ドルの崩壊が近い2008年3月18日 田中 宇先週、米英のマスコミやアナリストらが、いっせいにドル崩壊の可能性を指摘し始めた。米ワシントンポストは3月13日に「アメリカは巨額の貿易赤字、不況、原油高、インフレ、金融危機など、あらゆる経済難を一挙に受け、ドルの大幅下落に直面している。しかも、危機からどうやって脱出できるかわからない状態だ。連銀は追加利下げしそうだが、それによってますますドルは危機になる」という趣旨の記事を出した。(関連記事) 英ガーディアン紙は、3月14日の「自己増殖する金融危機」(This crisis has a life of its own)と題する記事で「米連銀は事態を制御できていない」「この危機はソフトランディングできるという予測は間違いだ」「1930年以来の巨大な金融危機になる」「市場の混乱は今後もっとひどくなる」「ドル安は加速し、近く先進各国の中央銀行がドル救済のため協調介入するだろうが、歯止めにはならない」「相場の下落は、アメリカの不動産市場に底値が見えるまで続くが、底が見えるのは、まだまだ先の話だ」と指摘している。(関連記事) また、英テレグラフ紙は3月14日の記事で「インフレに苦しむアジア(中国)や中東(GCC)などは、インフレの元凶である自国通貨の対ドル為替連動(ペッグ)を外すことを検討しているが、ペッグが外れたら、ドルは急落する。世界的に過剰なドルが貯まっているので、ドルはいったん急落すると、どんどん下落幅が拡大するだろう」とするアナリストの指摘を載せている。(関連記事) フィナンシャルタイムス(FT)は、毎日のようにドルの危機を警告する記事を出している。「債券市場は、底が抜けた感じになっている。連銀は有効な対策を打ち出せていない」「IMFは、先進各国政府に、最悪の事態に備えよ、公的資金を使って国際金融危機の悪化を食い止めよ、と要請している」「米欧日の当局が市場介入してドルの下落を抑えるべき時がきているが、介入で現在のドル相場を維持することはできず、ドルの下落速度を遅くするだけだ。(対米貿易黒字が多い日中など)アジア各国は、自国通貨の対ドル為替の大幅切り上げを容認せざるを得なくなる」などと、一連の記事で書いている。(関連記事その1、その2、その3) 米AP通信は3月13日、世界中の商人たちが、米ドルでの支払いを受け取らなくなり、ユーロなどドル以外の通貨が好まれるようになった現状を書いている。各国の当局は、まだドル本位制にこだわっているが、すでに民間の商売人たちの間では、ドルは基軸通貨ではなくなっている。(関連記事) 米政府は以前から「強いドルが望ましい」と言い続けているが、彼らの発言と行為は全く正反対で、やっていることはドル安を扇動する行為の連続である。そのためロイター通信などのマスコミも今や、米政府高官が「強いドル」と言うたびに、それは実は「弱いドル」のことだと考えざるを得なくなったと書いている。(関連記事) ブルームバーグテレビの取材に応じた投資会社の経営者(Marc Faber)は「ドルは紙くずになった」(Dollars are printed on toilet paper)と宣言した。この発言を紹介した分析者は「G7(先進各国)がドルを買い支える話が出ているが、馬鹿げている。米当局がドルをどんどん増刷し、どんどん利下げして、米自身がドルを下落させている時に、他国がいくら買い支えても、下落が止まるはずがない」と喝破している。(関連記事) ドル崩壊の可能性については、私も何度か指摘してきたが、これまでは極論とみなされてきた。しかし今や、ドル崩壊は急速に現実の事態になりつつある。(関連記事その1、その2、その3) ▼債券の信用崩壊が拡大 今、アメリカの金融市場で起きていることの基本は、昨年夏に発生したサブプライム住宅ローン債券の市場破綻(売れ行きの急激な悪化)が、劣後のローンであるサブプライムの市場から、今年に入って、優良な一般の住宅ローン債券や、商業地の不動産を担保とした債券へと感染したことである。 住宅や商業地を担保とした「不動産担保債券」はこれまで、アメリカを中心とする国際金融界で「現金並みに安全な資産」として保有され、売買され、融資の担保として扱われてきた。その多くは、今も最優良格付け(AAA)を保っている。 だが、金融危機が悪化し、格付け会社がAAAとみなした債券の中からも破綻が続出し、格付けも信用できないという懸念が金融界に広がり、不動産担保債券の全体が、もはや安全ではないとみなされるようになった。これまで皆が大事に持っていたお金が、実はタヌキが化かした葉っぱだったとわかったような状態で、金融界のパニックは拡大した。 先週前半には、米大手投資銀行の中でも不動産担保債券の取引を積極拡大していたベアースターンズが、他の金融機関から担保の積み増しなど取引条件の引き締めを迫られて、資金難に陥っているという噂が金融界に広がった。(関連記事) ベアースターンズは噂を否定したが、その数日後には、連銀と、連銀に頼まれた同業他社のJPモルガンチェースが、ベアーに緊急融資を行う事態となり、週末の3月16日には、JPモルガンがベアーを買収すると発表された。買収前のベアーの株価は1株30ドル(昨年の高値は169ドル)だったが、JPモルガンはベアーを1株わずか2ドルで買いたたいた。事態は、火事場のたたき売りになっている。(関連記事) (1998年に米ヘッジファンドLTCMが破綻して起きた金融危機の際、連銀やゴールドマンサックスが大手の各投資銀行に、危機回避のためLTCMを救済してくれと頼んで回った際、ベアースターンズは「うちには関係ない」と言って協力を断った。今回ベアーがみじめな安値身売りをさせられたのは、98年の仕返しを受けたとも考えられる)(関連記事) ▼見当違いな米連銀の利下げ 同時に、融資や債券発行で資金調達し、企業買収や金融投機によって儲けてきたヘッジファンドも、従来は優良と思われてきたものが、投資家から危険視され、債券価格の下落や、貸し手からの融資担保の積み増し要求を引き起こしている。これらはいずれも、以前は安全で価値が高いと評価されていた金融商品が、危険で価値が低いと思われるようになったことから起きている。 問題になっている担保つき債券は種類が非常に多いので、一つずつの債券の取引頻度が低く、取引相場で時価を決定できない。そのため理論値で時価を決めるのだが、その理論値算定の根拠自体が投資家から疑われ、値段が確定できない状態だ。無理に価格を決めようとすると、ベアースターンズ買収のように、ものすごく安く買いたたかれる。 事態が危機から脱出するには、価格が決まらない底なしの状態が終わり、底値が見える状態になることだ。アメリカの住宅価格の下落は今年から来年一杯ぐらいまで続きそうで、住宅価格が落ちている間は、危機の出発点である住宅ローン債券の底値も見えない。このような困難はあるものの、米政府の連銀や財務省が工夫して底値が早く見えるような策を試みることはできるはずだ。底値が見えたら、その値段だと債務超過で破綻する金融機関が出てくるので、それを救済するか、倒産させるかという処理になる。 このように、事態は厳しいが対策がないわけではない。しかし、実際に米連銀が対策として行っていることは、救済とは言えない全く頓珍漢な行為である。連銀が昨年末から、緊急融資の額を急速に増やし、金利を大幅に下げることを、金融危機への対策として行っている。 これは金融機関が資金難に陥ることを防ぐ政策として行われているのだが、金融機関が陥っているのは資金難ではなく、担保割れなどの資産価値の下落であり、債務超過である。資金難は、資産は十分持っているのだがすぐに現金化できない時に起きる。これは緊急融資や、融資を誘発する利下げが対策として有効だ。しかし、資産そのものの価値が下がっているのだから、緊急融資や利下げは解決策にならない。潰れる直前の延命策以上の意味はない。 3月16日にベアスターンズのたたき売り的身売りが決まり、その余波としての危機悪化が週明け17日の世界の金融市場に広がらないように、米連銀は17日のアジア市場が開く直前の時間帯に、貸出金利を0・25%引き下げる発表をした。連銀は、3月18日の定例会議では、短期金利も大幅に再利下げすると予測されている。連銀は、銀行の資金難解消という、見当違いな対策にこだわる道を突き進んでいる。(関連記事) 当然ながら、この方向の対策をいくらやっても、大した効き目はなく、金融危機はひどくなり続けている。3月17日の英テレグラフ紙は、18日の利下げを先取りして「害悪にしかならない連銀の利下げ」(Feds rate cuts are worse than useless)と題する記事を出した。(関連記事) ▼日米欧協調介入は愚策 連銀による大幅利下げや巨額の緊急融資は、金融危機の対策になっていないばかりでなく、ドルという通貨の観点から見ると、ひどい害悪になっている。連銀が金融界に巨額の短期資金を注入するほど、ドルの発行量が増加する。 米当局は、ドルを刷りすぎていることを十分自覚しており、2006年春からドルの通貨供給量を発表しなくなった。通貨供給量の発表を続けていたらドルの過剰発行が人々にわかり、ドルはもっと早くから下がっていただろう。分析者の間では、ドルの通貨供給は、年率15%以上の早さで増えていると概算されている(望ましい増加率は5%)。(関連記事) ドルの通貨供給が増えるほど、世界はインフレになる。ドルを避けた投資資金は商品相場に流れ込み、石油や金や穀物の相場(すべてドル建て)が上昇する。これに加えて連銀による利下げは、ドルに投資した場合の利回りの低下を引き起こし、世界の投資家はドル建ての投資を避け、米金融市場への資金流入が細る。アメリカの投資家は自国のドル建て金融商品を売って、ユーロや人民元の資産を買う傾向を強める。連銀が、資金供給や利下げを加速するほど、ドル安とインフレ激化がひどくなる。 インフレ激化を受け、欧州や豪州、中国など、世界の多くの国々が、インフレ防止策として金利を引き上げている。ドルと他の通貨の金利差は広がり、ますますドル安になる。欧州や日本の中央銀行が、ドルの下落を食い止めるための協調介入を行うかもしれないという見方が出ているが、米連銀がドル安を誘発する利下げや資金供給を加速しているときに、日欧の当局がドル安を止めようと市場介入するとは、全く馬鹿げた話だ。やっても効果はない。 今の為替相場は1ユーロ=1・6ドル、1ドル=95円程度だが、先週からのドル下落の速さからすると、今後1カ月ぐらいの間に1ユーロ=2ドル、1ドル=80円という、今はほとんど非常識と思える水準までドル安が進んでも不思議ではない。 ドル安が進む中で、米当局が日本の当局に対し、何らかの協力を要請してくる可能性は大きい。世界の投資家が手放しそうな米国債を日本政府が買ってくれとか、円売りドル買いの介入をやってくれとか、最終的にドルや米国債の価値が大幅下落したまま元に戻らないとしたら、日本にとって大損失になる要請である。 日本の政界では、日銀総裁人事をめぐって与野党が対立し、総裁が決まらず、金融の政策決定に支障が出そうな事態になっている。これはひょっとすると、日本に損をさせるアメリカからの要請を断るための芝居として、福田首相と小沢民主党代表が事前に談合して演じていることではないかとも勘ぐれる。福田と小沢は、従来の日本の基本戦略である対米従属には未来がないと思っている点で意見が一致しており、日本を対米従属から引き剥がしていくための与野党大連立を、以前に画策している。 ▼日米欧の外側で破れそうなドル覇権 ドルが大幅下落しても、ドルに代わる基軸通貨(経済覇権)の重荷は、ユーロも円も引き受けたくない。日本は、覇権を持つことを嫌って対米従属に固執してきた。EUは、欧州周辺の地域覇権にはなるつもりがあるが、世界覇権にはなりたくない。重すぎる。日本は、円の国際化には一貫して消極的だった。EUは、ユーロが欧州圏から遠い場所での決済に使われることを望んでいない。米欧日(G7、先進国)が世界の中心である限り、ドルがいくら下がっても、基本的なドルの単独覇権には揺るぎがない。 だが、G7以外の世界の状況を見ると、ひょっとするとドルの単独覇権が揺らぐかもしれない事態が起き始めている。その一つは、以前の記事で書いたように、中東大戦争が起きた場合、イスラエルを支援するアメリカに打撃を与える目的で、アラブ産油国(GCC)が、今は何とか続けている為替のドル連動(ペッグ)をやめ、同時にOPECが石油の非ドル通貨建て販売を増やし、ドル建て販売を縮小する可能性である。 GCC、イラン、ロシア、ベネズエラなど、産油国の多くは、反米・非米的な国々である。そして、先物相場の動向から見ると、原油は今後もかなり長い間、1バレル100ドル以上の水準を維持しそうである。(関連記事) 原油を100ドルで計算した場合、産油国の埋蔵石油の総額は104兆ドルになる。この額は、世界中の上場株価の総額と、債券の発行残高総額の合計とほぼ等しい。このうち48兆ドル分が、GCC諸国の地下にある。OPEC全体では92兆ドル分である。年ベースでは、産油国は毎年総額で2兆ドル分の石油を産出している。(関連記事) これだけの資産があり、しかもドルは下落して使いものにならなくなっていくとしたら、GCCやOPECの諸国は、いつまでもドルを自国通貨の価値を計る道具として借りておく必要はない。石油の埋蔵資産、もしくは売った石油の代金の現金資産を背景に、自分たちの通貨に自前の価値を持たせた方が得策である。 従来のGCCは、国家の安全保障をアメリカの軍事力に頼っていたのでドルペッグは意味があったが、アメリカがイラク占領に失敗して中東からの撤退に向かい、追い詰められたイスラエルが中東大戦争を起こしそうな中で、GCCは考え方を変えつつある。(関連記事) ▼チベット騒乱と中国のドル離れ もう一つのドルペッグ大国である中国では、先週からチベットで騒乱(自治要求運動)が起きている。中国は今夏の北京オリンピックを成功させ、欧米中心の国際社会の中で大国として認めてもらおうとする戦略をとっているが、チベット人は北京五輪の5カ月前という今のタイミングで騒乱を起こし、欧米日にもともと多かった反中国的な世論を喚起して、欧米を五輪ボイコットまで引っ張っていこうとしている。 チベット人による独立・自治拡大要求の運動は、中国共産党が政権を取った直後の1950年代から、冷戦の一環として米英の諜報機関が亡命チベット人を支援して持続させている、米英の諜報作戦でもある。その歴史から考えて、今回の騒乱も、北京五輪を成功させて大国になっていこうとする中国政府の戦略を壊そうとする、米英諜報機関の支援・扇動を受けて行われている可能性が大きい。 (アメリカでは「多極主義者」と「米英中心主義者」が暗闘しているという私独自の図式から見ると、五輪の選定会で北京を勝たせたのは多極主義者であり、五輪を潰すために「これが最後のチャンスだ」と言ってチベット人の運動を扇動したのは米英中心主義者である) チベットの騒乱が今後どこまで拡大するかわからないが、もし国際的な五輪ボイコットに発展した場合、中国は面子を激しく潰され、絶望する。すでに中国のテレビでは、チベット族の暴徒が、ラサの漢民族の商店を破壊する映像が繰り返し放映され「勤勉な漢民族をねたむ一部のチベット族が暴動を起こしている」という図式が、中国人の大半を占める漢民族の頭の中にインプットされている。騒乱での死者の多くも、チベット族に殺された漢族であるとされている。 やがて中国の世論は「米英がチベット族を扇動して暴動を起こし、北京五輪を潰そうとしている」という見方になる。最終的に五輪がボイコットされた場合、中国の世論は反欧米の方に傾き、ロシアと似た反米ナショナリズムが席巻する。 従来の中国は、親欧米を保ち、欧米に認められて大国になろうとしてきた。プーチンのロシアは、中露の安保組織である「上海協力機構」などを通じて、中国をロシアと結託した反欧米の方向に持っていこうとしてきたが、中国はロシアの画策には乗りたがらなかった。しかし、チベットの騒乱が五輪失敗につながり、中国政府が親欧米を保った大国化の戦略に見切りをつけたら、その後の中国はロシアと結束し、反欧米の色彩を強めるだろう。 以前なら、中国とロシアが組んでも大した影響はなかったが、今は違う。中国・ロシア・中東産油国が、世界の富のかなりの部分を握るようになり、しかもアメリカはドル崩壊と金融危機で急速に経済力を減退させている中で、中露が結束し、そこにGCCとイラン、ベネズエラなどの産油国が加勢したら、欧米中心の世界は終わり、覇権は非米諸国の間で多極化する事態になる。 日本人の多くは中国が嫌いなので、チベット騒乱で北京五輪が失敗したら「ざまあみろ」と思うだろう。しかし、実はそれは自滅的な間違いである。北京五輪の失敗は、中国をドルから自立させて、ドルの崩壊、ひいてはアメリカの覇権崩壊を早めることにつながる。中東大戦争が起きた場合のGCCの反応と同じで、中国に関しても、米中政治対立が通貨のドル離れを引き起こす。ドル崩壊でアメリカは弱体化してアジアから撤退し、日本は唯一絶対の後ろ盾を失い、中国に頭を下げて友好国にしてもらうか、自閉的に衰弱をしのびつつ鎖国するしかなくなる。 ▼通貨の多極化 チベット騒乱が早期に下火になり、五輪開催に影響が出ない場合、中国は親欧米を維持し、米国債を売ってドル下落に拍車をかけるようなことはしないだろう。中東が大戦争にならない場合も、GCCはドルペッグを維持しようとするだろう。しかしこれらの場合でも、ドル下落とインフレ悪化はひどくなるばかりなので、早晩、いずれ中国やGCCはドルを見限り、自国の資産を背景に、通貨に自前の価値を持たせていくだろう。 今後のアメリカは、一時的には破綻した状況になるだろうが、もともと国土の大きな潜在力のある国なので、何年かすると立ち直り、近隣のカナダやメキシコとの連携を重視した地域覇権型の国に生まれ変わっていくだろう。イギリスの黒幕的覇権から脱出する「第2の独立」である。(関連記事) ドルは破綻するので廃止し、代わりに北米共通通貨「アメロ」に切り替える構想がある、という指摘もある。ドルが破綻する前に、米国債が債務不履行(紙くずに近いもの)になるかもしれない。世界の通貨体制は、ドルの一極体制から、ドル(アメロ)、ユーロ、GCC共通通貨、人民元(もしくは日中基軸のアジア共通通貨)などの多極体制になる。基軸通貨が多いと、投機的為替取引が絶えないので、国際協約をして、新たな国際基軸通貨が作られるかもしれないが、今はまだその辺の予測はつかない。(関連記事) この時期になっても、日本が「どうしても」というなら、太平洋をまたいでアメリカの属国であり続けることはできるかもしれない。だが、そのころの日本は、除夜の鐘が鳴って昨年を忘れるように、1945年8月15日に軍国主義をきれいさっぱり忘れたように、対米従属の「戦後」を忘れ、気分を一新して「アジア重視」になっているのではないか。そのころには、アメリカよりアジアの方が儲かる地域になっているだろうからである。 ドル崩壊後、世界の通貨は金本位制に戻るべきだと言う人もいるが、それはたぶん不可能だ。金本位制は、金の世界的な保有総量の増加率(金の採掘量)を越えて世界が経済成長することを難しくする。第二次大戦後、世界の通貨体制は、表向きはドルと金を結びつけた金本位制(ブレトンウッズ体制)だったが、実際には米当局は金とドルの結びつきを無視してドルを大増刷し、成長する世界経済に資金を供給し続けた。その結果、1971年の金本位制破綻(ニクソンショック)に至ったが、アメリカの金融界の急拡大は金本位制の破綻後に起きている。 私は以前から通貨の多極化を予測してきたが、その根底には、米ブッシュ政権はどう見てもアメリカの覇権を自滅させる動きをしており、この動きはニクソンやレーガンといった過去の政権の動きを踏襲しているので、米中枢では世界の覇権体制を多極化する戦略が以前から進行しているようだ、という分析がある。金融危機に対し、連銀が見当違いな対策をやってドルを自滅させているのも、多極化戦略の一環と考えられる。 実際にドルの崩壊が近いと感じられる今、今後の世界の通貨体制を予測すると、米中枢の戦略が成功してドルの覇権は失墜し、世界の覇権は多極化し、覇権の経済的な具現化である基軸通貨も多極化するだろう、というのが私の読みである。以前の記事に書いたように、覇権の多極化は、経済成長する地域を増やすことであり、長期的に世界経済の成長持続につながる。多極主義者の元締めは大資本家であろう。 「アメリカの投資銀行が潰れているのに、それがアメリカの資本家の望みだというのか」と思う人が多いだろう。しかし私が思うに、世界が多極化するか、もしくは途上国の成長を抑制する傾向が強まる過去100年の米英中心主義が維持されるか、どちらが良いかという場合、話は、数10年とか100年の単位である。アメリカの金融機関がいくつか潰れ、世界が何年か不況になっても、その間に世界の経済システムが変質し、その後の数10年や100年間の世界経済の成長が可能なら、そちらの方が良いということになる。
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