イラン核交渉の進展2013年11月18日 田中 宇イランの核事業をめぐる国際交渉が進んでいる。イランは核兵器開発をしていない(していると考える根拠がない)のに、米国は01年の911事件以来の過激な中東戦略の一環として「イランは核兵器を開発しているに違いない」と決めつけ、欧州など「国際社会」を巻き込んで、イランを経済制裁してきた。だがオバマ政権は、表向き前ブッシュ政権以来の過激な中東戦略を継承しつつも、戦略の行き詰まりや、米政府の財政難を理由に、事実上、中東に対する介入・関与を減らそうとしている。米政府は今年8月末、無茶なシリア空爆をしようとして(たぶん意図的に)失敗したのを機に、シリア問題の解決をロシアに丸投げした。その後、シリア問題の解決にイランの関与が必要だと主張するロシアや中国に引きずられる格好で、イラン核問題を外交的に解決(濡れ衣を解除)する動きをしている。 (無実のシリアを空爆する) (◆シリア空爆策の崩壊) 9月中旬には、国連総会でイランのロハニ新大統領が演説し、発展途上諸国から称賛を受けた。同時期にオバマとロハニとの書簡の交換や、電話での対話が始まった。国連安保理常任理事国(米英仏中露、P5)、イランと経済関係が深いドイツからなる「国際社会」(P5+1)と、イランとの10月中旬の定例的な核交渉では、めずらしく共同声明が出された。かたわらでは、米国とイランとの次官級の直接会談が、イラン革命以来40年ぶりに行われた。 (◆イランを再受容した国際社会) (中東政治の大転換) 国際政治の先見の明がある英国は、10月中旬にイランとの国交を正常化した。欧州企業の関係者は、40年放置されたビジネス利権をあさりに、先を争うようにイランを訪問している。今後、世界からイランへの投資が増えるだろう。 (Why a little-noticed chat between the US and Iran is a big deal) (Britain and Iran to restore diplomatic relations) (Iran - the new investment frontier?) P5+1とイランの核交渉は11月8-9日にも開かれた。6月にロハニが大統領選に当選して以来、イランはウラン濃縮など核(原子力)事業全般の進捗を減速している。それをふまえてイランは、ウランの20%以上の濃縮を自粛し、自国の核事業の透明性を高める措置をとるので、経済制裁を解除してくれとP5+1に提案した。イラン政府は、米欧がこの提案を受け入れたと11月7日に発表した。 (Netanyahu Warns 'Grievous Historic Error' being Made at Geneva) 8日からの交渉には、参加する予定がなかった米国のケリー国務長官が飛び入りで参加し、いよいよ5年以上におよぶ交渉が妥結するかと思われた。米国はイランに、今年中に暫定合意を結び、6カ月の期限を切ってイランがウラン濃縮を自粛する見返りに米欧がイラン経済制裁を解除し、その間に本格合意について交渉する案を出し、イランは賛成した。イスラエルのネタニヤフ首相が米国に対して激怒したと報じられたが、オバマは動じなかった。 (Kerry to land in Geneva for Iran talks in unexpected visit) (Why Netanyahu Is So Enraged by a Deal with Iran) (U.S. negotiators offer Iran relief on sanctions) しかし11月8日の核交渉は、フランスの反対によって妥結しなかった。米国がイラン敵視をやめそうなのを見たフランスは、イランの建設中のアラク原子炉(重水炉)で爆弾の材料になるプルトニウムを製造できるので、アラク原子炉の建設停止を協約に盛り込まない限り同意できないと言い出した。実際のところ、イランは8月からアラク原子炉の建設を自主的に停止しており、国連の原子力機関IAEAもそれを確認していたが、フランスにとっては、イランとの協約締結を阻止できれば理由が何でも良かったようだ。 (France clueless on Iran) (Why Iran Nuclear Talks Failed and Why They Will Get Tougher) ロシア外相によると、フランスの反対を受けて、米国は、アラクの建設停止を盛り込んだ新たな合意案を作って参加各国に配布したが、配布が各国の代表が帰国する直前になり、時間切れのため、次回の交渉に持ち越さざるを得なかった。P5+1は合議制をとっており、一カ国でも反対だと総意を形成できず交渉が進まない。次回の交渉は11月20日に行われる。早ければ、その場でイランとの暫定協約に締結できると、米政府高官やロシア外相らが相次いで表明している。航空機部品、金地金、自動車、化学製品などの、世界とイランの貿易が解禁される見通しだ。 (Lavrov Reveals Amended Draft Circulated at `Last Moment') (World powers, Iran may reach nuclear deal next week, says top U.S. official) (U.S. Moves to Clear Obstacles to Iran Nuclear Deal) フランスがイランと「国際社会」の核協約を妨害した理由について、イランと敵対するサウジアラビアに兵器などを売る目的に違いない(最近サウジが米国と関係が悪化し、仏は兵器を売りやすい)とか、イスラエルに脅された結果だといった見方がされている(仏政界でもAIPAC的な組織の横暴がひどい)。フランスは、装いの格好つけと裏腹に、近視眼的で利権目的の汚い外交をすることが多いので、今回もその例と見ることもできる。しかし、私は違う見方をしている。フランスの妨害策の効果は短期間しかもたず、象徴的な意味しかない。 (Why France is playing 'stupid' on Iran) (France wrecks P5+1 deal for Arab money) フランスのオランド大統領は、P5+1でイランとの協約締結を妨害した後、すぐにイスラエルに招待され、17日に訪問した。そこでオランドは「11月20日の次回交渉で、P5+1はイランとの暫定協約に合意するだろう。(仏の反対で)協約の内容を厳しいものに修正した。イランはもはや核武装できない。もしイランが協約を破ったら再び経済制裁を強化するので、イスラエルは心配しなくていい」という趣旨の演説を行った。同時にオランドは、パレスチナ和平の重要さを語った。 (French president in Israel: Any Iranian deception will trigger resumed sanctions) こうした言動からはフランスが、イスラエルが孤立して米欧を巻き込んでイランに自滅的な戦争を仕掛けるのを防ぎ、イスラエルとイランとの和解や、イスラエルの側に立ってパレスチナ和平を仲裁する役割をやろうとしていることがうかがえる。これまでイスラエルの庇護者だった米国政府は、今回のイランと協約の流れの中で、イスラエルと対立するようになっている。米国から外されたイスラエルは、孤立して何をやり出すかわからない。ここ数年のイラン核問題で、ロシアや中国はイランの側に立っているので、イランを敵視するイスラエルの側に立てない。だから、フランスがあえてイスラエルの側に立ち、なだめる役を始めたと考えられる。ロシアがイランを代弁し、フランスがイスラエルを代弁するかたちで、イランとイスラエルとの敵対を緩和しようとする動きになるかもしれない。 (プーチンが米国とイランを和解させる?) これまでイスラエルの言いなりだった米国は、ここにきてイスラエルを振り切ってイランと協約しようとする、驚くべき転換を始めている。11月15日には、ネタニヤフ首相が1日に何度もオバマ大統領に電話をかけて話し合おうとしたが、オバマは電話をとることを拒否し、代わりにケリー国務長官が電話に出たと、クウェートの新聞が報じた。米イスラエル政府は報道の内容を否定したが、報道はエルサレム発であり、オバマの電話拒否に怒ったイスラエル側が情報をリークした可能性がある。 (Report: Obama rejecting calls from Netanyahu amid tension over Iran) (World powers, Iran may reach nuclear deal next week, says top U.S. official) ネタニヤフは、米国のユダヤ人に向かって、イランと協約しようとするオバマ政権の政策に反対してくれと呼びかけている。ネタニヤフはユダヤ系米国人に、米国人としての愛国心よりも、ユダヤ人としての帰属意識を重視せよと言っている。これは、米政府に対する反逆、敵対行為であり、オバマが電話をとらなかったのは理解できる。建前上、米政府が制裁緩和と引き替えにイランの核開発を制限するのは、イランの核がイスラエルにとって脅威となる(イランは米国に届くミサイルを持たないので、米国の脅威にならない)のを防ぐためであり、イスラエルのためにイラン核問題を解決しようとしているのに、ネタニヤフのやり方はひどい、というのが米政府の姿勢だ。 (Frenemies: the US-Israel relationship gets rocky over Iran and peace talks) (Peres: Relationship with US not to be taken for granted) 米議会はこれまで、イランに対する追加制裁を検討しており、イスラエルと対立してもイランと和解しようとするオバマと、イスラエルの味方をしてイランを追加制裁しようとする米議会が対立してきた。しかしここにきて、共和党のマケイン上院議員ら、米議会の重鎮たちが次々と「イランへの追加制裁を延期して、イランが暫定協約を守るかどうか見極めたい」という態度に転換し、米議会がイスラエルを見捨ててオバマに同調し始めている。 (Tide Turns Towards Diplomacy as Key Senators Oppose New Iran Sanctions) (U.S. sources: Iran nuclear deal includes Arak halt, uranium freeze, tough inspections) 米政界では、民主党よりも共和党の方が過激な(タカ派の)世界戦略を打ち出す傾向が高いが、共和党内では近年、世界のことより米国内を重視すべきだとする孤立主義者やリバタリアンが台頭し、2016年の次期大統領選挙あたりから、共和党全体がタカ派の世界戦略(特に中東戦略)を放棄する可能性を、ドイツの雑誌が指摘している。イランとの協約は、共和党が単独覇権主義から孤立主義へと転換する一つの契機になりうる。 (Republicans re-think hawkish foreign policy) 米議会は03年のイラク侵攻の際、侵攻に反対したフランスに怒り、議会の食堂のメニューの一つだった「フレンチフライ」の名称を「フリーダムフライ」に変えた。その米議会が今、イラクと並ぶ「悪の枢軸」であるはずのイランに対する制裁を棚上げしてイスラエルを失望させている。対照的に、フランスはイランに強硬姿勢をとってみせている。かつて米議会は、イラク侵攻に反対したフランスを「腰抜け」と揶揄したが、いまや自らの「腰抜け」ぶりを「反省」し、フランスに謝罪もしくは感謝すべきだろう(笑)。 (France has played its cards right on Iran) 中東では、以前の記事に書いた、サウジアラビアの米国からの離反も重要な動きだ。離反の動きは、サウジの外交担当のバンダル王子が表明したが、バンダルが表明した相手(バンダル発言をマスコミに暴露した人物)は、フランスの外交官だったことが最近わかった。バンダルは、仏外交官らをサウジのジェッダに呼んで会い、その会合の席で、米国への不満を表明した。サウジは、米国の代わりに組む相手(の一カ国)として、フランスに期待していることになる。 (After Reportedly Being Offered Saudi Weapons Sales, France Tries to Blow Up Iran Deal) フランスがサウジに頼られていることは、イスラエルにとってもフランスへの期待をふくらませる要素だ。米国がイラン敵視をやめようとしている今、イスラエルのイラン敵視に同調してくれる主要国はサウジアラビアぐらいしかない。サウジにとっても、米国に頼れない以上、イスラエルと組むのは一つの選択肢だ。しかし、サウジはアラブの盟主として、パレスチナ人から土地を奪ったイスラエルと簡単に組むわけにいかない。そのあたりの困難さを、フランスがうまく仲介できるのでないかと、サウジとイスラエルの双方が思っても不思議でない。米国がイランと和解しそうな中で「イスラエルのモサドがサウジ高官と会い、一緒にイランを空爆しようと持ちかけた」といった、冗談めいた報道を英国紙が報じた。 (Israel, S. Arabia planning joint Iran strike - report) (サウジはフランスと接近する一方、サウジ国王が最近、高齢をおしてロシアを訪問し、プーチンと会っている。国王の訪問は、サウジが対露関係を非常に重視していることを意味する。サウジが本気で米国離れを進め、多極型の新世界秩序の中での有利な立場を模索していることがうかがえる) (Putin, Saudi King Discuss Syria, Iran - Kremlin) サウジがイスラエルと組むには、イスラエルがパレスチナとの和平合意を締結し、パレスチナ国家が創設されることが必要だ。イスラエルは今春、パレスチナ自治政府との交渉を再開し、米国のタカ派からの妨害を防ぐべく、米国勢を排除して秘密交渉を続けてきた。しかし、イスラエル政府自体が右派に牛耳られており、政府内で右派の自治区になっている住宅省が、パレスチナ人が猛反対する入植地住宅の建設を勝手に急拡大し、交渉をぶち壊した。 (Israel and Saudi Arabia, a suspicious relationship) (Middle East Peace Talks Go On, Under the Radar) ネタニヤフ政権は、パレスチナ人の政治犯釈放はやれたものの、それが右派に妨害されない限度だった。それ以上のことは、入植地の住宅建設も止められず、東エルサレムをパレスチナの首都にすることも認められなかった。パレスチナ側は失望し、和平交渉の担当者2人が11月13日に辞任して、交渉が頓挫した。 (Abbas: Linking Palestinian prisoner release to Jewish settlements could kill peace talks) (Palestinian Peace Negotiators Resign) イスラエル側の交渉責任者であるリブニ元外相(女性)は、パレスチナ側を譲歩させて交渉を何とか妥結させようと、自分がモサドのスパイだったときに、今回のパレスチナ側の交渉担当者であるサエブ・エレカットらパレスチナ側の重鎮と性交したことがあるので、譲歩しないとその動画をユーチューブにアップするぞと脅したが、効果がなかったとレバノンで報じられた(リブニの昔の性交作戦そのものは以前から取りざたされているが、今回の話は頓珍漢なので、リブニを攻撃するガセネタだろう)。 (Tzipi Livni claims she had sex with two Palestinian figures, Erekat and Abed Rabbo and threatens them with video proof) イスラエルがパレスチナ和平を実現できない状態が続くと「国際社会」がイスラエルを制裁する傾向が強まる。すでにEUは、入植地で活動するイスラエル企業に対する経済制裁を強化している。イランでなく、イスラエルの核兵器開発が制裁対象になる(この善悪の逆転は数年前から予測されていた)。すでに、ネタニヤフは先回りして「中東では核不拡散体制・NPTなど無意味だ」と語っている。対照的に、国際的に許されつつあるイランは「世界核廃絶」を提唱している。 (Netanyahu says NPT is useless in Middle East) (Iran calls for global nuclear disarmament) (北朝鮮と並ばされるイスラエル) 04年にフランスの病院で急死したパレスチナ自治政府のアラファト議長が、実は歯磨き粉に放射性物質ポロニウムを入れられたことによる毒殺だったと、スイスの調査報告書が明らかにした。この件は以前から指摘されていたが、イランが許され、イスラエルが悪者にされるタイミングを見計らったように、仏当局から依頼されたスイスの専門家チームが調査結果をまとめた。国連では、パレスチナの正式加盟を認め、イスラエルを国際法廷に引っ張り出す構想も実現の直前で寸止めされており、出てくるタイミングを待っている。 (Forensics reveal Arafat was killed with polonium, widow says) (Swiss study says polonium found in Arafat's bones) (否決されても中東を変質させるパレスチナ国連加盟申請) イスラエルは、何とかして国内の右派(親イスラエルのふりをした反イスラエル勢力)を政界から排除し、パレスチナ和平を実現するだろう。さもなくばイスラエルは中東全体を再び戦争(ハルマゲドン?)に陥れつつ、自滅する。右派(キリスト教原理主義者)であるブッシュ前大統領は最近、米国のユダヤ人をキリスト教徒に改宗させる運動を開始した。イスラエルは滅亡するのだからキリスト教徒になりなさいというわけだ。 (George W Bush's new 'crusade': converting Jews to Christianity) 与党リクード党内では、右派を弱体化させてネタニヤフを強化しようとする勢力と、極右政党を率いるリーバーマン外相をリクードに復党させてネタニヤフを弱体化しようとする右派の闘争が激しくなっている。中東の激動はまだ続くだろう。 (Fearing party takeover, Likud wary of Lieberman's return) (Minister says coalition will collapse over peace talks `sooner or later')
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