急接近するドル崩壊2020年7月31日 田中 宇トランプの米国から敵視され、米ドル建ての貿易決済を禁止される経済制裁を受けそうな中国の当局筋(中国銀行)が、中国の銀行界に対し、ドル建ての国際決済をやめて人民元建て決済に移行しなさいと要請し始めた。中国政府系の4大国有銀行の一つで外国為替に強い中国銀行が銀行界に対し、米国に監視されるSWIFT(世界の銀行間の決済情報システム。国際銀行間通信協会)に基づくドル建て決済を使うのをやめて、中国製で米国から監視されないCIPS(SWIFTのライバル)に基づく人民元建てなどドル以外の決済を使うようにすべきだとする報告書を出した。7月29日に報道された。 (Chinese banks urged to switch away from SWIFT as U.S. sanctions loom) (Chinese Banks Urged To Switch From SWIFT And Drop USD In Anticipation Of US Sanctions) SWIFTで世界の銀行が送受信するドル建て国際決済の情報は米NY連銀にも送られるので、米政府は不適切と考えた送金を銀行にやめるよう命じられる。SWIFTはベルギーの民間企業で、米国の要請を受けてイランや北朝鮮の銀行による利用を停止した。米国が今後SWIFTに要請し、中国の銀行の利用も停止させる可能性がある。イランや北はもともと米企業との取引がないので、SWIFTから追放しても米国側が困ることはなかった。だが中国は違う。米国と同盟諸国(日本などドル建て決済の諸国)にとって、中国との貿易は世界最大級だ。米欧日の国際企業にとって中国との取引は儲け頭だ。中国をSWIFTから外すと中国側だけでなく、米国と同盟諸国も非常に困る。 (US dollar payment system debate continues, can America cut China off from SWIFT?) (コロナ時代の中国の6つの国際戦略) だからこれまで関係者の多くが、米国が中国をSWIFTから追放することはない、と言っていた。だが、6月末に中国政府が香港に国家安全法を制定して自治を制限して以来、トランプは中国への非難・敵視と制裁を強めている。米国が中国をSWIFTから外すことが、現実にあり得る話になってきた。最近の記事で繰り返しているように、中共中央からもドル決済・SWIFT依存をやめる戦略が発せられている。 (ドル崩壊への準備を強める中国) (Opinion: China Shouldn’t Take Global Payment Network SWIFT for Granted Amid Potential U.S. Sanctions) 米国側から仕掛けられそうなSWIFTの話だけでなく、中国側からのドル離れも起きている。中国政府の外貨管理局によると、中国の貿易決済に占める人民元の割合は、2年前の19%から、今年6月に37%にまで増えている。半面、米ドルの割合は同時期に70%から56%へと減った。これは民間の貿易関連企業が中国政府の要請に応えたというより、元ドル為替の相場が不安定になってきたのでドルより人民元を好む中国企業が増えたという金儲けの話だと(矮小化)されている。 (China Has Quietly Cut Dollar Usage In Cross-Border Trade By 20%) (Fear Grips Beijing Over Possibility Of Washington Cutting Off China's Access To US Dollar System) 中国側には、近年新たに取引が増えている影響圏(経済覇権地域)として中央アジアから中東アフリカ、ロシア東欧、南欧にかけての一帯一路の領域があり、この地域の貿易は中国にとって純増分だ。中国は米欧からの経済攻撃を避けるため、経済覇権の拡大をこっそりやる策をとっており、中国と一帯一路との取引は統計の発表が少ない。中国の貿易はこっそり拡大している。中国と一帯一路との取引は、人民元など完全な非ドル体制だ(ドルを使うと米国に筒抜けになり、こっそり策にならない)。こっそり部分を含んだ中国と世界との総貿易でみると、人民元の割合はもっと高く、ドルの割合はもっと少ない。中国は、SWIFTのドル決済から追放されてもあまり困らない。 (中国は台頭するか潰れるか) (米国を中東から追い出すイラン中露) 中国だけでなく、世界の産油国の多くが非ドル化に向かっている。ロシア、イラン、イラク、ベネズエラといった産油国はいずれも米国から敵視されている。サウジアラビアも対米関係が微妙だ。これらの産油国と中国の石油ガス取引は大半が人民元だろう。中国はこっそり拡大策なので、人民元で取引されてしまうと国際統計として把握しにくくなる。少し前まで、世界の石油ガス取引の通貨は米ドルと決まっており、このペトロダラーのシステムがドル覇権の基盤だとされていた。しかし今や、世界の石油ガス取引のかなりの部分が人民元になっており、ペトロダラーとペトロユアンが並立・相克している。米中逆転の覇権転換が起きている。 (Will China Forming Oil Buying Cartel End the Petrodollar?) (反米諸国に移る石油利権) 中国側の貿易の拡大と反比例して、米国側の貿易は縮小している。この状態で米国が中国勢をSWIFTから追放すると、米中以外の世界は、米国による中国制裁に積極的に協力するのでなく、米国を怒らせないようにしながら中国との貿易を維持拡大しようとする。トランプは、中国制裁に協力しない同盟諸国との同盟関係を切ろうとするだろう。諸国は、米国との同盟をあきらめていくしかない。日本は陸上イージスをあきらめた。EUや韓国は、米国の中国敵視に乗りたくないと表明している。トランプは同盟国を切りたい。日韓EUは、安保と経済の両面で対米自立を余儀なくされる。インド太平洋とかクワッド(米日豪印4か国)と呼ばれる中国包囲網の戦略は、イメージ先行の外交=軍産の幻影だ(軍産はトランプに乗っ取られている)。 (South Korea Is Charting an Independent Course on China) (Communist China and the Free World’s Future) (Mike Pompeo Challenges China’s Governing Regime) トランプが中国をSWIFTから追放しなくても、総合的に米中の経済分離(デカップリング)が進んでいく。2分された世界経済は、中国側が拡大し、米国側が縮小していく。米国自体の経済も、コロナと暴動で消費力が落ち続ける。世界各国は経済的に、米国を軽視し、中国を重視せざるを得ない。それまで世界で唯一の基軸通貨だったドルは、米中分離で力が半減する。トランプの中国敵視がドルと米国覇権のパワーを落とし、中国の台頭を加速させている。 (Bush advisers alarmed by Trump administration's China moves) (ドル覇権を壊すトランプの経済制裁と貿易戦争) (暴動が米国を自滅させる) ドルの覇権低下はまだ実現していない未来の話でない。すでに7月中旬から世界の諸通貨に対するドルの為替が下落している。ゴールドマンサックスはこのドル安を、ドルの覇権・基軸性の低下、つまりドル崩壊であると7月28日に指摘した。ゴールドマンの指摘を受け、ドルの究極のライバルである金地金の相場が高騰した。ドル崩壊が起きているものの、それと並行して起きるはずの米国債の金利上昇(債券安)や株の暴落は、米連銀のQEによるテコ入れがあるので起きていない。逆に、債券や株の相場はQEの資金注入によって上がっている。 (Gold may eclipse dollar as reserve currency after outsize coronavirus spending: Goldman Sachs) (Spike in gold puts dollar's reserve status in question: Goldman Sachs) 少し前まで「米国は、無限にテコ入れできるQEがあるのでドルも債券も崩壊しない」と言われていた。私もそう書いていた。現在7兆ドルの総額(米連銀の資産総額)であるQEが25兆ドルぐらいになってもドルは崩壊しないと考えられていた。しかし今、QEの総額が7兆ドルでしかないのに、ゴールドマンがドル崩壊だと警告するドルの為替安が起きている。これからコロナの長期化で米経済が悪化して株や債券の相場が下がるときに、連銀がQEを急拡大して相場をテコ入れしたら、そのQE拡大がドル崩壊の加速につながる。米国は「ここで無理をしたら病気が急に悪化して死ぬぞ」と医者に警告される崩壊寸前の健康状態なのだ。米連銀はもうQEを大幅拡大できない。QEは、意外と早く、今すでに行き詰まっている。 (中央銀行群はいつまでもつか) (史上最大の金融バブルを国有化する米国) 米国中心の世界の金融システムは今のところ、米連銀など中銀群があまりQEをやらなくても上がる小康状態になっている。だが今後、ほぼ確実に、コロナの長期化で金融バブルが再崩壊する。QEの再度の急増が必要になるが、それをやってしまうとドル崩壊に拍車がかかり、米国覇権の喪失と多極化が急進展する。一方、これ以上QEをやらないと、金融バブルの大崩壊が起こり、それも米覇権喪失と多極化につながる。早ければ11月の米大統領選挙の前に金融崩壊が起きてしまう。ドルや金融が崩壊すると金相場が高騰する。米連銀がQEを再増加すると、金相場はいったん暴落してから反騰する。QEがもう拡大されないなら、このまま続騰する。 (ずっと世界恐慌、いずれドル安、インフレ、金高騰、金融破綻) (Gold’s Record Price Is All About Currency Debasement) どちらの道をたどるにしても、最近まで2-5年以内と思われていたドル崩壊がぐんと近づき、今年か、遅くても来年の話になった。米国の衰退と中国の台頭、覇権の多極化が進む。もう多極化は陰謀論でない。現実だ。トランプとその背後にいる多極主義的な資本家たちはほくそ笑んでいる。核保有国である米中は戦争しない。米国は、中国の子分になったイランとも戦争できない。戦争予測こそ妄想の陰謀論だ。戦争の代わりにコロナ危機が誘発されている。コロナが真の死因で死ぬ人は世界的にほとんどいない。コロナも失業と貧困は急増するが、死ぬ戦争より貧しくなるコロナの方がましだ。 (US-China Military Conflict Deemed "Highly Likely" To "Almost Certain" Over Next 3 Years 間抜けなカンガルー 笑) (世界資本家とコラボする習近平の中国) (911とコロナは似ている) (長期化するウイルス危機)
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