消えゆく米銀行界2021年7月11日 田中 宇米連銀(FRB)が、米国の民間銀行界から資金を吸収する「逆レポ(リバースレポ)取引」を巨額に行なっている。「逆レポ取引」は、連銀が民間銀行に対して担保となる米国債を差し入れ、代わりに民間が持っている資金を連銀が受け取る(借りる)取引だ。連銀が民間銀行に対し、米国債を担保に資金を出す(貸す)「レポ取引」の反対取引なので逆レポと呼ばれている。レポ(repo)は「買い戻し(repurchase)条件つき債券売買」の略で、債券を担保に資金を貸すことで、一方にとってのレポ取引は、相手方にとっての逆レポ取引になる。レポや逆レポはかつて、今回のような連銀と民間銀行との間だけでなく、資金に余裕がある銀行が、余裕のない銀行に金を貸すかたちで民間銀行間でもさかんに行われていたが、米国ではコロナ前の2019年ごろから民間銀行間の信用が崩壊して銀行どうしが資金の貸し借り(レポ)を行わなくなり、その結果、民間銀行界の資金需要の多くを米連銀がレポ取引で出すようになった。今ではレポも逆レポも、連銀と民間銀行との取引だ。 (米連銀のQE再開) (Fed's Reverse Repo Soars To Stunning $756 Billion, Spikes By $230 Billion Overnight) コロナ前から米経済は、表向き好景気のように見せていたが、それは米連銀がQEで巨額資金を金融市場に流し続けて粉飾的にバブルを膨張させ続けていたからだった。裏の実質は、実体経済が不況色を強めており、銀行は、他の銀行のことも民間企業のことも信用せず融資しない傾向を強めていた。米連銀はコロナ前の時期、QEが不健全なので拡大しない方針を採っており、QEの代わりにレポ取引で民間銀行に資金供給を拡大する「裏QE」を増額していた。2020年春にコロナ危機が始まり、連銀はコロナ対策として公式にQEの増額を再開し、裏QEであるレポ取引の役割も一段落した。この間、民間の銀行どうしや、銀行から一般企業への信用は低下し続け、そのぶん連銀への依存が増え続けてきた。 (すべてのツケはQEに) (無制限の最期のQEに入った中央銀行群) 今回、連銀は6月、民間銀行が連銀に資金を預けた場合の金利を0.05%引き上げた。逆レポの金利は、それまでの0.00%から0.05%に上がった。民間銀行は、それまで逆レポに応じても金利収入を得られなかったが、この利上げによって金利収入が得られるようになり、巨額の資金を米連銀に還流させるようになった。6月末の数日間で2兆ドルが環流した。 (Explainer: How excess cash is playing out in U.S. reverse repo and money markets) (Zoltan Sees Reverse Repo Hitting $2 Trillion In Weeks: What Happens Then) この資金の還流・逆流によって米国の民間銀行は、一般企業など民間経済に対して融資しなくなり、その分の資金を米連銀に預ける傾向を加速するようになった。逆レポ取引の増加と同時期に、米銀行界は、企業や個人への融資を縮小する傾向を強めている。 (Wells Unexpectedly Shuts All Existing Personal Lines Of Credit, Hinting US Economy On The Edge) (Banks could cut loans in rates/fx swaps as reverse repos grow -Credit Suisse analyst) 逆レポの急増は米銀行業界にとって、本業だった民間への融資を減らす「業務縮小」の動きになっている。銀行のもともとの本業は、民間の個人(中産階級の市民)や企業などから余っている資金を預金として集め、その資金を成長している民間企業に融資して金利収入を得て、その一部を預金者に預金金利として出し、残りを利益にすることだった。しかし近年、特にコロナになってから、米国(や日欧など先進国全体)では中産階級の没落が急速に進行し、預金できる市民がどんどん減っている。貧富格差が進み、ごく一部の金持ちは資産が増加しているが、金持ちは資産の運用を銀行預金で行わず、専門家を雇って自分で投資先を決めて運用するので銀行を使う必要がない。企業もそこそこの規模なら、銀行からの融資でなく社債の発行で資金調達できる。それ以下の規模の中小企業は、コロナによる経済危機でどんどん潰れている。 (隠れ金融危機の悪化) 今や銀行は、主な預金者である中産階級も、融資先である中小企業も失いつつある。銀行は時代遅れの産業になっている。QEのせいで預金金利はゼロだ。人々が銀行に金を預ける意味が失われている。資金は中産階級による預金でなく、巨額のQEを続ける米連銀からくる。コロナによる経済難の長期化で、融資先の企業がいつ潰れるかわからないので、融資のリスクも増大している。高リスクは融資の際の高金利になるが、その一方でQEによる債券市場全体の金利低下を受けて社債金利が下がっている。それらの矛盾が激化し、銀行は本業をやっていけなくなっている。投資の顧問をするだけなら、巨大な銀行の組織や設備は要らない。銀行のもうひとつの業務として、社会で流通する現金(紙幣や貨幣)の管理があるが、その分野も世界的に現金廃止・通貨のデジタル化の進展が予測されている。銀行は全面的に「要らない産業」になっている。 (世界の決済電子化と自由市場主義の衰退) (What are lower bond yields telling us?) 民間銀行はかつて、金融システムと実体経済を橋渡しする機関だった。米国では今、実体経済の崩壊が起きている。今年初めから実質的なインフレがしだいにひどくなり、実体経済における通貨の価値が下がり続けている。米国ではガソリンや住宅などの値上がりが続いている。表向き、米国のインフレは「大したことないし、これから悪化してもそれは一時的なものに終わる」とされている。だが、これはウソである。米国のインフレは、少なくとも来年にかけて悪化しつつ続いていく。実体経済がインフレなのに、統計数値や金利として反映されず、事態が隠蔽され続ける。金利はQEによって人為的に引き下げられ、インフレを勘案した実質金利はものすごくマイナスになっている。インフレは米国の実体経済を窒息死させていく(日本など他の先進諸国は実質的にもさほどのインフレになっていない)。ドルは表向き低金利の強い通貨であり続けているが、実質は不健全な自家消費のQEにまみれた超インフレ状態だ。 (IMF Chief Warns of “Sustained” Rise in US Inflation | SchiffGold) 米国では、大都市の社会的な状態の悪化が、とくに民主党傘下の諸都市で進行し、サンフランシスコの繁華街では白昼堂々、強盗が有名店を襲撃して盗みをしている。米国は今後インフレも大都市の崩壊もさらにひどくなり、実体経済の機能不全が進む。このような中で今回、米連銀が逆レポを急増させ、実体経済に資金供給していた銀行の機能を終わらせる動きをしている。これは、米連銀自体が米国の実体経済の維持発展をあきらめ、銀行から実体経済の維持のために注入されていた巨額資金を連銀に還流させるとともに、銀行に逆レポの担保として米国債を持たせて連銀のQE維持のための機関へと変質させる意味がありそうだ。 (Looters Ransack San Francisco Neiman Marcus In Broad Daylight) 今回の逆レポ急増によって連銀は、実体経済の崩壊を容認する一方で、QEによって債券や株式やドルの表向きだけ延命させることを優先したことになる。逆レポの急増後、10年もの米国債の金利が1.5%台から1.3%台に下がった。 (Treasury Yields Plunge Below 1.30% To 5 Month Lows, 3-Sigma Below FV According To JPM) 2019年のレポ急増は、実体経済をテコ入れする民間銀行の機能を延命させる意味があったが、今回の逆レポはその機能の終了、実体経済の崩壊容認を意味する。表向き、米国の実体経済はコロナ後の回復過程にあることになっているが、それは粉飾されたウソだ。米国は実体経済の崩壊が実質的に進行し、ウソを粉飾するためのQEバブル膨張、債券や株価の表向きの維持だけが継続されていく。銀行の機能は消失していくが、銀行自体は連銀からQE資金を注入され、表向き存続していく。銀行界全体が「幽霊企業」になっていく。 (放置される米国のインフレ) (強まるインフレ、行き詰まるQE) 日本など他の先進諸国の事態は、そこまでひどくない。日本の銀行界は、戦後一貫して事実上政府傘下の機関であり、純粋な民間企業でなかった。日本政府は、銀行に合併や統廃合、合理化を進めさせるものの、米国のように銀行を業界ごと見放したりはしない。日本政府は、現金廃止・通貨デジタル化の動きも進めたがらない。通貨をデジタル化すると政府が全国民の日々の通貨の使用を把握できてしまい、それが自民党など政治家による独裁強化に使われかねない。日本の権力を隠然と独裁してきた官僚機構は、政治家の側に権力を奪われたくないので、通貨デジタル化もマイナンバーシステムの強化もやらないようにしている。 (通貨デジタル化の国際政治) 今回は、この話を皮切りに、このあと金地金とバーゼル3の新体制開始のことを書き、ロシアの米ドル使用の停止や、中共が中国企業の米国への株式上場を事実上禁止したことなど、覇権の多極化の話につなげようと思って書き始めたのだが、膨大になってしまうので、ここでいったん切る。 (Beijing Plans To Scrap Longstanding Loophole Allowing Chinese Firms To List In US)
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