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イスラエル選挙で「冷戦後」が終わった中東

2001年2月7日   田中 宇

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 イスラエルの首相選挙で、リクードのシャロン候補が勝利し、政権党が労働党からリクードに交代することになった。これは、冷戦後の国際情勢の中でパレスチナ問題を解決しようとして1993年に締結された「オスロ合意」の体制が崩壊したことを意味している。パレスチナ問題が中東情勢の中核をなしていることから考えて、中東地域では「冷戦後」という一つの時代が終わったことになる。

 イスラエルでは、建国前のシオニズム運動発祥の時代から現在まで、右派と左派の2つの流れがある。右派は、ユダヤ教をイスラエルの建国精神の中心に置き、パレスチナ人が住んでいるヨルダン川西岸地域までを含めた地域を「神から与えられたユダヤ人の故郷」であると考え、パレスチナ人を弾圧し、できれば西岸から出て行ってもらうことを究極の目標としている。

 西岸は67年の第3次中東戦争の大勝利でヨルダンから奪ったものだが、この大勝利こそ、神がユダヤ人に西岸を与えた証拠だと極右の人々は考えている。彼らにとって、パレスチナ人とその背後にいるアラブ諸国は交渉相手ではなく、追い出すべき敵となっている。首相選挙で勝利したシャロン氏が党首をしているリクードが、右派政党の代表的存在である。

 一方、左派の考え方は社会主義に基づき、民族や宗教を越え、ユダヤ人とパレスチナ人が共存するイスラエルを作ろうとするものだ。イスラエル建国運動はもともと左派の考え方が発祥になっている。左派政党の中核は労働党で、敗北したバラク氏が党首をしていた。

▼オスロ合意で作られた冷戦後の中東和平シナリオ

 アメリカのクリントン前大統領が音頭をとって続いていた中東和平交渉は、左派的な和解の精神に立脚している。この方向性は、92年に労働党のラビン氏が政権を取った後、イスラエルとパレスチナがオスロ合意を締結したことで始まった。この合意は、パレスチナ人が住んでいる西岸とガザにパレスチナ人国家を作り、イスラエルとパレスチナを友好関係の兄弟国家にするシナリオである。

 リクードはパレスチナ人とアラブ諸国を信頼しない立場にたち、イスラエルの安全保障のためにはパレスチナ人への寛容政策を取るべきではないと主張し、和平交渉に消極的だった。(リクードは自由主義を信奉するタカ派の非宗教政党)

 また、極右派の宗教勢力は「神から約束の地として与えられた西岸地域にパレスチナ人が国家を建設することを許すのは神への冒涜だ」と考え、オスロ合意に反対した。ラビンは95年に暗殺されたが、極右イスラエル人の中には「神を冒涜したのだから殺されて当然だ」と考える人が多い。

 一方パレスチナ人の中にも「現在イスラエル領だった場所はすべて、以前はパレスチナ人の土地だった。西岸とガザだけをパレスチナ国家にするオスロ合意は受け入れられない」と考える過激派の勢力がある。

 双方の過激派が、相手方の居住地まで自分たちの領土にすべきだと主張し、テロ行為を行った。パレスチナ人はイスラエル国内での爆破テロや投石によるインティファーダを行う一方、イスラエル人は西岸「入植地」のセキュリティを守るためと称して、軍と入植者が一体になってパレスチナ人に発砲したり、交通を遮断する経済攻撃を展開した。

 双方の社会は、和平を進めたいという気持ちと、相手方を信頼できないのではないかという懸念との間で揺れたが、双方の過激派による殺人行為により、懸念や憎しみの方が大きくなっていった。憎しみを煽った方が和解が難しくなりどちらかが追い出されるという「最終決着」しか解決の方法がなくなるので、双方の過激派にとってはその方が良かった。

 こうした状況下で、昨年6月に交渉の最終的な合意が締結されかけた。だが、それに対してシャロンは9月、エルサレムのイスラム教徒の聖地に入り込んで「ここはイスラエルの土地だ」と宣言する攻撃的なパフォーマンスを行った。

 それを機にパレスチナ人側はインティファーダを激化させ、イスラエル軍は鎮圧のための発砲によって300人以上のパレスチナ人を撃ち殺すという、憎しみのスパイラルに陥って合意は崩壊し、バラクは首相選挙を行って国民の意思を問わざるを得なくなった。和解よりも懸念や憎しみが先行する状況下で選挙が行われた結果、右派のシャロンが勝つという結果になった。

 アメリカの政権交代との関係もある。和平交渉に対して積極的な仲介を行っていたクリントン前大統領に比べ、新任のブッシュ大統領は、関係者のこれまでの発言などから、当事者間の交渉に任せる傾向が強くなると予測されている。クリントン大統領の任期切れとともに、アメリカ主導で中東問題を解決する態勢がなくなったという意味でも、パレスチナをめぐる冷戦後は終わったといえる。



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