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ドル崩壊の夏(2)

2009年7月24日   田中 宇

 米国の投資家向けニュースレターであるハリー・シュルツ・レターは、昨年の金融危機を正確に予測したとして金融分析者から高く評価されている。同レターは最近の号で「米政府は、いくつかの国の米国大使館に巨額のドル現金を送金し、その金で現地通貨をひそかに大量購入させている。大使館が使う1年分の費用を、現地通貨建てで持たせている。対象通貨には、英国ポンドは含まれていない。国務省の人々は、今後180日以内に、何かが起きそうな予兆を感じている」と書いている。 (Foreign Embassies Urged to Stockpile Local Currencies

 この話が意味するところは、国務省は今後半年以内に自国のドルが使いものにならなくなる事態になると感じ、ドルが急落しても各国駐在の米国大使館が活動に困らないよう、1年分の現地通貨を備蓄させているということだ。英ポンドが除外されているのは、米国と同時に英国の金融通貨も破綻すると国務省が予測しているという意味である。

(IMFは最近、英国の財政状態は赤字急増によって劇的に悪化しており、もはや限界に近いとする報告書を発表している) (IMF warns that Britain's soaring debt is 'testing the limits'

 国務省が予測するドル崩壊の背景について、ニュースレターは「米金融界の状況は、危機は去ったとする当局のプロパガンダとは裏腹に、悪化の一途なので、米当局は近いうちに、次の危機発生とともに、強制的な何日間かの銀行休業日を設け、その間に銀行界に対する大規模な国有化などを行う。同時に、金地金の高騰を許容するなどしてドルの価値を切り下げ、米金融界とドルの体制を新たなものに転換させる」と推測している。

 以前からこのニュースレターを高く評価している米マーケットウォッチのコラムは「この話は、誇大妄想にしか聞こえないが、昨秋の金融崩壊も(事前には、崩壊予測は多くの人には誇大妄想と揶揄されていたにもかかわらず)実際に起きた」と書いている。 (Latest Schultz Shock: a 'bank holiday'

 私の見方では、今秋、金融危機が再燃するとしたら、それはAIGもしくはシティグループが再び経営難に陥るところから火がつく可能性がある。 (米金融危機再燃の可能性

▼同盟国までドル売り

 米財務省が最近発表した、5月分の米国債売買に関する報告書では、ブラジルやロシアなどすでにドルや米国債に対する懸念を表明している国々だけでなく、カナダ、フランス、日本、台湾といった、米国債を売りそうもない親米諸国までが、米国債を売っていることが明らかになった。 (Brazil, Canada Pull Money Out Of Treasurys

 中国は5月に米国債を買い増したものの、中国は全体として、米国債などドル建て資産をできるだけ急いで減らしたいと考えている。金の備蓄を急増させ、油田や鉱山を世界各地で買収してドルを鉱物資源に転換するだけでなく、世界的な企業買収も、政府主導で国内企業にやらせている。 (China to Buy $80 Billion Worth of Gold

 中国政府は、来週予定されている米中戦略対話の定期会合で、米国に対し「ドルの安定を維持することに、もっと責任をもってほしい」と求める予定だと発表した。中国は今春にも、米国に同様の要求をしている。 (China urges responsible U.S. policy, stable dollar

 中国の再三の要求が意味するところは、米国が金融危機対策としてドルの価値を大幅に切り下げる(金融危機の結果起きるドル急落を米当局が黙認する)可能性があるということだ。中国は「われわれの巨額のドル資産を大幅に目減りさせるのはやめてほしい」と米国に要求しているが、らちが明かないので、急いでドル資産を売って資源などに替えるとともに、世界に対し「ドルはいずれ使えなくなるので、別の決済通貨制度を作ろう」と呼びかけている。中国の懸念は、冒頭で紹介したニュースレターの予測と方向が一致している。

 ドル崩壊後、代わりの国際通貨制度を決める場は、おそらくG20になる。G20の金融サミットは昨秋、初回が開かれたときに、すでに「これは第2ブレトンウッズ会議である」と喧伝されていた。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序(2)

 次回のG20サミットは、9月24−25日に米国ピッツバーグで開催予定だ。米国の政治経済ウェブログの中には「9月末金融危機再燃説」を予測するものが最近目立つが、これは時期的にG20の次期開催日程と一致する。危機が予定通りに起きて、予定通りにG20でドル後の世界体制を考える、ということになるのだろうか。 (Many Predict US Financial Collapse in September

▼急増する金融救済枠

 7月21日、米議会から委託され、米当局による金融救済資金の使い方を監視している担当官(Neil Barofsky)が議会で証言し、米当局(財務省、連銀、預金保険制度FDICなど)が金融危機に対する救済金として用意した50種類の政策の融資や支出の枠の総額は、8カ月前の8・5兆ドルから、現在は23・7兆ドルへと、3倍に急増していると指摘した。 (Cost Of Bailout Hits A Whopping $24 Trillion dollars

 これは、米国のGDPの2倍に近い巨額であるが、そのほとんどはまだ執行されておらず、単に各施策が「今後さらに金融危機が悪化したときに、ここまでの額を執行できる」と定めた上限枠の総合計である。財務省は「うちは2兆ドル以下しか使っていないし、その金もかなり戻ってきている」と主張している。 (US: 23.7 trillion dollars? Watchdog throws out eye-popping figure

 しかし逆に言うと、今後もし金融危機が再燃したら、救済策の総額は最大で23・7兆ドルにまで拡大しうるという意味だ。この額は、米国の金融システムの総額と大体同じである。米国の金融システムを丸ごと国有化する資金枠が用意されている。

 資金の大半は、米国民の税金ではなく、連銀によるドル増刷によって作られる。財務省が金融危機や不況への対策として支出する公金は米国債発行で作られるが、米国債を発行しすぎると売れなくなる。その場合も、売れ残りは連銀がドルを刷って買うことになっている。

 最終的に、米国の金融危機の損失は、増刷したドルと交換に、連銀によって吸収される。ドルは連銀に対する信用で支えられているが、連銀は、金融危機が進行するほど、米国の不良債権をすべて吸い込んだ「幽霊銀行の親玉」と化していく。最終的には、連銀とドルに対する信頼が失われ、ドル崩壊となる。

▼議会による査察は連銀の終焉

 連銀は、秘密の多い組織である。連銀は米政府の機関であり、1913年に連銀の設立を決める法律を制定したのは議会なので、生みの親は米議会である。しかし連銀は、通貨や金融に関する政策は政治家からの圧力でねじ曲げられるべきではないとの理由で、政府初機関の中で唯一、議会による監督をほとんど受けず自立を許され、勝手に政策を決めて勝手にドルを刷っている。

 連銀の幹部は、問題が起きるたびに議会に呼ばれて証言させられるが、曖昧な言い回し(fedspeak)を繰り返したり、自立原則をたてに返答を拒否したりするので、議会は連銀の秘密を暴くことができない。たとえば、連銀は金融危機の勃発以来、合計5000億ドルを外国の銀行に救済融資しており、連銀のバーナンキ議長は先日の議会証言時、米国民を救済すべき金で外国銀行を救済したと議員から突き上げられ、どこの国の銀行にどれだけ融資したか問いつめられた。だがバーナンキは「知りません」の一点張りだった。 (Bernanke: "I Don't Know" Which Foreign Banks Were Given Half a Trillion

 このように、連銀は秘密主義で情報を出さないので、連銀がドルを刷って米国の不良債権の大半を買い、ドルの価値を膨大に浪費したとしても、それが暴露され、事実として世界の人々の知るところとならない限り、連銀の信頼性はあまり揺るがない。連銀とドルは意外と崩壊しにくい。

 しかし米議会では最近「今回の金融危機に対する連銀の政策のほとんどは失敗で、むしろ危機を悪化させ、不況を深化させている」「大失敗した連銀に自立を許し続けると、米経済の状況は悪化し、ドルの過剰発行は超インフレにつながる」として、連銀から創設以来の自立権を剥奪し、連銀を本格的に会計監査すべきだという主張が拡大している。共和党リバタリアンのロン・ポール議員らが提出している連銀を査察する法案には、下院(435議席)の過半数である245人の議員が賛同している。 (How Long Before the Fed's Days Are Numbered?

 この手の法案が成立し、連銀が実際に査察された場合、連銀はすでに、民間の会計基準に当てはめると債務超過(事実上の経営破綻)に陥っていることが暴露されるだろう。「連銀の債務超過」が発表されれば、連銀が発行するドルに対する国際的信頼は急落し、米国債は売れなくなって長期金利が高騰する。連銀首脳は「議会が連銀に介入すると大変なことになる」と、介入という議会の行為が事態を悪化させると言っているが、実際には事態悪化の元凶は連銀自体の乱脈政策であり、議会の介入によって隠されていた悪い事態が公開されるということだ。 (Kohn warns Congress on meddling in Fed's affairs

 議会は連銀から権限を剥奪しようとしているが、オバマ政権は逆に、連銀に権限を追加し、連銀の監督範囲を、これまでの商業銀行のみから、保険会社、ヘッジファンドなど、あらゆる金融機関へと拡大する計画を進めている。これが実現すると、おそらく連銀はさらに巨額の不良債権を金融界全体から買い集める救済策を進め、ドル増刷を加速し、最終的なドル崩壊への道をより確実にしてしまう。連銀は米国を救済するはずが、結果は逆となる。

▼ドル崩壊は歴史的な創造的破壊

 連銀は議会の言うことを聞かないが、それなら一体誰のための組織なのか。答えは「ニューヨークの資本家」である。ニューヨークの資本家たちは19世紀の後半に、衰退する覇権国だった英国に見切りをつけてニューヨークに中心を移転してくるとともに、米国で金融危機を誘発して米連邦政府を財政破綻させ、それをNY資本家たちが救ってやることで連邦政府を牛耳りにかかった。その仕上げの一つが1913年の連銀設立だった。

 連銀は、通貨ドルを発行する機関である以上、政府機関である必要があったが、同時にNY資本家としては、連銀を自分たちの支配下に置く必要もあったため、連銀は「政府機関だが、議会から監督されず、自立した機関」として設立された。当時の米国は今より各州政府の力が強かったので、各州の地方勢力の不満を煙に巻くため、連銀は12の地方連銀が合体した組織とされたが、これも形式だけで、実際にはNY連銀が支配していた。

 連銀が設立された翌年、第一次大戦が起きた。これは、英国としては台頭するドイツを潰すための戦争だったが、NY資本家の中には、この戦争を使って英国を潰して覇権を米国に移転させようとする動きがあり、共産化したロシアなども使って世界を多極的な新覇権体制にする画策が当時から始まった。その後英国系の巻き返しもあり、今に至る多極主義と米英中心主義の暗闘になっている。その暗闘はありつつも、2度の大戦後、米国は単独覇権国となり、ドルは世界で唯一の基軸通貨となったが、ドルを発行するのは連銀であり、連銀はNY資本家に握られているという世界の裏構図ができあがった。

 今後、金融危機の悪化やロン・ポールら議員による連銀査察によって、ドルと連銀のシステムが崩壊した場合、歴史は「ドルは、連銀による失策の連続の結果、潰れた」と書かれるだろう。しかし実際には、連銀とその背後のNY資本家たちは、もっとずっと前から、連銀システムを自滅させようとしていた観があり、失策には故意性が強い。自滅策の最初の顕在化は、1971年のニクソンのドルショック(金ドル交換停止)である。

 金ドル交換停止は、ニクソンが短期間で決めたことではない。ニクソンの主要な政策は、政権発足前に、連銀とほぼ同時にNYに作られた外交問題評議会(CFR)で練られている。NY資本家の世界運営は、経済面を連銀が、外交面をCFRが担当しており、両者は姉妹機関である。金ドル交換停止は、ドルの力を不必要に劇的に弱めるものであり、ニクソン政権の出自から考えて、NY資本家が決定したことである。資本家の内部では第一次大戦以来の暗闘があるとすでに書いたが、この暗闘の構図の中では、ニクソンは多極主義者が作った政権である。

 多極主義者はニクソンを通じてドルを破壊し、米国の力を意図的に弱め(ベトナム戦争も、自滅的な米国の弱体化策と考えられる)、米英中心主義の産物だった冷戦を終わらせ、ソ連や中国、非同盟諸国などが経済発展できる多極型世界への構造転換を引き起こそうとしたのだろう。だが、冷戦はその後20年かけて終わっていったものの、ドルの基軸通貨性は失われなかった。日独など先進諸国がドルの基軸性の維持を望み、英国主導でG7が作られ、ドルを救済する為替市場への協調介入が実施されたからだ。

 その後、1985年からの金融自由化によって、米英経済は金融力をテコに盛り返し、ドルは盤石の状態に戻ったが、そこで再び多極主義者の策動とおぼしきものが始まる。それは「バブルの意図的な拡大」であった。先代のグリーンスパン連銀議長は、銀行業務と投資業務などの兼業を禁じていたグラス・スティーガル法を1999年に議会が緩和する前から、議会の反対を無視して金融界の業態拡大を許容推進していた。 (Dismantling the Temple

 07年の金融危機につながるCDSやサブプライムローンの急拡大の際にも、グリーンスパンは議会などで急拡大に対する危険性を尋ねられても曖昧な返答に終始した。当時はNY資本家が大儲けしていた時期で、資本家は連銀に儲けを止められたくなかっただけだと考えることもできなくはないが、大手の資本家は、そんな短期の利益で物事を考えない。バブルが崩壊した時の破壊力を十分知りながら、グリーンスパンにバブル拡大を容認させていたと考える方が自然である。金融バブルは、爆発させるために膨脹させられたのである。

 1913年に設立された連銀は、2013年に百周年を迎える。私は、連銀は百周年を迎える前に歴史を終えるかもしれないと予測している。連銀とドルが破壊され、代わりに「アメロ」的な新通貨(北米共通通貨)と、政府の規制の強い新たな連銀が作られるのかもしれない。ドル崩壊は、経済的な「世界の終わり」であり、悪影響は世界的に巨大なものとなるが、崩壊後の長期的な展望も考えると、世界を米英中心型から多極型へと転換させ、長期的な世界経済の成長を可能にする「創造的破壊」であると感じられる。

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