日米で金融バブル崩壊のおそれ2013年5月28日 田中 宇5月23日から日本の株式市場が非常に不安定になり、いつ急落が再発してもおかしくない状況だ。今年初めからのアベノミクスによる上昇一本槍の相場は終わった観がある。日本の株が崩れた主因の一つは、5月23日に日本国債10年ものの利回りが1%まで急上昇したことだ。同利回りは2カ月弱の間で3倍にもなり、0・3%から1%へと上がった。10年もの日本国債の利回りは、日本を代表する長期金利だ。国債の利回りが上がると、他の債券や融資の長期金利も上がる。 (An Abenomics Reality Check) 今の日本では、国債金利の上昇が、株価の下落と円高につながる。そのからくりは「円キャリー取引」によって説明できる。アベノミクスが始まって以来、日本では、日銀が円を大増刷して国債を買い支えたため、円が安くなり、金利が低くなる傾向となった。これをみて海外や国内の機関投資家が、為替的にも金利的にも安い日本で円建てて資金調達し、その資金を日本株に投資したり、ドルや人民元などに転換して米国や新興市場の高利回り商品に投資する「円キャリー取引」を拡大した。 (Reviving The Yen Carry Trade) (Seoul on watch for yen carry trade resurgence) 円キャリー取引は、日本で資金(円)を安く調達できることが条件だ。日本の金利が上がると差益が出ない。資金調達コストは10年もの日本国債の金利に比例する。今は世界的に金融商品の利回りが低い。為替リスクを考えると、日本国債が0・5%以下ならキャリー取引を使った国際投資や日本株購入をして儲けられるが、国債金利が1%以上になると、そうはいかない。日本国債の金利が1%未満である限り円キャリー取引を続けるが、1%以上になったらやめると考えていた機関投資家が多かったようで、国債利回りが1%に達したところで円キャリー取引をやめる流れが発生し、円キャリーの解消に伴うドル売り円買いの増加で円高になると同時に、資金が流出して日本株が暴落したと考えられる。 (Banking insider: The Japanese have lost control of their bond market) インフレが増すと金利も上がる。インフレが2%なら国債金利は3%以上になる。黒田体制になった後の日銀は、インフレ目標値を2%に引き上げて意図的にインフレを引き起こす策、つまり国債金利の上昇を誘発する一方で、円を大増刷して国債を買い支え、国債金利の引き下げを画策してきた。つまり今の日銀は、国債金利を上げる策と下げる策を同時にやっている。血圧を上げる薬と下げる薬を同時に飲むことは人体にとって危険だ。同様に、黒田日銀の策も、投資家を混乱させるので危険だと、最近になって日銀内で指摘されている。 (BoJ board members raise Kuroda policy `contradictions') 5月23日以降、日銀が日本国債の買い支えを強化し、10年もの国債の利回りは0・8%台まで下がって落ち着いている。しかし、もともと財政赤字が多すぎる日本の国債に対する信用が落ちていることもあり、いつまた金利が上昇するかわからない。日本で資金調達していた国内・国外の大手投資家は慎重になり、株価が再上昇しにくくなっている。円キャリー取引が減ると、世界各地の新興市場に流入する資金が減り、金融バブルが膨張していると懸念されている東南アジアなどでバブル崩壊の引き金を引きかねない。日本の金融崩壊は、世界の金融崩壊を誘発しうる。 (世界的バブル崩壊の懸念) (This Crisis Is 30 Times Bigger Than Greece) 国債の金利上昇が株価の暴落につながる動きは、2011年8月、債券格付け機関のS&Pが米国債を格下げした時にも起きた。金融システムにとって、債券(金利)は、株式より重要だ。債券市場が崩壊すると金融システムが機能不全になり、リーマンショック後のように、世界経済全体が麻痺したり不況に突入する。だから、米国債が格下げされた時、米金融界や連銀は、債券市場を守ることを優先して株式市場の暴落を看過し、株は下がったが国債金利は上がらなかった。あの時と同様、今後の日本でも、国債を守るために株式市場が犠牲にされるかもしれない。 (格下げされても減価しない米国債) 5月23日の日本株暴落の主因となった日本国債の金利上昇の、そのまた主因は、この日(米国時間5月22日)、米議会で証言したバーナンキ連銀議長が、ドルを大量発行して米国債や社債(不動産担保債券、MBS)を買い支える量的緩和策(QE3)を今後何回目かの理事会で縮小するかもしれないと発言したことだ。この発言で、米国債は下落(金利上昇)しなかったものの、米国の社債(MBS)は下落し、その後も下がったままだ。債券格付けが低い日本の国債の金利も上昇し、日本の株安と円高を招いた。 (Origin of Japan rout lies in Washington) バーナンキはこの日の議会証言で、最初はQE3の縮小をしないと述べていた。しかしその後、質疑応答の中で再びその件が出てきた時に、今後何回かの理事会の中で縮小を決めるかもしれないと発言し、日米での債券市場の同様を引き起こした。世界の金融システムがバーナンキ一人ちょっとした言い回しの違いによって崩壊しかねない現状はまずいとWSJ紙が批判している。 (Bernanke Talks, Markets Wobble. There Must Be a Better Way) バーナンキがQE3縮小の可能性を述べたことは、日本の金融を混乱させたが、米国では債券(MBS)市場の下落を引き起こした。その後、日本国債は日銀のテコ入れで何とか安定を回復したが、MBS市場はその後も再上昇していない。最近の記事に書いたように、MBS市場は、バーナンキ発言の前から、債券を買っているのがほとんど連銀だけで、他の投資家たちがMBSを忌避する異常な状態が続いており、バーナンキ発言でそれに拍車がかかっている。世界は金融破綻の際にいる感じだ。 (◆金融大崩壊がおきる) 米MBSも日本国債もかなり不安定になっており、今後また何らかの悪いきっかけによって、日米両方で金融(債券)崩壊が起こる可能性がある。日米金融当局がうまく立ち回れば、崩壊は先延ばしできるが、日米が拡大している量的緩和策(QE3とアベノミクス)は出口がなく、相場を軟着陸させつつ緩和策をやめていく方法がない。量的緩和は通貨の過剰発行であり、いずれやめねばならないが、やめるときに国際金融システムを破壊することがほぼ必至になっている。 (It Is Simply Impossible For Any Central Bank To Exit Their Loose Money Policies Without Triggering Market Crash) (Hard to See Smooth QE Exit in US, Japan: Dallara) 米金融界では、金利低下が続いて金融機関の利益が出にくくなっている。米金融界は、利益を確保するため、ろくな担保もとらずに借金漬けの企業や個人に追加融資してしまう「コブライト」の融資を拡大している。 (`Cov-lite' loans soar in dash for yield) 金融界は、コブライトで融資した債権を債券化して転売しており、今後コブライトの融資の焦げ付きが増えると債券の債務不履行が増え、債券市場の下落・凍結・崩壊につながる。07年にその流れで発生したのが「サブプライム危機」であり、それが08年のリーマンショックに発展した。コブライトの増加は、いずれ破綻する金融バブルの拡大を象徴している。 (アメリカ金利上昇の悪夢) (Fierce battle for corporate loans sparks US bank risk concerns) 日本の金融界は、米国と逆に貸し渋りで、コブライトの危険がない。ただし日本の銀行や生保は日本国債を大量に持たされており、今後日本国債の金利上昇(価格低下)がひどくなり、最悪の事態として日本政府が国債の利払いをやりきれず債務不履行(デフォルト)になった場合、国内の銀行と生保の経営も行き詰まる。預金も保険金も戻ってこなくなる。 銀行が破綻すると、キプロスのように、1日の預金引き出しが一人あたり3万円ぐらいまでに制限されるかもしれない。キプロスでは、一人約1000万円を超える預金は、破綻した銀行の株券(つまり紙切れ)に転換して渡されている。政府が破綻した銀行を救う「ベイルアウト」が財政難とともに不可能になり、今後は銀行破綻のつけを預金者に負担させる「ベイルイン」が世界的に主流になる。日本でキプロス式のベイルインが実施される日が意外と近いかもしれない。 (Bail-out Is Out, Bail-in Is In: Time for Some Publicly-owned Banks)
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