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中東和平の終わり

2014年4月16日   田中 宇

 米国が、パレスチナ国家の設立を目標にイスラエルとパレスチナを仲裁し、昨年7月から続けてきた中東和平交渉が、不成功のまま終わろうとしている。仲裁役の米国は、イスラエルに対し、ヨルダン川西岸や東エルサレムでユダヤ人入植地を拡大するなと求め、パレスチナ側もそれを和平の条件にしていた。だが、イスラエルは入植地の拡大をやめず、3月末に約束していたパレスチナ政治犯24人の釈放(4回約束したうちの最終回)も実施しなかった。イスラエル連立政権内の右派は、ネタニヤフ首相が4回目の釈放を実施するなら、連立政権から離脱して解散総選挙に持ち込むと脅した。ネタニヤフは、右派による釈放への反対を抑えきれなかった。 (Israel Reneges on Prisoner Release in Major Blow to Peace Talks) (PM tells US that coalition could collapse if Israel-Arab prisoners released

 釈放中止への報復としてパレスチナ政府は4月初め、外交に関するウイーン条約や、人権問題を定めたジュネーブ条約など、国連の15の条約に加盟することを申請し、独立国家としての体裁を強めるとともに、イスラエルが西岸で入植地を拡大していることをジュネーブ条約違反だと非難できる態勢を整えた。米イスラエルは、パレスチナがイスラエルと和解する前に15条約に署名することに前から反対し、パレスチナ側は、昨夏以来の和平交渉が続いている限り署名しないと言っていた。 (US officials: We can't stop Palestinian UN statehood bid if talks fail

 今回の交渉期間は4月末までだが、イスラエルが入植地拡大をやめず、政治犯を約束どおり釈放せず、パレスチナが15条約に署名したことで、交渉は事実上破綻した。仲裁役だったケリー米国務長官は、イスラエルが国際法違反の入植地拡大をやめないことが交渉決裂の原因だったとして、イスラエルを批判した。米国はこの10年以上、無条件でイスラエルを支持し続け、以前の和平交渉の失敗をすべてパレスチナ側のせいにしてきた。ケリーが今回の交渉失敗をイスラエルのせいにしたことは、米国の姿勢の画期的な転換だ。 (Netanyahu's office: Israel 'deeply disappointed' by Kerry's accusations

 オバマ大統領の外交顧問の一人であるタカ派のスーザン・ライス国連大使は、イスラエルが和平を決断する気がない以上、米国がこれ以上和平を仲裁しても無駄であり、仲裁から手を引くべきだ、ケリーは国務長官(外相)として対ロシア、対イランなど他の外交問題もやらねばならず、中東和平だけに時間を奪われるべきでない、と言い出している。米国の中枢で、パレスチナ問題から手を引くべきとの主張が出たのは初めてだ。 (Rice leads call to scale down U.S. Mideast role) (US Nears `Limit': May Ditch Collapsing Israel Peace Process

 米国は今回の交渉で、イスラエルに有利な条件を出していた。米国は、新たな入植地を建設しないことを条件に、既存の入植地をできるだけパレスチナ国家から切り離してイスラエルの側に編入できるよう、イスラエルとパレスチナの国境線を曖昧にしたり、以前の国連決議でパレスチナ国家の首都に定められた東エルサレムの帰属権も曖昧にしたりして、玉虫色の「枠組み合意」の締結をめざしていた。イスラエル右派を懐柔するため、米政府は、イスラエルのスパイとして米国で懲役刑に服している元米海軍捜査局のジョナサン・ポラードの釈放まで提案した。しかし、イスラエルは、米国にとって和平の譲れない条件だった入植地拡大の抑止をしなかった。 (Obama Admin Confirms: We May Free Israeli Spy to Save Peace Talks) (Kerry, Abbas to meet in Amman to discuss framework deal

 パレスチナ政府による国連15条約の署名も、よく見るとイスラエルにとってさほど不利なものでない。イスラエルがいちばん嫌がる国際刑事裁判所(ICC)の規約に署名していないからだ。パレスチナがICCに加盟すると、パレスチナ人を抑圧殺傷するイスラエルを国際法廷に提訴でき、有罪になるとイスラエルは国際的に犯罪者扱いされ、指導者や外交官は逮捕のおそれがあるので外遊できなくなる。パレスチナは、イスラエルとの交渉を続けたいので、今回の加盟申請先からICCを外した。 (Palestinians draw line at criminal court) (New Palestinian recognition bid largely symbolic

 イスラエルは、1−2年ぐらい入植地の拡大を止めれば、中東和平を実現できる。交渉の真っ最中に入植地の拡大を決定し続けたイスラエル政権内の右派は、和平を潰すことが目的だったと考えられる。右派は、今年初めの交渉の大事なときにイスラエル外務省で賃上げ要求のストライキを行って全世界のイスラエル大使館を機能不全に陥らせ、和平交渉が崩壊した直後の4月初めにストライキを解除した。 (Israel Diplomats End Strike

 イスラエル右派はなぜ和平を潰したいのか。米国が中東から撤退していく中で、パレスチナ問題を和平で解決してアラブ諸国と和解しない限りイスラエル国家は存続できないので、和平を潰したい右派は、愛国者のふりをして実はイスラエルを潰したい「シオニストとの百年戦争におけるロスチャイルド系の勢力」だろうというのが、従来の私の見方だった。米イスラエルの右派は06年にレバノンとの戦争を引き起こし、イスラエルを滅亡させようとした前科がある(中道派のリブニ外相が停戦に持ち込んでイスラエルを救った。リブニは今回の和平交渉の推進者でもあった)。 (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争) (ヒズボラの勝利

 しかし私は今回、イスラエル右派に対して新たな考察をするようになった。それは、従来の米国(米英)の覇権体制が崩れ、米英の世界支配の道具だった「人権外交」が効力を失う中で、イスラエルがパレスチナ人を弾圧殺傷しても、世界は口だけイスラエル批判するだけで、それ以上の有効な制裁ができなくなりそうだという、最近感じられるようになった新たな見通しに基づいている。従来の覇権勢力である米英(米欧)が人権や民主主義といった政治的信条を重視してきたのと対照的に、新たな多極型の覇権勢力になりつつある中露などBRICSは、経済的・政治的な安定を重視し、人権や民主といったイデオロギーを軽視する「現実重視」の傾向がある。

 国内のチェチェン人らを抑圧するロシアや、ウイグル人らを抑圧する中国は、イスラエルがパレスチナ人を抑圧すること自体に関して、米欧より寛容だ。露中は、イスラム世界との関係を重視して、イスラエルを非難しているだけだ。露中は、イスラエルがパレスチナやアラブ側を長期に押さえ込めるなら、イスラエルの暴虐を黙認する傾向になる。イスラエルがアラブ側を押さえ込めないと、逆にアラブがイスラエルを潰すことを黙認しうる。

(アラブ諸国も、人権問題を重視してでなく、抑圧されているのがアラブ人の一部であるパレスチナ人だからイスラエルを非難している。アラブ諸国の多くは、難民として住んでいるパレスチナ人に市民権を与えず、イスラエルと戦わせる目的で、意図的に人権を抑圧された状況に何十年も置いている)

 このような現実重視の露中が今後、中東での影響力を増すことが予測される中で、イスラエルは右派の主導で、人権を重視してパレスチナ人に寛容な態度をとるのでなく、逆にパレスチナ人を徹底抑圧してイスラエルの支配地を拡大し、パレスチナ人に狭くて価値の低い土地だけを残しつつ、アラブ諸国にパレスチナ人の面倒を見させる策を強めている。

 もともと、西岸とガザにパレスチナ国家を作り、エルサレムを東西に分割して、西をイスラエルの、東をパレスチナの首都にするという国際目標は、覇権国だった英国が立案し、1947年に国連に決議させたものだ。英国はロスチャイルド系などユダヤ資本家による「こっそりユダヤ」の国で、19世紀に出てきたシオニスト(イスラエル民族主義)の「露骨にユダヤ」の方針を嫌っていた。シオニストは、英国など欧州のユダヤ資本家層に、ユダヤ人としてのカムアウトを迫り、権力内での彼らの隠然とした影響力を削ごうとした。ユダヤ資本家たちは表向きシオニストを歓迎しつつ、パレスチナからアラブ人を追い出そうとするイスラエルを抑止し、イスラエルとパレスチナを恒久対立させる構図を作ってシオニストに一矢報いた。

 近代の百年は、英米(特に英国)だけが覇権の草案を考えていた。パレスチナ問題(パレスチナ国家建設案)は、英米の覇権策の一環だ。しかし多極化が進む今後の新しい覇権デザインを決めるのは、英米だけでない(ロシアのプーチンの戦略を立案する側近にはユダヤ人が多いので、ユダヤ人が覇権草案を決める傾向は変わらないかもしれないが)。覇権草案の決定者が変わる以上、英国が70年前に決めたパレスチナ国家創設案やエルサレム分割案にこだわる必要はない。米英の覇権が崩れるとともに、パレスチナ国家に対するこだわりが薄れていく可能性が増す。イスラエルにとって今の時期は、英米(資本家ユダヤ人)が自国に押し付けたパレスチナ問題を振り払う好機だ。

 イスラエルの右派は、パレスチナとの和平交渉が崩れ、米国が手を引き始めたのを機に、ここぞとばかりに東エルサレムからパレスチナ人を追い出す策略を強化し、東エルサレムがパレスチナ国家の首都になること(エルサレム分割の固定化)を阻止しようとしている。イスラエル当局は最近、理由を明らかにしないまま、東エルサレムに対する上水道の供給を停止した。東エルサレムでの入植住宅の拡大も急速に進んでおり、パレスチナにとって重要な東エルサレムの旧市街でイスラエル当局が考古学の発掘調査の名目で土地を奪取する行為も始まった。 (Israel OKs controversial E.Jerusalem archaeology project

 イスラエルによる東エルサレムや西岸での土地奪取や殺傷があまりにひどいので、国連の人権特使としてパレスチナに派遣されていたリチャード・フォークが最近、任務を果たせないとして特使を辞任した。オバマ政権の右派たちは、フォークが「パレスチナ寄り」であるといって辞任を歓迎している。「人権外交」を振り回す米国が、パレスチナ人の人権を擁護しにきた国連特使を敵視するという「戦争こそ平和」の1984的な逆説になっている。 (The reality behind the Israeli-Palestinian talks

 イスラエル右派が、世界中のイスラム教徒が聖地とあがめる東エルサレム旧市街の神殿の丘のモスク「岩のドーム」の近くに、ユダヤ教の「第三神殿」を作ろうとする計画も、最近再び持ち上がっている。歴史的には、イスラム教の創設よりずっと前、古代にユダヤ人の国があった時代、神殿の丘にユダヤ教の神殿(紀元前10世紀の第一神殿と、紀元前6世紀の第二神殿)があったとされており、イスラエル右派はその歴史をたてに、神殿の丘にユダヤ教の神殿を再建する権利があると言っている。 (`Israel planning new temple near Aqsa'

 第三神殿の建設は、イスラム教徒を不必要に激怒させる点でイスラエルにとって自滅的だ。しかし見方を変えると、第三神殿の建設案は、今後イスラエルがエルサレムからパレスチナ人を追い出して全市域をイスラエルに併合する際、市内にイスラム聖地として残る、神殿の丘の岩のドームなどのモスク群にイスラム教徒が出入りする権利について、アラブ側(サウジアラビアなど)と話をつける必要があり、その交渉を有利にするために、イスラエル側は「ユダヤ人は神殿の丘に第三神殿を再建する権利がある」と主張し続けているとも考えられる。 (ユダヤ第三神殿の建設

 イスラエルの右派のリーバーマン外相は4月14日、サウジアラビアやクウェートなどアラブ諸国と、対イラン包囲網を形成するためという口実で秘密交渉を続けていることを明らかにした。サウジもクウェートも秘密交渉の存在を否定したが、この件は、イスラエルの右派指導者が単にアラブを敵視するのでなく、敵視する姿勢をとりつつ、優位にいる間に交渉しようとしていることがうかがえる。 (Israel Claims Secret Talks Will Lead to Arab Ties

 イスラエルの戦略的な右派は、多極化をふまえてロシアにすり寄っている。ロシアのクリミア併合後の3月末、国連総会で米国などが提案したロシア非難決議案が賛成100カ国、反対11、棄権58、欠席24で可決された。その際イスラエルは、米国の同盟国としてロシア非難決議に賛成するのでなく、ロシアとの関係を重視して票決の場を欠席した(イランも欠席、中印は棄権)。イスラエルのリーバマン外相は「イスラエルにとって米国もロシアも同等に大事だ」と表明した。 (U.S. officials angry: Israel doesn't back stance on Russia) (US Irked as Israel Doesn't Back Their Ukraine Policy

 米政府筋は「イスラエルは毎年何十億ドルもの支援を米国からもらっているくせに、米国の敵であるロシアを、米国と同等に重視するのか」と怒っている。こうした米イスラエルの対立も前代未聞だ。リーバーマンは「私は旧ソ連(モルドバ)からの移民なので、ロシアも大事にせざるを得ない」とうそぶいているという。今回のウクライナ危機に関するイスラエルの報道は、ウクライナの極右政権をネオナチと批判し、ロシアの肩を持つ傾向がある。すでに述べたように、ロシアは米欧に比べ、他国の人権抑圧体制に寛容だ。これからもっとパレスチナ人を抑圧して追い出そうとしているイスラエル右派が、多極化の傾向の中で、親米を棄ててロシアにすり寄るのは自然な流れだ。 (Defense official on Ukraine policy: Israeli interests needn't be identical to U.S.') (Russia crisis proves American Jewish hawks aren't 'Israel firsters'

 リーバーマンが創設して党首をしている政党「イスラエル我が家」は、西岸で水利などが良い場所にユダヤ人入植地を作ってイスラエルに併合するとともに、イスラエル本体に存在するアラブ系(イスラエル国民の2割)の密集地を西岸に編入する境界変更策をやることを党の方針としている。これは、イスラエルをユダヤ人国家として維持しつつ、アラブ系が住む西岸とガザを、ヨルダンやエジプトに押し付けるか、サウジなどの石油成金諸国が国家運営費を出すパレスチナ国家にしてアラブ側に面倒を見させ、そのうえでアラブ諸国とイスラエルが国交を正常化し、イスラエルの国家存続をはかる策だろう。 (Yisrael Beiteinu From Wikipedia

 リーバーマンは、米国仲裁の和平交渉が崩壊した以上、ネタニヤフ首相の連立政権は終わりだと言い「連立を維持するより、解散総選挙をやった方が良い」と表明している。イスラエルは選挙のたびに右傾化が進んでいる。イスラエルはこれまで、米政界を牛耳って米覇権の力で世界をイスラエル好みの方向に動かそうとしてきたが、米国が衰退していきそうな今後は、多極型世界を牛耳ろうとする策に転換していくだろう。ロシアへのすり寄りはその一環だ。欧州などは、パレスチナ人を人権抑圧するイスラエルへの経済制裁を強めているが、欧米がイスラエルを敵視する傾向が強まるほど、イスラエルは米欧覇権を崩して多極化を推進する動きを始めそうだ。イスラエル右派は「隠れ」が外れた「多極主義者」になりつつある。 (Lieberman: Cooperation with Likud is over



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