米国債がデフォルトしそう2013年10月3日 田中 宇米国政府は議会の対立で予算が組めないまま新年度に入り、10月1日から、政府機能が広範囲に停止する事態になっている。貧困対策事業の休止や、公務員の無給の自宅待機、国土のインフラ維持の停止など、機能停止が長引くと深刻な問題になる。CIAなど諜報機関も、文民正規雇用者の7割が自宅待機だ。 (Shutdown will largely shutter NASA, other science projects) (Spy agencies forced to furlough 70% of civilian staff) 政府閉鎖は経済的な悪影響が大きいのに、金融市場は大して下落していない。閉鎖が1週間ぐらいで終わると高をくくっている人が多いからだ。むしろ、政府閉鎖で経済成長が鈍化すると、米連銀が、縮小を検討している景気対策(実は金融相場の押し上げ策)である量的緩和(QE3)を縮小しないので相場が下がらないという見方の方が強い(これは、米金融市場が実体経済と関係なく動いていることを象徴している)。 (John Yarmuth: Government Shutdown to Last 7-10 Days) (Why have markets ignored Washington risk?) ちまたには米政府閉鎖が短期で終わるとの予測が多いが、私は、閉鎖が長引くのでないかと思っている。閉鎖は、オバマ政権や議会の民主党が「難癖を付けて予算審議を拒否する共和党が悪い」と米国民に思わせようとする芝居が入っている。たとえば、米国農務省のウェブサイトは「政府予算が切れたので、このウェブサイトはお使いいただけません」というページのみが表示される。 (米農務省) だが、このページが表示されるということは、サーバー自体が止まっているわけでない。ウェブサイトをそのまま残して「政府予算が切れたので、このウェブサイトは更新が止まっています」とだけ書けばいいものを、サイト全体を表示させないようにする不必要な行為に、共和党支持者が多い農業関係者を困らせて政府閉鎖の弊害を印象づけようとするオバマ政権の芝居が感じられる。 (Due to the lapse in federal government funding, this website is not available) 共和党は、新たな官制健康保険制度であるオバマケアの開始を遅らせない限り、来年度予算を通さないと言っている。国民階保険を定めたオバマケアは、不必要な強制を伴う非効率な制度で、廃止すべきだと共和党は言っている。民主党は、オバマケアの開始は米国民全体の利益であり、それを阻止する共和党は極悪だと言っている。議論は平行線で、政府閉鎖はすぐ2週目に入ってしまうだろう。そうなると、10月17日に予定されている、米政府の国庫が空っぽになる事態が現実になり、米国債の利払いができなくなってデフォルトが起きる。 (Obama must bring a swift end to the US shutdown) (Risk of US default worries markets more than shutdown) 米政府はマスコミも動員し、デフォルト(利払い不能)しているのにしていないようにイメージ喚起し、米国債金利の急上昇を回避するかもしれない。しかし、前回2011年夏にデフォルトに瀕してS&Pが米国債を格下げした時、債券市場を守るために株式市場を暴落させたことが繰り返され、株の急落など、予測不能な悪いことが起こる可能性が強い。S&Pは今回も、10月17日をすぎて米政府の閉鎖が続く場合、米国債の格下げを検討すると言っている(ムーディーズは今回もだんまり)。 (米国債格下げの影響はまだ序の口) (S&P Threatens To Cut US Debt To Junk) 米国債のうち、長期の10年ものは上昇(金利低下)しているが、短期の1カ月ものは、償還が10月17日以降の米政府に資金がない時期になるので、すでに売れ行きが悪化して下落(金利上昇)が始まっている。 (Treasurys fall; one-month T-Bill yield spikes) 米国債がデフォルトするか、それに近い状態になった場合、中露などBRICSは、ドルを国際決済通貨としてきた従来の体制を見直し、BRICSの諸通貨での決済を拡大する動きを本格化するなど、ドルの基軸通貨性に見切りをつけることを加速するだろう。FTは「自滅をもてあそぶ米国」と題する記事を出している。 (Did Putin Quietly Play the Debt Card Over Syria?) (America flirts with self-destruction) 米議会が、政府の累積財政赤字の上限額を定めた法律を改定して、米政府が追加の米国債を発行して既発分の利払いにあてれば、デフォルトを回避できる。しかしここでも議会下院の多数派である共和党は「オバマケアを見直さない限り赤字上限の引き上げに応じない」と突っぱねている。オバマは交渉を拒否して「黙って赤字上限を引き上げろ」「共和党が来年度予算を通し、政府閉鎖を解消しない限り、赤字上限問題を議論しない」と共和党に言っている。ここでも議論は平行線だ。 (Obama: No deals on raising debt limit) 共和党に、自分らの過激さを反省する部分があるなら、まだ見通しは明るいが、実際は逆だ。共和党内で今回の対決を先導している茶会派は、小さな政府を希求する人々で、連邦政府の閉鎖は願ってもないことだ。貧困層が窮乏する荒治療ではあるが、米国民が、連邦政府なしでもやっていけることを体感できるまたとないチャンスなので、むしろ政府閉鎖が長期化した方がよいという考えが、茶会派の中にある。 (Government Shutdown: The Next Step In The Collapse Of The dollar?) こうした思考は、日本で、311後の原発なしの状態が長引くほど、原発なしでも困らないことが発覚し「原発がないと日本人の生活が破綻する」という日本の政府やマスコミの論調が「原子力村」のプロパガンダでしかないことが露呈していることと同種のものだ。 米国債のデフォルトも、デフォルトしたらそれ以上財政赤字を作れず、小さな政府を作らざるを得なくなるので好都合だと、茶会派は思っている。米共和党の支持者の中には「連邦政府を閉鎖したままにしておくこと」「これを機に、連邦政府の権限を州政府に戻すこと」を求める署名活動を始めた人々もいる。連邦政府より州、州よりコミュニティと、権力を草の根に近いところに戻し、社会の人間性を回復しようとするのが、茶会派の考え方だ。「お上は絶対」という考え方が根強い、日本や中国など東アジアの人々には想像を絶することだろう。 (A Petition To Permanently Shutdown Washington) 茶会派は、米国の単独覇権が崩壊して世界が多極型の体制になった方が、米国の権力が英イスラエルなど外国勢力に振り回されず、孤立主義の方が権力を草の根に戻せるので良いと思っている。その意味で、茶会派は多極主義者である。 (米国債の格下げ) (格下げされても減価しない米国債) 共和党内には、軍産複合体や金融界などの「穏健派」と呼ばれる勢力もいるが、彼らは党の分裂を恐れ(るという口実で)、茶会派の動きを強く阻止しようとしていない。共和党の議会下院のベーナー議長は「私自身は民主党案に賛成しても良いのだが、茶会派の反発がこわいのでできない」と言っている。中国を応援し続けるロックフェラーなど、金融界の中には隠れ多極主義者がいる。彼らは「牛に引かれて善光寺」的に「茶会派にひかれて多極化」を目論んでいるかのようだ。 (Washington shutdown looms as deal hopes fade) シリアやイラン、イスラエルに対するやり方をみると、オバマ政権も、隠れ多極主義だ。つまり、今の米国が米国債のデフォルトという覇権の自滅に向かっているのは、不幸な偶然の積み重ねでなく、茶会派も共和党金融界もオバマ政権も、覇権の自滅をこっそり歓迎し、意図的に起こしていることだと考えられる。 (中東政治の大転換) このまま10月下旬にかけて米国債がデフォルトしていくのか、覇権維持を求める側の粘り腰によって従来のように土壇場で延命策が採られるのか、どちらになるか予測できないが、中東や国連の情勢と合わせ、すでに米国の覇権が新しい段階に入っていることは確かだ。
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