尖閣で中国と対立するのは愚策2012年10月11日 田中 宇日本政府が9月11日に尖閣諸島の土地の国有化を決定し、中国各地で日本を非難するデモや集会が行われて以来、中国での日本車の販売が激減している。9月の販売台数はトヨタが前年同月比49%減、三菱が63%減、ホンダ41%減、日産35%減となった。日本と日本製品がこれだけ攻撃されると、日本車がいくら好きな中国人でも、日本車を乗り回すのにかなりの勇気が要る。売上不振は今後も続きそうで、10月から12月にかけて、日本から中国への完成車輸出が7割減、自動車部品の輸出が4割減になると予測されている。(中国で売る日本車のほとんどは、中国企業と合弁して中国国内で組み立てており、完成車輸出はもともと少ないが) (Sales of Japanese autos plunge in China on anti-Japan sentiments sparked by islands row) これまで中国では、特に高級車の部門で日本車が好まれていたが、今回の減少は、高級車の部門で顕著だ。また中国市場では、自動車と同様に家電製品でも、日本製品の売上が急減している。ここで懸念されるのは、今回の件を機に、日本製品が中国市場で保持してきたブランド力や高級感、信頼性などが失われ、高級品の部門でさえ、日本製品が中国国内のブランドに不可逆的に取って代わられそうなことだ。 (Toyota to cut output in China by half) 多くの日本人は、中国製品の水準が日本製よりまだまだ低いと思っているだろうが、中国企業は日米欧企業の下請けとして技能を磨き、家電から自動車へ、単純製品から複雑な製品へと、中国のブランドは性能を急速に向上している。これまで中国の消費者自身のイメージの転換が追いつかず、中国でも「中国ブランドより日本(欧米)ブランド」と思われてきた。だが、今回の日本製品不買の動きを機に、中国の消費者の間で、中国製品がイメージ的に日本製品に追いついていく可能性がある。この転換が起きると、世界最大の中国市場での日本製品の販売が復活できず、日本経済に長期的な悪影響を与える。 (Japan economy shaky as island spat hits business) 中国政府は、消費や投資の分野における自国の巨大な市場が、国際政治の武器として使えることを知っている。日中間で領土問題の棚上げが(暗黙の)了解事項だった従来の政治均衡を、日本側が尖閣国有化で破ったことに対する中国側からの報復の中心は、軍事分野でなく経済分野で行われている。日本では、尖閣沖に中国の船が何隻きたかという軍事面ばかり喧伝されているが、それよりずっと重要なのが、中国が日本の経済利益を損なうために公然・非公然に発する経済制裁である。 もちろん日本側も、中国で作られた製品(コンビニやユニクロ)の不買運動を起こし、中国を経済制裁することはできる。だが、日本でそれを主張する人はいない。中国製品が買えないと、日用品から服、飲食店などの食品に至るまで、安いものが入手できず、物価高で多くの日本人が生活苦に陥る。中国人が大嫌いなら、町を歩いている中国人観光客をどやしつけて憂さ晴らしすれば良さそうだが、そんなことをする人もいない。日本の観光業界は、9月末からの国慶節の連休で中国人観光客が押し寄せると期待していたが、尖閣問題で大量のキャンセルが出て意気消沈している。日本は経済面で、中国に立ち向かえる状況にない。そうしたことを考えずに日本政府は尖閣を国有化し、案の定、経済的な打撃が拡大している。 (Chinese tourists give Japan wide berth) 「経済なんかより尖閣の領土の方が大事だ」と言う人がいるかもしれない。そういう人は早く中国製品不買運動を叫ぶべきだ。実のところ、最近まで日本政府は尖閣問題を棚上げしてきたし、多くの日本人が尖閣(や竹島)の存在すら知らなかった。10年ほど前まで、中国は政治経済軍事の全分野で今よりずっと弱かった。日本が中国と交渉するのも今より楽だった。尖閣が大事なら、日本政府はその時代に尖閣を国有化すべきだった。私が中国の台頭を予測する記事を書き始めたのは2001−03年ごろだ。私などよりずっと国際情勢を鋭く見ているはずの日本政府は、もっと前から中国の台頭を予測できたはずだ。 (アメリカを出し抜く中国外交 [2001年6月]) (静かに進むアジアの統合 [2003年7月]) (中国人民元と「アメリカ以後」 [2004年2月]) 尖閣の近海の漁場では、かなり前から日本の漁船があまり操業せず、中国漁船が多く操業している。1970年代まで、日本の漁船は中国近海まで行って漁獲していたが、日本の人件費が上った最近は日本漁船が遠くに行かなくなり、逆に中国漁船が日本近海まで来ている。尖閣近海が日本に重要な漁場というのは間違っている。石油ガスなどの海底資源についても、尖閣周辺が宝庫というならさっさと開発を始めればよい。対米従属の日本政府は、米国の大手石油会社に気兼ねして、独自の石油ガス開発をする気がない。日本が尖閣周辺で石油ガスを掘る時は、日本が対米従属を離脱してアジア(中国)重視になる時だという皮肉な状態だ。 日本政府は、尖閣の領土が大事だから国有化したのでない。政治や経済(ドル、米政府財政)の面で、米国の覇権の揺らぎがひどくなっている中で、中国を敵として日米同盟(日本の対米従属)を強化する必要があるので、中国側が激怒するとわかっていながら、尖閣を国有化した。日本政府(官僚機構)にとって、経済と尖閣を比べると経済の方が大事だが、経済と対米従属を比べると、対米従属の方が大事だ。だから経済を犠牲にしても中国を尖閣国有化で怒らせた。 かつて日本の官僚機構は、対米従属ができなくなるので、日本が経済的に米国を追い抜かすことを嫌がり、1980年代末からバブル崩壊を意図的にひどくして、日本が米国を抜かさないようにした。官僚機構は、対米従属の国是を利用して日本の政治権力を握っているので、自国の経済が破綻しても対米従属が維持できる方が良い。日本は官僚独裁の国だ。独裁者は、自分の権力を守るためなら、国民の暮らしや経済を軽視する。 もう一つ尖閣国有化の具体的なタイミングとして存在したのが、米軍の新型ヘリコプターであるオスプレイの普天間基地への配備だ。8月まで、日本ではオスプレイ反対の世論が強まっていたが、9月に入って尖閣が国有化され、日中対立が激化して中国の脅威が喧伝されると、オスプレイ配備への反対も下火になった。沖縄ではほとんどの人々が強く反対し続けているが、本土では「配備に反対する左翼は中国のスパイ」という感じの、昭和19年的な言い方が流布した。おかげでオスプレイは無事に配備が進んでいる。 オスプレイが普天間に配備されると、中国の脅威への米軍の対抗力が強まるという見方があるが、それは対米従属用のプロパガンダだ。米国(日米)と中国が戦争するとしたら、主たる戦力はミサイルや爆撃機であり、急襲用の海兵隊はほとんど関係ない。日本政府によると、米軍は「中国が暴動などで国家的に自滅した場合、上海の米国人を救出するためにオスプレイが役立つ」と説明している。こんな言い方になるのは、中国が国家的に元気な状態で米国と戦争するケースでオスプレイが役立つと言えないからだ。中国が国家崩壊する可能性は非常に低いので、対中国でオスプレイが役立つ場面はほとんどない。 オスプレイが役立つのは、アフガニスタンのような飛行場が未整備で内戦状態の国だ。アジアで唯一そのような場所は、イスラムゲリラ(モロ解放戦線)が跋扈するフィリピンのミンダナオ島だったが、最近フィリピン政府はモロ戦線と和解する交渉をまとめた。オスプレイはアジアに不必要だ。 (Philippines, Muslim rebels reach peace deal) 米国が中国に戦争を仕掛けるとしたら、それを察知した中国がまず米国債の大量売却や、国際決済でのドル不使用の加速など経済面で米国を窮地に陥れようとするだろう。中国はすでに米国債を買い増すのを控え、日本やEUを含む世界各国と、ドルでなく人民元と相手国通貨での貿易決済の体制を強化している。中国政府が金地金を買い増し、人民元をドルペッグから金本位的な制度に移行することを検討しているとの指摘もある(今のところ非現実的だが)。米中が戦争するとしたら、軍事よりはるかに先に、経済が戦場となる。 (China Launching Gold Backed Global Currency) (China, Russia, and the End of the Petrodollar) 米議会は10月8日、中国のネットワーク機器メーカーの華為技術(ファーウェイ)とZTE(中興通訊)のルーターなどを輸入禁止にすることを決めた。米国で使われている両社のルーターが、サーバーのデータを大量に中国に送信するスパイ活動を行っている疑いがあるという。米当局は具体的なケースを何も発表しておらず、中国側は容疑を全否定している。中国を悪し様に言う傾向がマスコミで定着している日本では「中国がやりそうなことだ」と思う人が多いだろうが、米国が各地の敵性諸国に濡れ衣の罪状をかけてきた国際情勢をずっと見てきた私には、米当局がまた濡れ衣をかけているのでないかと感じられる。 (U.S. lawmakers seek to block China Huawei, ZTE U.S. inroads) この例から、米国が中国に経済戦争を仕掛ける傾向を強めていることがうかがえる。今後もこの米国の傾向が続き、中国は米国の経済覇権を崩そうとする動きを強めると予測される。しかし、米中が軍事的な戦争をする可能性は(今のところ)低い。中国よりも米国の方が、来年初めから財政難がひどくなると予測されるなど、今後の経済の先行きが悪い。 (GOLDMAN: A Significant Tax Hike Is Coming, And Neither Party Is Even Talking About Stopping It) 米国各地で最近シェールガスが産出されていることを米経済の新たな強みだという分析があるが、これも危険だ。シェールガスは枯渇するまで百年持つと喧伝されているが、実際のところ10年未満で枯渇するとの指摘がある。百年持つというのは、シェールガスへの投資を増やそうとする詐欺的な言い方でないかと疑われる。米国はシェールガスへの依存を強めている。もし数年後に枯渇の傾向が顕著になった場合、米国は混乱し、経済と外交の戦略転換を迫られる(中国はエネルギー産出国でないが、中国と連携を強めるロシアやイランは産出国だ)。 (Get Ready for the North American Gas Shock) (North America Is Poised For Huge Natural Gas Shock) 経済を使った中国の攻勢に、親米諸国はどこも苦戦している。フィリピンが中国と領有権で対立している南沙群島問題も、フィリピン側が米国から扇動されて昨年から領有権の主張を強め、それまであった問題を棚上げする合意が破られた。その後、対立が激化したものの、経済面で中国がフィリピンを隠然と制裁し、フィリピンの財界が政府に対し、中国との関係改善を求める圧力を強め、政府上層部が親中国と反中国(親米)に分裂している。アキノ大統領は表向き反中国だが、裏で中国と交渉し、対立を解こうとしている。 (China splits Philippine politics) 最近の記事に書いたが、オーストラリアも、米国の中国包囲網を支持する傾向を弱め、米国よりも中国との経済関係を重視するようになっている。 (尖閣問題と日中米の利害) 台湾では最近、これまで反中国の牙城だった民主進歩党の謝長廷・元党首が中国を訪問し、非政治的な私的な訪問と言いつつ、中国側の高官と相次いで会った。謝長廷はこれまで中国を訪問した民進党幹部の中で最高位で、訪中は民進党の大転換だ。民進党は08年の大統領(総統)選挙に負けて下野するまで、台湾独立の目標を掲げる中国敵視の党だった。だが民進党は、中国の経済台頭、台中の経済関係の緊密化、米政府が台湾を見捨てる傾向の強まりを受け、中国敵視や台湾独立を掲げ続けて選挙に勝つことが難しくなった。今回の謝長廷の中国訪問は、民進党が再起のために「台独派」を切り捨ててノンポリ層を取り込もうとする動きを意味している。 (Key Taiwan opposition figure in China visit) 民進党が中国敵視の旗を降ろすことは、台湾が米国主導の「中国包囲網」から離脱していくことを意味する。台湾は尖閣問題でも、中国と同一歩調の「釣魚台(尖閣)は中華民国(中国)の一部だ」と主張し、日本との対立を強めている。台湾は、日本統治時代からずっと親日的な人々の島だった。40年前に日本が中国(中共)と国交し、台湾(中華民国)と断交した後も、台湾はずっと日本との関係回復を望んでいた。日本が中共を本気で弱体化させようと考えてきたのなら、まずできる限り台湾との関係に大切にして、米国が許すなら中共が怒っても台湾と国交を結び、同時に台湾に尖閣を日本領と認めさせておくべきだった。 (台湾の日本ブーム [1999年8月]) 外交とか領土問題は、国家にとって長期の課題であり、10年や20年の歳月は短期間である。20年前(1993年)ごろから日本が腰を据えて本気で取り組んでいたら、台湾がふらふらと中国に吸い寄せられることも、尖閣問題で台湾と中国が結束することも防げた可能性が大きい。今になって「尖閣が大事だ」とか「中国の台頭を抑止せよ」とか叫ぶぐらいなら、前もって打つ手はいくつもあった。私は以前から「台湾は米国に見捨てられる」「台湾は中国の傘下に入る」と予測してきたが、台湾独立や民進党を支援する日本人から誹謗中傷されるぐらいしか反応がなかった。 (台湾を見捨てるアメリカ [2004年11月]) 日本政府の真の目的は、中国の台頭を抑止することでなく、米国の中国包囲網に寄り添って対米従属を維持・強化することなので、政府の叫びは格好だけだ。中国と戦争するなら、日本は10−20年前から準備する必要があった。そうした道理は官僚機構も知っているはずだ。何も準備していないのだから、日本は中国と戦争しない。以前の記事に書いたように、中国側で日本非難が強まっているのも、実際の日中戦争と無縁の、国内政界の左派と中道派の対立のためだ。 (尖閣問題と日中米の利害) 反戦運動が生き甲斐の左翼の人々は、戦争が起こりそうでないと生き甲斐がないので「日中は戦争しそうだ。田中宇は甘い。戦争反対!」と言いたいだろうが、実際はそうでない。日本人は左翼も右翼も、自国周辺と世界の情勢をもっと見た方が良い。 中国は日本と戦争しないが、経済面で日本に被害を与え続けるだろう。数年前までの中国は、日本からもらいたい経済面の技術や知識が多く、日本に被害を与えるのでなく協調関係を優先していたが、中国は急速に経済技能を獲得し、日本に頼る必要性が減っている。対照的に日本は、市場の面で、中国の消費者を必要とする傾向が強まっている。このような経済面を見ると、日本が尖閣で中国と対立するのは愚策である。 中国では、尖閣問題で日本を非難することが、1945年までの「抗日戦争」の延長で語られ、抗日戦争が政治正統性の源泉である中国共産党を強化する役目を果たしている。日本が尖閣問題を煽るほど、中国では、多くの日本人が嫌悪する共産党政権が強化される。こうした点も、尖閣で中国を敵視することのマイナス面になっている。 (Unhappy anniversary) 日本人の多くは現状を「日本の窮地」と思っていないだろうが、今回の記事を読んで感化された人の中には「日本はこの窮地をどう乗り切るべきか」「自国の政策を批判して何も対策を考えないのは無責任だ」とか、急に考え始めて言ってくる人がいるだろう。対策は10年以上の長期で考える必要がある。尖閣は日本が実効支配しているのだから、これに対して中国が騒がないようにすればよい。中国側はトウ小平の時以来、基本的に尖閣問題の棚上げを望んできた。胡錦涛から習近平への政権交代が終わり、時間が経てば、尖閣問題は再び棚上げ方向に流れるというのが一つの予測だ。それが楽観的すぎるとしたら、日本側から中国側に、尖閣周辺での資源の共同開発など何らかの好条件を出し、中国側が尖閣を使った反日運動を煽動するのをやめるように持っていく方法がある。
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