エネルギーで再台頭めざすロシア2011年11月11日 田中 宇11月8日、ロシアからドイツに天然ガスを運ぶバルト海の海底パイプライン「ノルドストリーム」の開通式がドイツで行われ、独メルケル首相と露メドベージェフ大統領、フランスとオランダの首相らが参加した。 (Nord Stream Pipeline Could Be A Game-Changer For Ukraine, Belarus) ロシアの西シベリアの天然ガスは従来、反ロシア的な色彩を持つウクライナやポーランドを経由して欧州に運ばれており、特にロシアとウクライナの対立が、ガス輸送の停止を招いてきた。ノルドストリームができたことで、今後はロシアのガスがウクライナやポーランドを迂回してドイツなど西欧に運ばれる。ノルドストリームは数年前、当時のロシアのプーチン大統領とドイツのシュレーダー首相との強いつながりの中で決定された(プーチンはKGB時代に東ドイツに駐在し、冷戦後もドイツ政財界とのつながりが深い)。 (プーチンの光と影) ポーランドやウクライナをめぐる国際政治は、第二次大戦前から、ロシア(ソ連)とドイツが結託して間にあるポーランドなどを分割支配しようとして、独露に対抗するため英国(米英)がポーランドなどに加勢する動きが続いてきた。第二次大戦の開戦となったドイツのポーランド侵攻も、英国がポーランドを扇動して反独的な態度をとらせたことから起きている。そうした歴史を踏まえると、ノルドストリームが「独ソ不可侵条約」の再生としての独露同盟の方向性であり、国際政治的に重要であることがわかる。 (Nord Stream: A commercial project with a political vision) (ロシアと東欧の歴史紛争) ノルドストリームに対しては、独露結束を警戒するスウェーデンやデンマークも、バルト海の「環境問題」などを口実に反対したため、5年以上の交渉を経て完成した(きれいごとで語られる国際環境問題の多くが、実は覇権的な政治紛争であることの一つの象徴だ)。完成の時期が、米英投機筋がドル延命のためにユーロを潰そうとして起きているユーロ危機の真っ最中であることも興味深い。 米英中心の国際報道の世界では、ドイツを中心とするEUにとって、米英は同盟国であり、ロシアは警戒すべき脅威だ。しかし実際のところドイツにとって大きな脅威は、投機筋という金融兵器を使ってユーロを潰そうとする米英の方だ。ドイツが、ノルドストリームなどを通じて、目立たないかたちでロシアとの協調を深めるのは自然な流れだ。ロシアの貿易の約半分はEUが相手だが、ロシアは近いうちにWTOに加盟すると指摘されている。WTOに加盟すると、欧露間の貿易の関税が大きく下がり、欧露の経済関係が強化される。 (Russia poised to join world trade body) ▼中国や米国を取り込むプーチンのエネルギー戦略 ロシアが埋蔵する石油ガスを世界各地に売ることを通じ、ロシアの国際政治力を高めていこうとする戦略は、プーチンが00年に大統領になる前から持っていた構想だ。プーチンは、大統領の任期の上限(2期8年)を終え、08年から子分のメドベージェフに1期だけ大統領をさせつつ自分は首相をした。だが、来年から再び大統領に返り咲こうとしている。メドベージェフが大統領再選を目指さないと表明し、プーチンが大統領に戻ることが内定したのは9月だが、ロシアはちょうどその時期から、エネルギー輸出を使った国際政治戦略を、世界に対して再び強化している。 (Putin to return as Russian president) 中国との間では、シベリアの天然ガスを中国まで運ぶパイプラインがほぼ完成したものの、価格交渉でもめている。シベリアのガスは、東に運ぶと中国が売り先だが、西に運べばEUに売れる。ロシアは中国に「君らが買わないならEUに売るよ」と言い、欧州に売るのと同水準の国際価格で売りたいが、中国はロシア経済に長期的な投資を行う条件で、もっと安くガスを買いたいと言い、まとまらなかった。 (Putin Courts China as Russia Seeks to Bridge Gas Gap in `Landmark' Visit) (Russia Will Not `Subsidize' China on Gas Price, Gazprom Says) この件で、プーチンが10月中旬に北京を訪問し、中国側と大詰めの交渉を行った。中露の価格交渉はまもなく妥結すると報じられている。プーチン訪問時に中国政府は、ロシア、ベラルーシ、カザフスタンの3カ国でつくる経済協力体に対して投資することを決めている。3カ国の協力体は、今は関税同盟だが、2015年にEU型の「ユーラシア同盟」になることをめざしている。同盟体の結成はプーチンの戦略だ。中国からの投資の見返りに、プーチンは中国に安くガスを売ることにしたのかもしれない。エネルギー取引を通じて、中露間の戦略関係が強化されている。 (China and Russia `Working Hard' to Complete Gas Deal) (Beijing and Moscow to put $1bn each in fund) 米国はロシアにとって敵のように見えるが、ロシア政府系の石油会社ロスネフチは、米国のエクソンモービルに対し、一緒に北極海の油田を開発しようと持ちかけている。ロスネフチがやっている北極海の油田開発にエクソンが参加する見返りに、エクソンがやっているメキシコ湾の油田開発にロスネフチが参加する契約が、今年8月末に締結されている。これがプーチンの戦略であることを象徴するかのように、契約の調印式は、プーチンとエクソン首脳(Rex Tillerson)の間で行われている。 (Exxon and Rosneft sign Arctic deal) 北極海の海底油田開発は以前、英国のBPとの合弁事業となる予定で、交渉が進められてきた。しかし近年、英国とロシアとの関係がスパイ問題などで悪化するとともに、ロシアはBPを敵視するようになった。ロスネフチが北極海油田の開発でBPを外してエクソンと契約した直後、ロシア当局がBPのモスクワ事務所に家宅捜索を仕掛け、犯罪者扱いを強めた。 (BP Raid Continues in Moscow) 米国とロシアは冷戦の仇敵だが、もともと冷戦は英国が米国を、英国好みの地政学的な対決構造に引っ張り込んで始めたものだ。米英の覇権が崩れ、覇権の多極化が進んでいくだろう今後は、米国は北米の地域覇権国の座に縮小的におさまり、ユーラシア内陸の地域覇権国であるロシアと対立しない存在になる。北極海は、米国が主導する北米と、ロシアとの間に横たわる海だ。そう考えると、多極化を先取りするかたちでロシアと米国の石油会社が北極海の油田開発で合弁し、その一方で英国の石油会社がはじき飛ばされていくのは、合理的な流れである。 ▼ユーラシア諸国の協調が再び進展しそう 今春の福島原発事故後、世界は原子力発電を離脱していく方向に動き出した。自然エネルギーは代替物として鳴り物入りだが実用性がまだ低い。人類は石油ガスに頼っていかざるを得ない。プーチンのエネルギー戦略は、今後さらに効果をあげそうだ。日本は、対米従属を貫くために、北方領土問題を解決せず日露関係を悪いままにしておく冷戦型の戦略を続けているが、今後米国の力が低下していきそうな中で、日露関係の低調さを放置するのが得策でなくなる。日本は国家戦略的な粘りがない(あきらめが早い)ので、逆転的な得策を考えようとせず、ロシアから石油ガスを高値買いする道を選ぶだろう。ロシアが混乱し、日本に協力を求めていた90年代の橋本・エリツィン時代に石油ガスの利権を買っておけば安かったのだが、もはやあとの祭りだ。 (欧米のエネルギー支配を崩す中露) すでに少し書いたが、プーチンは石油戦略と同時に、ロシアと周辺諸国を経済統合してEU型の「ユーラシア同盟」を2015年までに結成する構想を、大統領への返り咲きが内定した直後の10月初めに発表した。今のロシア、ベラルーシ、カザフスタンで構成する関税同盟を強化し、他のロシア周辺諸国も入れて、通貨政策の協調を含む経済統合を進める計画だ。米英では、ユーラシア同盟がソ連の復活をめざす構想だと批判されているが、内容的に経済主導であり「ソ連」より「EU」に近い。地域的には、安保協調体制であるCSTO(集団安全保障条約)と重なっている。 (Russia's Putin Says Eurasian Union May Be Created In 2015) ユーラシア同盟には、旧ソ連諸国だけでなく、トルコも加盟を検討する方向だ。トルコが入るとイランもという話になるだろう。ロシアとトルコ、イランは19世紀にコーカサスを3方から支配していた旧帝国であり、3カ国が協調するとコーカサスは安定する。逆に米英は、コーカサスを不安定化し、敵であるロシアやイランに悪影響を与えようとしてきた。ここでも地政学的な逆転が起こりつつある。 (Politician: "Turkey will get an offer to join Eurasian Union late or early") さらに東に目を向けると、中露協調の上海協力機構の地域になる。プーチンは覇権の多極化を意識しており、ユーラシア同盟をEUとアジア太平洋地域の間に位置する「世界の極の一つにする」と述べている。インドも入れて中露印の協調体になりそうな上海協力機構と、ロシア中心のユーラシア同盟との関係がどうなるかが重要だ。米国という重石がなくなった後、中国とロシアが協調できなくなると、ユーラシアも世界も不安定になる。 (One Eurasian Union, please. And hold the imperialism!)
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