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中国は北朝鮮を抑止できるか

2013年2月11日   田中 宇

 1月以来、北朝鮮が2月10日の旧正月の前後に3度目の核実験をやりそうだと報じられてきた。韓国政府は、北の核実験場の動きが活発だと発表した。北朝鮮は1月29日から軍が臨戦態勢を敷き、国を挙げて厳戒態勢にある。 (North Korea imposes martial law, orders troops to `be ready for war' - report

 北朝鮮はこれまで2006年と09年に核実験を実施したが、いずれもその前に弾道ミサイルに転用できる人工衛星の打ち上げを試みている。北朝鮮は今回、昨年12月12日に人工衛星を打ち上げ、初めて衛星軌道に物体を乗せた。今回も、衛星打ち上げ後に核実験をやりそうだと、米韓などで指摘されている。 (Kerry warns of punishment for NKorea nuclear test

 北朝鮮政府は2月に入り「核実験以上のことをやる」と表明した。日米韓では、北が複数の核爆弾を爆発させるだろうとか、従来のプルトニウム型でなく濃縮ウラン型の核爆弾を爆発させるかもしれないとか、推測されている。 (North Korea Threatens More Than Just a Nuclear Test

 北朝鮮の権力機関である国防委員会は1月24日に「人工衛星やミサイル、核兵器の開発は、米国を標的にしたものだという事実を、われわれは隠さずに表明する」と発表した。人工衛星と弾道ミサイルの技術は重なっているが、北朝鮮はこれまで、打ち上げるものをミサイル(弾道軌道)でなく人工衛星(衛星軌道)であると発表し、軌道に乗せる人工衛星を外国記者団に公開してきた。今回の軍事委員会の発表は、北朝鮮が、米国に核ミサイルを撃ち込むつもりがあると明言した方が有利だと考えるようになったことを示しており、北の国際政治戦略の転換である。 (Same Old North Korea Doug Bandow

 北の戦略転換の背景にあると思われるのは、米政府の戦略の変化だ。北朝鮮が核兵器開発を加速したのは、米国の前ブッシュ政権が01年の911事件後、単独覇権主義の一環として北朝鮮を「悪の枢軸」に入れ、核兵器を含む先制攻撃によって北朝鮮を潰すことを検討(するふりを)したからだ。実際には、米国が北朝鮮に戦争を仕掛けると、隣の中国とも戦争になる可能性が大きく、米中という核大国どうしで戦争する道を米国が選ぶとは思えないので、米国が北に戦争を仕掛けることはない。しかし、米国から「核攻撃して潰してやる」と脅された北朝鮮は、核兵器開発を加速して核実験を実施し、人工衛星の打ち上げによって弾道ミサイルの技術を高めた。

 しかしその後、米国はイラクやアフガニスタンなどイスラム世界での戦争とその後始末に没頭し、対北朝鮮政策がおざなりで中国任せになった。オバマ政権はこの4年間、何度か北朝鮮との対話を試みて長続きせず終わっただけで、対北政策をほとんどやっていない。オバマ政権は2期目に入って、米国の単独覇権主義の失敗によって混乱した国際社会を、自国の財政に負担をかけずに立て直すため、中国ロシアなど非米的な諸国に協力を頼む傾向を強めそうだ。

 そのような中で、国際的な同盟関係が薄いので戦略的に「何でもあり」をやれる北朝鮮は、自国の対米的(加えて対中的?)な立場を強めるため、これまでの「ミサイルでなく人工衛星だ」という説明を180度転換し「人工衛星発射は米国に撃ち込む核ミサイルを作るためだ」と言い出した。米国が戦争でなく交渉を望み、弱腰になるのを見て、北は強気の発言をするようになっている。この転換は、日本との拉致問題における北の態度が「拉致なんかしていない」と「拉致しました。ごめんなさい。これが遺骨です。これで終わりにしましょう」との間を劇的に行き来するのと同じ性質のものだろう。

▼中国が北の核開発を看過すると軍産複合体を利する

 ここまで、北朝鮮の核兵器開発をめぐる、北朝鮮と米国の関係について書いてきたが、北が核実験を挙行するかどうかなど、北の核開発をめぐる国際政治の中で最も重要なのは、米朝関係でない。それは北朝鮮と中国の関係、中朝関係の方である。米国はすでに、北の核実験を止める「力」を持っていない。外交面で見ると、03年以降、米国は6カ国協議の主導役を中国に押しつけたままだ。軍事面で見ると、米国は強い軍事力を持つが、米国が北朝鮮を軍事攻撃したら中国と戦争になるので、米国が北朝鮮を軍事攻撃することはない。正式な核保有国(米英仏露中)どうしが戦争しないのが、第二次大戦後の国際体制だ。北朝鮮が核を持っていようがいまいが、米国は北を軍事攻撃できない。

 北は以前から、中国の(核兵器の)おかげで対米抑止力を持っていることになる。北朝鮮は、自国の核抑止力を主体思想として喧伝するだろうが、実は北の抑止力は自力更生でなく、隠然と中国に依存している。近年の北朝鮮は経済的にも中国依存だ。それを無視して、政治軍事も経済も自力でやってるんだと強弁するのが主体思想の浅いところだ。 (北朝鮮で考えた(3)

 北の核実験をやめさせ、北に核廃絶を挙行させることができるのは、国際社会の中で中国だけだ。しかし、中国が北を本気で抑止する気があるのかどうか、また北は中国に本気で抑止されても無視して核開発を進めることができないのかどうか、そのあたりは確定的でない。

 米国に北の核開発を止める力がないだけでなく、そもそも米国が北の核開発を止めたがっているかどうかという点も不確定だ。オバマ大統領は、世界的な核廃絶を進めようとしている。オバマ任期の今後4年間で核廃絶を完遂するのは無理だが、4年間で核廃絶に向けた何らかの不可逆的な基礎を作ることはできる。オバマは、そのためにチャック・ヘーゲルを国防長官に指名した。だが米国内でオバマやヘーゲルが核廃絶を進めたいのと対照的に、軍産複合体は、米国にとって脅威となる核兵器が世界各地に散らばったまま、米政府が軍事費を減らせない状態が今後もずっと続くことを望んでいる。 (いよいよ出てくるオバマの世界核廃絶

 北が核実験を何度も挙行し、米政府が北を「核保有国」として認めねばならなくなると、オバマの核廃絶に対する新たな支障となるとともに、軍産複合体にとって好都合な事態が拡大する。北朝鮮の核武装は、米国の軍産複合体(とその傘下にいる日本などの権力機構)にとって喜ばしい事態だ。それを考えると、この10年あまりの間に、軍産複合体の中の勢力が、パキスタンなどを通じて北朝鮮が核兵器技術を入手できるような状況をこっそり作ったのでないかとも疑われる。歴史を見ると、かつて英国は冷戦構造を作るため、米国の核兵器技術をソ連に流した疑いがある。軍産英複合体は、インドとパキスタンの対立を恒久化する目的で、印パに核兵器技術を流した疑いもある。 (核の新世界秩序

 軍産複合体色がある米国のウォールストりート・ジャーナル(WSJ)は最近「北朝鮮が核実験を行うのは確定的だから、オバマ政権は(世界核廃絶なんかあきらめて)北を核保有国として認知し、6カ国協議など北に核廃絶を求める外交が無駄であることを認め、北朝鮮を軍事的に包囲し続ける策を強化すべきだ」という趣旨の論文を掲載している。これは、北核問題に対する軍産複合体の典型的な姿勢だ。 (Pyongyang's Reality Check

 核廃絶を進めたいオバマは、こうした主張を無視し、今後北朝鮮が核実験を繰り返しても、北を核保有国と認めず、北に核廃絶させる外交努力を続けるだろう。しかし、北が核実験を繰り返すほど、オバマが北に核廃絶を求めることは現実的でなくなり、オバマの戦略は行き詰まる。オバマは、北に核実験を挙行させたくないはずだ。しかし、すでに書いたように米国は、北に核開発をやめさせられる力を持っていない。その力を持っているのは、中国だけだ。オバマは、中国に頼むしかない。

 昨年11月、カンボジアでの東アジアサミットの傍らでオバマと温家宝が会談し、オバマが「北朝鮮がロケット打ち上げ(や核実験)をやりそうなので、中国が北に圧力をかけてくれ」と頼んだ。中国はそれまで、北が繰り返すロケット発射に際し、国連が北に圧力をかけることをいやがっていた。北の発射後、米国が国連安保理で北を制裁することを提案しても、中国が反対するので制裁決議できず、制裁をともなわない非難決議しかできなかった。ところがカンボジアでオバマに頼まれた温家宝は、北に圧力をかけることをあっさり了承した。12月に入って韓国の新聞が「中国が北朝鮮に対して強硬な態度を採るようになった」と指摘した。 (China's short-lived North Korean shift

 12月12日に北がロケットを発射したことに対し、米国と中国が話し合い、1月23日に国連安保理で北に対する経済制裁の強化が決定された。中国は、北の人工衛星発射に対する安保理での制裁強化を拒否していた従来の態度を転換した。 (UN expands sanctions on North Korea

 加えてその翌日には、中国共産党の機関紙である人民日報(環球時報)が「北朝鮮が核実験を挙行したら、中国は北に対する経済援助を減らすだろう」とする記事を出し、核実験しそうな北を批判した。 (`China to cut Pyongyang aid over N-test'

 2月8日ぐらいまで、北朝鮮が再度核実験を挙行するのは確定的と見られていた。だが2月10日、北朝鮮政府系のウェブサイトが「(北が)核実験をやると米国が言っているのは早合点だ」とする文書を掲載した。北は、数日内に核実験を挙行する予定だが攪乱のためにこんな文書を発表したのか、それとも中国に圧力をかけられたので今回は核実験を挙行しないのか、今のところ明確でない。

 もし北が、中国に圧力をかけられて核実験を挙行しない場合でも、自力更生のプロパガンダに固執する北は、中国の圧力に屈したことを認めないだろうし、中国も北に圧力をかけたことを隠した方が得策と考えるだろう。米軍産複合体も、北に対する中国の手綱が弱く、北は今にも核実験を挙行しそうだ(北の核の脅威は続き、米政府の軍事費は減らせない)と言いたがるだろう。これらを総合すると、北が中国からの圧力で核実験を延期したとしても、中国から北への圧力が明確に指摘される状態にはならないだろう。 (経済自由化路線に戻る北朝鮮

 だがその一方で、中国は、北に核実験をやめさせる影響力を持っている以上、それを行使する可能性が高い。米国の中枢では、中国に頼んで北に核廃棄させたいオバマ政権(対中協調派)と、北の核開発を扇動して東アジアの対立構造や中国包囲網を維持強化して米軍の予算と権限を維持したい軍産複合体(対中敵視派)が暗闘している。中国は、対中協調派のオバマに勝ってもらいたいはずだ。そのためには中国が、全力で北に圧力をかけて核開発をやめさせ、返す刀で6カ国協議の進展や南北和解、米朝対話、在韓米軍の撤退まで持っていく必要がある。 (中国包囲網の虚実(3)

 中国が北の核実験を看過し続けると、米国で対中協調派が弱くなり、軍産複合体が強くなって、新冷戦的な中国包囲網が恒久化されてしまう。ちょうど中国では、国際政治の主導権(覇権的な動き)をしたがらない胡錦涛政権が終わり、覇権的な動きを増やしそうな習近平の政権になるところだ、韓国でも、北と激しく敵対することで対米従属を強化しようとして失敗した李明博政権が終わり、北との対話を再開しそうな朴槿恵政権が2月末に就任する。タイミングとして今は、中国が北の核実験を抑止し、返す刀で6カ国協議を再開するのにうってつけだ。習近平が意外に愚鈍でなければ、中国はすでに、北に核開発をやめろと強い圧力をかけているはずだ。

 もう一つ注目されるのは、中国が米国から頼まれて北に核開発をやめさせる圧力をかける際、中国がこれを対米的に無償でやるとは思えない点だ。中国は、米国の頼みを聞いてやる見返りとして、米国にやってほしいことがある。その最大のものは、中国包囲網の政策をやめてほしい、もしくは有名無実化してほしい、ということだ。中でも、米国が日本をけしかけて尖閣諸島問題での日中対立を煽るのをやめてほしいと、中国は米国に望んでいる。 (US Goading Japan into Confrontation With China

 WSJ紙は2月4日の記事で「中国は、米国に頼まれて北朝鮮に圧力をかける代わりに、米国が日本に圧力をかけ、尖閣問題での日本の態度を変えてくれと求めているのでないか」と推測している。軍産複合体・右派の色彩が強いWSJが書いているだけに、この件は、中国嫌いの人々にも説得力を持つはずだ。 (North Korean Pawn in a Chinese Chess Game

 中国が北に十分な圧力をかけず、もしくは北が中国の圧力を無視して核開発を続け、米国が北を核保有国と認めると、米国は、北を軍事包囲し続け、在日・在韓米軍を強化する方向になる。これは日本の権力機構(官僚)にとって、第一の目標である日米同盟(対米従属)の強化を進められる格好の状況だ。しかし逆に、WSJが推測するシナリオだと日本は不利になる。 (中国は日本と戦争する気かも

 尖閣問題のこれまでの経緯や、米国が世界中でやっている手口から考えると、米国は日本に「尖閣で中国と対立するな」と直接的な圧力をかけることをせず、むしろ「中国が軍事的に日本から尖閣を奪っても米軍は出ていかず、中国による島強奪を黙認する」と、中国に約束する方法を採る可能性の方が高い。北朝鮮や朝鮮半島が安定するほど日本の立場や日米同盟が不安定化し、東アジアでの対立が激化するほど日本の国策(対米従属)が安定する構図になっている。戦後の日本は平和を好む国を自称してきたが、今の日本は、国際対立が激化することを対米従属の他力本願で望む国になっている。大震災以来、マスコミやネット上で「日本は良い国」「日本に生まれて良かった」という自画自賛的な標語(プロパガンダ)が席巻し、多くの人がその文言にうっとりしているが、国際的な観点で日本を見ざるを得ない私は、現状の日本を「良い国」と思えない。



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