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拡大する双子の赤字

2006年3月23日   田中 宇

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 経済分野でアメリカが抱える最大の問題である「双子の赤字」が、悪化し続けている。「双子」の一方である「財政赤字」に関しては3月16日、米連邦議会の下院が、米政府の財政赤字の上限(米国債の発行限度枠)を、これまでの8兆1800億ドルから、8兆9700億ドルへと引き上げた。(関連記事

 ブッシュ政権は、すでに従来の発行限度枠いっぱいまで国債を発行してしまっており、米財務省のスノー長官は「議会が国債発行限度の引き上げを承認しなければ、利払いのための国債の追加発行ができず、米国債は債務不履行に陥る」と議会に圧力をかけていた。

 ブッシュ政権が財政赤字の上限の引き上げを行うのは、就任以来の5年間で、これが4回目である。ブッシュ政権の開始時には国債発行上限は5兆9000億ドルだったが、911事件後のテロ対策費の急増とアフガニスタンの戦費をまかなうため財政赤字が急増し、2002年6月には上限に達したため、5000億ドル上限を拡大して6兆4000億ドルに引き上げられた。

 しかしその後、半年あまりでこの拡大分も戦費とテロ対策費などに費やされて再び国債発行は上限に達してしまい、イラク戦争直前の2003年3月に引き上げられた。その後、イラク占領の泥沼化で戦費が急増したため、2004年11月に再度上限が引き上げられて8兆1800億ドルとなり、それから1年4カ月でこの拡大分も使い切ってしまい、今回の上限拡大となった。

 米連邦政府の財政は、クリントンからブッシュに政権が交代するときには黒字だったが、ブッシュ政権はその後の2年間でクリントンがせっかく黒字化した財政を再び赤字に転落させ、しかも2003年には単年度の財政赤字を、いきなり史上最高額の4000億ドル以上の規模に拡大させた。(それまでの最高額は1992年の2900億ドル)(関連記事

▼テロ対策の名目でお手盛り散財

 財政赤字が増え続けている一因は、911事件、アフガンとイラクの戦争、昨年秋のハリケーン・カトリーナの大被害など、予算を食う要素が多く並んでいることだが、赤字増の元凶はそれだけではない。もう一つの元凶として、911後のアメリカがずっと「戦争」の状態にあり、議会と行政府(ホワイトハウス)がお手盛りの予算の大盤振る舞いをしないよう、監督抑制するマスコミや世論のメカニズムが働かなくなっていることがある。

 911後の「テロ対策」やカトリーナ被害後の復興に際しては、ホワイトハウスが既存の予算とは別の「特別予算枠」を作り、先に巨額な金額だけを枠として設定した後、連邦議会が中身を考えるやり方が行われた。各議員は、自分の選挙区を財政的に有利にするような予算の使い道を次々と考え、それらをまとめて法案にしたので、テロ対策やカトリーナ被害の復興とは名ばかりの、政府のカネを各地元に落とすための、お手盛りの予算が組まれた。

 911のようなテロは大都市でしか発生しそうもなく、地方の小さな町や村を狙ったテロというのは考えにくいが、それでは大都市選出の議員しか得をしない。そこで、地方の町や村から来た議員は、地元にテロ・防災用の無線システムをつけるとか、テロ警戒を呼びかけるイベントを考え、そのための備品として自動車などを大量購入するといったことを思いつき、予算化した。

 カトリーナ被害の復興費に関しても、実際には使われていない物品の購入など、かなりの金額が無駄遣いされ、それらの浪費は入札を経ない随意契約を通じて、チェイニー副大統領の関係企業であるハリバートン社や、共和党系の企業であるベクテル社などに儲けを与えて終わっている。(関連記事

 またハリケーン被害復興予算は、被災地から2000キロも離れた北東部の住民への暖房費補助金や、被害を受けていない中西部地域の農業補助金など、被害とは関係のないものにも使われている。(関連記事

▼議会とホワイトハウスが互いに上限突破

 これらは各地元の有権者の要望に応えた予算措置なのだろうが、経済効果は疑問だ。農業補助金の大盤振る舞いは、農家が補助金目当てでトウモロコシを作りすぎる結果を招いている。アメリカ中西部では一昨年と昨年、トウモロコシが連続して豊作だったため、作りすぎで在庫が野ざらしになって腐る事態が生じている。(関連記事

 テロ対策やハリケーン被害復興以外の分野でも、お手盛り予算の大盤振る舞いが行われている。たとえば全米の道路を整備する道路法案では、サンフランシスコのゴールデンゲート橋に匹敵する巨大な橋を、アラスカの小さな町に建設することが批判されている。(関連記事

 財政赤字が空前の規模になっても、議会の大盤振る舞いは止まる様子がない。冒頭で述べたように3月16日、下院は財務省が求めていた財政赤字の上限の拡大を認める決議をしたが、その数時間後、さっそく下院は拡大された財政赤字の枠を使い、これまでに実現できなかった大盤振る舞いの続きを行い、新たな追加予算を決議した。

 今年度(10月から)のアメリカの連邦予算は、これ以上財政赤字を増やさないよう上限が設けられていたが、議会の追加予算はそれを160億ドル上回った。議会としては「ホワイトハウスが求める赤字拡大を認めてやるから、おれたちの予算拡大も黙認しろ」という戦略だった。(関連記事

 米議会は今秋中間選挙があるが、ブッシュ政権のイラク戦争の失敗や石油高騰などの責任を問われ、与党の共和党は苦戦が予測されている。そのため激戦区の共和党議員は、ブッシュ政権が求める予算の上限を無視して、有権者を満足させるための手厚い予算措置を行ったのだろう。(関連記事

▼散財を誘発したレーガノミクス

 財政赤字の増加に関しては、1980年代のレーガン政権時代に「赤字を故意に増やした方が、民間にカネが行き渡って消費を拡大し、企業活動を活性化させ、いずれ税金の増収というかたちで政府にカネが還元される。財政を赤字にしてしばらくたつと黒字に戻る」という「レーガノミクス」の理論が出され、この考え方は今のブッシュ政権にも受け継がれている。(関連記事

 たしかにアメリカの財政赤字は、国内消費の拡大に貢献しているようだ。ところが、今のアメリカの消費は海外から製品を輸入して消費しているだけで、米国内の製造業を振興させていない。製造業の代表である自動車産業は、GMもフォードも倒産寸前で、代わりにホンダやトヨタ、韓国車がよく売れている。日韓の自動車メーカーも組み立ては米国内でやっているが、部品類は輸入が多い。(関連記事

 アメリカの財政赤字は「双子」のもう一方である貿易赤字(経常赤字)の増加につながるばかりで、米企業を活発化させて政府税収を増やす動きにはつながっていない。レーガノミクスは、財政の大盤振る舞いを誘発するためのまやかしである。

 アメリカの財政赤字の発表されている数字は8兆3千億ほどだが、この数字には2010年代から急激に増加することが確実な、定年退職した団塊の世代に対する年金や健康保険に関して政府が負担しなければならなくなるお金が含まれていない。それを含んだ実際の財政赤字は、発表されている数字の5倍以上の46兆ドルになるとの試算がある。(関連記事

▼日本との違い

「過疎地に誰も通らない立派な橋を作ったりする財政の大盤振る舞いは、日本でもやっている。財政赤字の規模は、日本がGDPの1・6倍、アメリカは0・9倍程度なので、日本の方がひどい状態だ」という指摘もある。

 確かにその通りだが、日本の財政赤字(国債)は日本国内の金融機関などに買わせてきた分が多く、財務省が金融機関に政治的な圧力をかければ、国債保有を統制できる。これに対してアメリカの国債は、日本や中国など、世界の他の国々の政府(中央銀行など)が最大の買い手であり、国内問題として処理できる日本国債に比べ、状況が不安定である。

 日本の場合、景況感が良くなってきたため、日銀が今夏から金利を少しずつ上げる方針を打ち出した。従来は、日本の金利がゼロで、アメリカの金利は上昇していたので、日米間の金利差が拡大し、日銀や日本の機関投資家は米国債を買う利点があった。ところが今後は、アメリカの金利はすでに4%台で、これ以上上げると不動産バブルの崩壊など国内経済を悪化させるため上げにくい一方、日本の金利は上昇するので日米の金利差が縮まり、日本側が米国債を買う利点が減る。 (これまで日本の金融機関だけでなく、世界中の投資家が、円建てで超低金利のカネを借り、ドルに転換して利回り4%の米国債や、もっと金利の高い7%台のニュージーランドや10%台のアイスランドの債券などを買って儲ける「円キャリー取引」を続けてきたが、この現象も終わりつつある。すでにアイスランドでは相場が暴落した)(関連記事

 日銀が金利を上げたいと考え始めた今年2月ごろには、小泉首相が日銀を「ゼロ金利を続けろ」と圧力をかけていた。小泉首相は、ブッシュ政権から「米国債が売れなくなるので、日銀の利上げを止めてくれ」と要請されていた可能性がある。折衷案として「利上げはするが、時期は夏から」という話になったのだろう。

 日本と並んで米国債を積極的に買っている中国は、潜在的にアメリカのライバルである。中国は、アメリカの消費力が減退したり、米中関係が悪化したら、米国債を売る可能性が強まる。 「日本も中国も、すでに米国債をたくさん保有しすぎて、売ったら米国債の値段が暴落してしまうので売りたくても売れない」という見方もある。しかし、もしすでにそのような状況に近づいているのなら、日中は慎重に少しずつ売るなど、何とか売り抜ける方法を考えるはずで、長期的に損をするのは日中ではなく、国債が売れなくなるアメリカの方である。

▼貿易赤字の急拡大

 財政赤字と並ぶ「双子の赤字」のもう一方の経常赤字(貿易や投資収益など、外国との資金のやり取り全体の赤字)は、昨年10−12月期に2249億ドル増え、史上最悪の赤字増大(GDP比7%)となった(経常赤字がGDPの5%を超えると危険とされている)。その前の7−9月期の1854億ドルの赤字から急増した。(関連記事

 赤字急増の一因は、石油価格の高騰を受けて石油輸入額が増えたことだが、そのほかにも自動車部品の輸入が昨年1年間で前年より10%増えるなど、米国内製造業の不振を受けた輸入品の増加が原因となっている。自動車部品の輸入増は、部品を輸入して米国内で組み立てている日本車と韓国車の優勢を表している。(関連記事

 米国債の購入や米企業の買収など、海外からアメリカへの投資が入ってきていれば、貿易赤字が拡大してもあまり心配ではない。クリントン政権時代には、貿易収支は赤字だったが、投資の流入によって相殺されていた。ところが今のアメリカは、先週の記事に書いたように、ドバイからの港湾運営企業の買収に対して「テロ対策上危険だ」という、よく考えるとおかしな理由で、海外からの投資を抑制している。

▼「ドルを刷るだけでよい」は浅い分析

 双子の赤字の拡大に関しては「アメリカは赤字が増えても、当局がドル札を印刷するだけで良いのだから、双子の赤字は何ら問題ではない」という見方もあるが、これも間違いである。

 ドルの価値の裏付けとして、米政府が保有する金地金が用意されていた金本位制が、1971年のニクソンショックで終わって以来、ドルの価値の裏付けとして存在してきたものは「アメリカの国家的な力(経済力、外交力、軍事力など)」である。世界の人々が、決済や貯蓄のために保有する通貨をドルにしておきたいと考えるのは、アメリカが発展性と安定度の高い国で、有事にも強いからであり、ドルの価値はアメリカに対する世界からの信頼によって裏付けられていた。

 アメリカの経済政策が有効で経済発展を続け、強い軍隊を持っているので侵略も受けず、外交手腕が巧妙で国際紛争を解決でき、やむを得ず軍事力を行使するときは効率よく行う国だと、世界の人々は思ってきた。歴史を見ると、ベトナム戦争は自滅的な失敗だったし、1980年代には双子の赤字が急拡大したりしたが、他国との比較で考えると、軍事的、経済的にアメリカより強い国はなく、ドルにまさる通貨はなかった。

 ところが911とイラク戦争の後、アメリカは大量破壊兵器のウソをついてイラクに侵略戦争を仕掛けた上、自滅的な占領の泥沼にはまって軍事力を浪費している。次はイランに核疑惑をなすりつけて侵攻するかもしれず、そうなれば軍事的、外交的にさらに破綻に近づく。

 キューバのグアンタナモ米軍基地や、イラクのアブグレイブ監獄、欧州各地のCIAの秘密監獄では、イスラム教徒の青年たちを裁判もかけずに秘密裏に長期拘留して拷問まがいの尋問を続けていることも発覚し、国際的なアメリカのイメージは急速に悪化している。世界の多くの人々は声高に反米感情を叫んだりはしないものの「もはやアメリカは正義ではない」と感じている。これまでドルを支えてきた「アメリカは強くて正しい」というイメージが崩壊しており、潜在的にドルは危険な状態だ。

 そして、それに加えて財政赤字と経常赤字の急増が起きている。アメリカ経済の成長も、昨年10−12月期には、それまでの3%前後から1・1%へと急に減速している。今年2月には、小売業の売上高もマイナスとなった。(関連記事

 アメリカでは貧富の格差も急速に拡大している。慈善団体が行っている貧困者への食糧配給(スープキッチン)を利用する人は、この5年間に9%増えている。ホームレスも増加している。(関連記事

 統計数字では、アメリカの失業率は5%台ということになっているが、これは雇用統計の8種類の数字のうち、以前使っていた計算方法よりも失業率が低く算出される方式を使っているからで、以前と同じ種類の数字を使うと、失業率は12%と算出されるという指摘もある。「失業の実態は、統計数字よりかなり悪い」というのは、多くのアメリカ人が感じているところでもある。(関連記事

▼迫り来る財政的氷山

 最近、英フィナンシャル・タイムス紙は「迫り来るアメリカの財政的氷山」(America's looming fiscal iceberg)という題名の分析記事を出した。アメリカを「絶対沈まない」と思われていたタイタニック号に見立てて、もうすぐ氷山にぶつかって沈没する運命なのに船上の人々は気づいていない、という主旨である。(関連記事

 問題は、アメリカがいつ財政的氷山にぶつかるのかということだ。ぶつかる前に進路を転換できるかもしれないが、その可能性は低い。双子の赤字は今後も増え続けると予測され、特に貿易赤字を減らすことは、輸出力のある商品が出てきそうもないのでまず無理だ。

 外交的にはブッシュ政権は、イランと交渉する話になっているが、イランが核兵器を開発していると考えられる証拠がないのに「世界で最も危険な国」と見なす奇妙な基本姿勢は変わっておらず、イランの方も「平和利用なので核開発は絶対やめない」という姿勢を変えていないので、おそらく交渉は長続きせず破綻し、2−3カ月以内に再び「軍事的解決」というキーワードが頻出する事態に戻ると予測される。

 また米軍は今年、イラクから撤退を開始する予定だったが、ゲリラ活動の激化によって、撤退は難しくなっている。米軍のイラク駐留兵力数は、減るどころか増えている。アメリカは経済・外交・軍事いずれの分野でも、自滅的な行為を加速させている。

▼アジア共通通貨再び?

 財政的氷山にぶつかる前にこっそり下船の準備を始めるかのような、国際的な行動も始まっている。アジア開発銀行は3月21日、東南アジア(ASEAN)10カ国と、日本・中国・韓国・台湾・香港の合計15種類の通貨を加重平均した新通貨「アジア通貨単位」(ACU)の為替レートを毎日アジア開銀のウェブサイトなどで発表する事業を、今年6月までに開始すると発表した。(関連記事

 為替レートの発表だけで、実際の通貨の発行はしないので、これを「アジア通貨統合」と呼ぶには早いが、通貨統合で先行したEUが「欧州通貨単位」の創設から実際の通貨発行へと動いたことを考えると、いずれはアジアでも、域内の取引の決済にドルではなくアジア通貨単位が使われるようになっていくと予測される。この動きは2002年のASEAN+3の会議で進んだが、その後止まっていたものである。(関連記事

 これまでのように、ドルが強い世界通貨として存続できている間は、アジア通貨単位は、開銀のウェブサイト上に存在するだけのものでしかないが、今後アメリカが財政的氷山にぶつかるのだとしたら、その時には、この通貨単位がアジア経済の救命ボートとして発進するのかもしれない。



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