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イラン核問題の解決

2015年4月6日   田中 宇

 4月2日、イランの核兵器開発疑惑をめぐる、イランと米国など(米露中英仏独、P5+1)との交渉が、スイスのローザンヌで妥結した。交渉は2013年から行われてきたが、イスラエルとその影響下にある米議会が問題解決に強く反対してイランが飲めない条件を出し続け、交渉が難航した。今回も正式な協約を締結するところまで交渉を進展できず、締結された文書は6月末に締結する予定の正式文書の基本的な部分(変数)を決めただけだ。 (Iran "Nuclear Deal" Fact Sheet

 しかしこの「変数」には、イランが今後15年間、核燃料(や兵器)の原料となるウランを3・67%以上に濃縮しない(兵器にするには90%濃縮が必要)とか、ウラン濃縮に使う遠心分離器の数を今の1万9千台から6千台に減らすとか、IAEA(国連原子力機関)が抜き打ちでイランの原子力施設を査察できるなど、イランが核兵器を作れないようにする具体的な要件が盛り込まれている。正式な協約が締結され履行されれば、史上初めて、イランが核兵器を作っていないことが物理的に確定する。 (Full U.S. text on preliminary nuclear accord with Iran

 イランはもともと核兵器を作る意志がない(作っていると考えられる根拠がない)が、イスラエルと傘下の米政界は「イランは核兵器開発しているに違いない」と言い続けてきた。イランが核兵器を開発しているという米欧側の主張は、イスラエルが「証拠」と称する捏造文書を亡命イラン人組織を経由してIAEAに出すことによって作られた濡れ衣だ。 (イランと和解しそうなオバマ) (イラン制裁継続の裏側

 今回の協約で、イランが核兵器を作っていないことが確定すると、イスラエル系勢力による濡れ衣の構図が初めて打ち破られ「イラン核問題」が解決する。米議会はイラン制裁の解除を否決すると言っているが、国連で予定されている制裁解除決議を受け、米イスラエル以外の諸国はイランへの制裁を解除する見通しで、制裁解除によってイランは政治経済的に発展台頭していきそうだ。 (`Nuclear deal to unleash Iran's economic power'

 イスラエルがイランに核兵器開発の濡れ衣をかけた理由は、03年のイラク戦争だ。イスラエルにとってイラクとイランは2大脅威であり、両国の結束を防ぎ、戦争させておくか「二重封じ込め」を恒久化する必要があった。1970年代から米政界を牛耳って米国の外交戦略を操れるイスラエルは、79年にイランのイスラム革命を誘導してイランを親米国から反米国に転じさせた後、親米だったイラクのサダム・フセインを動かしてイラン・イラク戦争を誘発した。イランのホメイニ師が死んでイランとイラクが和解した後、米国(イスラエル)はサダムをそそのかして90年にクウェート侵攻させ、イラクを親米から反米に転じさせ、イラクを弱体化させる経済制裁の体制を構築した。 (イラン革命を起こしたアメリカ

 97年ごろから人道的な理由でイラク制裁が崩れそうになると、米国(イスラエル)は、フセイン政権の再台頭を防ぐため、01年の911事件を機にイラク侵攻の機運を作り、03年に挙行した。この際イスラエルでは、イラクを米軍が占領して民主化すると、シーア派が国民の多数派なので親イランの国になり、イラクを傘下に入れたイランの台頭を誘発すると警戒する声があり、この流れで、イラクに大量破壊兵器保有の濡れ衣をかけて侵攻した後、イランに核兵器開発の濡れ衣をかけて潰そうとする動きが始まった。 (CIAの反乱) (イラク「中東民主化」の意外な結末

 上記の説明だと、米国とイスラエルが一心同体(米国がイスラエルに牛耳られっぱなし)のように見えるが、実際はそうでない。米イスラエル関係は暗闘の歴史だ。クリントン政権までの米国は、米国好みの戦略を貫こうとしたがイスラエルの支配から脱せなかった。01−09年のブッシュ政権は逆にイスラエル好みの好戦策を過激にやって意図的に失敗し、次のオバマ政権が、前政権の失敗を立て直す策として、もう選挙がない2期目になって、イスラエルとの対立をいとわず、イランにかけた核の濡れ衣を解く動きを開始した。

 オバマの大統領府はイスラエルと対立しているが、米議会などそれ以外の米政界やマスコミ(私が「軍産イスラエル」と呼ぶ複合体)は依然として牛耳られている。イラン核問題がイスラエルによる濡れ衣であることを暴露して事実として確定しようとするやり方は、利敵行為のレッテルを貼られるのでオバマにとっても困難だ(対米従属の日本で、米国の弱体化や戦略誤謬を指摘すると非国民扱いされるのと同じ構図)。

 だからオバマは、イランにかけた核の濡れ衣を解くのでなく、イランに核兵器開発できない状態(遠心分離器の台数削減、ウラン濃縮率の上限設定など)を認めさせ、その見返りにイランへの経済制裁を解き、核問題を解決する手法をとった。イスラエルがイランから感じる核の脅威は大幅に減じた(イランはもともと核兵器開発などする気がないので脅威でなかったが)。今回の協約はイスラエルを安全にするものであるのに、ネタニヤフは協約に強く反対している。 (Iran nuclear framework agreement: Not a bad deal

 米国が1970年代にイスラエルに取り付かれる前「軍産イスラエル複合体」は「軍産(英)複合体」だった。この時代、軍産は米国を、ソ連や中国と恒久的に敵対する冷戦体制にはめ込んでいた。米国は、72年にニクソン大統領が訪中して中国を敵対枠から外し、80年代末にはレーガン大統領がレイキャビクなどでゴルバチョフと会談し、冷戦を終わらせた。今回のローザンヌでのイランとの和解は、ニクソン訪中やレイキャビク会談に匹敵する米国の地政学的な大転換であると評されている。オバマ自身は、今回のイランとの和解を、ケネディのソ連との和解に匹敵するものだと表明している。 (Smart money over Iran should be on Obama) (The Deal - by Justin Raimondo

 オバマが今回、イラン核問題の解決を急いだのは、昨年から軍産イスラエルがISIS(イスラム国)やアルヌスラ(シリアのアルカイダ)の台頭を支援し、イランの傘下にあるイラクとシリアを恒久内戦状態にする試みを、従来のイラン・イラクの二重封じ込め策に代わる新戦略として開始しているからだ。 (敵としてイスラム国を作って戦争する米国

 ISISやアルヌスラと本気で戦っているのはイラン、イラク、アサド政権、ヒズボラといったイラン系の諸勢力だけだ。彼らがISISに負けると、中東の混乱がひどくなり、大規模な米地上軍が再び中東に駐屯せざるを得なくなり、米国が軍産イスラエルに牛耳られる状態が永続化する。これを防ぐには、核問題を解決してイランを強化すればよい。だからオバマはイラン核問題を全力で解決し、ネタニヤフはそれを全力で阻止しようとした。 (ISISと米イスラエルのつながり

 オバマの大統領任期は17年1月までだ。その後は多分また軍産イスラエルに言いなりの大統領(ランド・ポールやヒラリー・クリントンなど)になり、オバマが開始したイラン強化策を棚上げしそうだ。それを見越してオバマは、今回のイランとの協約の主体を、米国でなく国連安保理(P5)にしてある。 (OBAMA BRINGING IRAN DEAL TO UN INSTEAD OF CONGRESS

 今回の協約が6月末に正式なものになると、国連安保理はイラン制裁の解除を決議する。この決議はすべての国を拘束する。イスラエルに牛耳られている米議会は、イラン制裁の解除を批准しないと宣言している。イランを制裁し続ける米国は、国連決議違反を犯すことになる。米国が国連から距離を置き、そのぶん露中など反米非米の途上諸国が強くなる国連が、イランを守るようになる。 (Iran, P5+1 joint statement calling for removal of all anti-Iran sanctions) (国連を乗っ取る反米諸国

 国連がイランの制裁を解き、イランを善良な加盟国として再認識するようになると、イランが主導するISISとの戦いに国連が協力できるようになり、軍産イスラエルが支援するISISやアルカイダを、イラン主導の国連が掃討することができ、中東の安定化につながる。

 軍産イスラエルが国連と対立する構図は、同時にパレスチナ問題でも起きてくる。イスラエルがパレスチナ和平をなかば正式に拒否したので、国連は、パレスチナ国家の国連加盟申請を承認したり、イスラエルによる西岸の不当占領非難を決議しそうな動きを始めている。 (France to begin push for UN Security Council resolution on Israeli-Palestinian conflict) (US 'disappointed UN rights council continues to single out Israel'

 米政府は従来、国連安保理のパレスチナ加盟決議案に反対し拒否権を発動してきたが、今回のイラン協約を前にネタニヤフがオバマを敵視する動きをしたため、オバマはもう安保理のパレスチナ加盟決議に反対しないと予想されている。イスラエル傀儡の米議会では、パレスチナが国連に加盟したら米国が国連に払うべき分担金を拒否すべきだという主張が強まっている。 (McCain: Congress could defund UN if US backs Palestine bid

 米国が国連に分担金未納など冷淡な態度をとると、国連は米国抜きでイスラエルを非難する傾向を強め、イスラエルにとってむしろマイナスだ。米国の「親イスラエル派」が、実は反イスラエルであることがここでも見てとれる。 (Without US cover at UN, Israel could face diplomatic avalanche) (Israel Risks UN Isolation as US Tensions Worsen

 米議会上院では、イランへの追加制裁法案を提案していた中心人物の一人である民主党のロバート・メネンデス議員(上院外交委員長)が収賄の疑いで起訴され、一時的に議員活動の停止を余儀なくされている。これにより、米議会のイラン追加制裁が頓挫する可能性も指摘されている。贈収賄スキャンダルを使った、イラン制裁をめぐる政争が起きている感じだ。 (Menendez charges put Iran legislation in doubt

 軍産イスラエル複合体は、まだ非常に強い。米国は財政難なのに、米議会は国防総省が軍事費を無制限に使えるような新たな仕組みを検討している。ISISやアルカイダは、軍産イスラエルの代理戦争の道具である色彩を強めた。米軍機がイラクでISISに武器を投下して支援していることはイラクで広く知られているし、イスラエルがゴラン高原でアルヌスラを支援しているのも周知の事実だ。 (War budget might be permanent slush fund) (テロ戦争を再燃させる

 リビアでは、かつてマケイン上院議員が賞賛した反カダフィ軍の司令官が地元のISISの指導者になっている。以前の記事に書いた、イエメン侵攻でサウジがイスラエルに頼った話も事実のようで、サウジと軍産イスラエルは、イエメン南部のアルカイダを強化し、イランに頼るフーシ派との内戦を激化しようとしている(イエメンを長期内戦にすることは長期的にサウジ自身を不安定化する。サウジ王室は間抜けだ)。 (Washington's Al Qaeda Ally Now Leading ISIS in Libya) (Leaked Audio Recording Shows Saudi Arabia Requesting Israeli Airplanes Target Yemen) (Al-Qaeda Seizes Mukalla Army Base, Securing Foothold in SE Yemen

 スンニ派のISISやアルカイダを使ってシーア派のイランと戦わせる策は、イスラエルにとって諸刃の剣だ。ISISやアルカイダがいずれイスラエルを敵視しかねないからだ。イスラエルは米議会を傀儡化しているが、しだいに多くの人々がこの傀儡化に気づくようになり、その分イスラエルはしだいに強く米議員らを脅すようになっている。ISISアルカイダを使ったり米議会を脅したりする汚いやり方に頼らざるを得なくなった分、イスラエルは弱体化している。

 弱体化を背景に、イスラエルはオバマに対し「イランとの本協約の中に、イランがイスラエルを国家承認することを義務づける条項を入れろ」と要求してきた。米政府は「今回の協約は核問題だけであり、その他のことを入れるわけにいかない」と断った。 (Netanyahu: Final Iran Nuclear Deal Must Endorse Israel) (US rejects Netanyahu's demand for Iranian recognition of Israel

 イスラエルは「イランと協約するならイスラエル軍を強化してくれ。迎撃ミサイルをくれ。F35戦闘機を何十機かよこせ」とも要求している。これらの要求は、米国がイラン敵視をやめてイランの台頭が予測されることを、イスラエルがいかに強く脅威に感じているかを示している。 (Iran deal can be scaffolding for Israeli unity government

 イスラエルがイランに国家承認されたがっていることは、イスラエルがイランを潰すことを不可能と考え始めたことを示している。イランなど中東諸国がイスラエルを国家承認するには、イスラエルが違法入植地を撤去し、パレスチナ国家の創設を認め、未加盟のIAEAに入って核兵器を廃棄し、核兵器を作ったディモナ原子炉の査察を認めることが必要だ。いずれも、今のイスラエルには不可能だ。これらをイスラエルが拒否し続けると、世界がイスラエルを経済制裁するようになる。イランとイスラエルの立場が逆転しつつある。これまで何度も書いてきた「善悪の転換」が起きている。 (善悪が逆転するイラン核問題) (続くイスラエルとイランの善悪逆転

 イランが国際的に許されていくのを見て、トルコのエルドアン大統領が財界人を引き連れてイランを訪問する予定を発表した。制裁解除で見込める経済関係の強化が目的だ。トルコは従来、表向きイランと仲が良いが、イランの傘下にいるアサド政権を敵視し、イランの敵であるISISを支援するなど、親イランと反イランが混じった立場だった。トルコはサウジのイエメン侵攻も支持している。しかし今後、イランが核協約を経て台頭すると、トルコのバランス外交も親イランの傾向を強めそうだ。 (Turkish President Erdogan to visit Tehran on Tuesday

 シリアでは、これまで米欧などから「悪」のレッテルを濡れ衣的に貼られてきたアサド政権が、悪でなくなりつつある。アサド政権と反政府勢力との停戦交渉がロシアの仲裁で行われており、米国は今年1月までこの停戦交渉を支持していなかったが、2月に静かに支持に転換した。米政府は事実上、アサド政権の続投を容認し始めている。イランとアサド政権が国際社会の良いメンバーに戻ると、ISISやアルカイダを退治でき、中東が安定化する。 (U.S. Signals Shift on How to End Syrian Civil War) (US-Backed Syrian Opposition Won't Attend US-Backed Peace Talks

 これらの安定化が実現した後、最後に残る問題がイスラエルの存在だ。イスラエルは、自分たちが弱い立場になったら国が滅びると考る傾向が強く、追い詰められると核戦争を起こすかもしれない。しかし同時にユダヤ人は非常に現実的な人々でもある。もはやイスラエルが国際社会で以前のような強い立場に戻ることはない。それを前提に、イスラエルが国家存続するための策を考え直すと、イランやアラブ諸国とうまく和解するしかないということになる。そのような転換がいつどのような形で起きるかが、今後の注目点だ。

 もう一ついえるのは最近、米国やイスラエル、サウジアラビアといった米国とその同盟諸国が、常軌を逸した状態になっていることだ。イランやシリアに対する米国の濡れ衣戦略、軍産イスラエルによるISISやアルカイダに対する支援、サウジのイエメン侵攻など、いずれも常軌を逸した「悪い」策だ。米国自身がどんどん常軌を逸しているので、米国の同盟国であることに固執する国々も常軌を逸することになる。この点は日本にも当てはまる。



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