09年夏までにドル崩壊??2008年12月6日 田中 宇11月17日、米ワシントンDCでのG20金融サミットが具体的成果をあげられずに終わった2日後、欧州のLEAP/E2020(2020年の欧州)というシンクタンクが「ドルを基軸とした今の国際通貨制度(ブレトンウッズ体制)は、根本的な改革がなされない限り、09年(来年)夏までに制度崩壊する。この体制の中心にいる米英が急速に弱体化し、米財政は破綻して、世界は非常に不安定になり、戦争や暴動が起きる」「世界がドルを見放したら(米国債を買わなくなったら)、通貨制度改革の交渉もできなくなり、手遅れになる。世界の指導者は、3カ月以内に現状を把握し、6カ月以内に対策を決定する必要がある」などとする予測を発表した。(関連記事) LEAP/E2020は、今回の世界的な金融危機が起きることを察知した欧州の分析者が、2006年1月に作ったシンクタンクで、07年夏に金融危機が起きる前から、米不動産市況の崩壊による危機の懸念、ドルや米財政の潜在危機などを指摘し続けてきた。06年3月に米連銀がドルの通貨供給量M3を発表しなくなった直後、すでに「ドルが危機的状態に入ったので、連銀はM3発表を止めたのだ。いずれドルは崩壊する」と指摘していた。(関連記事) 07年まで、米経済は表向き好調だったので、米経済の崩壊を予測した彼らは当初、多くの「専門家」から酷評中傷されたという。(同時期には、すでに米英発の情報を詳細に分析すれば、経済危機の潜在を察知できたので、私も06年1月に「アメリカ発の世界不況が起きる」という記事を書き、最近まで酷評中傷・与太話扱いを受けていた)(関連記事) 彼らは、今年6月16日には「今年7月から12月末に、世界システムの危機は佳境に入る」との予測を出している。その後、9月にリーマンブラザースやメリルリンチなどが相次いで破綻し、米国の金融危機は財政危機と大不況を併発して急拡大し、まさに予測どおり、世界システム(覇権システム)の危機は佳境に入った。彼らがこの予測を出した時期は、リーマンブラザーズが最初に危機に陥った直後で、リーマンは連銀の救済融資を受けて延命したが、いずれリーマンは危なくなると感じられたころである。(関連記事その1、その2) (彼らの予測のうち、経済面は鋭いが、政治面は今一つだ。10月までにイランが空爆される確率は70%、という予測は違った。エジプトなどの政権崩壊の可能性60%、というのも外れている。イスラエルが和平傾向を強め、状況が変わった。とはいえ最近、イスラエル軍は米国に反対されてもイランを空爆する準備を始めたとか、ペルシャ湾外に米空母が再結集しているという話が出ており、イランが空爆される可能性はまだある)(関連記事その1、その2) ▼頼りにならない中国 そのようなLEAP/E2020が「6カ月以内のドル崩壊」の予測を出したのは、重視すべきことである。彼らは、ブレトンウッズ機関(IMF、世銀)の根本的な改革がなされれば、通貨制度の崩壊は防げると言っている。これは、11月15日のG20会議のテーマでもあり、私なりに理解すると、基軸通貨がドル一極の状態から、ユーロ、円、人民元などを含む多極的な状態に拡大する方向でブレトンウッズ体制が大変革されれば、ドルが信用を失墜しても、国際通貨体制はソフトランディングしうる。 しかし今のところ、国際通貨体制は軟着陸しそうもない。たとえば軟着陸には、世界有数の富を蓄積するようになった中国人民元の切り上げや国際化が必要だが、中国政府が最近採った方針はむしろ逆に、ドルに対する人民元の為替上昇を止める「切り下げ」の方向である。人民元の対ドル為替相場は一定の変動幅の範囲内で動くように中国政府が市場介入しており、以前は変動幅の上限に貼りつくことが多かったが、最近は下限に貼り付く事態となっている。中国政府は人民元安を誘導している。(関連記事) 9月のリーマン倒産以来、米欧市場の需要を底上げしていた金あまりを支えていたレバレッジ金融の崩壊が急に進み、10月から米欧市場の需要は急減して不況に突入した。中国から米欧への輸出も大幅減となり、広東省などでは工場閉鎖が相次ぎ、失業が急に増えて中国社会は不安定さを増している。中国は、多様なので不安定になりやすい国だ。中国政府は、国内の安定を最優先せざるを得ず、国際通貨体制の事情につき合う余裕がない。(関連記事) 人民元の切り上げを望む米欧の要求は無視され、中国政府は人民元をできるだけ切り下げ、米欧に対する中国製品の価格競争力をつけて、輸出産業の復活と失業の抑制を狙っている。中国政府がこうした姿勢をとる限り、人民元の国際化は進まず、通貨の多極化も起こらず、国際通貨体制は軟着陸できない。ドルのハードランディングは不可避となる。国内事情を優先する中国政府の姿勢は、米欧から自己中心的だと批判されている。「1930年代の大不況時、主要国が世界全体のことを考えず、自国経済を守るために通貨切り下げ競争に入り、40年代の第二次大戦を引き起こしたのと似た状況になっている」と指摘されている。(関連記事) 中国政府は11月、中国に内需拡大を要求する米欧の圧力を受け、6000億ドル(4兆元)の内需拡大用の財政支出を行うと表明した。しかし、その大半は、政府自身が出さず、省などの地方政府に「地方政府の予算で需要喚起のための財政支出を増やせ」と命じるだけのもので、実際に地方政府が支出を実行するかどうかは非常に怪しい。中国経済は成長が減速しており、世界経済の牽引役となること期待するのは無理だとという論調が出ている。(関連記事その1、その2) 世界経済の現状は、通貨の多極化も、消費の多極化も、遅々として進まない。このままだと、ドルに代わる基軸通貨体制が決まらないまま、ドルに対する国際信用が失墜し、米国債が不履行になって長期金利が急騰し、ドル建ての石油や金や食料の価格が高騰してインフレが再燃する。世界経済は大混乱し、戦争や暴動が起き、LEAP/E2020が予測する事態が起きうる。 ▼自作自演の米国債買い取り ドルは、延命する可能性もある。ドルの破綻は、長期米国債が売れなくなるところから始まりうるが、米連銀は最近「量的緩和策」の一環として、米国債が売れ残る事態に備えて、連銀があまった米国債を買い取る新政策を検討している。名目上、連銀は政府から独立した機関であり、ドルの輪転機を回して刷るだけで米国債を買うことが可能だ。(関連記事) すでに連銀は、金融危機対策として民間債券を買いまくり、この1年間で3倍の資産膨張をしている(連銀資産は1兆ドルから3兆ドルへと増えつつある)。この策の拡大版として、民間だけではなく政府の債券を買うのが、今回の新政策だ。(関連記事) このやり方をすれば、毎回米国債は完売し、長期金利の上昇という財政破綻の兆候も出現せず、ドルは崩壊しない。連銀が米国債の購入を検討していると発表した直後、長期米国債の売れ行きが急に良くなり、長期金利が下がった。米国と同様に財政赤字が急増している英国の中央銀行も、同様の延命策を検討している。(関連記事) しかし連銀は事実上、米政府の機関である。財務省が売り出す米国債を連銀が買うのは、自作自演の錬金術であり、ドルの発行者である連銀の信頼を失墜させる。数カ月から1年ぐらいは延命できるかもしれないが、その後に起きるドルに対する信用失墜の表面化は、手に負えない巨大なものになる。 ▼悪ガキに乗っ取られた国連が世界を救う? 今週は、国連(DESA+UNCTAD)も「来年は、ドルのハードランディングがあるかもしれない」と予測する報告書(World Economic Situation and Prospects 2009)を発表した。報告書によると、今はまだ、株や債券から逃避した資金が米国債に向かっているのでドルは安泰で、経済減速がデフレの傾向を生んでいるが、これが一段落すると、ドルに対する不安が主たる懸念になる新事態に転換するかもしれず、そうなるとドルは早ければ来年(09年)、他通貨に対する急落やインフレを引き起こすかもしれない。(関連記事) 国連は、この報告書を毎年発表しており、昨年や一昨年から、米国の貿易赤字拡大や、米住宅市況の悪化が引き金となって、ドルはハードランディングするかもしれないと予測されていた。今のところ、予測は外れているが、今後はわからない。(関連記事) IMFと世界銀行という「ブレトンウッズ機関」(1944年のブレトンウッズ会議で設立された機関)は、国連の機関である。国連では今、中南米(ニカラグア)左翼出身のミゲル・デスコト・ブロックマンが国連総会議長となり、彼を中心に、発展途上国の代表が国連を牛耳り、従来の米英中心体制をぶち壊しにかかっている。国連は、左翼とイスラム主義者に乗っ取られている。以前に書いた「国連を乗っ取る反米諸国」の流れである。 国連総会を掌握する彼らは、安全保障理事会を中心とした従来の国連の意志決定メカニズムを壊している。彼らは、総会の下にある「社会経済理事会」の傘下にIMFと世銀を組み入れる新体制を計画中で、欧州がIMFトップ、米国が世銀トップを出して米欧がIMFと世銀を支配していた、従来の構造を終わらせようとしている。(関連記事) 左翼やイスラム主義者に乗っ取られて機能不全に陥っているかに見える国連だが、その国連は、ドルのハードランディングを防ぐための方策を提案している。11月29日、中東カタールのドーハで、国連の経済会議(開発資金会議)が開かれた。この会議は2002年の途上国経済発展に関する「モンテレー合意」の実行を総括することが目的だが、モンテレー合意には、国際金融システムの改革も含まれている。(関連記事) 会議に際して記者会見したデスコト国連総会議長は「従来の国際金融システムは、もはや機能していない。新たな金融システムを作る必要がある。新たなシステムを作るための国際会議を、来年3月に開くことにした。世界のすべての国家元首に招待状を出す」と発表した。これは、提案のされ方から考えて、11月に米ワシントンDCで開かれた「第2ブレトンウッズ会議」の続きである。国連を乗っ取った左翼やイスラム主義者たちは、新たな国際通貨体制を作ろうとしている。しかし、彼らにそんなことができるのだろうか。(関連記事) ドーハの国連会議には、IMFも世銀もトップが来ず、主導役はみな発展途上国の代表だった。記者会見したデスコト総会議長は、IMFと世銀の欧米人トップたちの不参加を批判した。どうも欧米人たちは、国連を途上国の勢力に乗っ取られたことが不満で、ドーハ会議を欠席したかのようである。しかし同時に、フランスのサルコジ大統領や、ロシアのメドベージェフ大統領といった多極主義系の主要国の首脳たちは、デスコトのやり方を評価している。(関連記事その1、その2) 多極主義者たちは、米英の影響力から最も遠い勢力である中南米左翼やイスラム主義者といった発展途上国の代表たちに、国際通貨制度の作り直しを任せる戦略をあえて採っているのだろうか。国連を乗っ取っている途上国の連中は、教師(英米)がいなくなったすきに教室の後ろの方で大騒ぎしている悪ガキのようにしか見えないが、実はニューヨーク資本家筋の、世界システムを知り尽くした連中が、こっそり入れ知恵をしているのかもしれない。(かつてロシア革命にトロツキーを送り込み、「世界革命」によって英国の覇権体制を壊そうとしたように)(関連記事その1、その2) あるいは、世界を多極化するために不可欠な米英中心体制の崩壊を間違いなく引き起こすために、意図的に未経験で無能な勢力に国際社会の運営を任せているのか。どちらにしても、世界の運命は「途上国の悪ガキども」の手に握られている。この現状自体が、国際政治のダイナミズムを示しているとも感じられる。しばらくは、国連の動向から目が離せない。
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