終わりそうで終わらない旧世界体制2018年6月21日 田中 宇今月は、世界体制の転換を象徴する出来事が相次いで起きている。まず思い浮かぶのは6月12日の米朝首脳会談だ。トランプと金正恩が「義兄弟のちぎり」を交わし、軍産複合体が永続化を狙ってきた、米国・韓国と北朝鮮との対立構造を壊そうとしている。韓国や戦後日本の国是だった対米従属が、いつまで続けられるかわからない「旧体制」に変身した。 (北朝鮮に甘くなったトランプ) 6月8-9日にカナダで開かれたG7サミットで、トランプが独仏加などの同盟諸国を、貿易問題でボロクソに攻撃する「破壊工作」をやり、米国と残りのG6諸国との間の亀裂が鮮明になり、G7が「G6+1」になったことも、世界体制転換を象徴する事件だ。G6諸国の首脳たちは、トランプと良好な関係を維持するのをあきらめ、ドイツのメルケル首相を「自由世界」の新たな主導役にしようとした。 ("The World Is On Fire": Merkel Warns Of Unprecedented Disasgreement At G7 Summit) だが、ほぼ同時期に欧州で難民危機が再燃し、メルケルの連立政権に参加するバイエルン州の右派政党CSU(以前から難民受け入れに反対の傾向)が、難民の受け入れに寛容なメルケルの政策に公然と反対するようになり、政権の危機に陥った。2週間の最後通牒を受けたメルケルが難民に厳しい態度に転換しない場合、連立政権の崩壊があり得る。G6のEU諸国の中でも、イタリアは、難民受け入れを拒否し、EUの支配層に楯突くポピュリスト2政党(同盟、五つ星)が3月の総選挙で政権をとり、エスタブ系の独仏政府と対立し始めた。EUもドイツも、難民問題で紛糾している。EUもG6も、トランプとやりあう以前に、自分たちの団結を維持できないでいる。 (Increasing Headwinds for Angela Merkel) (War Erupts Between Italy's Government And Soros) トランプの「破壊工作」を受けてG7が破綻した西側先進諸国をしり目に、中国とロシアを中心とするユーラシアの「非米勢力」のゆるやかな同盟体である「上海協力機構」は、6月9-10日に中国の青島で年次サミットを開き、相互の結束を誇示した。トランプは、上海機構を支持する発言こそしていないものの、自分の側の米覇権体制の象徴であるG7サミットを壊したことで、同時期にサミットを開いた非米勢力の上海機構の結束誇示との対照性が明確になるよう演出している。覇権放棄屋・隠れ多極主義者としてトランプの姿勢がかいま見える。 (Will Trump Cement the China-Russia Alliance?) 経済分野では6月14日、欧州と日本の中央銀行が、2015年以来続けてきたQE(量的緩和策)のさらなる縮小を、同じ日に別々に発表した。欧州中銀は今年初めからQEの縮小を開始しており、今回は、今年末にQEを完全終了すると発表した。QEの終了は国債金利の上昇、ユーロ圏各国政府の国債利払い額の増加・財政難の加速につながるので、欧州にはQE終了への反対論もある。だが、ユーロの主導役であるドイツとしては、今や喧嘩相手であるトランプの米国の金融バブルの延命に協力するために始めた不健全なQEを早くやめたいという気持ちが強まり、それが今回のQE終結宣言になったようだ。金融システム(=バブル)の安定維持よりも、国際政治・地政学的な対米自立が優先されたことになる。 (ECB to End Bond-Buying Program in December as Crisis-Era Policies Wind Down) 日本国債の買い支えをQEとして続けている日銀は、今年初めから、無制限のQEを続けると公言しつつ、実体としてQEを減額していく「ステルスQE削減」(stealth tapering)を続けている。日銀は、今年2月にQEを減らし、6月には、1日と14日の2回、QEの削減をやっている。トランプは、日銀のQEのせいで為替が円安ドル高になり、日本に有利・米国に不利な貿易環境になっているとして、日本に対し、QEを早くやめろと圧力をかけている。日本側は、円高や日本国債の金利上昇を避けたいので、QE削減を目立たないようにやっている。 (Bank Of Japan Cuts Bond-Buying By 30bn Yen - Biggest Taper Yet) (BOJ Bid to Taper by Stealth Made Tougher by Supercharged Yen) (Japan's Stealth QE Taper) 通貨を増刷して債券を買い支えるQEは、リーマン危機後に凍結状態が続いてきた米国中心の債券市場が、あたかも活況であるかのような状態を演出するために続けられてきた。QEは通貨の過剰発行であり、長くやると中央銀行の資産の肥大化・不健全化を引き起こし、通貨の信頼が下落するので、数年しか続けられない。米連銀は6年間やった後にQEを日欧に肩代わりさせ、日欧も4年目の今年、QEを減らさざるを得なくなった。QEの減額と終了は(他の延命策による肩代わりが弱い場合)、金利の上昇、世界的な資金難と財政難、景気悪化、株安などにつながる。 (債券から見える米覇権放棄とバブル依存の加速) この流れは最終的に、米国の金融覇権の終わりに至る。米国覇権が早く終わってほしいロシア政府などは、昨年から米国債を売り払い、米国債やドルに代わる備蓄手段として金地金を買い集め、人民元やルーブルやルピーなど、ドル以外の国際決済を増やそうとしている。トランプは、そんなロシアのプーチンと首脳会談するつもりらしく、ボルトンがモスクワに派遣される。米朝和解の次に米露和解がありうる。トランプは世界を倒錯させている。 (As Russia's Gold Hoard Soars, Putin Warns "US Sanctions Hurt Trust In Dollar As Reserve Currency") (John Bolton to Visit Moscow to Arrange a Trump-Putin Meeting) ▼70年代の在官米軍撤退計画は軍産に潰された 韓日を米国の覇権の傘の下から追い出すことにつながりそうな米朝の関係改善、米国の覇権機関だったG7の解体、多極型の非米同盟としての上海協力機構の結束強化、米金融覇権を維持してきたQEの終わり。上に列挙した6月の動きは、いずれも戦後世界を席巻してきた米国覇権体制が「旧体制」となって崩れていき、BRICSなど非米的・多極型の「新体制」の世界が、しばらくは混乱続きの中で、しだいに顕在化していきそうな流れになっている。 (貿易戦争で世界を非米・多極化に押しやるトランプ) とはいうものの、上に列挙した6月の動きをさらに分析していくと、旧体制の崩壊はそんなに簡単に進まないことも見えてくる。米韓軍事演習は、とりあえず棚上げされたが、次の段階である在韓米軍の縮小や撤退は、トランプの「希望」として米朝会談後の記者会見で表明されただけで、具体策として何も出てきていない。その理由は、米国で歴代大統領と暗闘しつつ米国の世界戦略の決定権を牛耳り続けてきた軍産複合体が、在韓(と在日)米軍の撤退に強く反対しているからだ。 (北朝鮮を中韓露に任せるトランプ) 歴史を見ると、米国が前回、在韓米軍の撤退を模索したのは1977年に就任したカーター政権の時だった。カーターは、在韓米軍の撤退を選挙公約に掲げていたが、大統領就任後、軍産の強い反対を受け、結局在韓米軍を撤退できず、1980年の選挙に際して軍産イスラエルが(イラン革命後の人質事件などを使って)共和党のレーガンを応援したため1期4年で放逐された。同時期、米国は在日米軍の縮小も進めたが、対米従属を維持したい日本政府は、沖縄に米軍基地を集めた上でそれを残す策をとり、今に続く対米従属の延命に成功した。おそらく今回も、在韓・在日米軍の縮小・撤退は、わりと軍産に勝っているトランプといえども簡単でないだろう。 (How the ‘Deep State’ Stopped a US President From Withdrawing US Troops From Korea) トランプの離反でG7は崩壊感が強まり、存在価値が低下した。だが、そもそもG7は10年前から存在価値が低い状態だ。リーマン危機後の09年秋、危機後の世界経済の建て直しをG7の先進諸国だけでやるのは無理で、中国など新興諸国も入れたG20の体制でやる必要があるという話になり、世界の経済運営の最高意思決定機関の座がG7からG20に移った。G7は、10年近く前から「旧体制」なのだ。米欧日などの軍産傘下のマスコミが、G7が未だに世界の中心であるかのように歪曲報道し、それを人々が軽信してきた。トランプ政権が続く限り、米国はG7に冷淡だろう。今回のG7の破壊は、すでに幻影の存在だったG7を、幻影ですらない状態にした。 (G8からG20への交代) 今回のG7サミットで、トランプは「ロシアを再加盟させてG8に戻そう」と提案したが、当のロシアは「すでに世界の中心はG20に移っており、いまさらG7に入りたいと思わない」と冷淡だった(トランプは、ロシア敵視策を結束手段の一つとしている先進諸国の結束を壊す目的で、ロシア再加盟を提案したようだ)。 (Russia never asked for reinstatement as G8 member, believes future is in G20: FM Lavrov) G7はトランプに壊されたが、代わりのG20が世界の中心として機能しているかといえば、そうでもない。その理由は、リーマン後に米日欧の中銀群が展開してきたQEによって、リーマン危機で潰れたはずの米国中心の債券金融システム(=米金融覇権)が延命し、世界経済が「リーマン後(=米覇権後)」の状態になっていないからだ。G20が本格稼働していないので、すでに引退したはずのG7が、米覇権を維持したいマスコミの幻影機能に乗って、世界の中心であるかのように振る舞ってきた。それをトランプが壊している。 (行きつ戻りつの世界情勢) 上海機構はG20体制の一部だ。上海機構が版図とするユーラシア中央部は、中国の経済覇権戦略である一帯一路と相まって、経済体制の非米化が進み始めている。だが、中国は慎重だ。今回の上海機構の年次サミットで、これまでオブザーバーだったイランの正式加盟が認められそうな感じだったが、結局今年も見送られた。ロシアは、イランの上海機構加盟を後押ししていたが、中国は、トランプ政権に敵視されているイランを自陣営に入れてしまうことを躊躇した。利にさとい中国は、旧覇権国である米国とできるだけ対立せずに、ゆっくり覇権転換が進むと良いと考えている。 (No obstacle to Iran’s SCO membership) 中国がそんな感じなので、トランプは、なんとか中国を怒らせようと、敵対的な関税政策を急進している。中国は、米国からの輸入を増やすことでトランプを満足させ、貿易戦争を回避しようとした。トランプの側近の中には、これで手打ちだと考えた者もいたが、トランプ自身は中国との和解を拒否し、米中貿易戦争を維持した。トランプの狙いは、米国の利益でなく、米国覇権体制を潰すことである。トランプは多極化を推進している。 (Trump Distances Himself From Mnuchin After Trade Hawks Knock China Deal) 地理的に、地政学的な「逆張り大国」であるロシアのプーチンは、トランプの隠れた最強の同志だ。習近平は、まだそこまで行っていない。トランプの米朝和解は「まだしばらく米国覇権体制でもかまわない」と思っている習近平に、前倒し的に朝鮮半島の覇権を与えて強気にさせ、プーチンの案に沿った米国覇権の押し倒しに中国も参加してもらうための策に見える。中国が本気になって朝鮮半島の南北和解をテコ入れすると、在韓米軍の撤退や、韓国の米覇権傘下からの離脱が早まる。 (プーチンに押しかけられて多極化に動く中国) ドイツやフランスはトランプから邪険にされているが、ならば独仏が対米従属の一環であるロシア敵視から卒業してロシアに接近するかというと、そうでもない。「隠れ親露(=隠れ多極主義者)」であるトランプは、独仏を反米親露にしたくて罵倒しているのだろうが、独仏の上層部には無数の軍産系の勢力が巣食っているため、なかなか反米親露の方に動かない。これまで米国覇権を維持してきた最大の力は、米国自身よりも、同盟諸国に巣食って根を張る軍産系勢力(政治家、外交官、軍やマスコミの幹部、学者など)である。 (トランプワールドの1年) 欧州を対米従属から解放するのは、トランプよりも、イタリアの新政権に象徴される、反エスタブ・反米親露的なポピュリスト政治勢力だろう。G7サミットで各国首脳に喧嘩を売ったトランプが、唯一うれしそうに話した相手は、イタリアのコンテ新首相だった。トランプもプーチンも、欧州のポピュリスト政治勢力を応援している。次は、ドイツがどうなるかだ。もし、いずれ欧州でポピュリストがエスタブとの戦いに勝って席巻していくと、彼らは国家統合やユーロへの反対を言わなくなる。「団結した強い欧州」を、ポピュリストが壊すのでなく乗っ取る流れに変わる。欧州は、国家統合を維持したままロシアに接近する。 (Trump, new Italian prime minister Giuseppe Conte forge unlikely bond) 経済の話を少し。QEの終了は、最終的にドルや米国債の覇権の終わりに至るが、その前に、世界経済の弱い部分である新興市場が、ドル建て債務の金利上昇によって資金難に陥る。QEを欧日に押しつけた米連銀(FRB)は、ゼロ金利を離脱して利上げを続けるとともに、QEで肥大化した資産の再圧縮(手持ちの債券を手放してドルに替えて償却する)を続けている。これは、世界的なドル資金の洪水を終わらせ、ドル建てで借金してきた新興市場からの資金逃避が起こり、新興市場が為替安や金利上昇に直面して悲鳴をあげている。最近、インドやインドネシアの中央銀行が、相次いで米連銀に、資産圧縮をやめてほしいと懇願している。QEの縮小(米欧日の中銀の引き締め傾向)は、米国覇権を揺るがす前に、非米諸国を金融危機にしている。 ("Dollar Is King": Indonesia Joins India In Begging Fed To Stop Shrinking Its Balance Sheet) QEが終わりつつあるなか、トランプは代わりの延命策として米国の金融界に対する規制緩和(オバマ時代に行われた金融健全化策の無効化)を進め、金融バブルの膨張を維持することで、リーマン級の金融危機の再発を先送りしている。QEが縮小しても、債券や株のバブルが続いている。 (株高債券高・バブル膨張の中で進むドル基軸システムの崩壊) このように、いずれの分野でも、米国覇権に基づく「旧体制」は、トランプの攻撃などによって揺るがされているものの、崩壊へと直線的に進みはしない。事態は、行きつ戻りつ、混乱や無秩序、何年間もの延命状態の中にある。しかし、トランプの無茶苦茶に見える策略の真意が、軍産支配下の米国覇権を壊し、多極型の別の世界体制に転換させることにある点は、しだいに明確になっている。
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