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アメリカを中東から追い出すイラン

2007年5月29日   田中 宇

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 5月28日、イラクのバグダッドにおいて、アメリカとイランとの大使級の協議が開かれた。イランがイスラム革命直後の1980年にアメリカ大使館占拠事件を通じて反米的な姿勢を鮮明にして以来、米イラン間は外交を断絶しており、2国間の会議は27年ぶりである。この会議は、イラクの占領に失敗しているアメリカが、ゲリラ抑制などに関し、イランの協力を得るために開かれた。(関連記事

 4月には、エジプトで開かれたイラク再建のための外相会議で、米ライス国務長官が、イランのモッタキ外相と雑談するかたちで接触をしている。今回の大使協議はそれに続く動きである。3月以降、アメリカはイランに対して融和的な態度を採るようになっている。

 アメリカは、イランの核開発疑惑をめぐってイランを敵視し続け、相互に人質をとったりして、米イラン間には信頼関係がない。そのため今回の大使級会議は象徴的な意味以上には、内容的にさしたる前進はなかった。(イラン政府系新聞は、協議によってイラン側の優勢が確認されたとする社説を出した)

 米イラン間の動きだけでなく、最近、中東各地で起きているいくつもの出来事を並べ、全体像として見ると、アメリカの融和策は、イラクやその他の中東全域におけるイランの影響力の拡大を引き起こしている。イランはアメリカの弱体化につけ込んで、アメリカをイラクから追い出し、アメリカの後ろ盾が頼りのイスラエルを潰そうとしているが、アメリカはこうしたイランの台頭を容認している。

▼サドルが狙うイラク・ナショナリズムの復活

 米イラン大使協議より3日前の5月25日には、イラク中部の町クーファのモスクで、ムクタダ・サドル師が4カ月ぶりに金曜礼拝に姿を現し、説教を行った。サドルは武装組織マフディ軍を率いているが、父親や親戚がシーア派の著名な指導者で、以前は「親の七光り」だけが頼りの粗暴な青年という評判だった。(関連記事

 しかし、2003年にイラク占領が始まった直後から、米軍はサドルのマフディ軍を狙って執拗に戦いを仕掛け、しかも米軍の作戦の稚拙さゆえにマフディ軍が負けなかったため、サドルは急速にイラク人の間で人気が高まり、今ではイラク政界で最も有力な黒幕的な政治家となっている。マリキ首相(シーア派)も、サドル師の支持がないとやっていけない。

 サドルは今年1月から4カ月間、姿をくらましていた。この間、米軍は兵力増派によってバグダッドなどでゲリラ掃討を強化しており、サドルは米軍に殺されぬよう姿を隠し、傘下のマフディ軍に対しても、米軍と戦うことを避けて姿を隠して待てと命じていた。米軍によると、サドルはこの間、イランに逃げていたとされるが、サドル自身は、イランの傀儡という印象を支持者に与えないよう、イラン亡命説を否定している。4カ月ぶりに姿を現したサドルは、説教の中で、米軍に対して撤退するよう要求するとともに、配下のマフディ軍に対しては、イラク人どうしの殺し合いをやめるよう命じた。(関連記事

 サドルはこの少し前、代理人をスンニ派のいくつかの武装組織のもとに派遣して、サドルを中心とするシーア派と、スンニ派の諸組織が連合して、米軍をイラクから追い出す戦略を開始しようと提案し、スンニ派から前向きな返事をもらったと報じられている。(関連記事その1その2

 これらの動きに合わせるように、イラク議会では5月8日、全議席(275)の半数を超える144人の議員が、アメリカに対し、イラクからの撤退計画を発表するよう求める、事実上の撤退要請決議を行った。この手の決議は以前にも行われていたが、決議支持の議員が議会の半数を超えたのは、これが初めてだった。(昨年末の決議では、支持議員は約100人だった)(関連記事その1その2

 サドルは、アメリカの世論や政界で厭戦気運が高まり、来年の米大統領選挙にかけて、米軍が撤退・縮小を開始するかもしれないという状況の中で、イランの支援も受けて、米軍の撤退に合わせて反米運動を起こそうとしている。サドルは、イラク国内のナショナリズムを復活させることで、スンニ派・シーア派・クルド人の分裂状態を乗り越えてイラクを再統合し、米軍撤退後のイラクで、サドル派が与党になって、スンニ派やクルド人との連立政権を作ろうとしている。(関連記事その1その2

▼イランの台頭を容認するアメリカ

 このようなサドルを中心とした反米運動や撤退要求の高まりに対し、アメリカは意外なことに、容認する姿勢を見せている。サドルが再び姿を現したことについて、ホワイトハウスの報道官は「イランから帰国したサドルは、イラク政界において、有益で前向きな役割を果たしてくれると思う」と発表している。サドルの目標は、スンニ派とシーア派を統合してアメリカをイラクから追い出すことだと、ホワイトハウスは知っているはずだが、にもかかわらず、それを「有益で前向き」だと言っているのである。(関連記事

 反米主義を容認するアメリカの態度は、最近のイラクでの政策全般に共通している。イラク駐留の米軍と国務省は5月23日、イラクのゲリラ諸派の中で、米側が話し合いによって停戦や権力移譲をできる相手を探していると表明した。シーア派では、すでにサドルとの話し合いが進んでいるので、米政府はスンニ派の中で話し相手になりそうなゲリラを探しているという。スンニ派でアメリカと話し合いができるゲリラとは、つまるところ「アルカイダ系」以外の勢力であり、その中心は、かつてサダム・フセインの元にあった「旧バース党勢力」である。(関連記事

 アメリカは、ゲリラと交渉して治安維持権や行政権を移譲し、それによって米軍がイラクで戦闘をしなくてもすむ状況を作ろうとしている。米軍はイラクで、戦闘ではなく、訓練などの支援活動を中心にすることを目論んでいる。(関連記事

 イラクでのアメリカの撤退・縮小計画を進める上で欠かせないのが、最近ではシーア派ゲリラへの支援に加えてスンニ派ゲリラに対する支援も広げているイランの協力である。イランは、レバノンのヒズボラやパレスチナのハマスに対する支援にも見られるように、混乱した地域において非政府系の武装組織を巧妙にこっそり支援する能力がある。(関連記事その1その2

 イランの協力を得れば、アメリカはイラクのゲリラ諸派とうまく交渉ができる。5月28日の米イラン協議では、この件が一つの話題になったと思われるが、5月25日にサドルがイランからイラクに戻ってきたことも、おそらくすでに米イラン間で協議され、米軍がサドルを殺したり逮捕したりしないことを約束したので、サドルは帰国したのだろうと、諜報分析サイト「ストラトフォー」が分析している。(関連記事

 アメリカは、イラン系に支援されたサドルがシーア派をまとめ、フセイン政権の残党である旧バース系勢力がスンニ派をまとめて、両者による反米連合戦線によって押し出されるかたちで、イラクでの軍勢を縮小・撤退していく流れを容認している。米政府は表向き、イラクでの勢力を縮小しつつも完全撤退はしない方針のようだが、米軍が縮小するほど、イラクの反米勢力の発言力が大きくなり、米軍に対する撤退要求が強まる。米軍が今後、何年間イラクに駐留し続けるか予測できないが、米軍がいったん縮小したら、事態は撤退に向けて動きそうである。米マスコミでは「米軍の撤退後のイラクは、どの程度の内戦になるか」という分析記事が出始めた。(関連記事

 米軍撤退後のイラクは、イランの影響力が強い国になる。それを見越してイランはすでに、サウジアラビアとの友好関係を深め、エジプトやアラブ首長国連邦とも国交関係を回復しようと動いている。アラブ諸国の側は、米軍撤退後のイランの台頭を予測しているだろうから、イランとの関係改善には前向きである。アメリカは、これらの動きを横目で見ながらも、イラク問題でイランの協力を仰ぎ、結果的にイランの台頭を容認している。(関連記事

 アメリカの中東撤退は、世界の石油をめぐる支配権にも大きな変動をもたらす。以前の記事「反米諸国に移る石油利権」に書いた「セブン・シスターズ」の交代が、現実のものになる。私が以前から指摘している世界的傾向である「多極化」が進展する。

▼イラク、イラン潰しはイスラエルの戦略

 アメリカがイラクから撤退して最も困る国は、これまでアメリカの軍事力を動員してアラブ諸国やイランを抑圧し、周りが敵ばかりになっているイスラエルである。

 もともと2003年のイラク侵攻は、1970年代以来のイスラエルの対米戦略の成果として実現した。イスラエルは、中東における仇敵であるイラクとイランを相次いでアメリカに侵攻させて政権転覆することで、中東においてイスラエルに対抗できる勢力がいない状態を作ろうとした。(サウジアラビアやエジプトは、国は大きいものの、大した軍事力を持っておらず、イスラエルと戦争する気がない。半面、イラクとイランは、放置すると大国になり、イスラエルに戦争を仕掛けかねない)

 イラクを潰してイランを残すと、現実として今起きているように、イランがイラクで影響力を拡大してしまい、イスラエルにとって脅威の削減にならない。だからイスラエルはアメリカに、イラクとイランの両方を政権転覆させようとした。2002年にブッシュが政権転覆の対象国として名指しした「悪の枢軸」(イラク、イラン、北朝鮮)がその象徴である(北朝鮮は、イスラエルの意図を隠すための当て馬だったと考えられる)。

 イスラエルは政治圧力団体を通じた米政界での支配力が非常に強く、大統領になるにはイスラエルの言うことを聞く必要がある。ブッシュは2000年の当選前に、イスラエルに対し、イラクとイランの両方を侵攻で政権転覆することを約束していたと推測される。

(2008年の大統領選挙に立候補を予定している候補のほとんどが、イスラエルに対する強い支持を表明している。アメリカの大統領選挙は、まるでアメリカではなくイスラエルの選挙のようである)(関連記事

 イラクの政権転覆は2003年に実現したが、ブッシュ政権はその後のイラク占領で「重過失」的に失策を繰り返し、イラク人は反米感情を強め、サドルのような反米ゲリラ勢力を通じて、イランの影響力が強まった。フセイン政権時代のイラクは、1980年代のイラン・イラク戦争の影響でイランを強く敵視しており、イラクとイランは分裂していた。イスラエルにとっては、反米反イスラエルの方向で一体化しつつある最近のイラン・イラクの方が、はるかに危険な存在になっている。(関連記事その1その2

▼イラン核疑惑は濡れ衣

 イラク侵攻後、ブッシュ政権は、次はイランを標的に、イランの核開発疑惑を問題にし始めた。イランの核開発疑惑は、開戦前のイラクに着せられた大量破壊兵器疑惑と同様に、濡れ衣である。イスラエルと親しい「ネオコン」の動きなどから考えて、濡れ衣を着せてイラク、そしてイランに侵攻し、相次いで政権転覆するというのは、イスラエルとブッシュ政権が合意した手法だったと推察される。

 国連の国際原子力機関(IAEA)は5月23日、イランの核施設に対する査察の結果を報告書として安保理事会に提出した。それによると、イランは原子力発電の燃料と原爆の材料の両方に使えるウラン235を、4・8%の濃度まで濃縮した。発電燃料としては5%前後の濃度が良いが、原爆の材料としては80%以上の高濃度にする必要がある。イランのウラン濃縮は、発電燃料の製造以上のものではなく、IAEAの取り決めに違反していないことが、査察で証明された。(関連記事

 しかし同時にイランは、西部の町アラークに建設予定の重水炉型の原子炉(IR-40)について、IAEAを納得させるだけの十分な設計図を提出しておらず、この点でIAEAは、イランが何の違反行為も行っていないとは言い切れないと、報告書で結論づけている。(関連記事

 この問題について、米英マスコミの多くは「IAEAは、イランの核兵器開発を進めていることを発見した」といった書き方になっている。特にひどいのは、この報告書を事前に入手して書かれ、5月14日に掲載されたニューヨークタイムスの記事で、その記事には「IAEAは、イランが核兵器開発に関する技術的な問題の多くをすでに解決したという結論に達した」と書かれている。(関連記事

(イスラエルには、この問題を正しく報じているマスコミもある)(関連記事

 本当は大量破壊兵器(核や生物兵器)の開発など行われておらず、IAEAもそれを確認しているにもかかわらず、マスコミはそれを大幅に歪曲し、兵器の開発がどんどん進展しているかのように報道し、その間違った認識が国際的に共有され、国連安保理で制裁や政権転覆が必要だという決議が下されてしまう、という筋書きは、2003年のイラク侵攻前の半年間に展開されたことだ。それとまるで同じ展開が、イランの核疑惑をめぐって繰り返されている。5月15日のニューヨークタイムスの記事を書いたデビッド・サンジャーという記者はかつて、イラクの大量破壊兵器問題でも誇張記事を書いており、同じ配役で歪曲作業が繰り返されている。(関連記事

 イランに対する核開発疑惑が濡れ衣であることは、昨年2月に書いた記事「イラン核問題:繰り返される不正義」において、すでに指摘したが、それから1年半がすぎた今も、イランはIAEAが許容する範囲内の、平和利用としての核開発しか行っていない。イランは、核兵器の開発に踏み込むより、国連やマスコミの場でアメリカによって歪曲されても、平和利用限定の「正しい行為」をやり続ける方が、最終的には有利になると考えているのだろう。

▼米イラン関係の二重の状況

 すでに書いたように、イラク占領の失敗をめぐっては、アメリカはイランと27年ぶりの話し合いをしなければならない状況になっている。その点を見ると、アメリカはもはやイランと戦争しそうもない。しかし、対イラクで行われた大量破壊兵器問題を使った「開戦事由作り」の歪曲が、対イランで繰り返されている限り「ブッシュ政権は核問題を理由にイランを攻撃するつもりだ」という懸念が残り続ける。5月28日の米イラン協議を前に、米英の専門家から「アメリカとイスラエルは、まだイランに戦争を仕掛けるつもりがある」という見方が表明されているが、その背景には、イランに対する核問題の濡れ衣が解かれていない状況がある。(関連記事その1その2その3

 アメリカは、イラク占領問題ではイランに譲歩するが、核開発問題ではイランを威嚇し続けるという、二重の状況にある。米イラン協議の直前に、米軍の空母艦隊が2つもペルシャ湾内のイラン沖に来て、イランを威嚇する軍事演習を展開し、その空母にチェイニーがやってきてイランを非難する演説をぶったことも、二重状況を象徴している。(関連記事その1その2

 二重の状況になっているのは、核開発を開戦事由にしてイランを政権転覆することが、イスラエルとブッシュの間の密約になっているからであろう。イラクだけ潰してイランを潰さないことは、イスラエルにとって非常に危険な状態を生み出す。

(二重状況の背景について「ブッシュ政権の中で、チェイニー副大統領はイランを攻撃したいが、ライス国務長官は攻撃ではなく外交で解決したいと考え、ブッシュはしだいにライスを支持し、チェイニーを退けているからだ」という分析がアメリカから出ている。だが私が見るところ、チェイニーとライスは対立しておらず、タカ派とハト派の役割分担しているだけである。ライスは、米政府が穏健化しているように見せかける芝居の担当者でしかないという指摘がある)(関連記事その1その2

 アメリカがイラク占領問題でイランと和解しそうなのを見て、今年4月下旬には、それまでアメリカと同一歩調をとっていたEUが「イランにウラン濃縮の全廃を求めるのを止めて、代わりに明らかに平和利用である5%程度までの濃縮を認めてはどうか」と提案した。この「濃縮禁止範囲の技術的な変更」が実現していたら、イランの核問題は解決していた。しかし、アメリカは同意せず、EU提案はすぐに立ち消えになった。アメリカの背後にいるイスラエルが了承しなかったのだろう。(関連記事

 イスラエルは、何とかアメリカにイランを攻撃させようとして米政界に圧力をかけて、米議会は以前に可決した「ブッシュがイランを攻撃する際には議会の承認が必要だ」という決議を、ブッシュが拒否権を発動した後、撤回してしまった。ヒラリー・クリントンやバラク・オバマなどの次期大統領候補は皆「必要なら、イランに対する武力攻撃をやるべきだ」と競って叫んでいる。アメリカがイランを攻撃することは自滅行為であることは誰の目にも明らかだ。にもかかわらず、アメリカの政治家の多くが「イラン侵攻も辞さず」と言わざるを得ない背後には、強大なイスラエルの政治圧力が存在している。(関連記事その1その2

 しかしイスラエルは、米政界を動かせても、イラク占領の泥沼化した状況を変えることはできない。イラク占領がアメリカの軍事力を浪費しているのは明らかだ。アメリカの軍事力が国家存続の後ろ盾になっているイスラエルは、ブッシュ政権から「イラクの占領問題でイランに協力してもらわなければならないので、イランを攻撃するわけにはいかない」と言われ、受け入れざるを得ない状態だ。

 イスラエルはチェイニーから「必要ならイスラエルの方でイランを空爆したらどうですか」と誘われているが、イスラエルが単独でイランを空爆したら、イランとイスラエルの戦争になり、イスラエルは滅亡しかねない。(関連記事

 イスラエルがアメリカを動かして、イラクの次にイランを侵攻して政権転覆するはずだったのが、イラク占領の泥沼化によって頓挫している間に、狙われたイランの方は、イスラエルの南のガザにいる過激派組織ハマスと、イスラエルの北のレバノンにいる過激派組織ヒズボラに武器と資金、戦争技術をどんどん供給し、イスラエルとの代理戦争をさせる戦略を進めた。ガザとレバノンの状況は最近、イランに有利でイスラエルに不利な状況へと動いている。今回の記事はすでに非常に長くなってしまったので、この件については改めて書く。



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