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日本は中国に戦争を仕掛けるか

2014年7月6日   田中 宇

この記事は「集団的自衛権と米国の濡れ衣戦争」の続きです。

 7月2日、ドイツ当局が、自国の諜報機関BNDの文書(郵便室)担当の31歳の職員を、国家機密を米国に流していたスパイの疑いで逮捕した。氏名が発表されていない同職員は、2012年から最近までに、米当局の要員に200−300通の機密文書を渡したとされる。 (Germany Holds Spy Suspect as U.S. Espionage Reports Swirl

 米国の信号諜報機関NSAの要員だったエドワード・スノーデンが世界に公表した文書により、NSAがドイツ政府内の暗号化された通信を盗み見していたことが暴露され、ドイツで問題になっている。独議会は特別委員会を作り、NSAがドイツの国家機密をどの程度盗んでいたかを調べた。その調査報告書は機密文書だが、今回逮捕されたBND職員によって、米国側に漏らされた。米側は、ドイツ側がNSAのドイツでの活動をどの程度把握しているかを知るため、BNDにいるスパイが重要だった。独側は、米国が、自国をスパイした上に、そのスパイ活動の調査結果までをスパイしたことに怒っている。 (German 'double agent' is arrested on suspicion of spying for the U.S. in 'biggest America-Germany spy scandal since WWII'

 (西)ドイツは第二次大戦後、最近まで、ずっと米国の傀儡だった。傀儡国なら、米国に機密を見られるのは、拒否すべきことでない。しかし今のドイツは、フランスなどと国家統合して超国家組織EUになっていく途上にある。欧州は冷戦時代、各国がバラバラに、程度の差がありつつ対米従属していた。それがEU統合によって、欧州は米国から独立した地域になりつつある。EU統合には、外交軍事の統合も含まれており、当然ながら各国政府の諜報機能も統合される。ドイツなど一部の国が諜報の対米従属を続け、国家機密が米国から丸見えだと、EU全体の機密が、EUにとってライバルになっていく米国に漏れてしまう。ドイツなどEU各国は、表向き親米的な態度を保ちつつも、諜報が米国に漏れることを従来のように看過できなくなっている。ドイツが今回、初めて米国のスパイを摘発したのは、統合しつつあるEUとして当然の傾向だ。 (ドイツの軍事再台頭

 独当局によると、問題の職員は、米国側から誘われてスパイになったのでなく、自ら金ほしさに米大使館にメールを出した。独当局は、米国がドイツをスパイしているのでないかと怪しんで捜査を開始したのでなく、問題の職員が米国だけでなくロシアにも機密を売ろうとして露大使館にメールを出したので、露のスパイを捜査する独当局の目に留まり、尋問したところ、露より先に米に機密を売ったことを自白し、今回の事件になった。これらはすべて事実かもしれないが、そうでないとしたら、独当局は、米国との友好関係を気づって「独当局は米国を疑って捜査したのではない」「米国の方から独職員をスパイとして誘ったのではない」という筋書きを作ったことになる。 (German agent arrested for spying for US

 独当局が逮捕したのは下っ端の職員であり、幹部でない。独当局の幹部の中にも米国のスパイがいるかもしれないが、高官を逮捕すると米独関係を根本から揺るがす事態になるので、下っ端だけの逮捕にとどめ、米国に警告だけ発する策を採っている。このように、ドイツは米国との友好を保ちたいと考えつつも、スパイ行為はもう許さないという通告を、今回の逮捕を通じて米国に放ったことになる。ドイツは、敗戦後に米国の連銀金庫に預けた(たぶん連銀が民間銀行に貸し出してもう戻ってこない)金塊の返還を求めるなど、敗戦後の長い対米従属から離脱する姿勢を採り始めている。(一方でドイツは、ウクライナ危機後の米国のロシア敵視策につき合わされるなど、対米従属から逃れきれない面もある) (金地金不正操作めぐるドイツの復讐

 米独間のスパイ事件を機に考えたのは、日本の国家機密が米国に漏れていることはないのかということだ。ドイツで起きたような対米スパイ事件は、戦後の日本で一度も起きていない。「米国に対する日本の守り」は完璧なのか。いや、むしろ逆だ。日本は、米国に対して機密を持たない国として機能してきたので、米国が日本をスパイする必要がない。米国に対して何も隠さない方が、米国に疑われることもなく、日本の安全につながる。冷戦後、自衛隊の増強が進んだが、その際の目標は「米軍と一体になる」「米軍の一部になる」ことだ。自衛隊はシステム的に米軍の一部である。自衛隊の内部の連絡は、すべて米軍が傍受できる仕組みだろう(日米関係は片務的なので、日本側は米側を傍受できない)。日本だけでなく、韓国も対米従属策の一環として、自国軍を在韓米軍と一体のシステムにする(米軍の傘下に韓国軍がいる)政策を採ってきた。 (米中は沖縄米軍グアム移転で話がついている?

 このあたりの状況は、それ自体が機密になるので確たる情報はないが、米当局は、日本の軍事情報だけでなく政治行政の機密も、自由に見られる仕組みでないかと考えられる。その方が、日本の政治指導者が対米従属を脱却しようと試みても米国に情報が漏れ、米国経由で日本の官僚機構の知るところとなり、対米従属と表裏一体の官僚独裁を維持しやすい。日本の政府や自衛隊の動きは、おそらく事前にすべて米国側に把握されている。日本政府は意図して米当局にすべてをさらけ出し、米国側が日本のすべての機密情報を好きなだけ見られる体制を積極的に作ってきた。 (中国は日本と戦争する気かも

 この考え方に立って、前回記事で書いた、安倍政権が米国を巻き込むために、米国に相談せずに中国と軍事衝突して戦争に入るのでないかという米国発の懸念について分析すると、いくつかのことが見えてくる。まず言えるのは、日本が米国に黙ってこっそり中国と戦争しようとしても、必ず事前に米国に察知されることだ。オバマは今年4月の訪日時の首脳会談で、安倍に、中国との緊張を高めるなと強く求めた。オバマは米軍による戦争を減らしたいので、中国と戦争したくない。米国は、アジア諸国の中国敵視を煽り、中国の台頭を誘発しているが、日本が煽りに乗って本物の戦争を起こしそうな懸念が出ると抑止するだろう。 (集団的自衛権と米国の濡れ衣戦争

 とはいえ、米国は一枚岩でない。軍縮したいオバマと、軍拡したい軍産複合体が暗闘状態だ。安倍が米国を巻き込んで中国と戦争することに、オバマは反対だが軍産は賛成だ。米政府内で日本政府の機密を傍受するのが軍産の勢力なら、彼らは日本が中国に戦争を仕掛けそうだという事前情報をオバマに言わず、オバマが気づいたときにはもう尖閣で日中戦争が始まっており、米国は日本に荷担して対中宣戦布告せざるを得ないという、米国内のクーデター的な展開で日米と中国が開戦するシナリオがあり得る。

 しかし、気づいたときに日中戦争が始まっていても、それでオバマが中国に宣戦布告するとは限らない。日米安保条約はあるが、状況をどう解釈するかによって適用が変わってくる。日本が米国を巻き込むために対中戦争を計画したことが事後に露呈すれば、日本は攻撃を受けたのでなく自分から攻撃したことになり、米国が日本を助ける義務がなくなる。オバマは、日本に荷担して中国と戦争するのでなく、中立を装い、日中を仲裁しようとするだろう。米議会では「日本に協力して中国をやっつけろ」という主張と「靖国参拝する軍国主義者の安倍に協力するのが良いのか」という主張が交錯しそうだ。米財界は中国との戦争に反対するだろう。米国の大企業の多くは、儲けを中国市場に頼っている。

 米国がもたもたして派兵を先延ばしする間に、外交面で日本の立場が悪くなる。06年にイスラエルが米国を巻き込めると考えてレバノンのヒズボラと戦争したのに米国(ブッシュ政権)に静観されてしまった時のように、日本は不利な停戦を中国との間で結ばざるを得なくなる。日本企業は中国市場から締め出され、日本経済は困窮する。 (ヒズボラの勝利

 この10年の中東情勢から学べることは、米国が、同盟勢力を大事にするふりをして肝心なところで動かず、ロシアやイラン、中国など反米非米諸国を有利にしてしまう隠れ多極主義的な策を繰り返していることだ。日本が中国に戦争を仕掛けた場合、米国の対応はおそらく、長期的に中国を有利にするものになる。 (中国の台頭を誘発する包囲網

 もし安倍が日米同盟を強化するため中国に戦争を仕掛けて米国を巻き込もうとしているなら、昨年、米政府がやめろと言うのを押し切って靖国参拝したのは失策だ。日本は、米議会から「独裁で人権無視の中国と果敢に戦う民主主義で人権重視の日本」と賞賛される機会を自ら失ってしまった。米議会の賞賛を得られなければ、日本の対中戦争は米国に支持されない。小泉元首相は、靖国参拝したため米議会から嫌われ、06年の訪米時に米議会で演説する案が見送られた。 (安倍靖国参拝の背景

 日本が尖閣諸島を国有化し、安倍が靖国参拝した理由は、中国を怒らせ、中国が日本に接近して日中関係が改善するのを防ぐためだ。日本が中国からの誘いに乗って中国との関係(や日韓関係)を改善すると、米国は「東アジアは地元の諸国どうしで安定を維持できるので在日米軍が不要になった」と考える傾向を強め、対米従属を維持しにくくなる。日中、日韓関係が悪いままである限り、在日米軍は出て行きにくい。

 日本が中国との関係が改善しないようにしておくのと、日本が中国と戦争するのは、違う話だ。日中関係の改善阻止は、米国に賞賛されなくてもやれるので、首相の靖国参拝という中韓だけでなく米国も嫌う行為によって進められるが、中国と戦争するとなると、米国(米政界)に好かれなければならず「日独という極悪を退治した」という戦後の米国覇権の基盤(東京裁判史観)を否定する首相の靖国参拝は自滅策になる。

 戦争に突入すると、今よりさらにプロパガンダが強まり、政治指導者(安倍)が独裁を強め、官僚の言うことさえ聞かなくなるかもしれないので、隠然と国家の権力を握ってきた官僚機構にとって不都合だ。官僚は、安倍に戦争をやらせたくない。この分析を逆手にとって「安倍は、官僚から権力を奪うために戦争をやるかもしれない」と考えることもできるが、安倍が官僚から権力を奪うために中国に戦争を仕掛けるなら、官僚は事前に察知して全力で止め、スキャンダルを漏洩するなどして安倍を失脚に追い込み、もっと従順な政治家を次期首相に据えようとするだろう。

 あれこれ考察したが、全体的に考えて、安倍が米国を巻き込む目的で中国に戦争を仕掛ける可能性は低い。米国の軍産複合体が安倍をけしかけて戦争させる可能性はあるが、この場合、軍産に出し抜かれたオバマは、開戦後の政治策略によって米軍が出ていかなくてすむようにするだろう。日本は短期間に停戦せざるを得なくなる。



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