世界中で広がる貧富の格差

6月28日  田中 宇


 犯罪事件が起きて、犯人探しをするときに、まず思いつく一つの推理方法は、事件によって得をした人が犯人である可能性が高いのではないか、というものだ。こうした発想は、一般の刑事事件だけでなく、もっと大きな規模の、政治的な変動や国際問題にも応用することができる。

 たとえば、なぜNATO軍がユーゴスラビアを爆撃したのか、という疑問は「空爆で誰が得したのか」という問いに結びつく。コソボやセルビアの指導者や人々は、全く得をしていない。そして反面、武器をどんどん作って儲けたかった欧米の兵器産業は得をしたはずだ、と考えれば「兵器産業がアメリカ政府や議会筋に働きかけて空爆になったのではないか」という推論になる。

 最近、この推論方法が当てはまると思った問題が「1997年以来の国際金融危機はなぜ起きたか」ということを「誰が得をしたか」で推し量るということだ。

 アメリカの投資銀行であるメリルリンチ社などが、最近発表したレポート「World Wealth Report」によると、100万ドル(1億円強)以上の資産を持っている人は、世界に600万人(人類の0.1%)いるが、彼らの資産は昨年1年間で平均12%増えた。つまり、世界各地で金融危機が続いている間にも、大金持ちの人々は、ますます金持ちになっていた、というのだった。

 一方、国連が昨年9月に発表した報告書「Human Develpoment Report」によると、世界人口の6分の1にあたる10億人以上の人々が、貧困ライン以下の貧しい生活をしている。

 そして、世界全体でのモノの消費量は全体として増えているものの、人類のうち豊かな20%(12億人)が、全世界の消費の86%を独占している反面、最も貧しい20%の人々は、わずか1.3%しか消費していない、としている。

 国連はまた、6月23日に発表した別の報告書の中で、「世界経済は立ち直りつつあるものの、多くの人々の収入や生活水準は下落を続けている」と警告している。

 これらのことから言えるのは、国際金融危機は結局のところ、大金持ちをますます富ませ、貧乏人をますます苦しめる結果を生んでいるということだ。つまり、国際金融危機で得をしたのは大金持ちであり、ということは、金融危機を誘発したのは、大金持ちの代理人であるアメリカの国際金融機関ではないか、という、ときどきあちこちで言われる推論が正しい可能性があるということになる。

●アメリカの好景気が世界格差を広げた

 なぜ、金持ちの人々がますます富むことができたのだろうか。その理由の一つは、アメリカで株価上昇や好景気が続いていることにある。

 国際金融危機の発生は、それまで金融の新興市場であった東南アジアや中南米、ロシアなどの相場を暴落させたが、それは新興市場から資金が一斉に引き上げたということであり、その資金は「世界で最も安全だ」と思われているアメリカの株や債券に流れ込み、アメリカの株高と好景気の背景となった。

 100万ドル以上の資産を持っている世界の600万人のうち、58%はアメリカと西ヨーロッパに住んでいる。彼らの多くは、米国の株高などによって、資産を増やしたのだった。

 また、この600万人のうち、20%は日本を含むアジアに住んでいる。全世界の金持ちの資産増の平均が12%だったのに対し、欧米に住んでいる金持ちの資産増加は17%と高い一方、アジアに住んでいる金持ちの資産増加は10%と、比較的低い。とはいえこれは、アジア経済が低迷していることを考えると、驚きの数字である。

 たとえばインドネシアでは、対ドルの為替相場が、以前の5分の1にまで下落してしまったが、金持ちの人々は、以前から資産の多くをドルで持ち、アメリカなどで投資していた。

 だから、アジアの大金持ちも、自国経済崩壊のマイナス影響より、アメリカの好景気のプラス影響を受けることができた。それが、資産10%増の背景にある。

 アメリカを中心に、先進国の株価を全体として見ると、昨年10月以来、全ての株の合計額で、7兆ドル分も値上がりしている。そして一方、世界の発展途上国の半年分の経済活動(GDP)を合計した金額は5兆ドルだ。

 アメリカの過去半年間の株の値上がり分で、発展途上国の全員を食わせて、おつりが来てしまうのだ。貧富格差のすさまじい現実が表れている。

●350倍の給料格差

 とはいえ、アメリカの人々がすべて豊かになったかといえば、そうではない。米国民の間でも、貧富の格差は広がる一方だ。たとえば、アメリカ人で最も多くの給料をもらっている10%の人々と、最も少ししかもらっていない10%のとの給与格差は、1979年には3.6倍だったが、96年には5倍に広がっている。

 「上の10%と下の10%」との比較ではなく、「経営トップと平均的な社員」との賃金格差では、アメリカの大企業では350倍になっているケースもあるという。

 どうやら世界の貧富の格差が拡大した背景には、ソ連が崩壊し、お題目だけでも平等社会を目指していた社会主義システムが世界中で見捨てられ、代わりにアメリカ流の自由主義競争社会システムが導入されたことも、ありそうだ。現在のアメリカ式システムが貧富格差を拡大させることは、アメリカ国内ですでに実証されているからである。

 アメリカ流のやり方を世界に広げた人々の作戦が上手だったのは、「金持ちは庶民の敵だ」という人々の考え方を「頑張れば私も金持ちになれる」という夢にすりかえて、貧富格差につながりやすい経済の「自由化」を、世界中で進めることに成功した点だ。

 そんな夢が世界の人々にばら撒かれ出したのは、ベルリンの壁が崩壊してからなのだろうが、あれから10年たち、富むのはもともと金持ちだった人々だけだ、ということが分かってきた。

 かつて、貧富の格差に対して憤りを感じたとびとは、社会主義革命を目指したのだが、その社会主義はすでに「死語」になっている。今後、現状に対して矛盾や憤りを感じる人々が増えていったとき、かつての社会主義のように、現状を覆そうとする新しい思想が、また出てくるのだろうか。まだ、その輪郭は見えない。

●貧しい人々に追い討ちをかける自然災害

 貧しい人々を苦しめているのは、金融の問題だけではない。過去数年間、世界各地で増え続けている洪水、干ばつ、砂漠化、地震などの自然災害もまた、発展途上国での貧困を広げる原因となっている。

 6月23日に国際赤十字が発表した報告書「World Disasters Report」( http://www.ifrc.org/pubs/wdr/ )によると、世界の自然災害の年間被害者は、最近の6年間で50万人から550万人へと、10倍以上に増えている。

 そして昨年は、内戦など武力紛争で家や仕事を失って援助が必要になった人々より、自然災害の被害者で援助が必要になった人々の方が多い、という結果になった。中東やアフリカ、バルカン半島などで地域紛争が増えているにもかかわらず、それ以上に自然災害が増えたということだ。

 昨年の大きな災害といえば、インドネシアの大干ばつと山火事、中国の揚子江の大洪水、中央アメリカを襲ったハリケーン「ミッチ」などがある。

 こうした大災害の結果、被災地の人々は、家や仕事を失って、やむなく仕事を求め、大都市の周辺にある貧民街やスラム街へと出て行くことになる。今や、世界で10億人が、貧民街に住んでいるという。

 災害が増えた原因には、南太平洋での「エルニーニョ」の発生から、地球温暖化、森林破壊など、いくつかの原因が指摘されている。(世紀末だ、ということも一因か?)

 自然災害による死者の96%は、発展途上国の人々だ。ここにも、豊かな国と貧しい国との、絶対的な格差が表れている。

 


 

参考にした英文記事

A richer world - but poorer too

Increasing Disasters Threaten Poorer Countries

The misery of 98





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