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否決されたEU覇権

2005年6月11日   田中 宇

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 5月29日のフランスでの国民投票と、6月1日のオランダでの国民投票によって、EU憲法草案が相次いで否決された結果、欧州統合はかつてない危機を迎えている。

 この憲法草案は、EUの全加盟国25カ国がすべて承認しないと発効しない。フランスとオランダが否決したことで、EU憲法がこのままのかたちで可決される可能性はなくなった。今後の予測としては、EUのあり方について加盟各国が改めて根本的な議論をやり直し、2-3年かけて民意にかなうEU憲法の草案を作り直して成立させる、という見通しが出ている。その間、EUの統合と覇権強化の動きは、足踏み状態になる。(関連記事

「EU統合はどうあるべきか」という議論は、1940年代以来、独仏など主要国の首脳とその側近たちによって密室で決められ、民主主義的な手続きを経ていないという批判が以前からあった。この批判に応えるやり直し議論が必要だという指摘が、あちこちから出ている。(関連記事

 今回、フランスとオランダの国民が否決したEU憲法草案は、市場の統合から通貨の統合、そして行政や外交の統合へと進んできた欧州統合の流れをくむもので、大統領や外務大臣の職位を新設するなどして、EUを「諸国家の統合体」から「諸国家の上に立つ国家」へと発展させようとするものだ。EU憲法は、欧州の「国家統合」の基盤となる取り決めになるはずだった。(関連記事

 加盟諸国は、貿易、防衛、農業、漁業、交通、エネルギーなどの重要分野について、EUが権限を行使しない範囲内に限り、権限を行使できる状態になる。加盟各国の権限が制限され、EUの権限が強化されている。(関連記事

 EUはこれまで全会一致が意志決定の際の原則だったが、これを多数決による評決に移行させていくことも、盛り込まれている。独仏などの大国が団結して意志決定すれば、小国群の反対を押し切ってEUを動かせる傾向が強まる。(関連記事

▼「世界覇権なんかより、経済を良くしてくれ」

 EU憲法は500ページにも及ぶ長いもので、しかも難解な言い回しが多いと指摘されている。「アメリカの憲法の15倍もの長さがある」「ほとんどの有権者は、憲法の条文を読んでいない」などと批判されている。(関連記事

 このため今回の国民投票では、仏・蘭いずれの国でも、反対派は、EU憲法そのものではなく「EU統合が進み、東欧諸国やトルコが加盟すると、移民が増えて失業が増える」「EU当局の経済政策は福祉切り捨て・大企業優遇の英米型(サッチャーやレーガン、クリントンが実施した方式)であり、労働者を大事にする欧州大陸型の経済政策が廃止されてしまう」「マリファナや安楽死などを容認するリベラルなオランダの制度が、EU当局によって潰される」といった批判を展開した。(関連記事

 こうした憲法とは別のいろいろな争点が一人歩きした結果、否決に至ったものであり、憲法そのものについての論議は全く不十分である、というEU憲法支持派の論調が欧米マスコミに出ている。(関連記事

 だがその一方で、EUの民意は、加盟国の主権を制限してEUの権限を拡大するEU憲法の精神に賛成していないように見えるのも確かである。EU市民の多くは、独仏首脳を中心としたEUの中枢勢力が、EUを政治面、経済面でアメリカに対抗できるような世界的な覇権勢力に仕立てようとしていることに対し、警戒感や違和感を抱いている。

 EU諸国の多くは、長期の経済不振に悩み、失業率も高い。世界の中でEUを強くすることにばかり興味を持ち、EU市民の生活のことを忘れているように見えるシュレーダー独首相やシラク仏大統領に対し「世界覇権なんかどうでもいいから、先に経済や雇用を何とかしてくれ」という怒りの爆発が、仏蘭の国民投票の結果として表れている。

▼賛成反対の拮抗が破れ、反対が増加

 EU統合の動きが、加盟国の国民投票で否決されて止められることは以前にもあった。たとえばECをEUに格上げして通貨統合を行うための「マーストリヒト条約」は1992年6月、デンマークの国民投票で否決されている。

 しかし、デンマークの国民投票は、反対50・7%、賛成49・3%という僅差(約5万人分)だった。その後EUは「こんな僅差で何億人ものEUの未来を塞いで良いのか」という世論を喚起するとともに、デンマークの人々の懸念に応えて「小国の権限を重視します」と宣言しつつ、約1年後に再びデンマークで国民投票を行い、2回目は57%の賛成票を得て、マーストリヒト条約は成立し、6年後に通貨統合が実現した。

 マーストリヒト条約をめぐっては、92年9月のフランスの国民投票も、賛成51%・反対49%で、ぎりぎりの可決だった。これらの件に象徴されるように、従来は欧州の人々は、欧州統合に関して賛否が半々ずつの状態を続けており、その状況下で各国政府が国民をおだてつつ、何とか統合推進の方向に動かしてきた経緯がある。

 ところが、今回の国民投票では、フランスが55%の反対、オランダが61%の反対で、明らかに反対票が多い。相次ぐ否決の流れの中で、たとえば今後国民投票が予定されているポーランドでは、仏・蘭の投票前には54%いた賛成意見の人が、仏蘭での投票後には40%に減るなど、EU憲法やEU統合を支持する人の割合が急速に減っている。(関連記事

 EUの指導者たちは、今後残りの国々での国民投票を中止し、被害の拡大を食い止めようとしているが、否決支持が増えているアイルランドやデンマークなどでは、予定されていた国民投票を予定通り実施せよという世論が強い。これらの国々には、自分たちの投票行動によってEU統合を止めたいと考えている人が多い。(関連記事

▼やばくなってきた欧州統合の立役者

 このままではEUの政治統合は、いくつもの国で大差で否決され続ける。デンマークがマーストリヒト条約を否決したときのような、後から指導者たちが適当な言い訳を見つけて否決を「なかったこと」にする修復作戦は難しくなる。

 EU統合を推進する中心人物であるドイツのシュレーダー首相は、仏蘭の否決を受け、EUの設立当初からの6カ国の首脳を緊急召集し、否決を乗り越える新たな作戦を練ろうと画策した。新作戦とは、EU25カ国の中でも豊かな6−8カ国を「中枢メンバー」として「同盟内同盟」を作り、中枢諸国だけが国民投票など抜きで、先行して政治統合を進めてしまおうとする作戦だった。(関連記事

 ところが、シュレーダーの緊急召集に対し、6カ国の一つであるオランダのバルケネンデ首相が「うちの国民が政治統合を大差で否決したのに、民意を無視するそんな会議には参加できない」と出席を拒むなどの待ったがかかり、立ち消えになった。(関連記事

 EU統合推進の中心人物であるドイツのシュレーダー首相には、今後さらなる打撃が待ち受けている。ドイツではシュレーダーが率いる与党のSPD(社会民主党)が、最近のいくつかの地方選挙で連敗した。特に5月下旬のドイツ最大のノルトライン・ウェストファーレン州の議会選挙で、野党CDU(キリスト教民主同盟)に得票率で20%の大差をつけられて惨敗した。

 同州は、SPDが39年間政権を持っていた牙城のはずだった。敗北の結果、シュレーダーは、もともと来年秋に予定されていた国政選挙を今秋(9月ごろ)に1年前倒しし、民意を問うことに賭けざるを得なくなった。(関連記事

 5月のノルトライン・ウェストファーレン州の地方選挙では、争点は経済問題、失業率の高さ、移民の増加による社会不安などで、EU憲法をめぐる仏蘭の国民投票で争点にされたテーマと似ている。西欧の各地で、これらのテーマをめぐる不満と「その元凶はEU統合である」とする風潮が強まる中、EU統合の立役者であるシュレーダー首相が、前倒しされた国政選挙で勝てる可能性は非常に低い。(関連記事

(人気が落ちたシュレーダーが辞任し、SPDは首脳を入れ替えることで与党の座を守り、選挙の前倒しが撤回される可能性もある)(関連記事

▼ドイツは対米従属に戻るかも

 次の選挙でSPDが破れた場合、勝利して与党になるのはCDUだが、CDUの党首であるアンゲラ・メルケルは、ドイツとEUのあり方について、シュレーダーとは正反対の主張をしている。(関連記事

 シュレーダーは、EUの迅速な統合拡大を推進し、フランス、ロシアとの同盟関係を強化するとともに、中国にも接近し、アメリカに対抗する「非米同盟」を作る姿勢を見せるとともに、トルコをEUに入れ、それを呼び水として中東に対するEUの影響力を拡大しようとする覇権重視派、世界多極主義者である。

 これに対しメルケルは、EUの統合は速すぎるとシュレーダー政権を批判し、ロシアを敵視する傾向があり、チェチェン問題や、ホドルコフスキー裁判(プーチン大統領が、冷戦後の民営化を私物化した資本家集団オリガルヒを退治している裁判。関連記事)などへの批判を通じて、ロシアに「民主化」の圧力をかけるべきだと述べている。

 メルケルはまた、フランスとの関係も見直した方が良いと主張する半面、アメリカとの関係を再強化しなければならないと述べている。彼女は、トルコのEU加盟にも反対で、トルコはEUに加盟させず、EUと「特別な関係」を結ぶ程度の方が良いとも主張している。(関連記事

 メルケルの主張の基本にありそうなのは「ドイツがEUを使って世界的な覇権を再獲得するという戦略は、やめた方が良い」「ドイツは覇権を求めず、冷戦時代のようにアメリカが、ヨーロッパ(を含む世界)を包んでくれている状態が復活した方が良い」という考え方である。これは「できるだけ対米従属から逸脱しない方が良い」という、自国の覇権拡大を警戒する、戦後の日本の戦略と似た考え方である。(関連記事

(もともとCDUは1980−90年代にコール首相のもとで政権をとっていたころは、EU統合の熱烈な推進者だったが、野党に下った後、EU推進反対の民意を吸収して再起を図る方向に転換した)(関連記事

 今秋のドイツ国政選挙でシュレーダーが破れ、メルケルが首相になった場合、EU統合の動きは推進役を失って、大きく減速する。すでに、もう一つのEUの中枢であるフランスのシラク大統領は、国民投票の否決によって大幅に人気を落としており、独仏ともに、首脳がEUを先導できる力を失いつつある。

▼これ以上統合せず、現状維持ではダメなのか

 EU憲法が採択されなくても、欧州諸国はすでに1993年のマーストリヒト条約、1997年のアムステルダム条約、2000年のニース条約と、EUの体制を確立する諸条約を締結しており、今回の否決によってEUそのものが崩壊するわけではない。

 EUとその前身のECやEECはもともと、ドイツがフランスなどと決定的な戦争を行って欧州全体を自滅させた2回の大戦の歴史を繰り返さないために、独仏が分裂できないように統合させてしまうのが良い、という考えに基づいて推進されている。

 ベルリンの壁が崩れて東西ドイツが統一することになったとき、英仏では「ドイツを統一させると再び強国になり、ナチス時代のように全欧を支配しようと企て、戦争が繰り返される」との懸念が出た。これに応えてドイツのコール政権は「今後、ドイツはEU統合を積極的に推進し、フランスをはじめとする欧州諸国内との協調を何よりも重視する」と約束し、それを条件にドイツ統一が実現し、EUの通貨統合が実施された経緯がある。(関連記事

「欧州の平和のためにEU統合が必要だ」という考え方は、欧州の人々に広く支持されており、この点までを含めて「EUなんか要らない」と考えている欧州市民は少ない。だから今後は、これ以上の統合を急いでやらず、当面は現状維持を続けるという選択肢が良いとも感じられる。

 ところが、ここにも問題がある。それは「政治統合を進めずにユーロの通貨統合を維持しようとすると、いずれ通貨統合が崩壊する」という見通しの存在である。

▼政治統合を止めたらユーロは崩壊する?

 EUの通貨統合は、ユーロを自国通貨として使うすべての国が、財政赤字などの経済状況を一定以上に悪化させないことを前提としており、加盟国が経済政策の足並みをそろえることが必要になっている。

 しかし、長期にわたって加盟国の経済政策を協調させ続けるためには、政治的な統合が進むことが不可欠である、という主張がある。歴史を見ると、ユーロ以前の19−20世紀に存在した欧州のいくつかの通貨統合は、政治協調が維持されなくなって崩壊している。(関連記事

 つまり、歴史の教訓に学ぶなら、欧州統合の停止は後退と同じで、いったん通貨統合でユーロを誕生させた以上、政治統合を進めないと、すでに確立したように見える通貨統合も崩壊してしまう、と言われている。(関連記事

 この主張は、統合推進派による詭弁であるようにも見えるので、全幅の信頼はおけない。だが、EU憲法の否決によって政治統合の継続が止められたとたん、通貨統合にもひびが入ってしまったのも事実である。

▼ユーロを離脱すれば切り下げで経済を救済できるのに・・・

 フランスの国民投票が否決に終わった直後、イタリアの閣僚が「イタリアはユーロを離脱し、独自通貨のリラに戻るべきだ」と主張し始めた。(関連記事

 イタリアは長らく経済の低成長に悩み、今年はじめからは不況の状態に陥っている。通貨統合に入るまで、イタリアでは経済が極度に悪化した場合、自国通貨リラの切り下げを発表し、輸出力を回復させて経済を立て直してきた。

 ユーロを導入して以来、この方法は採れなくなっているが、政治統合が実現せず、通貨統合もいずれ崩壊するのなら、早くユーロを離脱してリラに戻り、経済難を通貨切り下げで乗り切るやり方を再獲得した方が良い、というのがリラ復活論者の視点である。

 ポルトガルやギリシャなども、以前は経済難に陥ると通貨切り下げで対応してきたが、ユーロに入ったことでそれができなくなっている。

 ユーロ離脱論は、フランスやドイツでも出ており、これらの主張を受けて為替市場では、先行き不透明感が強まったユーロの対ドル・円の相場が下落した。

 ユーロの下落は、統合推進派にとってマイナスであると見えるが、よく考えるとそうでもないかもしれない。ユーロが下がると、欧州の輸出企業の競争力が復活し、欧州経済にとってはプラスだからである。

 仏・蘭でのEU憲法否決に象徴されるEU市民の不満は「政府は、欧州統合で経済が良くなると言うが、実際にはちっとも良くなってないじゃないか」というものであり、ユーロの下落で欧州経済が復活すれば、人々の不満が減り「統合継続でも良いかもしれない」という意見が増える可能性が出てくる。

▼EUは潰れると書くことでEUを応援する?

 欧州の統合は壮大で複雑なプロセスであり、統合が良いとか悪いとかいうことは、なかなか一目で判断がつかない。その複雑さゆえに、この問題についての欧米の新聞では、統合推進派は「統合しないと、こんな悲惨なことになる」という「解説」を書き、統合反対派は「統合を進めると、欧州市民の生活は悲惨なことになる」という「解説」を書いている。

 しかも、筆者が推進派なのか反対派なのか、正体をあらわさずに記事が書かれているので、うっかりすると騙されてしまう。解説記事は、みんな客観的、科学的な体裁をとっているが、この体裁こそがくせ者であり、記事に騙されないよう、注意が必要である。

 たとえば私自身、いったんは「こりゃ大変だ」と思ったが、翌日には「もしかして、これも騙しか?」と思った記事に、イギリスのオブザーバー紙の6月8日の解説がある。(関連記事

「欧州の問題(The problem with Europe)」と題するこの記事は「先週(のEU憲法否決で)、世界は変わった」という書き出しで始まり「下手をすると、欧州の危機は、保護主義や不況、ユーロの崩壊など、欧州全体が相互不信と敵対に満ちたバルカン化(解決困難な分裂状態)につながる」「戦後世界の重要な柱の一つだったEUは、市民の不信感によって、明らかに崩壊しつつある」「欧州の情勢は、第一次大戦と第二次大戦の間の(ナチスが台頭した)時期に似てきた。以前に見たことがある醜い亡霊が、再び大陸を徘徊し始めている」など、暗い記述に満ちている。

 仏蘭の否決以来、英米の新聞で、この手の暗い予測をする解説記事をいくつか見た。だが、これまでのEU統合の歴史の積み重ねを見ると、今回の仏蘭の否決だけで「EUはもう終わりだ」「また戦争だ」と予測するのは、悲観的すぎる。経済が少し悪くなると「これで大不況になって革命が起きる。みんな革命に参加しよう」と言い出す、昔の欧州の左翼の戦法と似たものを感じる。

 このオブザーバーの記事を書いたウィル・ハットンというコラムニストは、別の人の記事では「ブレアの手先」であると指摘されている。だとしたら、EUの将来をことさら暗澹と描くことは、ブレア政権も望んでいるということになる。(関連記事

 第2次大戦後のイギリスは、アメリカと欧州大陸(EU)の間を取り持つことで繁栄しようとする国家戦略を持っており、ブレア政権もその線に沿って動いている。EU憲法否決を機に、独仏など欧州大陸諸国が内向きになり、内部分裂したり、外の世界のことに関与したがらなくなるのは、イギリスの「取り持ち戦略」の効果を薄れさせるので、イギリスの国益に反している。(関連記事

 だから、EUの将来をことさら悪く描いて見せることで、英米の人々に「英米がてこ入れしてやらないとEUはやばくなる」と感じさせ、英米をEU強化の方向に誘おうとしたのが、オブザーバーの記事の意図ではないかと憶測される。

 もしくは、EUの状況をことさら悪く描くことで投資家のユーロ売りを誘発し、ユーロの相場を一時的に下げて、欧州経済の回復を誘おうとする動きかもしれない。どちらにしても、EUを応援するために「EUはもうダメだ」という記事が書かれていると感じられる。

「地球温暖化によってオランダやバングラデシュなどの低地国はすべて水没し、今後20年以内に国ごと海中に消えるだろう」といった記事も見たことがあるが、これも「応援としての悲観的な極論」で、地球温暖化防止条約の推進キャンペーンと考えれば、納得がいく。「新聞の記事は全部真実」という信仰を捨て、驚きの記事を見たら、とりあえず真に受けず、裏の事情も考えてみた方が良い。

▼騙し放題の解説記事

 政治経済を解説することは難しいが、マスコミの解説記事の裏側の事情を推察することはもっと難しい。私のような、世界のマスコミの記事を読んで国際情勢を分析しようとする者にとって、自分が世界を見るための「眼鏡」ともいうべき、世界のマスコミの記事に、どんな色がついているのかを知ることが必要なのだが、それは簡単にはいかない。

 欧米の著名な新聞におどろおどろしい内容の解説記事が載ると、ついそれをそのまま信じてしまい、私もおどろおどろしい解説記事を書いてしまうことがある。その後しばらくたって事態がその通りに展開せず「騙されたかも」と感じたりする。

(たとえば今年4月に書いた「アメリカの衰退と日中関係」で紹介した、ドル暴落をしつこく予測したニューヨークタイムスの2本の社説記事。純粋にドル下落を予測した記事ではなく、ドルを暴落させたい勢力の意を受け、暴落を誘発するために書かれた疑いがある)

 だが、騙されたかどうかを確認しようにも、マスコミの論調決定の経緯は、 どこの社でも全く不透明で、騙しの記事だったのかどうかということ自体、 確認不能である。

 古今東西、新聞記事は、発行されたときには大騒ぎされるが、後から検証されることがほとんどないから、記事を使った歪曲や扇動、誘発は、マスコミや政府のやりたい放題である。

 とはいえ、逆にイラク侵攻のように、事前に出た「アメリカはベトナム以上の泥沼の戦争に巻き込まれる」という、おどろおどろしい予測記事が、多くの人々に「そんなわけないだろ」と却下された後になって、正しいと分かるときもある。

 世界のマスコミの記事を解読せず「すべて現場取材で情報を得るのが良い」という「現場主義」が日本の取材陣には根強いが、その結果、日本の記者の多くは、国際情勢を表層的にしか理解できず、深層部分の動きの多くは「事実確認ができない」ということで「なかったこと」にされている。これでは日本人の世界に対する理解は深まらず、国連安保理の常任理事国になど、ならない方が身のためである。

 世界の動きの深層を探ろうとすれば、必然的に、世界のマスコミの記事を解読していく必要があるが、そこで「騙しの解説記事」に騙されないようにすることが必要になってくる。

 われわれはメディアという与えられた眼鏡を通してしか、世界を知ることはできないが、眼鏡のガラスは透明ではないかもしれない。マスコミの解説記事が書かれた経緯を後から検証できないということは、眼鏡をはずしてガラスの色を確認することができないということである。眼鏡のガラスが何色なのかは、いろいろな対象物を見ていくうちに、相対関係の中から推察していくしかない。

 EU憲法が否決されたことは、アメリカの世界戦略や、ユーラシア全体の地政学的な状況といった国際情勢の根幹に、大きな影響を与えている。そのことは改めて書く。

【「行き詰まる覇権のババ抜き」に続く】



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