その根拠が不明確だ。英国と領有権を争ったマルビナス諸島(フォークランド)が昨年の住民投票の結果、英国領であり続けることを認めざるを得なかったアルゼンチンでは、キルチネル大統領が「(米英主導の)国際社会は(米英側が勝った)マルビナスの住民投票を合法と認めたのに(米英側が負けた)クリミアの住民投票は違法だと言う。これは全くおかしい」と発言し、クリミアの住民投票を正当と認めるべきだと主張した。クリミアは歴史的、民族的にロシアとのつながりが非常に強く、ウクライナの他の地域と異なる独自性があり、住民投票は国際基準からみて正当だ。アルゼンチンの大統領の主張は正しい。その分、米欧の国際信用が下落している。 (Argentine president condemns Western policy on situation in Crimea) EUは05年にフランスとオランダで政治統合(リスボン条約)に関する国民投票をやり、いずれも否決された。しかしその後、EUは文言を少し変えた新協定を作り、今度は入念に世論操作をやってから再び国民投票を行って両国とも可決し、無理矢理に政治統合を決めた。EU自身、こうしたインチキを何度もやっているのに、クリミアの住民投票やロシアの併合決定を違法だと言うのは筋が通らないと指摘されている。 (The EU's Stunning Hypocrisy on Crimea) (否決されたEU覇権) 米欧とロシアの関係史をよく見ると、米欧の方が横暴なうそつきで、ロシアの方が被害者だ。冷戦後、米国はNATOを東欧に拡大しないと約束してロシア軍を東欧から撤退させたが、その後米国は約束を守らず、東欧をNATOに加盟させた。911後、ロシアは米国のアフガン占領に協力し、中央アジアのロシア軍基地を米軍に使わせてやったりしたが、そのお返しに米国がやったのは「イランからのミサイルを迎撃するため」という茶番な理由をつけた、ロシア近傍の東欧への短距離ミサイル配備だった。 (Is Putin the Irrational One?) (Vladimir Putin, strongman of Russia gambling on western weakness) 今回の危機直前の昨年11月、ロシアはEUに対し、ウクライナも入れた3者間でウクライナの安定について協議しようと提案しが、EUは無視し、逆にウクライナに「EUとロシアとどちらにつくか」と二者択一を強要した。当時の親露的なウクライナがロシアを選択すると、EUは、米国と協力してウクライナの政権を転覆した。こうした米欧のロシアに対する横暴やウソは、ソ連崩壊後のロシアが弱く、米国の覇権が圧倒的に強かったからだ。しかし今、米国の覇権は自滅的に崩壊する一方、ロシアは強さを取り戻すプーチンの長期戦略が成功し、今回のウクライナ危機で形勢の顕在化している。 (Escalation In The US Reaction For Survival: Trigger A Cold War To Make It Easier To Annex Europe) 米国は、間接的にロシアを有利にしてやる行動を次々に行っている。たとえば米政府は3月18日、米国に駐在するシリアのすべての外交官に国外退去を命じ、シリアとの国交を事実上断絶した。米政府はその理由について何も発表しておらず、シリアとの国交を断絶したわけでないと言っているが、実態的に米国の今回のシリア大使館追放は国交断絶と同じだ。 (U.S. orders closure of Syrian embassy, consulates) 米オバマ政権は昨夏、シリアを空爆すると言った後で撤回した挙げ句、シリアに化学兵器を撤去させる代わりに国際的に許す策を提案してきたロシアに後始末を丸投げし、それ以来シリア問題はロシア主導で解決されている。ロシアなどによるシリアの化学兵器撤去が4月中旬に完了する見通しがつき、同時にシリア内戦では、ロシアに支援されたアサド政権が反政府勢力を駆逐する流れになっている。 (Syrian chemical weapons to be completely removed by April 13) (Assad fights on thanks to Russia, Iran and Hezbollah) (シリア空爆策の崩壊) 最近、反政府勢力を支援してきたサウジアラビアやカタールが次々に手を引き、シリアはロシアとイランの傘下で安定しつつある。こうした状況下で、米国がシリアとの国交を断絶することは、ロシアやイランをますます有利にする。シリアとイランの間にあるイラクも反米的な姿勢をとっているし、シリアの隣のレバノンも、イラン傘下のシーア派政党ヒズボラが席巻している。 (Saudi calls on all foreign fighters to leave Syria) (Breaking News: Doha Ending All Their Commitments to the Rebels) トルコも、強権のエルドアン政権が、米国に住む宗教指導者フェトラ・ギュレンに政権転覆を画策され、米国系の謀略と戦う中で反米的な傾向を強めており、ロシアやイランに接近する傾向だ。今のタイミングで米国がイランと国交を絶つことは、中東の覇権をロシアに無償譲渡するのと同等の、馬鹿げた(隠れ多極主義的な)行為だ。イスラエルは、中東における米国の覇権が後退してロシアに取って代わられていることを認識しており、シリアでイランが影響力を拡大している時には文句を言ったが、ロシアが拡大していることには文句を言わない。 (White House says Turkey's Erdogan misrepresenting his phone call with Obama) (Syria Assad fights on thanks to Russia, Iran and Hezbollah) オバマ政権は、ロシアを制裁すると言って、逆にロシアを優勢にするような行為ばかりやっている。意図的とすら疑われるオバマ政権の下手くそなやり方に米議会もしびれを切らし、経済制裁に関するオバマ政権の政策を監視する小委員会を、議会下院の外交委員会の中に新設すべきだという声が出始めた。しかし米議会自身、過激な覇権策をやって失敗に至らせることが大得意で、オバマ政権を監視できる状況にない。 (Russia sanctions: effective or feel-good?) 優位が増すロシアは、米欧に制裁された分だけ制裁を仕返すだろうから、米露間の相互制裁は激化する方向だ。相互制裁が進むほど、ロシアに有利になり、最終的に中露主導でドルや米国債の米経済覇権を崩す動きにまでつながりそうであることは、前回の記事に書いたとおりだ。 (◆ウクライナから米金融界の危機へ)
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