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復活する国際左翼運動

2000年5月11日   田中 宇

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 昨年11月、アメリカ西海岸のシアトルでWTO閣僚会議が開かれ、それに反対する市民運動のデモ行進が市内を練り歩いていた時、運動の指導者の一人だった「Global Trade Watch」のマイク・ドーラン(Mike Dolan)は、参加者の中にカリフォルニア州上院議員のトム・ハイデン(Tom Hayden)がいることに気づいた。

 ハイデンは1960年代後半のベトナム反戦運動で活躍した左翼活動家で、1968年の民主党大会で反戦デモを挙行して大会場を席巻し、反戦方針を党中央に突きつけて民主党の方向性を変えさせた武勇伝で知られている。

 今では民主党の州上院議員になっている彼に、ドーランは「かつてのベトナム反戦と最近のアメリカの市民運動では、何が違いますか」と尋ねてみた。するとハイデンは「違う点は、君たちは勝っているということだ」と答えたという。(「ガーディアン」の記事による)

 ベトナム戦争当時は、アメリカで反戦運動が盛り上がったにもかかわらず、政府は戦線を拡大し、戦争はアメリカ軍がベトコンに負けてサイゴンが陥落する1975年まで終わらず、敗北はアメリカ人の精神に大きな傷を残した。

 それとは対照的に、このところ欧米で盛り上がっている「反資本主義」「反国際化」の市民運動は、まさに世界を席巻している。昨年後半からの半年間だけでも、11月にシアトルでのWTOに反対した後、1月末にはスイスのダボスに結集して「世界経済フォーラム」に反対し、2月には東南アジアのバンコクに飛んで「UNCTAD」の会議場周辺に集まった。

 その後4月にはアメリカに帰り、ワシントンで開かれたIMF総会を潰そうとした。そして5月1日のメーデーには、アメリカ各地やロンドン、ベルリンなどで、従来の「待遇改善・首切り反対」を掲げる労働運動とは違う「反資本主義」のデモ行進が繰り広げられた。

 一方、IMFやWTOは、市民運動の主張を取り入れ、改革を進めている。WTOには数年前から、市民運動出身の職員が増えている。世銀では冷戦時代、巨大プロジェクトの象徴である発電所建設が、発展途上国向け融資の25%を占めていたが、今では2%にまで減った。代わりに増えたのは、農村に対する草の根的な支援や、女性の自立をめざした職業訓練など、市民運動が世銀に要求してきた融資項目である。

 IMFやWTOは、市民運動に攻められて改革を進めざるを得なくなっているわけで、冒頭で紹介したハイデン上院議員が指摘したとおり、まさに市民運動は「勝っている」といえる。

▼「世界政府」の支配をめぐる左右の戦い

 こうした変化をふまえて、世銀のウォルフェンソン総裁は、4月のワシントンでの抗議行動の最中に「われわれを責めるのは、戦場で負傷兵の手当をしている赤十字に戦争責任があると言っているようなものだ」と述べた。IMFのフィッシャー専務理事は、「反対派とわれわれが目標としているものは同じだ」と主張している。

 いずれも市民運動に対して「あなたたちの要求は、もう十分に叶えられていますよ」というメッセージを送ったのだが、市民運動の側は「いやいや、改革は表面的なもので、IMFやWTOの本質は今も、先進国の多国籍企業のための機関のままだ」と反論している。

 このように市民運動が強硬な姿勢を続けているのは、運動の目的がIMFやWTOを「監視」することにあるのではなく、「乗っ取る」ことにあるからではなか、と思われる。急速に国際化が進む世界の中で、IMFやWTOといった国際機関は「世界政府」的な役割を担いつつあるが、これらの機関はここ数年、運営方針をめぐる「右派」と「左派」の対立が続いているからである。

 右派=街宣車・左派=内ゲバ、という日本国内の図式でとらえがちだが、ここでいう左派・右派は、そうではない。欧米の政策立案に関係する人々の話である。

 しかも「新新左翼」とも呼ぶべき昨今の欧米の運動は、旧来の左翼と「連帯」していない。それどころか、たとえば彼らは、今や世界最大の社会主義国として生き残っている中国政府の人権侵害を強く非難している。中国のWTO加盟に最も強く反対し、労組が民主党内で「ゴア副大統領が中国のWTO加盟を支持する態度を変えないなら、次期大統領選挙に立つゴアを支持しない」と脅したりしている。

(その嫌悪ぶりには、中国に対する無理解とアジアに対する蔑視が感じられる上、中国のWTO加盟反対の急先鋒は、中国からの輸入品でアメリカの労働者の待遇が悪化するのを恐れる労働組合であり「人権」を口実に自分たちのエゴを押し通そうとする意志も見える)

 左右の対立は「どうすれば世界はうまく発展するか」という点にある。「右派」は市場原理を重視する人々で「自由な競争こそが、人々の向上心を奨励し、発展につながる」と考えている。一方「左派」は、「当局の機能」が必要だと考える人々で「自由競争に任せると弱肉強食が進んでしまうので、人権や環境の保護、貧困政策など、当局が規制や援助、福祉などの機能を果たさねばならない」と主張している。

 左派はかつて「人類には社会主義が最適だ」と考えていたが、ソ連崩壊によって、その考えを貫くことはできなくなり、代わりに「環境保護」「人権擁護」などに力点を置くようになった。

 IMFをめぐる左右の対立は、1994年のメキシコ通貨危機に始まった。メキシコの通貨ペソが急落し、IMFとアメリカ政府が緊急融資する際、メキシコ政府が財政の財布のひもを絞めることが条件となった。つまり「生活を切り詰めて借金の返済に当てるなら、金を貸してやる」という「借金取り」の理屈だった。

 緊急融資を受け、メキシコ経済は回復に向かったため、右派は政策の成功を宣言した。だが、メキシコ国民は補助金などを削られ、貧しい人々は生活がいっそう苦しくなった。左派はその点を批判し、94年にスペインのマドリードで開かれたIMF・世銀総会では、左派系の市民運動家たちが会議場の外で反対集会を開き、「荒れるIMF総会」の先駆けとなった。

▼クリントンに乗っ取られた民主党を奪還できるか

 アメリカでは伝統的に、民主党が労働組合などの支持を集める左派で、「古き良き党」と呼ばれる共和党は西部の開拓者以来、自由主義の右派だった。だが冷戦後の1992年に当選した民主党のクリントン大統領は、労組より大企業を大切にして、国民の福祉を切り詰めて財政赤字を減らすなど、政策は右派そのものだった。

 こうした「右派が左派政党を乗っ取り、政権を取る」というパターンは1997年、労働党ブレア政権が誕生してイギリスにも飛び火し、右派が率いる英米はその後、協力して世界各国に市場開放と規制緩和を迫り、経済の国際化(グローバリゼーション)を進めていった。

 対する左派は、イギリスで狂牛病が発生して食品の安全性経の関心が高まったことをベースに、ヨーロッパへの輸入が増えたアメリカ産の遺伝子組み換え作物への反対運動を通じて食品の自由貿易に反対し、WTO批判を強めた。遺伝子組み換え食品への反対運動は当初、アメリカには存在しなかったが、欧米間の左派のつながりからアメリカにも飛び火した。この流れが昨年11月のシアトルでのWTO閣僚会議への抗議行動として結実した。

 1997年にアジアで通貨危機が発生すると、IMFはメキシコ以来の「借金取り政策」を東南アジアや韓国に適用した。だがこれはインドネシアなどの政治を不安定にさせ、スハルト政権が崩壊した上、通貨危機はロシアやブラジルなど世界中に感染した。IMFは政策の失敗を認めざるを得なくなったが、その後の政策をどう転換するか、はっきり示すことができなかったため、左派からの攻撃を誘発し「IMFが諸悪の根源だ」と言われるようになった。

 このように左派は盛り返してきたものの、今年秋のアメリカ大統領選挙に候補を立てるまでには至っていない。民主党の候補は、クリントン流の自由主義を継承するゴア副大統領で、労働組合の力を使ってゴアに揺さぶりをかけるぐらいしか、左派には力を行使する方法がないのが現状だ。

 とはいえ先のメーデーでは、アメリカ各地で反資本主義・反国際化の集会が挙行された。11月のシアトルWTO会議以来、半年で運動がアメリカに根付いたことになり、その速い展開から考えて、今後さらに驚くような変化があるかもしれない。

「復活する国際左翼運動(2)矛盾のパワー」に続く



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