中南米の自立2012年4月19日 田中 宇4月15日、コロンビアのカルタヘナで開かれた米州首脳会議が、議論をまとめられず共同宣言を出せないまま閉幕した。このサミットでは、米国オバマ大統領の警護官たちがカルタヘナで買春していたことが暴露されるなど悪い話が目立ち、時間の無駄だったと評されている。しかし、共同宣言を出せないほど紛糾したのは、キューバに対する姿勢や、麻薬対策のあり方をめぐり、覇権国である米国の主導権を壊すほどの強さで反論してこなかった中南米諸国が、米国が提唱する方向性と違う政策を結束して打ち出すようになった結果だ。米国と中南米諸国の力関係が変化し始めたことを示した点で、今回のサミットは画期的という指摘も出ている。 (Did Cartagena mark the beginning of the end of the war on drugs?) サミットで共同宣言が出せなかった主因の一つは、米国がキューバを敵視し続け「政治改革して民主主義国にならない限り、サミットへの参加を許さない」と言っているのに対し、中南米諸国が米国の敵視策を「古くさい冷戦体制の残滓だ」と批判し、キューバの参加を強く求めたからだ。米州会議に参加する34カ国のうち、中南米の32カ国がキューバの参加を求め、米国と、その傀儡国であるカナダの2カ国だけが反対した。中南米諸国の中にもコロンビアなど米国の傀儡色が強い国があるが、今回は米国の側につかなかった。 (Unified Latin America Challenges Failed US/Canada Policies on Drug War, Cuba, and Finance) 中南米諸国の間では冷戦時代から、キューバの参加を求める動きがあった。主張自体は新しいものでない。09年の前回サミットでも、中南米諸国はキューバの参加を求めていた。しかし今回は、中南米32カ国の多くが「キューバの参加が認められない限り、二度と米州サミットに参加しない」と表明した点が変化だ。エクアドルとハイチ、ニカラグアの大統領が、米国がキューバの参加を認めないことへの抗議として、サミットを欠席した。ニカラグア大統領は、サミットに来るはずの日に、首都マナグアでキューバを支持する国民集会を開いた。親米的なコロンビアが、米国と中南米諸国とを仲介しようとしたが成功しなかった。 (Despite Obama charm, Americas summit boosts U.S. isolation) オバマ政権は、先代のブッシュ政権に比べ、キューバに寛容な姿勢をとろうとしてきた。だが今年は大統領選挙で、オバマは再選をめざしている。米国ではフロリダを拠点に、キューバのカストロ政権を強く敵視する亡命キューバ人の勢力(軍産複合体の一部)が、強い政治力を持っている。オバマは、秋の選挙より前に米州会議へのキューバの参加を許すと、亡命キューバ人の強い反発を買い、選挙戦で不利になる。オバマは、キューバの参加を認めたくても認められない。 (Cuba and the United States It takes two to rumba) ▼英国の弱体化につけこむマルビナス奪回の試み 米国カナダと中南米諸国が対立したもう一点は、アルゼンチンと英国が領有権を争う「マルビナス諸島」(フォークランド諸島)の問題だった。アルゼンチン沖のマルビナスは大西洋上の戦略拠点で、近海で海底油田も発見されている。1820年に独立直後のアルゼンチンが領有を宣言し、その後も英国が領有していたが、1982年にアルゼンチンの軍事政権が、経済混乱による国民の不満をそらすためマルビナスに侵攻して占領したが、英国に反撃されて敗北・撤退した。 (Britain could not reclaim the Falklands if Argentina invades, warns General Sir Michael Jackson) 今回アルゼンチンは、リーマンショック後に英国が経済力を衰退させ、軍備も縮小せざるを得なくなり、世界的に欧米の支配に対する反感が強まっているのを見て、中南米諸国を巻き込んでマルビナス奪還の政治的な試みを再燃させている。これまで、中南米でもアルゼンチンの主張を強く支持していたのは、反米主義のベネズエラのチャベス大統領らがに限られていたが、今回の米州サミットでは、米国カナダ以外の32カ国がすべてアルゼンチンを支持した。 (Argentina to woo Scotland over Malvinas) 米国は911以後、英国との同盟関係を軽視する傾向を強めている。米国とカナダは、先進国どうしのよしみで英国を支持しているが、今後、経済面で中南米市場が米加企業にとっての重要性が増すほど、マルビナスやキューバの問題で中南米諸国に対して譲歩せざるを得なくなる。カナダの新聞では「今後、経済成長する中南米の中産階級の消費がカナダにとって重要になる。カナダは中南米を必要としている」という主張が出ている。 (We need Latin America more than it needs us) 90年代まで、中南米は経済的に米国に依存していた。米国がIMFで借金取り的に意地悪な「ワシントンコンセンサス」の外交を強要するのを、中南米は受容せざるを得なかった。しかし今や中南米の多くが新興市場に仲間入りし、ブラジルは経済規模で英国を抜き、中国との経済関係も強まっている。中南米は米国に頼らなくても新興諸国との経済関係で食っていける。今後、中南米にとって、米欧より新興諸国どうしの関係が大切な傾向がさらに強まりそうだ。あまり米国に楯突かなかった中南米が、ここにきて外交面で自立を強めている背景に、こうした流れがある。 (China Buys Inroads in the Caribbean, Catching U.S. Notice) ▼麻薬戦争の終わりの始まり もう一つ中南米諸国と米国が方針対立しているのが、麻薬対策に関してだ。コロンビアなど南米からメキシコなどを経由して、麻薬組織が米国に大量の麻薬が密輸入している。米国は冷戦時代から、麻薬取り締まりを軍事問題ととらえて「麻薬戦争」と銘打ち、中南米諸国の軍隊や警察を強化して麻薬組織と戦わせてきた。 (復権する秘密戦争の司令官たち) だが麻薬戦争は、米軍と関連産業(軍産複合体)が利権を維持拡大することが隠れた目的となり、米国の麻薬捜査当局(EDA)が、捜査のためと称してメキシコの麻薬組織の要員の活動を黙認したり、当局の捜査のすり抜け方を当局の要員が教えたり、米国の武器商人がメキシコの組織に大量の武器を売ったりして、麻薬戦争が終わらないようにしている。 (Mexican drug suspect: U.S. gave me immunity) その結果、メキシコでは麻薬組織が警察より強くなって殺人を繰り返し、5年間で5万人が死んでいる。911以後、軍産複合体は、中南米の麻薬戦争より儲かる、中東のテロ戦争(アルカイダを強化してテロを頻発させ、米政府に巨額のテロ対策費を計上させる策)を重視するようになった。だが麻薬戦争も依然として続いている。 (麻薬戦争からテロ戦争へ) 今回の米州サミットでは、麻薬組織と戦ってきた元将軍のグアテマラのモリーナ大統領が主導して「麻薬取り締まりを『戦争』としてとらえる米国主導の従来策はうまくいかない。いくら厳しく取り締まっても、需要がある限り密売は続く。むしろ、麻薬を犯罪扱いすることをやめて、酒やタバコに関するような規制策と麻薬中毒治療の重視に転換した方が、密売価格が下がって麻薬組織が弱くなり、効果がある」という主張が会議を席巻した。 (Latin America's drug war evolution_) サミットは、中南米諸国が米国の「麻薬戦争」の失敗を宣言した会議として画期的なものになった。従来、学者や各国の元高官が「麻薬戦争」の失敗を宣言することは多かったが、中南米や米国という関係諸国の首脳が集まる外交の舞台上で、麻薬戦争の失敗が宣言されたのは初めてだ。今サミットが、麻薬戦争の終わりの始まりになるという見方がある。 ('War on drugs' has failed, say Latin American leaders) 米政府は、中南米側が主張する麻薬の非犯罪化に反対している。だがオバマ政権の麻薬問題担当の責任者(Gil Kerlikowske)は「麻薬戦争」という言葉を使うことを嫌っており、最近発表した年次の麻薬対策の政策立案報告書で、麻薬中毒を倫理の欠如として見ずに治癒できる病気ととらえ、麻薬取り締まりと中毒の治療、麻薬防止の社会教育の3本柱の政策で行くべきだと書いている。 (Obama's medicalization of America's war on drugs) オバマ政権の麻薬対策は、メディケア(高齢者など向けの官制健康保険)が支出増を続けて破綻し、米政府の財政を悪化させかねないことへの対策と抱き合わせになっている。メディケアの大きな危機の一つは、医者が処方する処方箋薬の保険適用を、前ブッシュ政権が製薬会社の圧力を受けて認めたため、処方薬に関する保健会計の赤字が急増していることだ。医者と製薬会社が組んで不必要に大量の薬を患者に処方するので、薬を飲みすぎて中毒になる米国民が増えている。その対策としてオバマは、医者が患者に処方薬を過剰に投与することを禁止し、犯罪として取り締まりを強化する政策を打ち出している。米政府は、処方薬中毒の対策と、麻薬中毒の対策を、合体した政策として推進しようとしている。 (New Strategy in Drug War Focuses on Treatment, Not Punishment) 麻薬問題に対する米国と中南米諸国の姿勢は、意外に近いものがある。だが、ここでも現実の政局が政策転換を邪魔している。米政府の新年度予算では、依然として麻薬捜査と中毒治療の比率が6対4で捜査の支出が多い。この比率は「麻薬戦争」という言葉が作られた70年代のニクソン政権と変わらない。オバマは、米国が軍産利権主導の馬鹿な政策を続けてきたと知っている。しかし共和党や軍産複合体の反撃をうまくかわそうとする秀才型戦略の結果、馬鹿な政策から脱却できなくなっている。 (Obama Releases 2012 National Drug Control Strategy) ▼中南米の自立はゆっくり進む 国際政治の面から見ると、中南米は目立たない地域だ。イラク戦争の失敗が確定した05年ごろから、米国の覇権が崩壊過程に入って覇権の多極化が始まり、中南米ではベネズエラのチャベス大統領らがさかんに地域統合を提唱した。ブラジルは、中南米を代表し、多極型覇権体制のはしりであるBRICSに入った。だがその後、中南米の市場統合は進まず、国際政治上の動きも多くない。私は中南米情勢もできるだけ細かく見るようにしているが、これといった大きな動きが見つからないので、中南米のことを書く頻度が低い。国際政治の多くの出来事は、ユーラシア大陸と米国で起きている。中南米は、ユーラシアで大きな出来事だった第2次大戦にほとんど関係ないなど、歴史的な位相も他の地域と異なっている。 (南米のアメリカ離れ) 中南米諸国は、19世紀のナポレオン戦争時にスペインがフランスに負けたすきに独立運動を起こしたが、英国の謀略などによって無数の国々に分割されて独立した(ブラジルだけはポルトガル王政が続いたので一つの巨大な国として残った)。その後、最近のチャベスに至るまで、中南米では諸国統合の構想が語られ続けてきたが実現せず、ラテン系の人々が語る大言壮語の夢物語かもしれないとすら思える。 (覇権の起源(2)) しかし今回の米州サミットを見ると、米国の覇権が弱まるほど中南米は、現実的な面で、自立した方が得になる傾向が強まり、麻薬戦争やキューバ敵視、ワシントンコンセンサスなど、米国の力づくの支配策につき合う必要がなくなっている。長い目で見ると、中南米が米国の傘下から抜け出し、多極型の世界の中で自立した存在になっていく流れが続いているといえる。
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