迷走する米連銀2013年7月12日 田中 宇「米国債金利は、米金融市場が抱える危険性を早めに警告する『炭坑のカナリア』だ」と言ったのは、米連銀のグリーンスパン前議長だった。グリーンスパンは朝晩、10年もの米国債の利回りを見て、米金融界の健全度を確かめているという。 (Greenspan Calls Treasury Yields ‘Canary in the Mine’) (危うくなる米国債) 私も最近、10年もの米国債の利回りを、ネットで数時間ごとに確認するようになった。5月以来、米国債の金利が上昇しているからだ。米国債の利回りは、世界の多くの金利の基準となっている。その上昇は、企業や個人の負債の金利上昇につながり、世界経済を圧迫する。米政府の国債利払いも増え、財政難が加速する。米国債金利が上がると、社債やジャンク債、不動産担保債券(MBS)、デリバティブなど、他のあらゆる債券の金利が上がり、米金融界は債券発行が困難になる。 (米国債利回10年) リーマンショック以降、世界経済は、米金融界が債券を大量に発行することによる「上げ底」の維持によって、何とか回っている。新興市場諸国の実体経済の成長よりも、米金融界の底上げの方が、世界経済への効果は大きい。米国債金利が上がり、米金融界の債券発行が困難になると、上げ底効果が失われ、再び金融から世界経済が崩れてしまう。だからグリーンスパンは、米国債金利を気にしていた。 (金融大崩壊がおきる) リーマンショック型の世界経済の崩壊の再発は、人類全体の生活に大きな影響を与える。危機が起きるかどうか、いつ起きるかは、他のどんな事象よりも、はるかに重要な国際情勢だ。だから私は最近しつこくこの件を書いている。 (金融大崩壊がおきる(2)) 5月に米国債金利の上昇が始まったきっかけは、5月22日に連銀のバーナンキ議長が、量的緩和策(QE3)を縮小すると表明したことだ。QE3は、米政府と米金融界が発行する米国債と社債(MBS、ジャンク債など)を連銀がドルを刷って買い支え、債券金利の上昇(債券需要の減退)を防いでいる政策だ。QEを続ける連銀は、今や世界最大の債券購入者であり、QEをやめたら債券金利が高騰し、リーマンショックの再来になりかねない。しかし、QEはドルの過剰発行を意味し、連銀の会計を不健全にする。連銀の理事会(FOMC)では「QEを早くやめるべきだ」という意見が強くなっている。連銀内の意見を受け、バーナンキはQEを縮小する意向を5月22日に表明した。 (日米で金融バブル崩壊のおそれ) 当然ながら、QE縮小の発表は、米国債金利の上昇を引き起こした。5月初めに1・6%台だった10年もの米国債の金利は、7月に2・7%台まではね上がった。5月22日のバーナンキのQE縮小の表明は、いつからどのくらいの速さでQEの規模(ドルをいくら刷ってどんな債券を買い支えるか)を縮小するかを言わず、曖昧さが金利高騰と株式下落などにつながった。バーナンキは、事態を沈静化するため「失業減など米経済の回復基調が続いた場合、今年中にQEの縮小を開始し、来年半ばにQEを終了する」という、より明確化した方針を発表した。しかしこの発表は、金利上昇の傾向を止められなかった。 (Were Bernanke's comments a fire drill or a false alarm?) 米連銀の理事会(FOMC)の記事録は、1カ月遅れで発表される。議事録は、連銀内の政策議論の動向を知るために重要だ。6月の理事会の議事録は、7月10日に発表された。ところがそこに、理事の間でQEに対する意見が多様に分かれている傾向が(前から知られていたが、改めて)判明した。QEを続けるか縮小するかという基本的な点も合意していないことがわかり、その曖昧さが嫌気され、10年もの米国債金利が2・5%台から2・7%台へと急騰した。10年もの米国債金利が3%(一説には2・5%)を超えると、金融界全体で債券での資金調達が難しくなり、株価の急落など、まずい事態になりかねない。 (BofA: 'The Fed Has Taken A Step Backwards') (Trader Alert: Stock Prices Could Come Down Very Fast And Furious) そこでバーナンキは、同じ日に行った講演で「まだQEを続けることが必要だ」と表明した。バーナンキがQEを終わらせようとしていると考えて債券を買い控えていた投資家たちは、バーナンキがQEの続行を表明したことを好感し、10年もの米国債の金利が2・7%台から2・5%に下落した。しかし市場には「バーナンキはQEを縮小するのか続けるのか。どちらなのか」という不透明感が再び拡大してしまった。今後いずれ、また債券金利が危険水域の3%に向かって上昇しかねない。 (Ben Bernanke says Federal Reserve stimulus still needed) (Markets calmed by `dovish' Bernanke) 実のところ、バーナンキは5月に「失業減など、米経済の回復基調が続くなら、QEを縮小する」と述べ、今回は「失業が十分に減っていないので、まだQEを続けた方が良い」と述べており、2つは矛盾するものでない。しかし、市場には不透明感を与えた。そもそも失業率は、米国でも日本でも「失業者」の条件を変えることで、政府が操作できる数字だ。ゴールドマンサックスは、10年もの米国債の金利が2年以内に4%まで上がるという、不気味な予測を発している。 (Goldman Sachs: Treasury Yields Will Hit 4%) 米連銀など各国の中央銀行は、金融を緩和した状態(低金利)から、引き締めの状態(高金利)に転じるとき、金融界のバブル崩壊を引き起こすことが多く、そのため、いつ緩和をやめるか、引き締めに転じるかに関する当局者の発言が曖昧になる。90年代の連銀議長だったグリーンスパンも、曖昧な発言で有名だった。グリーンスパンは06年までの19年間の任期中、バブルをあまり崩壊させずに拡大し続けたが、それは結局、彼が辞任した後の08年のリーマンショックのバブル崩壊につながっている。 金利は本来、実体経済(製造業など)の資金需要との関係で上下し、好況なら金利が高く、不況なら金利が低くなるものだが、そのような実体経済主導の状況は、世界的にとっくに終わっている。実体経済よりも、金融市場の方が、規模が何十倍も大きいからだ。今の世界経済は、債券金融市場が、全体の規模の過半を占め、債券市場がどうなるかが、人類全体の幸福のカギを握っている。そして、債券市場の動向を決めるのは米国債金利であり、それがどうなるかは、バーナンキら米連銀の、政策とその出し方(表明方法)にかかっている。私から見ると、債券市場の崩壊は「起きるかどうか」でなく「いつ起きるか」という問題だ。
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