エネルギー覇権を広げるロシア2008年8月5日 田中 宇今年5月、ロシアの大統領が任期満了でプーチンからメドベージェフに交代した。この時の人事は、もう一人ビクトル・ズブコフを交えた3人で、三角形のたらい回しになっている。メドベージェフは、政府系ガス会社ガスプロムの会長(兼政府副首相)を辞めてロシア政府の大統領に就任した。プーチンは、大統領を辞めて首相になった。そして3人目のズブコフは、首相を辞めてガスプロム会長(兼政府副首相)になっている。大統領、首相、ガスプロム会長という3つの役職が、3人によってたらい回しされた。 プーチンは1996年にエリツィン元大統領によって国有資産(エネルギー産業など)管理担当の政府高官に抜擢されたが、それ以前には、サンクトペテルブルグ市役所で、市長(プーチンの大学時代の先生)の顧問として、欧州企業の投資を誘致する仕事をしていた。メドベージェフもズブコフも、その時のプーチンの部下である。プーチンは、最も信頼している以前からの部下と徒党を組み、政権の要職をたらい回しすることで、ロシア政府に民主的な格好をつけようとした感がある。明治維新後の日本政府の要職が、権力を掌握した長州藩出身者によってたらい回しされていたのと似ている。(関連記事) ここで注目すべきは、ガスプロム会長の職位が、大統領、首相と並ぶ、たらい回し3要職の一つとなっていることである。ガスプロムは、プーチンを中心とするロシアの権力者集団にとって、政府並みに重要な存在ということだ。ロシア政府は、ガスプロム株式の50・01%を保有している。 ガスプロムは、ロシア最大の企業であると同時に、世界の天然ガス埋蔵量の16%をおさえる世界最大のガス採掘業者である。同社は、90年代にロシア国内の石油会社を買収し、石油とガスの埋蔵量合計が世界一となった。株式の時価総額は世界の全企業の中で第3位、所有するパイプラインの総延長は15万キロと世界一である。露政府の税収総額の25%を納税し、ロシアのGDPの8%を稼いでいる。(関連記事) このようにガスプロムは大企業であるが、ロシアの国家戦略を推進するプーチンらにとって同社の重要さは、ほかにある。同社の石油ガスを使って、政治面で世界的な影響力(覇権)を拡大できる点にある。 ▼自らを弱く見せる戦略 ガスプロムを使ったロシアの国際影響力の拡大戦略は、今年5月にプーチンの大統領任期満了でたらい回し人事が行われ、メドベージェフがガスプロム会長から大統領に横滑りした後、拍車がかかった。 その一つは7月25日、中央アジアのトルクメニスタンとの間で、これまで千立方メートルあたり140ドルだった天然ガスの購入価格を225ドルに引き上げる契約を結んだことだ。新価格は、ガスプロムが欧州にガスを売る際の平均値であり、ガスプロムはトルクメンのガスで自社が儲けないことを宣言した代わりに、今後20年にわたってトルクメンのガスを全量ロシア経由で運び出すことをトルクメン政府に了承させた。(関連記事) この商談は、ビジネス的には儲からないが、政治的には画期的だ。この契約によって、ロシアを迂回するカスピ海・トルコ・東欧経由でトルクメンのガスを運び出そうとする、米欧の反露的エネルギー戦略の破綻が決定したからである。ガスプロムは今後、同様の契約を、カザフスタン、ウズベキスタンといった他の中央アジアのガス産出国とも締結すると予測されている。 現在、欧州諸国が使う天然ガスの3割近くがガスプロムによって供給されている。中央アジアからトルコ経由のガス供給の道が閉ざされることで、欧州がガスをガスプロムに頼る傾向は今後さらに高まり、EUはロシアとの関係を悪化させることができなくなる。 ロシアは同時期に中国とも、今後ロシアが中国に石油ガスを売る際の価格決定のやり方についての合意を結んでいる。中露がどんな値決め方法をとるのか、中国側は報道管制を敷き、合意内容は全く明らかにされていないが、これまでロシアは、中央アジアのエネルギー利権について、中国を排除しないよう、中国の機嫌をとるよう心がけてきた。そのことから考えて、ロシアは中国が満足できる合意を提案したと推察できる。(関連記事) ロシア(ソ連)と中国は冷戦時代、ソ連が中国を見下す傾向を毛沢東らが嫌い、激しく対立した歴史があり、現在でも中露は結束できないと見る傾向が米欧日の分析者の間に根強いが、中露の戦略はもっと深く分析されるべきだと私は考える。中露はともに、相互の関係や、中央アジア、イラン、アラブなどとの関係について、実際よりも悪く見せたままにしておこうとする戦略があると見受けられる。中露間で協調的な石油ガス価格の設定がなされたと思われるのに、それを隠そうとする今回の中国の報道管制が、その一つの象徴だ。 中露が絡む国際関係の改善は、過去の対立点を棚上げした上で、新たな戦略関係を構築することが多いが、この際に、過去の対立点が解決されていないかのように見せ、欧米日などを油断させようとする戦略がとられているように感じられる。間抜けな話だが、日本では、外務省の御用学者など中露を嫌悪する分析者ほど、中露は結束するはずがないと主張する傾向がある。 ロシアとイランは、他の天然ガス産出国と組んで、長期的なガス国際価格のつり上げをねらう「ガスOPEC」(正式名称は「ガス輸出国フォーラム」、GECF)を作り始めている。この組織が世界的に注目されて潰されないよう、7月初めには、ロシアとイランの高官が相次いで「GECFは価格つり上げのカルテルではない。意見交換の場にすぎない」と火消しに努めた。自分たちを小さく見せつつ隠密に結束し、米英から潰されないぐらいの十分な強さになってから本性を見せるつもりだろう。(関連記事その1、その2) ▼非米的な石油ガス決済方法 中露間の石油ガス価格の決定方法そのものは非公開でわからないが、それを推察するヒントとなりそうな事象がある。ガスOPEC加盟国で、ロシアやイランと並んで反米的なベネズエラのチャベス大統領は7月末、スペインに石油を1バレル100ドルの安値で売る代わりに、販売代金をマドリッドのベネズエラ政府名義の銀行口座に置き、ベネズエラ政府がスペインから医療機器、食糧、風力発電関連施設などの戦略物資を買う際の代金にあてる新方法を、試験的に開始すると発表した。チャベスは「これは、未来型の国際金融構造の創設になるかもしれない」と述べている。(関連記事) この新方式は、石油価格自体はドル建てだが、販売代金がドルではなく、買う側の国の通貨(スペインの場合はユーロ)建てで、買う側の国の銀行口座に置かれる。販売代金としてドルが備蓄される既存の取引と異なり、ドルを使わず、非米的である。同様の方式で、たとえばロシアが中国に石油ガスを売る際、ルーブルと人民元を加重平均したバスケット通貨建てで価格を決定し、中国の銀行口座に人民元建てで代金が備蓄され、ロシアが中国から工業製品を買う際にその金が使われるといった方式が考えられる。この方式だと、中国は人民元を決済に使いながらも、人民元を海外流出させずにすむ。 ドルをまったく使わない決済方法が広がると、ドルの信用不安によって起きている世界的なインフレを回避する策となり、国際的なドル離れと、米の経済覇権からの離脱をうながし、ドルが下落しても困らなくなる。反米のチャベスが「未来型の国際金融構造になる」と言ったのは理解できる。 ▼リビアと組んで欧州を締め上げ 欧州が天然ガスを買える先として、中央アジアのほかに北アフリカのリビアがあるが、ここもガスプロムによっておさえられようとしている。7月9日、ガスプロムは、リビアが輸出できる石油と天然ガスの余力の全量を買い占める契約を、リビア側と交渉していると表明した。ガスプロムはまた、リビア側と合弁で、リビアから欧州に天然ガスを送るパイプラインを建設する計画も用意している。同時に、ロシアからリビアに武器を売る商談も進んでいる。ガスプロムは、数週間前にリビアの事務所を開設したばかりで、非常に速いテンポでリビアとの話を進めている。(関連記事その1、その2) リビアは1988年のパンナム機爆破墜落事故の濡れ衣を着せられ、米欧から経済制裁されていたが、イラク侵攻直後の03年夏、戦争になった中東から欧州への石油輸出が減少しそうな事態の穴埋め策として、英米はリビアを許し、リビアから欧州への石油ガスの輸出が再開された。(関連記事その1、その2) この後、英米仏やイタリアなどの石油ガス会社や軍事産業が、相次いでリビアを訪問して最高指導者カダフィに会い、石油ガス田の開発を提案し、武器を売り込んだ。石油高騰の中、欧米から要請が殺到し、リビア側は強気になった。かつて欧州諸国は世界中の弱い国々に「不平等条約」を押しつけたが、今では逆に、リビアなど産油国が優位に立ち、欧米に「逆不平等条約」を押しつける時勢となった、とFT紙が指摘している。(関連記事) ロシア勢は単に、他国より遅れて慌てて頼みに来た勢力とも見えるが、政治的に見ると、欧米よりロシアの方がリビアでは有利である。欧米(米英)は、イスラム世界に対する以前からの支配の延長として、イラクに大量破壊兵器の濡れ衣を着せて侵攻し、次はイランに核兵器開発の濡れ衣を着せ、パレスチナ問題でもイスラエルの肩を持つ傾向が強い。ロシアはこのような欧米のやり方を批判し、イスラム世界に味方する傾向を強めている。 プーチンのロシアは、ガスプロムを使って欧州をエネルギー面から締め上げ、反露的な態度をとれないようにして、イラク侵攻以来ぎくしゃくしている欧米間の亀裂を深め、欧米中心の支配体制を解体することを目指している。その一環がリビアとロシアのエネルギー協調の強化であると見ることができる。アラブやアフリカの民族解放の英雄を自称してきたカダフィには、こうしたプーチンの世界戦略に共鳴する部分があるはずだ。今後、ロシアとリビアの両方から、エネルギー供給を使った欧州への締め上げ策が強まるかもしれない。 ▼有名無実化するイラン制裁 ガスプロムは、リビアと交渉を開始した直後の7月中旬には、イランの石油ガスを開発する契約をイラン側と締結した。イランは中国やインドとも、石油やガスを売る話を進めている。(関連記事) イランの核兵器開発疑惑をめぐっては、7月19日の交渉で米が譲歩を示したものの、米が指定した2週間の期限が8月3日にすぎてもイランは譲歩せず、欧米はイランに対する経済制裁の再強化を検討している。だがもはや米欧がイランを制裁しても、イランは中露などに石油ガスを売れるので、悪影響は少ない。制裁は単に、欧米企業がイランで持っていた石油ガス利権が中露やインドの企業に奪われて終わる傾向が強くなっている。 経済制裁が有名無実化しつつあるのを見て、欧州勢の中からは、中露などに利権を奪われるより、米イスラエル主導の制裁に協力せず、イランとのビジネス関係を強化した方が良いと考える傾向を強めている。 ドイツ政府は7月30日、独エンジニアリング会社SPGがイランの3カ所に天然ガス液化工場を建設する事業に対し、許可を出した。対イラン制裁強化を求めるイスラエルは、独政府の決定を「イラン制裁の精神に反している」と非難したが、独政府は「イラン制裁は核関連技術の輸出禁止のみであり、天然ガスは関係ない」と反論している。イランとの経済関係が最も太く、国連とイランとの交渉の中枢にいたドイツの今回の決定は、対イラン制裁の有名無実化を象徴している。(関連記事) 欧州企業では7月末、ノルウェー国有石油ガス会社(StatoilHydro)が、米政府からの圧力を受け、イランの油田(Azar)の開発計画を延期することを決めた。(関連記事) しかし同時に、ノルウェー国有石油ガス会社は、アゼルバイジャンのガス田開発を手がけているため、ロシアとイランが拡大しようとしているガスOPEC(GECF)への参加を誘われている。アメリカやEUは、ノルウェーがガスOPECに入ることに不賛成だが、イラン制裁が有名無実化し、米の強硬姿勢の失敗のせいで欧米が露中にイランや中央アジアの石油ガス利権を次々と奪われる中で、ノルウェーなど欧州の企業が今後どこまで米の反露・反イラン政策につき合うかは疑問だ。米がノルウェーに圧力をかけ、力づくでイランの油田開発から手を引かせたことは、むしろノルウェーをガスOPECに近づけてしまっている。(関連記事) 最近のイラン制裁の有名無実化によって、欧米が経済制裁によってイランにウラン濃縮を止めさせることは不可能になっている。イスラエルが、米チェイニー副大統領から頼まれているイラン空爆をこのままやらない場合、イランは国際社会から許され、受け入れられていく方向に進みそうだ。 ▼NATOを解体する新安保構想 ガスOPECは現在、ロシア、イラン、リビア、アルジェリア、インドネシア、ナイジェリア、ベネズエラなど12カ国が参加し、世界の天然ガスの埋蔵量の7割、生産量の4割をおさえている。ロシアは今後、このガスOPECを使って、ガス価格の長期安定的な高値を模索するだろう。この戦略は、国際原油価格の高止まりを維持する方向に作用する。石油ガスの高騰は、ガスプロムとロシアをますます強くする。 ロシアでは産油量の減少が指摘されているが、ガスプロムは自国の石油ガスだけでなく、中央アジアやイランの石油ガスを中国や欧州、インドなどに運ぶ事業も手がけ始めている。ガスOPECを通じた影響力拡大もあるので、国際エネルギー市場におけるロシアの力は強まる方向だ。 こうした力の拡大を背景に、ロシアのプーチンやメドベージェフは、既存の欧米中心の国際政治体制を崩壊させ、ロシアに有利な多極型に転換しようとしている。メドベージェフ大統領は7月末、EUとの協議会の席上、欧米間の安保体制であるNATOとロシアとを合体させ、欧米露の新たな集団安保体制を作ることを提案した。(関連記事) NATOは冷戦時代、西欧が米の傘下に入り、ソ連と対決するための欧米の軍事組織として作られた。冷戦後も、以前はソ連の一部としてロシアの影響下にあったグルジアやウクライナをNATOに入れようとする動きが続くなど、NATOは米主導でロシアを敵視する組織である。しかしNATOの内部では、ロシアを敵視したい米英と、ロシアと協調したい独仏が対立する傾向が増している。 ロシアは、欧州に対するエネルギー支配力をテコに、欧州内の対露協調派を取り込んでNATOを解体していき、欧米露の新たな安保体制に置き換えることを目指している。メドベージェフは7月の洞爺湖G8サミットでもこの提案を発したが、米英はこの構想に反対なので、米英の宣伝機関と化しているマスコミは、メドベージェフの提案をほとんど報じなかった。(関連記事その1、その2) ▼メドベージェフの野心的な「たわごと」 メドベージェフの提案は「たわごと」扱いされたが、現実を見ると「ここで失敗したらNATOは崩壊だ」といわれているアフガン占領が、しだいに苦況に陥っている。NATOでは、すでに今年初めのサミットで、混乱し反米化するパキスタン経由のアフガンへの物資補給ができなくなったら、中央アジア経由でロシアの対アフガン支援を受け入れる代わりにロシア敵視をやめる、という構想が出ている。今後、パキスタンの混乱が強まり、アフガン占領が失敗に近づくほど、NATOは親露方向の安楽死への道をたどり、メドベージェフの提案は現実味を増す。(関連記事その1、その2) またメドベージェフは最近「米は金融危機を悪化させるばかりなのに、米だけが国際金融体制を切り盛りする現体制は欠陥がある。ロシアは今後、ルーブルを国際基軸通貨の一つにして、国際金融危機を解決する方向に持っていく。モスクワは国際金融センターの一つになる」といった発言もしている。これも、今は「たわごと」と見なされているが、今後、米の金融危機が悪化し、国際的にドルが敬遠された場合、たわごとではなくなる。ルーブル、人民元、GCC共通通貨が、円やユーロと並ぶ国際通貨になる日が来るかもしれない。(関連記事) 一般に米英の言論界では、プーチンやメドベージェフの野心的な戦略は軽視され、ガスプロムの実力は過小評価され、中露の結束は弱いと見られる傾向がある。(関連記事) この過小評価は、単に米英側の「慢心」の表れなのかもしれないが、07年に米シンクタンク「ニクソンセンター」で展開されていた中露の結束に対する分析事業が、その後立ち消えたことなどから考えて、むしろ米国内には、ロシアの野心的戦略についての真剣な分析を邪魔する政治的な動きがあるのではないかとも思える。(関連記事) ロシアの戦略は、世界を多極型に転換することである。米中枢にも、世界を多極型に転換したい勢力がおり、彼らは世界の分析者たちに、ロシアを過小評価させ、油断させておきたいはずである。日本の外務省御用学者が中露の力を軽視するのも、対米従属の日本外務省が、中露を過度に軽視する米中枢の策略に引っかかっていることの表れなのかもしれない。 すでに、世界の石油埋蔵量うち欧米石油会社が持っているのは1割以下であり、残りの9割はガスプロムの策略に賛同しうる非米・反米諸国の国有石油ガス会社が持っている。ロシア人には、大風呂敷を広げる発言をする傾向があるのは事実だが、ガスプロムを使ったプーチンの国際政治戦略は、世界の体制を転換する潜在力があるのは間違いない。(関連記事) ▼英のロシア潰しへの反攻 最後に、なぜ今の時期にガスプロムが世界制覇に動き出したかという経緯について考えてみる。プーチンがエリツィン大統領に呼ばれ、サンクトペテルブルグ市役所からモスクワ中央政府のクレムリン(大統領府)入りしたのは1996年で、プーチンは大統領府の国有資産管理を担当した。この部署はその後、オリガルヒ(新興財閥)に私物化されていたロシアの石油ガスの利権を再国有化する動きを担った。 98年には、ソ連時代の石油ガス大臣からガスプロム会長になり、その力でエリツィン政権の首相になっていたチェルノムイルジンが、エリツィンから突然、首相を解任された。この解任は、ロシア政府が石油ガス利権を再国有化する動きの始まりで、その後、ガスプロムは税務当局から巨額の脱税を指摘され、納税を拒むとガス田などの資産を差し押さえられる脅しを受けて譲歩し、再国有化されていった。 エリツィンの側近となっていたプーチンが、この動きを主導していたかどうかは不明だ。しかし、ガスプロムが再国有化され、2000年にチェルノムイルジンが会長職を解かれたとき、代わりにガスプロム会長になったのは、プーチンの忠実な弟子であるメドベージェフ(現大統領)だった。エリツィンは自分の国が英イスラエルと気脈を通じたオリガルヒに私物化され、自滅させられていることに気づき、プーチンを選んでオリガルヒ退治の再国有化戦略をやらせ、後継大統領に仕立て、英主導の謀略からロシアを救ったと推察される。 石油ガス利権の再国有化が軌道に乗りだした00年、プーチンは大統領となり、02年にかけて石油ガス利権を私物化していたオリガルヒを退治し、04年から05年にかけて、ロスネフチやユコスといったオリガルヒの石油会社を潰してガスプロムに取り込んだ。そして、オリガルヒ退治が一段落した後の06年1月、ガスプロムは、ウクライナとの価格紛争を口実に、ウクライナ経由で欧州に送られていたガスを一時的に止め、欧州の暖房の元栓はロシアが握っていることを初めて見せつけた。(関連記事) その後、06年から07年にかけて、イランやイラク、アフガンなどの問題で、米の世界戦略が窮地に陥っている観が強まった。トルクメニスタンなど中央アジア諸国と、ガスプロムとの売買協定は、07年春にもいったん締結されている。そのとき私は、今回とよく似た題名の解説記事「エネルギー覇権を強めるロシア」を書いた。 しかしこの協定は、国際原油価格が急騰していた最中だったため、価格決定の最終合意に至らなかった。その後、08年5月にメドベージェフがガスプロム会長から大統領になった後、欧州への販売価格を、トルクメニスタンなどからの買い取り価格とするという、ロシア側の大譲歩を経て、今回の再合意となった。 ロシアのエネルギー戦略はプーチンが独裁で進めていることではなく、エリツィンが最初に必要性を感じ、適切な進行役としてプーチンを選び出して後継大統領にして、プーチンは経済が得意な側近のメドベージェフを登用してさらに戦略を進めるという、ロシア中枢の長期計画となっている。 そして、おそらくロシア中枢にこっそりアドバイスし続けてきたのは、米中枢でチェイニー副大統領らの自滅戦略(多極化戦略)をも動かしてきた、ニューヨークの資本家たちだろう。彼らは約100年前、ロシア革命を支援し、トロツキーをニューヨークからモスクワへ送り込んだ資本家の流れをくんでいる。彼らはまた、老番頭キッシンジャーらを通じ、トウ小平以後の中国にも、こっそりアドバイスし続けている。 今後、ロシアの多極化戦略が成功するかどうかは、既存の米英中心体制維持のためにロシアを潰したい英イスラエルがどこまで応戦できるかにも関係している。すでにイスラエルは、チェイニーらによってイランとの相殺戦をけしかけられ、窮地に陥っている。イスラエルは窮地から脱するため、イランに影響力を持つロシアを頼る傾向にあり、あくまでもロシアと敵対する英とは別行動をとり始めている。孤立する英が、米国発の金融危機に飲み込まれて弱体化しつつある中、どこまでがんばれるかが、今後の見物である。
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