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北方領土問題はまだまだ解決しない

2013年5月2日   田中 宇

 4月末、安倍首相が10年ぶりの日本首相の公式訪露としてロシアを訪問し、プーチン大統領と会って北方領土問題の交渉再開を決めた。日露間でここ数年、北方領土問題の交渉が止まっていただけに、これで一気に交渉が進むのでないかとの憶測が飛んでいる。

 だが私が見るところ、北方領土で交渉が進む可能性は非常に低い。米国の力が低下して覇権の多極化が進み、国際政治力を米国にだけ依存している日本の力も米国とともに弱くなる一方、多極化によってロシアの力は増えている。これまで2島返還以上の対日譲歩をする気がなかったロシアが、自国が強くなって相手(日本)が弱くなる流れの中で、それ以上の譲歩を今後するはずがない。2島返還なら日本は拒否だ。 (メドベージェフ北方領土訪問の意味

 今の日本政府は、自国民の生活維持よりも、日米同盟の維持を優先している。TPPや、日銀による円の増刷と国債買い支えは、長期的に日本経済を破壊する効果をもたらす一方で、TPPが米国企業、円増刷が米連銀(ドル)を支援するものであり、日本国内を犠牲にして日米同盟(対米従属)を維持する策だ。米国はロシアを敵視しており、今後米露対立が高まるおそれもある。そんな中で日本がロシアと関係改善すると、日米同盟を損なうことになりかねない。日本はロシアとの関係を、短期的に改善するとしても、長期的、根本的に改善する気がない。日本政府は、北方領土問題を解決するわけにいかない。 (US and Japan deal paves way for trade talks

「4島を日本のものと認めつつ2島だけ返す」とか「4島総面積の半分を日本に返す」といった話をプーチンが示唆したという幻影を日本外務省がマスコミに流して報道させた。これは日本側に問題解決の意志がないことを如実に示している。日本政府に問題解決の意志があるなら、2島返還が出発点であると示唆するはずだからだ。

 日本がロシアと交渉を再開することにした理由は、尖閣諸島問題で中国との対決姿勢が激化し、いずれ戦闘が起きるかもしれないという状況下で、中国と戦争したらロシアが中国に味方して日本を軍事的に脅す可能性が高いので、それをやめてもらうために当座の日露関係を好転させておく必要があるためだ。これまでロシアは、尖閣で日中対立が激しくなるたびに、戦闘機を飛ばして日本の領空を侵犯したり、メドベージェフ前大統領が北方領土を視察して自国領だと誇示してみせたりしている。ロシアは、日本が中国と対立して防衛的に余裕がない瞬間を見計らって、日本を威嚇している。2正面戦争を回避したい日本政府は、ロシアと表面的な和解をする必要があった。 (日本をユーラシアに手招きするプーチン

 プーチンが日本に最もやらせたいことは、ロシアのシベリア・極東開発に日本の資金を出させ、開発に参加させることだ。シベリア・極東は、冷戦期間中、ロシア政府の資金注入で何とか経済を回していたが、冷戦終結後、貧困、資金難、人口流出がひどくなった。プーチンは何年も前からシベリア極東開発を推進しているが、思ったように進んでいない。ロシア極東に多く入り込んでいる中国商人は短期の儲けしか考えないので、それより日本企業に来てほしい。日本が来てくれれば、シベリアの石油ガスを安く買いたたこうとする中国に「日本の方が高く買ってくれる」と言い返せる。 (中国と対立するなら露朝韓と組め

 尖閣で中国との一触即発で日本がピリピリしているときに限ってプーチンが戦闘機を領空侵犯させてくるのは、日本に嫌がらせをして「やめてほしければシベリア極東に金を出してくれ」と言っていたと読み解ける。これまでのように、北方領土問題が解決するまで日露の本格的な経済協調拡大もないというあり方をやめて、経済協調だけ先行する構想は、日露双方で以前から語られていた。日中対決激化の中で、日本政府は、領土問題と切り離して日露経済協調を進め、プーチンにいやがらせをやめてもらいたいのだろう。だから安倍首相は、訪露団に大勢の企業幹部が同行させた。領土問題は交渉を再開するが解決に近づかない。米露関係が悪化したら、日本政府は、領土交渉を凍結し、日本企業をシベリアに置き去りにして、米国と一緒にロシア敵視の態勢をとり、対米従属を保持できる。 (Moscow reserved on rare Japanese visitor

 安倍首相は訪露2週間前の4月15日、NATOの事務局長が訪日した際、日本とNATOの協調関係を強化する宣言(共同声明)を出している。日本がNATOとこの種の声明を出すのは歴史上、初めてだ。NATOは米欧がロシアと敵対するために作った組織であり、そこに日本が協力するのは、東西からロシアを挟み撃ちする構図だ。日本はロシアと関係を良くしていく方向にない。 (NATO and Japan sign Political Declaration for a stronger partnership



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