復活する国際左翼運動(2)矛盾のパワー2000年5月15日 田中 宇この記事は「復活する国際左翼運動(1)」の続編です。 昨年11月、WTOの閣僚会議に反対するデモ行進がシアトルで行われたとき、「アナキスト」(無政府主義者)を自称する一群の若者たちは、市内の目抜き通りにあるコーヒーチェーン店「スターバックス」のガラスを割り、マクドナルドの店内に乱入した。 同様の襲撃は、5月1日のメーデーにロンドンなどで挙行された「反資本主義」のデモの際も見られたが、その理由は、これらの多国籍チェーン店が「IMFやWTOから支援され、発展途上国の労働者の犠牲の上に乗って儲けているから」であった。 この手の「暴徒化」は、右派系マスコミや政府が左翼の市民運動(NGO)を非難する際の象徴として取り上げられ、運動のイメージダウンになるものだった。そのため4月中旬にワシントンで開かれたIMF・世銀総会の反対運動では、一風変わった戦略が取られることになった。 総会が開かれる直前の4月14日、ワシントン中心街のスターバックスの前で、運動参加者たちが「公正な取引で買ってきた、有機栽培の豆」で入れたコーヒーを、通行人に紙コップで無料配布し、「スターバックスは、貧しい国々の農民たちを搾取している」と、道行く人々にアピールしたのである。多くの通行人には無視されたが、一部の人はおっかなびっくりしつつコーヒーを受け取っていた、とニューヨークタイムスは報じている。(記事はこちら) 多くのアメリカ国民は、IMFやWTOといった国際機関を、最近までほとんど聞いたことがなかった。一般のアメリカ人の多くは、外国のことに関心が薄いからである。そのため運動を企画した人々は、話を分かりやすくするため「たとえば皆さんがよく行くマクドナルドやスターバックスも、貧しい国の人々を苦しめているのです」といった説明をして「身近な敵」を設定したのだと思われる。 ▼UNIXに似ている運動の新機能 「暴徒化」を回避しつつ、運動を盛り上げるための「バージョンアップ」は、他の面でも行われている。たとえば「雰囲気監視人」と呼ばれる機能がそうだ。これは、運動内で議論の紛糾などにより内部対立が生じたときに、対立する双方が納得するまで冷静な議論が続くよう、場の雰囲気を維持していく役割の担当者で、運動の事務局から任命され、司会進行技能などの訓練を受けた人である。 「小人」(エルフ)と呼ばれる人もいる。これは参加者が水や食料、プラカードの材料などに困らないよう、運動全体の後方支援を担う人である。「監獄救済担当」という人もいて、これはデモ行進中の警官隊との衝突で逮捕された人が拘留されている間、その人の家庭の子供たちやペット、観葉植物などが放置されてしまうことを防ぐ任務である。もちろん、逮捕されたらどのように行動すればいいか、事前に教える担当の人もいる。 これらはインターネットのサーバーに使われている基本システムであるUNIXと似ている。LINUXなどUNIX系のコンピューターは、メールが届いたとか、誰かがアクセスしてきたといったような出来事ごとに、処理をする専門プログラムがいくつも待機状態にあり、出来事の発生を待っている。「デーモン」と呼ばれるこの機能と「雰囲気監視人」や「小人」の機能はそっくりである。 最近の欧米の市民運動は、一見するとかつてのベトナム反戦運動と同様に無秩序だ。だが、よく見ると「デーモン」がいくつも待機していて、実は秩序が保たれているのである。 運動を現場で担っているのは「ネット世代」である20−30歳代の若者だが、彼らの知恵は、かつてベトナム反戦運動に参加していた50歳代の古参運動家を驚嘆させている。「僕らは反感という感情をベースに戦っていたが、彼らはもっと現実的で、マスコミをどう使うかも熟知している」と、古参運動家がロサンゼルスタイムスに語っている。 またデモ行進の際は、5−15人で一つの「組」を作り、警官隊との衝突などで全体的な指揮系統が失われても、各組が独自に動ける仕組みになっている。これは、1台のサーバーがクラッシュしても他のサーバーは自律的に動き続け、全体の崩壊につながらないというネットの仕組みと同じだ。 ▼「貧しい人々」は架空の存在か だがよく考えるとインターネットは、市民運動が敵視するクリントン政権の国際化戦略の一環として普及したものだ。運動の予定や報告は、電子メールやウェブサイトを使って安く迅速に関係者に通知されており、ネットがなければ運動もこんなに展開しなかっただろう。インターネットが普及したからこそ、UNIX型の運動形態を進化させられた、とも言える。 また運動に参加している人々の多くは、そもそもマクドナルドやスターバックスに親しんで育った若者たちである。熱心な活動家は、ワシントン、ロンドン、バンコク、ベルリンなど、国際会議を追って世界中を飛び回っているが、クリントンが世界各国の運輸省に強制した規制緩和によって格安航空券が普及しなかったら、予算オーバーで実現しなかったであろう。 このように運動はそれ自体が、国際化した資本主義システムの上に成り立っており、「自己否定」的な側面がある。そしてその半面、運動は「途上国の貧しい人々」の苦しみをなくすためにあるとされながら、実際には、その貧しい人々自身は、ほとんど運動にたずさわっておらず、もっぱら先進国の豊かな人々だけが運動を進めている。 たとえば、今年2月にバンコクで開かれたUNCTAD会議に運動家が結集したが、ほとんどは欧米からきた白人で、タイの貧しい人々が中心となったのではなかった。「途上国の貧しい人々」は、運動を展開に必要なストーリー上の登場人物として設定されているにすぎないと感じられる。 とはいえ、5月7日にアジア開発銀行(ADB)の年次総会がタイのチェンマイで開かれた際は、タイ人の学生や市民運動家ら約4000人がが会場の外で、IMF・世銀への反対運動と似たような趣旨の抗議行動を起こしており、運動は欧米人だけだった段階から、日本を含むアジアの中産階級も参加する本格的な国際運動へと、急速に変化している。 ▼人権や環境を武器にした新しい帝国主義? 一方、「反国際化」という市民運動の行為は、途上国の役に立っていないどころか、逆に途上国の発展を妨害していると主張する右派もいる。たとえば、WTOに加盟できる国の条件として、労働者の人権や、公害防止など環境が守られているという点を入れるべきだという、市民運動とEU諸国政府の主張に対してである。 WTOは「世界の自由貿易クラブ」ともいうべき国際機関で、外国との自由貿易をしたければ加盟した方が良い。だが、低賃金で労働者をこき使ったり、環境保護装置をつける費用を惜んだりといった方法で安く作られた製品を輸出する国がWTOに入ってくると、労働者への社会保障が手厚く、環境保護基準も厳しい西欧の会社が作った製品が、不当にも売れなくなってしまう。だから、WTOへの加盟条件に人権や環境を含めるべきだ、と西欧の人々は主張している。 だがこうした考え方は、途上国の当局者からみれば「先進国だって、昔は労働者をこき使い、公害を垂れ流していた。自分たちがそうした段階を過ぎたからといって、後から発展し始めて、まだ人権や環境の問題に配慮する余裕がない途上国に厳しいことを言うのは、途上国に追いつかれることを防ぎたいからに違いない」ということになる。「そもそも発展途上国は、長いこと西欧諸国の植民地にされていたから発展が遅れたのだ。それをわざと見落としている」という主張もある。 これに対して左派は「途上国の政治家の多くは腐敗しており、不当に金儲けをしている企業と結託しているから、そんな理論を展開するのだ」と主張し、WTOやIMFなどの国際機関が「加盟国の政治家の腐敗」をも監視すべきだとしている。世界銀行が発展途上国に融資した資金のうち、世銀自体の調査では10%、市民運動の調べでは60%が、融資先の国の政治家に横領されたという。 ▼アメリカの政治を変えそうな自己改革運動 欧米で盛り上がってきた「反資本主義」「反国際化」運動は、いくつかの問題点を抱えているものの、アメリカ自身にとっては、若者がこの運動を通じて急速に政治に関心を持つようになっている点が重要だ。アメリカの最近の選挙では、18−24歳の若者の投票率は20%程度しかないのだが、最近の市民運動を支えているのは、まさにこの年代である。 昨今の運動は1960年代の反戦運動と同様に「自分の国がやっていること」に反対する運動であり、「自己改革」の側面を含んでいるだけに、その矛盾のパワーは、アメリカの政治を大きく変える可能性を秘めている。 60年代のアメリカ反戦運動は、日本にも大きな影響を与えた。今回の運動も、やがて日本の若者に伝播し、若者を「無気力」と揶揄している「全共闘世代」を驚かす日がくるに違いない。
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