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日韓対立の本質

2019年9月6日   田中 宇

日本と韓国の関係が悪化するなか、関係悪化はトランプの米国からのさしがねによるものだという見方が出ている。トランプは安倍首相に「オレが中国に対してやっている感じで、お前も貿易関係を武器として韓国に圧力をかけろ」とけしかけてきたと指摘されている。 (Japanese Tech Export Controls on South Korea? <このメディアは軍産・日本外務省系っぽい>

安倍がトランプの言いなりであることは、安倍政権の事務方として経産省が重用され続け、外務省が外され続けていることから見て取れる。外務省は戦後の日本の対米従属を維持してきた軍産傀儡の組織であり、軍産複合体と戦うトランプは、安倍と個人的に親しくなってやる代わりに「おまえの国内で、軍産傀儡の外務省を外せ。軍産の影響が少ない経産省あたりを事務方にしろ。日本独自の防衛力の増強の足かせになっている戦争責任問題を韓国との外交関係の柱にするのをやめろ。オレみたいに貿易戦争でやれ」とけしかけ、安倍はその通りにやった。 (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本) (従属先を軍産からトランプに替えた日本

安倍は今回、外相を、旧来型の日中友好系である河野から、経産相の経験者で経産省と親しい茂木に替えるが、これも経産省重用の一環だろう。安倍政権は、すでのこの2年ほどの間に中国とすっかり親しくなり、河野の役目は一段落した。これからは韓国との貿易戦争や、日米貿易協定(トランプの同盟国冷遇戦略からみて、これは日本の不利益を拡大する)などをやるためもあり、経産系の茂木を選んだのだろう。 (目くらましとしての日韓対立) (対米従属と冷戦構造が崩れる日本周辺

日本が貿易関係を使って韓国を制裁・敵視し始めたのに対抗し、韓国は8月22日、日本との諜報分野の協力協定(GSOMIA)を破棄すると発表した。この破棄は、日本への敵視を強める文在寅大統領の韓国政府が、米国が止めるのも聞かずに突っ走って挙行したことになっている。米政府は、文在寅の突っ走りを批判している。だが実のところ、日韓の諜報協定は2016年に米国の極東戦略の一環として、米国が日韓を動かして制定させたものだ。諜報は、安全保障と軍事の基本であり、日韓の諜報協定は、日米・米韓の安保関係や駐留米軍の体制と連動した、日本と韓国の国家安全保障の根幹をなすものだ。韓国政府の一存で破棄できるものでない。北朝鮮を宥和するトランプのおかげで緊張がかなり緩和されたとはいえ、韓国は北朝鮮と戦争状態にある国だ。米国が日韓にやらせている諜報協定を韓国が勝手に破棄したら、米国が有事の際に韓国の安全を守ってくれなくなる懸念が増す。文在寅は、トランプの許可を取ったうえで、日本との諜報協定を破棄したはずだ。 (In a Major Shift, South Korea Defies Its Alliance With Japan

トランプの世界戦略を勘案すると「文在寅がトランプの許可を得て日本との諜報協定を破棄した」のでなく「トランプ側が文在寅をけしかけて日本との諜報協定を破棄させた」可能性の方が高い。トランプは当選前から、米国の世界覇権(冷戦体制、テロ戦争)を運営してきた軍産複合体に喧嘩を売り続け、軍産に勝って米国と国際社会における軍産支配を破壊する「米覇権の解体・多極化」を進めている。日韓の諜報協定は、米国が日韓を傘下に入れて米日韓で北朝鮮や中露側と対峙する冷戦体制のための組織だ。トランプは文在寅をけしかけて日本との諜報協定を破棄させ、軍産が運営してきた東アジアの冷戦体制を解体し始めている。 (The South Korea-Japan Intel Pact and America’s Destructive Role in East Asia

2016年に米国のさしがねで締結された日韓諜報協定の背後には、1965年に米国のさしがねで締結された日韓基本条約(日韓外交の基盤)がある。終戦と朝鮮戦争の直後、韓国は旧宗主国で敗戦国の日本を嫌い、日本は元植民地から独立した韓国を嫌っており、日本と韓国は別々(ハブ&スポーク型)に対米従属していた。だが1960年代に、米国とソ連の両方が財政的に疲弊して冷戦体制を終わらせようとする動きがあり、冷戦を続けたい軍産は、冷戦をやめたいケネディを63年に暗殺して冷戦構造を何とか維持した。軍産は、冷戦をやめたい米国内の勢力をなだめるため、冷戦体制を安上がりに運営する「効率化」を迫られた。その一つとして軍産は、米国が未発達な韓国経済をテコ入れするカネを出すのでなく、高度成長期に入っていた日本が韓国にカネを出す新体制を考案し、仲が悪かった日韓を交渉させて65年に外交関係を結ばせ、日本が戦後補償の名目で韓国に経済支援する「65年体制」を作った。 (A Japan-South Korea Dispute Hundreds of Years in the Making

その後、ソ連は91年に崩壊したが北朝鮮は残り、極東の冷戦構造は残った。01年の911テロ事件後、軍産の世界支配の主流として「アルカイダなど軍産がこっそり育てた国際テロ組織と恒久対立する『テロ戦争』」が出てきた。北朝鮮の脅威を扇動して在韓・在日米軍を維持する旧来型の極東の冷戦構造はカネがかかりすぎると考えられ、さらなる「効率化」を迫られた。それで軍産は「日本と韓国が、米国の傘下で安保協定を結び、日韓が対米従属を基本としつつも日韓の協力で米国の負担を減らし、対米自立気味にしていく」といった感じの新戦略を開始し、16年に日韓の安保協定の一つとして諜報協定が結ばれた。 (テロ戦争の意図と現実) (日韓和解なぜ今?

日韓が諜報協定を破棄したことについて「日韓が安保関係を強化して対米自立していく方向性が破棄されて65年体制以前のハブ&スポークに戻り、日本が韓国抜きで米国との関係を深める(より強く対米従属できる)ので、日本にとって良いことだ」という考え方が、軍産傀儡の日本人の頭のなかにある。だが、こうした考え方は浅はかだ。トランプの目的は米国覇権の解体であり、韓国だけでなく日本も米国の傘下から外されていく。 (転換前夜の東アジア

トランプの米国が、韓国との安保体制を解体しているのは確かだ。だがそれは、韓国を米国の傘下から切り離し、北朝鮮との和解・連邦体制に移行させて朝鮮半島の全体を中国の傘下に押しやり、在韓米軍を撤退するためだ。トランプは、昨年6月のシンガポールでの米朝首脳会談以後、北朝鮮への経済制裁を緩和して南北和解や北の核開発の凍結を実現していきそうだと思われたが、実際は対北制裁を緩和せず、北問題の解決を寸止めしている。トランプは、その後も金正恩と繰り返し会ってほめたたえて宥和しているが、金正恩が一番望んでいる経済制裁の部分的な緩和をやろうとしない。 (北朝鮮に甘くなったトランプ

トランプの意図的な寸止めはこれまで不可解だったが、今回、私はようやく事情を理解できた。トランプは、米国でなく中国に北問題の解決を主導させたい。だが金正恩は、トランプの米国に北問題解決の主導役を続けてもらい、北朝鮮を「米国と親しい国」「米国の同盟国」の一つにしたい。そうすれば金正恩は、自国の安全を米国に保障してもらいつつ、トランプとの親しさを、周辺諸国のライバルである安倍晋三や文在寅、さらには習近平やプーチンと張り合って、北を米国中心の国際社会で台頭させていける。このシナリオは、世界が米国覇権下であり続けることを前提としており、90年代にクリントン政権が北と「核の枠組み合意」を締結して以来の北の願望だ。北は、米国が和解してくれるなら、米国の中国敵視策に同調して在韓米軍が中朝国境に駐留することすら了承するだろう。 (ハノイ米朝会談を故意に破談させたトランプ

だがトランプは、北が狙うシナリオと正反対に、米国の覇権体制を解体する(米覇権を運営する軍産を潰す)のが目的で、最終的に北を米国の傘下でなく、中国の傘下に押し込めたい(6カ国協議を中国に主導させたブッシュ政権も同姿勢)。トランプは、金正恩と親密にし続けることで北に対する戦略を軍産に再び奪われることを防ぎつつ、金正恩が「経済制裁の解除を、トランプがしてくれないので中国に頼むしかない」と考えるようになるのを待っていた。金正恩は今年の年頭演説で「米国が制裁解除してくれないなら新しい道を進む」と演説していた。この「新しい道」とは核兵器開発の再開だと思われていたが、そうでなくて、米国でなく中国に頼むということだった可能性がある。 (Experts: China Could Be 'New Road’ for North Korea if US Diplomacy Fails

今回、9月2日に中国の王毅外相が北を訪問し、10月に金正恩の訪中が正式決定した。平壌で王毅は「中国は、国際舞台で、北と協力してやっていきたい」と表明している。これは「(トランプに愛想を尽かした金正恩から頼まれたので)国連安保理で中国が北のために制裁緩和を提案し、可決させてあげますよ(その代わり核廃棄に動いてくださいね)」という意味に受け取れる。北への経済制裁が緩和されれば、寸止めされていた南北間の経済交流や政治和解が進み「経済制裁を緩和してくれない限り核廃棄にも動かない」と言っていた北の強硬姿勢も終わる。北問題は解決の方向に再び動き出し、その主導役はトランプの思惑どおり中国になるが、南北間の緊張が緩和されるほど、在韓米軍の撤退に近づく。文在寅はすでにこの事態に備え、これまで北を敵視してきた韓国社会の矛先を変えるため、日本との対立を扇動している。 (China tells North Korea it wants ‘closer communication and cooperation on world stage’

北問題が解決した後の朝鮮半島は、中国の傘下に入る。韓国は、これまでの米国の覇権下から、中国の(地域)覇権下に移る。しかしそうなっても、日本は中国の覇権下に入らない。「だよね。だから在韓米軍が撤退しても、在日米軍は撤退せず、日本は今後もずっと米国の同盟国(対米従属国)であり続けられるじゃん。日本万歳。田中宇死ね」と思う人がいるかもしれない。残念ながら、そうはならない。トランプ(もしくはその次の、極左的な民主党政権か、孤立主義的な共和党政権)の米国は、北朝鮮の問題が解決して朝鮮半島が中国の傘下に入っていく流れのなかで、中国やロシアと和解していく。米国(や日本)は、大規模な金融バブル破綻を経験するだろうから、中国やロシアと対立し続ける余裕がなくなる。米国や日本にとって、北も中国もロシアも「敵」でなくなってしまう。敵がいないと、米軍が日本に駐留し続ける根拠が失われる。トランプはすでに何度も「オレは在日米軍を撤退させたいんだ」と言っている。在韓米軍だけでなく、在日米軍もいなくなる。私はそのころ(2025年ごろ?)多分まだ生きている(笑)。 (ブレトンウッズ、一帯一路、金本位制) (中露に米国覇権を引き倒させるトランプ

日本は安保的な自衛と、政治的な対米自立を迫られる。米国に頼れなくなり、自前の安保戦略で自国を守らねばならなくなる。そうすると日本は、これまでの対米従属策の一環として、官僚独裁機構が、国民を意図的に「弱っちい」「薄弱な」存在にしてきたため、周辺諸国(韓国、北朝鮮、中国、ロシア)と対立し続けることなどできず、平和主義を押し立てて周辺諸国と和解し、不可侵や安全保障の協約を結ぶ道を選ぶだろう。今はえらそうに「(日本には米軍がついているのだから)韓国なんか縁を切って戦争すればよい」と言っている(マスゴミ軽信の)浅薄な人々も、そのころには全く違うこと(もしかすると「私は昔から平和主義者でね」とか。笑)を言っているだろう。日本万歳。 (先進諸国は国民の知能を下げている?



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