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アメリカの衰退と日中関係

2005年4月20日   田中 宇

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 私は今、サウジアラビアに来ているのだが、ここ1−2週間、私にはサウジのことよりも気になる懸念がとりついている。それは、アメリカの経済状態の悪化がいよいよ顕著になり、ドルや株価が急落する可能性が高まっていることである。ドル急落やアメリカ経済衰退の可能性については、これまでに何回か書いているが、最近その危険性がさらに強くなっている。(関連記事その1その2

 これまでの不安は主に、財政赤字と貿易赤字という「双子の赤字」の増加に歯止めがかからないため、世界の投資家がドルを敬遠するようになり、ドル急落が起きるのではないかというものだった。最近はそれに加えて、アメリカの企業業績が悪化する傾向が強まっている。

 自動車産業では、最大手のGM(ゼネラル・モータース)に加え、2番手のフォードも、米市場におけるトヨタや日産との販売合戦に敗れて売り上げが落ち、社債の格付けがジャンク債のレベルまで落ちそうになっている。倒産の可能性が高まってきたと予測されているのである。(関連記事

▼アメリカ発の世界経済破綻が起きる?

 アメリカでは、投資家がドルを買ってくれるようにするため、国債金利を上げる動きが始まっており、金利の上昇は、消費者がローンを組んで商品を買うことをやめる傾向に拍車をかけており、住宅市場も崩壊しそうである。(関連記事その1その2

 経済全般の悪化が予測されるため、先週はアメリカの平均株価が急落した。もっと下がりそうだという予測が出ている。(関連記事その1その2

 アメリカではローンを返せなくなる人が増え、政府はローンの取立てを厳しくする新しい破産法を作った。人々は従来、ローンを返せなくなっても、最小限の生活費用を残す権利を保障されていたが、新しい破産法ではその権利が剥奪される。この法律改定には、大企業と金持ちを極度に優遇する、ブッシュ政権の性格が如実に表れている。(関連記事その1その2

 アメリカ市場の購買力の低下によって、米企業だけでなく、アメリカでの売り上げが頼みの綱である日本や韓国、欧州などの多くの企業も苦戦している。これまで世界経済の牽引役だったアメリカの消費市場が失われることは、世界経済全体の急速な悪化につながりかねない。IMFは最近、その点を警告する報告書を出した。(関連記事その1その2

 ドル不安の最初の原因であるアメリカの双子の赤字はますます悪化する方向にあり、特に貿易赤字(経常赤字)は、危険水域であるGDPの5%を大きく超え、昨年9−12月には6・3%となり、今年中に7%に達する見込みだ。(関連記事その1その2

▼ドル急落をしつこく予測するニューヨークタイムス

 このような状態の中、ドル暴落の予測も飛び交い続けている。3月末には、マレーシアのマハティール前首相が「ドルの崩壊が近い」と指摘した。(関連記事

 もう一つ不気味なのは、ニューヨークタイムスの社説である。同紙は2月14日にドルの暴落を予測する社説を出したが、その後、金利の引き上げなどによってドル相場が上がった。すると同紙は4月2日「今はドルは短期的に上がっているが、今後必ずや大きく下落していく」と、しつこく念押しする社説を出した。

 同紙によると、従来ドルを買い支えていたのは、長期保有を目的とした日本などアジア諸国の中央銀行だったが、今ではドルを買っているのは短期売買の利ざや稼ぎを目的とした投機資金であり、いずれドルは売られて急落すると予測している。

▼ドルと石油価格

 ドルに対抗できる通貨は今のところユーロと円しかないが、いずれもあまり強い状態ではない。

 EUでは、政治統合のためのEU憲法制定の動きが進んでいるが、多くのEU諸国で、憲法制定のためには国民投票で可決されねばならず、5月に投票が予定されているフランスでは、世論調査の結果、否決されそうなことが分かっている。フランスはEUの中枢なので、ここで憲法が否決されるとEUの統合は進まなくなり、経済的にも大打撃となる。こうした弱みを抱えているため、ユーロは上がりにくい状態だ。(関連記事

 また日本の円は、対米従属の政策を採り続ける日本政府が、国債の買い切りオペレーションなどを通じて自国の長期金利をアメリカよりも低く設定し、ドル買い円売りを誘発する政策をずっと続けており、こちらもドルに対して上がりにくくなっている。

 このようにドルは為替市場では下がりにくくなっているが、石油価格、つまり石油とドルとの間の相場では、ドルがどんどん安くなり、石油が高くなる傾向が続いている。今は1バレル50ドル台だが、中国やインドなどの需要増により、いずれこれが100ドル以上にまで上がる可能性があると指摘されている。(関連記事

 この「石油高ドル安」を緩和するため、石油価格の決済を従来のドルではなく、ドルとユーロの混合で行い、アメリカの双子の赤字が増えてドルの価値が下がっても、石油価格の決定にゆがみが生じないようにしようという主張が出されている。しかし、今のところアメリカ政府は、自国のドル安に対してなんら手を打っておらず、自滅の道を選んでいる。(関連記事

▼現実味を帯びてきた中国人民元の自由化

 ドル下落の懸念が強まる中、世界の通貨をドルの一極体制からドル・ユーロ・中国人民元の3極体制に持っていこうとする動きが強まっている。アメリカの政府と議会は以前から、人民元の対ドル固定相場制(ペッグ)をやめさせようとしており、最近は中国に対するその要求がいっそう強まり、議会では中国がペッグをやめない場合の制裁法まで検討されている。(関連記事

 このアメリカの動きを「人民元の相場を混乱させ、中国経済に打撃を与え、中国の覇権拡大をくじこうとするタカ派の策略である」と見る人もいるだろう。しかし、欧米の主要銀行7行が、中国における人民元の為替取引システム作りに協力している状況を見ると、そうではないと感じられる。

 中国では今、アメリカのシティグループ、イギリスのHSBC(香港上海銀行)とスコットランド銀行、ドイツのドイツ銀行、オランダのABNアムロ、ベルギーのING、カナダのモントリオール銀行という7つの欧米の銀行と、中国の外国為替専門銀行である中国銀行、政府系投資会社であるCITICが、中国政府の為替管理部門(SAFE)の監督のもと、今年5−6月をめどに、中国での外国為替取引の試験的な運用を開始する計画が進んでいる。この計画に沿って中国の金融界が為替取引の技能を身につけた後、中国は人民元の為替の自由化を実施することができる。(関連記事

 このように欧米各国が代表団を派遣するような体制で中国の為替自由化に協力している姿勢を見ると、アメリカを含めた欧米諸国は、人民元の為替を自由化した上で安定的に強くしていくことで中国人の国際的な購買力を高め、中国を世界的な生産拠点としてだけでなく、消費地域として発展させていこうとしているのではないかと思われる。アメリカの2億人の購買力が飽和した分を、中国沿岸部の2億人の購買力(そしていずれは中国全土の13億人の市場)で補うことで、世界経済を回して行こうとしている可能性がある。

 中国で成功すれば、次はインドやブラジルなど、他の発展途上の人口大国でも同様のことができる。これらは、かつてアメリカが日本に対して1985年のプラザ合意でやろうとした、円高にして日本の内需を拡大し、世界の商品を日本人に買わせるという作戦と同じである。

 市場としての中国の潜在力の大きさと、これまで世界最大の市場だったアメリカの購買力が終わりになりそうになっていることを合わせて考えると、アメリカが中国にいろいろな圧力をかけているのは、中国を潰すことが目的ではなく、中国を経済的・外交的にアメリカから「乳離れ」させて自立させることが目的であるように感じられる。(関連記事

 アメリカの経済的な大破綻を予測しているモルガン・スタンレー(米の大手投資銀行)のチーフ・エコノミストであるスティーブン・ローチは、北京を何度も訪れ、中国政府に対し、下落しそうなドルの備蓄を早くやめ、人民元の為替を早期に自由化するよう、しきりに勧めている。ローチの行動を見ても、欧米の主要な投資家が、アメリカに見切りをつけ、中国など新しい投資先の開発を急いでいることがうかがえる。(関連記事

▼中国への協力を拒む日本

 ここで私が気になるのは、中国の為替自由化に協力している外国銀行の中に、日本の銀行が全く含まれていないことである。

 中国政府から日本の小泉政権に対し、昨年まで何回かにわたり「中国がアメリカから乳離れするのに協力してほしい」「日中でアジアを安定化する戦略を考えましょう」という誘いがあったが、小泉政権の側は「アメリカと組んで中国と対決姿勢をとった方が良い」と考えたようで、中国からの誘いを断り、小泉は中国側が嫌がる靖国神社への参拝を実行するなどして、中国に対し「貴国とは付き合いたくありません」というメッセージを送った。(日中間では以前、日本の現職首相は靖国神社に参拝しないという口頭の申し合わせがあった)

 中国と日本の橋渡しをしようとする韓国の盧武鉉政権に対しては、小泉政権は島根県議会に「竹島の日」の制定を許すことで「中国・韓国による、アメリカ抜きのアジア作りの戦略には、協力したくありません」というメッセージを流した。

 中国では最近、教科書問題などを理由に反日デモが繰り広げられている。中国人の間に反日感情が強いのは事実であるが、今回のデモは、中国当局がデモの発生や拡大を容認しているふしがあり、中国政府はデモの発生を対日外交カードとして使おうとしているのではないかと思われる。「日本が中国の誘いを断り続けていると、反日感情が強まって日本製品の不買運動が起こり、日本企業が赤字になりますよ」というカードである。(関連記事

▼今回もアメリカの実態が見えてない日本

 私が見るところ、日本人は一部の最大手製造業などをのぞき、政府も民間も、アメリカ経済が終わりかけていることに対し、全く気がついていないし、何の準備もしていない。逆に、日本国内には「今後もアメリカの単独覇権が続き、勃興しようとする中国や、いうことを聞かない北朝鮮などに、政権転覆の荒業を食らわし、成敗してくれるに違いない」といった期待感が強い。

 アメリカが今後も長期にわたって世界的な覇権力を維持できるのなら、日米同盟だけに賭ける小泉政権の戦略はうまくいくかもしれないし、韓国や中国と敵対するという選択肢もあるかもしれない。だが、すでに述べたように、アメリカの覇権は崩壊に向かっていることが日に日に明らかになっている。そして、どうやら日本政府の上の方は、アメリカの覇権が終わりそうなことに対し、見て見ぬふりをしている。日本政府内では対米従属派が強く、彼らは自分たちの政府内での地位を危うくする分析をしたがらない。

 これはちょうど、第二次大戦中に「日本は負けそうだ」という分析をする人が排斥されたのと似ている。60年前、アメリカの力をわざと過小評価して惨敗した日本は今、こんどはアメリカの力をわざと過大評価するという失敗を繰り返しそうになっているように見える。



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