米国金融財政、嵐の前の静けさ2013年10月7日 田中 宇米議会が政府予算を可決しないまま新年度に入り、10月1日に米政府の機能が停止してから1週間がすぎた。今のところ、金融市場は大して混乱していない。米政府閉鎖を「予想通り。折り込み済み」「短期間で終わる」と考える向きが強いという。 (Game theory and America's budget battle) 米政府が停止しているので、雇用統計や景況感指数など、多くの経済指標の発表が止まっている。このところ米国の金融相場は、連銀がドルを大量発行して債券を買い支える量的緩和策(QE)を縮小しそうだと見るや下落し、縮小を先送りしそうだと見るや上昇する、近視眼で単細胞な展開だ。連銀は、雇用統計などの経済指標を見ながら、QEを縮小する時期を検討している。米政府閉鎖で経済指標が発表されないので、連銀はQE縮小を検討する材料が失われた。 (Fed minutes set to throw spotlight on QE questions) 連銀は9月18日の理事会(FOMC)で、QE縮小の延期を決めたものの、年内にはQE縮小を開始すると予測されていた。それが、今回の米政府閉鎖による経済指標の発表停止や、閉鎖が米経済に悪影響を与えそうなことから、QEを来年1月もしくはそれ以降まで続けることになりそうだと予測されるようになった。米国債など債券市場は、QEの支えがないと大幅下落するので、QEをやめるやめると言いながらやめられない「QE中毒」になっている。米政府閉鎖は連銀にとって渡りに船だ。 (U.S sovereign downgrade by S&P tonight??? 11 Days until debt ceiling X-Date!!!) (米連銀はQEをやめる、やめない、やめる、やめない) しかしこれらの楽観論は、あと数日で消えるかもしれない。財政論争のもつれから、米議会はこれまで何度も政府を閉鎖に追いやってきたが、これまでほとんどの閉鎖は5日以内だった。閉鎖が8日を超えると、株価下落や、経済を下支えする公共事業の停止による経済成長鈍化など、悪影響が顕在化するのがこれまでだった。これまで高をくくっていた金融市場は、今週もしくは来週に急落を経験するかもしれない。為替はすでにドル安が止まらず、円高で日本政府が危機感を募らせている。 (Investors follow US shutdown script, right up to the abyss) 08年のリーマン倒産以来、米経済は、民間の資金よりも、公共事業やQEなど公的に作られた資金で支えられてきた。政府の閉鎖が長引くほど、米経済は下支えを失って悪化していく。 (We Are Literally Lurching From Crisis To Crisis On A Weekly Basis) 米国では、中産階級が貧困層に転落する動きが加速し、貧困層の飢餓が問題になっている。昨年、米国の高齢者の15%近くが飢餓の際にあるという。世界の軍事費の半分を占め、世界の模範たる覇権国の米国で飢餓の拡大とは、にわかに信じがたいが、フードスタンプ(貧困者向け食糧配給)の急増から考えて、おかしなことでない。中産階級の消費力が減退し、米小売業大手のJCペニーが倒産寸前だ。ウォルマートも売れ行きが落ちている。 (Hunger in US 'serious, growing' problem) (JCPenney Default Risk Spikes To All-Time High; Stock At 30-Year Lows) (Wal-Mart Cutting Orders as Unsold Merchandise Piles Up) 10月17日には国庫の資金が底をつき、米政府は国債の利払いができずデフォルト(債務不履行)する可能性が増す。デフォルトを防ぐには、米議会が財政赤字の上限を決めた法律を改定し、米政府が米国債を追加発行して資金を作る必要があるが、議会共和党が「オバマケア(新設の官制健康保険)の開始を遅らせない限り、来年度予算も赤字上限引き上げの法改定もしない」と拒否している。共和党最高位のベーナー下院議長は「オバマが譲歩しない限り、こちらも動かない」「米国はデフォルトに向かっている」と述べている。 (Boehner: US on 'path' to default) (Boehner tells Republicans to stand and fight) (米国債利払い停止危機再び) 赤字上限があるので米国債を発行できないオバマ大統領は、代わりに米国の大手銀行から借金して政府を回すことを検討し、ゴールドマンサックスやシティなど4大銀行幹部に会った。しかし、米議会の了承を得ずに米政府が外部から金を借りることは、法律で禁止されている。 (President Obama Meets With Head of Goldman Sachs to Talk About "Payday Loan of Sorts") 先週の段階でFT紙は、政府閉鎖が1週間続くと、惰性で2週目も閉鎖が続き、米国債がデフォルトしうる10月17日が目前になるだろうと、警告的な予測をしていた。このシナリオ通り、議会での進展が何もなく、報道も騒がないまま政府閉鎖が1週間をすぎ、惰性で2週目もすぎそうだ。17日の前後に、高をくくっていた金融市場が不安に駆られ出して相場が急落し、市場が混乱し始めてから、ようやく米議会が交渉し始めるのかもしれない。何事もなく、交渉も再開されずに17日がすぎ、数日経ってから相場が急落するかもしれない。 (Obama must bring a swift end to the US shutdown) (Debt Armageddon puts game theory to test) (米国債がデフォルトしそう) バンカメの分析者は「オバマケアが交渉の条件である限り、2大政党間の妥結はない」と考えている。政治混乱は、金融市場の混乱へと拡大するだろう。相場が平静で、報道も少ない現状は「嵐の前の静けさ」といえる。すでに米国の準州的なプエルトリコで、公債の金利が急騰して10%を超え、財政破綻に瀕している。混乱拡大を防ぐため、両党間で合意が結ばれたとしても、それは延命目的の暫定的なもので、しばらくすると再び期限がくる。 (A Depressed Bank Of America Predicts "Agreement Is Almost Impossible As Long As Obamacare Is On The Table") (Puerto Rico On Verge of Default) (Washington's rolling seizures short-circuit US soft power) 米政府は国際的に、覇権国の司令部でもある。米政府の閉鎖は、米国覇権の停止だ。米政府は、03年のイラク侵攻あたりから、やらなくて良い無謀な策を相次いでやって覇権をみずから失墜させてきた。今回の政府閉鎖とデフォルト危機もその一つだ。今回の閉鎖では、米財務省でイラン制裁を担当する部局が閉まっており、制裁対象のイラン企業の動きを監視抑制したり、制裁破りの国や企業に警告を発することができず、イラン制裁が止まっている。 (US shutdown hits ability to impose sanctions on Iran) 米国は、オバマがイランと和解したくても、議会が追加のイラン制裁法をどんどん制定するので、和解できない。そんな中、政府閉鎖は「共和党が政府を閉鎖したので、イランを制裁したくてもできない」と言える、オバマにとって格好の隠れ多極主義的な状況を作っている。 (`US determined to engage with Iran') アジアでは、インドネシアでのTPPの交渉にオバマが参加できなくなった。予想通り金融財政の大嵐が来るとしたら、リーマン危機後の世界不況をさらに大きくした事態になる。市場として、覇権国としての米国の魅力がさらに低下し、日本などアジア太平洋諸国はTPPに参加する利得が減る。 (U.S. pushing Trans-Pacific Partnership agenda despite government shutdown) しかし、特に日本では、そんな議論がまったく起きない。むしろ逆に日本は、米国の覇権が消え残っている間に、対米従属を深めておこうとする頓珍漢な行動に走っている。「2+2会談(日米外相防衛相会議)」で、中国を偵察抑止するための新たな米軍の配備を決めた。米国の分析者から「日本は米国を中国との戦争に引っ張り込むつもりだ」と指摘されいる。 (Dangerous Crossroads: US-Japan Talks Escalate War Preparations against China) (Sino-Japanese Territorial Disputes Could Pull the US into War in Asia) 米国が財政破綻に瀕し、ドルや米国債が力を失いかねない半面、イランが許され、中国などBRICSの影響力が拡大し、イスラエルは中東和平をやらざるを得ない。中露主導のユーラシア諸国の安保組織である上海協力機構は、近いうちにインドとパキスタンの同時加盟を認めそうだと、ロシアが表明した。印パは国連総会のかたわらで首脳会談するなど、相互の好戦派にさいなまれつつも、交流を深めている。上海機構には来年あたり、米欧に許されたイランと、米欧が撤退したアフガニスタンも加盟を許されそうだ。上海機構は、印パ和解や、アフガニスタン安定化を誘導する国際機関になりつつある。 (Russia Expects India, Pakistan to Soon Be Full Members of SCO) (Indian and Pakistani PMs agree on need to stop Kashmir attacks) 米国では今後、財政破綻や経済崩壊に加え、NSAなどによる市民抑圧がひどくなり、銃規制問題もあり、米国民の怒りが爆発して暴動が起きたり、州単位の分離独立運動の高揚などがあるかもしれない。米政府の閉鎖や混乱が長引くと、その傾向が強くなる。テキサス州や、カリフォルニア州北部に、米連邦からの離脱運動がある。米国はしばらく(5-10年?)国家としての機能不全がひどくなるかもしれない。その後は、今とかなり異なる国として立ち直るだろう。 (Northern Californians Seek Independent State) 米国覇権体制から多極型体制への、歴史的大転換が起きている。50年か100年に一度しかない大転換の場に居合わせているのに、人々の多くは、マスコミ報道の歪曲などのため、大転換に気づいていない。もったいない。 (America Is Rapidly Approaching Its Date with Destiny)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |