他の記事を読む

麻薬戦争の終わりと米国の孤立主義

2014年6月19日   田中 宇

 米国のコロラド州やワシントン州で2012年以来、大麻の所持や使用、販売が合法化される政策が実施され、他の州でも合法化が検討されている。大麻(マリファナ)は、コカインと並んで米国で問題にされてきた麻薬で、中南米やアフガニスタンから米国に流入している。米国でこの20年間、麻薬関連で逮捕された者の約半分が大麻がらみだ。 (Illegal drug trade - Wikipedia

 米国は1970年代から「麻薬戦争」のかたちで麻薬取り締まりの政策を行ってきたが、なかなか効果が出なかった。それもそのはず、麻薬取締局(DEA)など米当局は、麻薬を取り締まるよりも、メキシコやコロンビアの麻薬組織を助けることに力を入れてきた。米当局が麻薬戦争と称してメキシコに介入するほど、シナロア、ロスセタスなどメキシコの麻薬組織が強くなってメキシコ政府を凌駕する勢いとなり、米国の違法な麻薬流通(中南米で栽培がさかんなコカインだけでなく大麻も)を握っているのは米国の組織でなく、メキシコの麻薬組織である状態が続いてきた。 (With Cash and Commandos, U.S. Escalates Its Battle Against the Mexican Cartels) (U.S. intervention in Mexico will make things worse

 DEAは大麻の合法化に関し、合法化が麻薬の常習者を増やし事態をいっそう悪化させると反対してきた。しかし実際は、逆の事態が起きている。大麻の合法化によって、麻薬全体の相場が急落し、米国の麻薬のブラックマーケットを支配しているメキシコの麻薬組織の利益が急減している。メキシコのシナロア州では、麻薬組織が農家から大麻を買い取る価格が、従来の1キロ100ドルから、25ドルにまで下がり、農家が大麻を栽培しても利益が出ない事態が起きている。利益が失われれば、農家も麻薬組織も、リスクを負って麻薬を栽培流通したくなくなる。合法化によって、米当局が企図してきた「永久の麻薬戦争」は、ようやく終わりになるメドが見えてきた。 (Legal Pot in the US Is Crippling Mexican Cartels) (Tracing the U.S. heroin surge back south of the border as Mexican cannabis output falls

 米国が主導する国際的な麻薬取り締まりは軍事偏重だった。コロンビアやメキシコ、アフガニスタンなどに米軍が派遣され、麻薬組織とつながる軍事勢力と戦ったり、地元の軍隊を訓練して戦わせたりしてきたが、実際は、麻薬問題を口実に米国が軍事介入する状態が恒久化するよう、麻薬組織が米国(や欧州)に麻薬を売って勢力を維持できる抜け道が残され、麻薬戦争が終わらない仕組みになっていた。米当局が裏で「アルカイダ」を支援強化することで永久に終わらない「テロ戦争」と同じ仕組みだった。 (麻薬戦争からテロ戦争へ) (War on Drugs From Wikipedia) (The War on [Insert Noun]: The Uses and Misuses of Martial Rhetoric

 2011−12年には、欧州や中南米諸国が、この米国主導の「麻薬戦争」のやり方が失敗であると主張し、国際的に麻薬戦争の終結が模索された。米国は01年の911テロ事件とともに「テロ戦争」を開始し、米国の軍産複合体もそちらで儲けられるようになったので、もう麻薬戦争は終わりにしようとの気運が出てきた。欧州や中南米諸国は、米国の反対を無視して麻薬の合法化を段階的に進めている。そうしたことが、米国内での麻薬合法化の流れの解禁につながっている。 ('War on drugs' has failed, say Latin American leaders) (Did Cartagena mark the beginning of the end of the war on drugs?

 メキシコ政府も、11年から国内の麻薬の合法化なども視野に入れ、麻薬取り締まりを強めた。しかし、恒久麻薬戦争の構図が利権となっているDEAなど米当局は、麻薬戦争を終わらせることを拒否し、メキシコに対する介入(実は麻薬組織支援)を続け、麻薬組織はメキシコ当局の要員を誘拐殺害する反撃を強化した。メキシコは、11−12年の大混乱を経たのちに、昨年からしだいに当局による麻薬組織の取り締まりが進んでいる。米国での麻薬合法化が進むと、麻薬組織は利益が枯渇して衰退し、メキシコがさらに安定しそうだ。 (Latin America's drug war evolution) (Drug-Related Mexican Violence Soars, As US Policy Bolsters Cartels) (Timeline of the Mexican Drug War - Wikipedia

 大麻の大産地であるアフガニスタンも、米軍が占領している限り、麻薬戦争の構図が残り、大麻の生産が減らない。だが、今年末に米軍が撤退した後、アフガニスタンがロシアや中国、インド、イランなど上海協力機構系の諸国によって安定化されるなら、大麻栽培が減っていく可能性が増す。麻薬戦争は終わりつつある。

 米国では、囚人の総数が1980年代の33万人から、今では160万人に増えたが、その増分の大半は麻薬に絡んだ犯罪者だ。麻薬戦争は、米上層部の一部勢力にとって利権だったが、その他の米国民や米国経済にとっては害悪だった。最近、投資家のジョージ・ソロスが、麻薬戦争は悪影響の方が大きいのでやめるべきだと表明した。 (A futile war on drugs that wastes money and wrecks lives By George Soros) (Have We Lost the War on Drugs?

 中南米に対する米国の麻薬戦争は、世界戦略をめぐる米国上層部での暗闘の反映でもある。米国には古くから、自国が西半球(南北米州)の盟主であり、米国は欧州などユーラシア大陸の国際政治に介入せず、西半球の繁栄だけを追い求めるのが良い、ユーラシアの運営はEUや中露など現地の諸国に任せるべきだという「孤立主義」あるいは「多極主義」の世界戦略の考え方がある。最近では、NAFTAがこの戦略の具現化だった。 (多極化の本質を考える

 英国やイスラエルなど、ユーラシア大陸にあって米国の世界戦略を自国好みのものにねじ曲げたいと考えてきた国々は、米国の孤立主義や多極主義を脅威と感じている。もしメキシコが麻薬戦争の被害者にされず、安定して発展する国だったら、米国はメキシコを製造業の拠点として米墨の経済関係を強化し、米国が米州重視の孤立主義でかまわないと考える素地が作られる。米国が非合理な麻薬戦争をやるほど、中南米の人々は反米感情を強め、米国は米州の盟主でなく嫌われる支配者になり、中南米は不安定が続く。NAFTAは結成されたものの、米国の大企業に不正を許す機関へと堕落し、米州の経済発展につながる組織になっていない(TPPも同様だ)。 (中南米の自立) (貿易協定と国家統合

 このような構図のもと、英イスラエルに入り込まれた軍産複合体は、コロンビアやメキシコなどに対する麻薬戦争を恒久化して、中南米の社会や経済の壊滅状態が続くようにした。麻薬戦争の立案には、イスラエル右派系の米高官が多く絡んでいる。パパブッシュ元大統領は、もともと麻薬戦争に絡んだCIAの要員で、サウジアラビアの諜報機関や王族が、米国の孤立主義化を防ぐ策として麻薬戦争に協力したことを機に、サウジ王家と親しくなり、石油会社の経営で成功し、親子で大統領にまでなった。息子の前大統領は、911を機に麻薬戦争をバージョンアップしたテロ戦争を開始し、米国が中東から逃れられないようにした。 (復権する秘密戦争の司令官たち

 しかし結局、ブッシュ政権はテロ戦争の構図を過激にやりすぎて大失敗し、米国の覇権を浪費し、今やアフガンからもイラクからも撤退している。イラクで「テロ組織」ISISが跋扈しているが、米国が派兵するとイラクを牛耳ったイランを利するだけなので、アラブの親米諸国が米軍のイラク再派兵に反対している。地元の同盟国に反対され、もはや米軍はイラクに出ていけない。米国を孤立主義から引っ張り出して単独覇権国にしておく策が大失敗した後、米国は静かに孤立主義に戻りつつある。大麻合法化による麻薬戦争の終焉がその一つの流れだ。

 米国バージニア州では先日、軍産複合体のために軍事費の縮小に反対し、大企業の利益を重視して移民増加策(労賃引き下げ)を進め、NSAの通信傍受策を擁護していた共和党下院ナンバー2のエリック・カンター議員が、党内の予備選挙で「茶会派」のほとんど無名の大学教授デビッド・ブラットに敗北した。 (Rep. Cantor's Defeat a Blow to Runaway Military Spending) (Eric Cantor's Surprising Primary Loss May Spell Trouble For The NSA

 共和党のナンバー2が予備選で敗北するのは米政治史上初めてだ。カンターは、共和党の連邦議員で唯一のユダヤ系だった(民主党はユダヤ系の連邦議員が33人)。ブラットは、カンターがかけた資金の20分の1の10万ドルしか使わず、茶会派の著名な人々の支援もほとんど受けなかったのに勝ってしまった。 ('Tea Party has taken control of the Republican Party') (The Coming Storm - The upending of American politics

 反NSA、反大企業、反軍産複合体の姿勢を持つブラットの勝利は、米国民が、911以来の軍事偏重の国際戦略、イスラエルに対する言いなり、プライバシー無視の治安維持策、政財界の癒着などにうんざりしていることを示している。共和党内は、従来の主流派(金融界+軍産複合体+イスラエル右派)が、単独覇権主義、軍事偏重の国際介入、大企業が儲かる政策、テロ戦争による治安維持法の継続などを主張してきた。対照的に、草の根から出てきた共和党内の茶会派は、覇権と国際介入への反対(孤立主義)、外国への援助金の打ち切り、大企業に厳しく、NSA抑制などを掲げている。最近、茶会派はもう盛りをすぎたという指摘もあったが、ブラットがカンターを打ち負かしたことで、茶会派は一気に盛り返した。これは米政界の大転換につながるかもしれない(これまでもそのような気運があったのに実現していないが)。 (Goodbye GOP; the tea party has won) (The Tea Party's triumphant return

 共和党の茶会派の中でも、次期大統領選挙への出馬をめざすランド・ポール上院議員は、微妙に立場を転向している。ポールは以前、イスラエルに資金援助する必要がないと発言し、イスラエルを嫌う茶会派の草の根の人々に喝采された。だが最近は逆に、パレスチナに資金援助する必要はないと言い出し、議会でイスラエル支援の新法案を提案し、草の根の人々から「ポールは大統領になるため、イスラエルにすり寄って奴隷になった」と非難されている。ポールは昨年から、イスラエルを訪問したり「イランは核兵器を開発している」と間違った(イスラエルにほめられる)ことを言ったりしている。 (Rand Paul Plays the Israel Card) (Rand Paul, Israeli Slave, Proposes Cutting Aid to Palestine

 共和党内では、主流派がしだいにランドポールの支持に回っている。ポールは共和党の保守派の人気投票で2年連続でトップだった。昨年は、パパプッシュの側近だったベーカー元国務長官がポールを支持する論文をFTに載せている。16年の次期大統領選挙で、ポールは共和党の候補になる可能性が高い。イスラエルのハアレツ紙も、ポールが大統領になると仮定した記事を書いている。 (Senator Paul won CPAC again. Is he also winning the GOP's debate over war and peace?) (Calling out Rand Paul: Will you really defend Israel?) (To win again, the Republicans must be a party of hope - By James Baker

 ポールが大統領になったら、イスラエルの言いなりの政策は維持するが、軍事面、外交面、資金援助面などで米国が世界から手を引く不干渉主義、孤立主義、多極化黙認の姿勢をとるだろう。すでに米国は、ブッシュとオバマの16年をかけて、覇権主義に失敗し、不干渉主義や多極化黙認の姿勢を強めている。ポールはそれを延長するだけだ。米国は、しずかに孤立主義に向かっている。日本は、早く対米従属以外の策を考えた方が良い。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ