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行きつ戻りつの世界情勢

2013年7月31日   田中 宇

 世界は、米国の一極覇権体制が崩れ、米国のほかにEU、中国、ロシアなどが並び立つ多極型の覇権体制に転換しつつある、というのが私の長期的な世界情勢分析だ。こうした「多極化」が国際情勢の底流にあると私が考え始めたのは、米国のイラク占領が自滅的に失敗していった2005年ごろからだ。それ以来、すでに8年も経過している。

 この間、08年のリーマン危機で、ドルが基軸通貨として機能できなくなることを見越して、世界の経済政策を主要国の首脳たちが話し合う最重要の場がG7(先進諸国)からG20(先進諸国+BRICSなど)へと移り、多極化が進むかに見えた。だがその後、G20は大して機能せず、ドルと米国の金融システムは米連銀の量的緩和策(QE3)などによって延命し、米経済は「回復しつつある」と報じられている。中国もロシアも、世界的な経済利権の拡大には熱心だが、政治的に米国から覇権を奪おうとしない。米国の国際信用は落ちたものの、世界は米国の一極覇権体制が続いている。

 ならば、多極化の流れは消え、米国の覇権が蘇生するかというと、そのような流れも見えない。米国の金融財政は、依然として危険な状態だ。米国は、中東をはじめ世界中で、事態を動かせる影響力が低下している。

 だが世界には、米国の覇権が崩壊するのを嫌がっている国が多い。EUやBRICSは大国だが、米国の覇権の一部(地域覇権)を肩代わり(負担)するほど強気ではない。米国の側では、投機筋がEUでユーロ危機を起こしたり、BRICSに資金を流入させた後で流出させて金融危機を誘発するなど「金融兵器」で多極化を妨害している。世界は、長期的に多極化に向かっていると考えられるが、短期的・中期的には、全体的に行きつ戻りつの状態が続いている。以下、分野ごとに見ていく。

 米金融界は夏休みに入り、目立つ動きが減っている。米国の金融システムの健全性を示す10年もの米国債の金利は、3%を超えると危険だが、今のところ2・5%前後で動いている。しかし、米金融システムが、実体的な経済の改善によってでなく、ドルの過剰発行と、民間の債務増、公的な財政赤字増によって支えられている延命状態にあることは変わりない。先日、米政府の財政赤字総額が5月に法的な上限(16・7兆ドル)をいつの間にか突破していたことが明らかになった。オバマ政権は財政赤字の削減を約束したが、それを実現すると、金融も実体経済も悪化してしまう。赤字が上限を超える違法状態を無視するしかない。 (US blows out $16.7 trillion debt limit

 米連銀は、9月の理事会(FOMC)で、量的緩和策の縮小を発表すると予測されている。公的な債務も、民間の債務も、もう拡大の余地があまりない状態だ。2年前にドル崩壊を予測する本を書いた米国の分析者(Jim Rickards、投資銀行家)は最近「07年に始まった大転換が依然として続いており、大きな流れは今も、ドル崩壊、IMFのSDR(特別引き出し権)や金本位制などを使った通貨の多極化への移行であることに変わりない」と述べている。 (Jim Rickards: Most Likely Outcome Is Still A Monetary Collapse

 米連銀のバーナンキ議長は、来年1月に任期切れで退任する。後任には、オバマやクリントン政権の経済政策を立案したローレンス・サマーズと、連銀副議長のジャネット・イエレンの名前が挙がっている。サマーズは今年4月、連銀が続けているQE3の効果に疑問を呈する発言をした(今後、その姿勢を打ち消す発言をするかもしれないが)。対照的にイエレンは、QE3の政策を強く支持している。どちらが次期議長になるかによって、ドルや米国債の行方が変わってくる。 (Summers dismissed QE effectiveness) (Fed Chief Choice Shapes Up as Race Between Summers, Yellen

 ドルや債券など金融システムは何とか延命しているが、米国の実体経済を見ると、中産階級が急速に貧困層へと転落している。AP通信の調査によると、米国の成人の80%が、失業や、低収入による生活苦に陥り、何らかの社会保障に頼って生活している。特に最近、貧困層への転落が増えたのは白人層だ。以前の米国は、有色人種に貧困が多かった半面、白人が比較的豊かで彼らが中産階級を形成していた。だが今は、有色人種が依然として貧困で、白人も中産階級から貧困層へと転落している。 (80 percent of U.S. adults face near-poverty, unemployment, survey finds

 米国は、人口の1%未満の大金持ちがいるので国民所得の平均が高いが、貧富の格差が広がり続け、貧困層の数が世界有数の増加となっている。オバマはこの事態を無視できず、国民に向けた演説で、中産階級の生活苦に言及した。 (Obama Says Income Gap Is Fraying U.S. Social Fabric) (More Evidence That US Middle Class is Sliding Toward the Third World

 最近の記事で、オバマケア(官制健康保険)の制度的な扇動により、フルタイム雇用をパートタイムに切り替える動きが米国の企業で増えていることを書いたが、この現象は米国の中産階級の所得減少の一因となっている。オバマケアについての問い合わせを国民から受けるコールセンターの従業員が、フルタイムでなくパートばかりで、コールセンターの運営会社が従業員のためのオバマケアの費用を払うのを回避しているという皮肉な話も伝えられている。 (Obamacare Call Center Hiring Part-Time Workers, Not Providing Healthcare

 世界的に見ると、米国で中産階級が崩壊し、日本も低所得層が増えている半面、中国を筆頭に、インド、ブラジル、トルコなど新興市場諸国で中産階級が増加している。世界の中産階級の中心が、先進国から新興市場・発展途上国へと移転している。これも多極化のひとつの流れである。 (Brazil and Turkey: The Global Middle Class Rises

 米国では7月18日、かつて自動車産業で栄えていた中西部のデトロイト市が破産申請した。破産によって同市は、市職員など公務員に対する年金の支払いを約束どおり払わなくても良くなる可能性がある。同市は繁栄していた時代に大量の市職員を擁し、市職員年金の受給者が現役市職員の2倍おり、年金支払いで財政が圧迫されている。同市の年金基金は以前、放漫な運用により失敗し、逮捕者を出した。デトロイトの倒産は、同市と同様に、過去の繁栄期にいた市職員に対する年金支払いで財政が圧迫されている、シカゴなど全米のいくつかの大都市に「逃げ道」を示したと指摘されている。倒産によって、都市の財政は少し楽になるが、年金を受け取れなくなって生活に困る元市職員の高齢者が増える。こうした現象も、米国の貧困層増加に拍車をかける。 (Analysis: Detroit filing sends benefits warning to other cities

 米政府は財政難で、軍事費(防衛費)も削る必要があるが、軍産複合体の息がかかっている議員が多い米議会は、軍事予算削減の法案を次々と否決し、財政再建を妨害している。米国は、軍事費を削り、海外派兵の負担を減らして軍事的、経済的な力を温存する必要があるが、好戦的な米議会は派兵を減らすのにも反対だ。その結果、米軍は危険な過剰派兵の状態になっていると、ヘーゲル国防長官が警告している。100年ほど前、全世界に展開していた覇権末期の英国軍がそうだったが、過剰派兵の事態が続くと、ある時突然に軍事外交戦略の全体が崩壊的に持続不能になる。 (Chuck Hagel warns: Troops are `close to the breaking point'

 米当局は、来年のアフガニスタン撤退が決まっているのに、最近、巨額の予算を投入し、新しい巨大な基地をアフガンに新設した。アフガン駐留の米軍司令官は3年前から「新しい基地は要らない」と言っていたが、無視されている。米当局は、イラク占領の末期にも同様に、イラクに誰も使わない立派な軍事施設を建設した。米当局がいくら「間抜け」でも、これはやりすぎだ。米国防省の内部に、かつての「ネオコン」など、米国の覇権を意図的に浪費しようとする勢力(隠れた極主義者)がいることを、あらためて感じさせる。 (A brand-new U.S. military headquarters in Afghanistan. And nobody to use it) (Rebuilding Iraq: Final report card on US efforts highlights massive waste

 米軍は財政難で過剰派兵状態だ。にもかかわらず米国防総省は「中国と戦争する準備」をしていると伝えられている。国防総省は数年前から、中国の軍事台頭に対抗するための西太平洋の軍事戦略「エアシーバトル」を立案しており、この立案を、具体的な軍備のかたちへと具現化していくことを最近決めた。この決定は、まだ議会や大統領の承認を得ていない。エアシーバトルは、航続距離が長い兵器や輸送機を開発して多用し、中国を遠巻きに包囲し、米国が中国と戦争した時に勝てるようにする計画だ。 (Who Authorized Preparations for War with China?) (US Authorizes Preparations For War With China) (「エアシーバトル」の対中包囲網

 中国は、米国債の最大級の保有者で、米大手企業にとって儲けを増やせる数少ない領域のひとつだ。米中戦争は日本や韓国、東南アジアといった、今や世界経済の中心になった東アジア地域を破滅させる。米国が中国と戦争するとは思えない。エアシーバトルは話が曖昧で、幻影的な感じだ。だが米国が、中国と戦争する話を出すと、それがたとえ幻影であっても、日本や韓国、フィリピンなどの対米従属派に活気を与える。

 米国が静かに中国と協調を強めるだけなら、日韓も東南アジアもしかたなく中国との協調(被支配)を強める。だが、米国が中国に対抗する姿勢を見せている限り、東アジア諸国には米国に頼り続けようとする姿勢が残り、行きつ戻りつの状態になる。韓国は、すでに平時の軍事指揮権を米国から移譲され、次は有事の際の軍事指揮権を米国から移譲されることになっているが、この移譲を延期してほしいと米国に申し入れた。 (S. Korea wants to delay military deal with U.S., news report says

 北朝鮮核問題の6カ国協議が進展すると、南北、米朝、日朝などの緊張が緩和し、有事指揮権を韓国軍が持っても問題なくなるが、6カ国協議は進行が大幅に遅れ、再開されるめどが立たない。その理由は、6カ国協議が達成されると、米国が東アジアへの影響力の大幅減少を是認し、北朝鮮も韓国も中国の傘下に入らざるを得なくなり、それに対する消極的な姿勢が北朝鮮、韓国、中国のいずれにも存在するからだ。 (New reef rift hits China-Philippines ties

 フィリピンも、米軍と日本自衛隊の自国への駐留を歓迎しており、南沙諸島での中比間の軍事対立が激化している。米国は長期的に東アジアでの自国の軍事負担を減らしていきたいが、東アジア諸国の側がそれに抵抗している。米国は、東アジアの同盟諸国と中国との対立を扇動しているが、これは中国が対抗して軍備拡大することを誘発し、長期的に見ると、中国の台頭を引き出し、最終的に他の東アジア諸国が中国と協調せざるを得ないようにする策になっている。 (Chinese, With Revamped Force, Make Presence Known in East China Sea



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