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米金融まやかしの健全性

2009年5月16日   田中 宇

 米国の連銀(FRB)と財務省が4月に実施し、5月初めに結果を発表した米大手銀行19行に対する健全性調査「ストレス試験」について、米政府による粉飾を指摘する声が相次いでいる。

 英国のテレグラフ紙によると、米国の投資会社であるマットリンパターソンの経営者マーク・パターソンが、中東のカタールで開かれた投資フォーラムで「(ストレス試験の対象となった)米国の銀行は債務超過(実質的な破綻)に陥っている。(それなのに米当局は、銀行はおおむね健全だとする試験結果を出しているので)これはインチキ(sham)だ。米政府は(昨秋)7000億ドルの金融救済資金を用意したが、すでに1000億ドルしか残っていない。(もう金を使えないので、代わりに粉飾試験によって)人々の不安を解消しようとしている」「米政府の金融救済は、税金を使って投機筋を儲けさせてやっているだけだ」「今回の不況は普通の不況ではない。(従来の好況を下支えしていた)レバレッジ業界は破壊された。V字型の回復はない」と述べた。 ('Sham' Bailouts Help Speculators

 マットリンパターソンは、今回の金融危機の中で、ミシガン州のフラッグスター銀行(Flagstar)を買収したが、その際、米財務省は金融救済資金を使ってこの買収を補強する投資を行っている。財務省の金融救済資金を使って儲けさせてもらったパターソン自身が、財務省の金融救済策を非難したので、ニュース性が大きくなった。テレグラフ紙は、この報道の後、パターソンや財務省からの抗議を受けたらしく、記事をウェブサイトから削除した。 (もともとの記事のURL

▼「連銀にこそストレス試験が必要」

 欧州では、ドイツのシュタインブリュック財務相が独議会で「米政府は、ストレス試験の結果を粉飾して発表している。この試験には何の価値もない」という趣旨の発言を行った。米国がストレス試験を行った後、米国の影響力が強いIMFは、ドイツとフランスなどEU諸国に対し、米国型の精査を自国銀行に対して行って発表するよう求めたが、それに対する回答が、シュタインブリュックの議会での発言となった。 (Steinbrck sees stress tests as pointless

 シュタインブリュックは独議会で「ストレス試験の結果が粉飾されないで発表されることも、悪影響が大きい(だから試験自体をやらず、発表もしないのが良い)」とも述べた。米銀行が健全なら、粉飾しない結果を発表すれば良い影響が出るはずだから、シュタインブリュックの発言は、暗黙の前提として「米大手銀行のいくつかは債務超過に陥っており、だからこそ米政府は試験結果を粉飾した」という指摘を含んでいる。

 シュタインブリュック独財務相は、昨秋のリーマンブラザーズ破綻直後には、独議会で「米国は国際金融システムにおける緒大国の地位を失い、世界は多極化する」と発言し、対米従属の既存体制にこだわらない大局的で鋭い発言をする人である。IMFからの押しつけに対し、同じEUでもフランスはもっと穏便に「わが国は以前から、銀行に対するストレス試験を定期的に行っていますのでご心配なく」と返答している。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序(2)

 大手銀行はおおむね健全だというストレス試験の結果は粉飾されたものだと思っている金融分析者の間からは「本当に銀行が健全なら、公金を使って銀行を救済する必要はないはず。すぐに救済をやめるべきだ」と皮肉的な批判も出ている。鋭い分析者たちは皆、米大手銀行の多くが債務超過に陥っており、試験結果は粉飾されたものだと知っているとも指摘されている。 (Baker: If the Stress Tests are Accurate and the Banks Are Solvent, then Get the Bankers' Hands Out of Our Pockets

 米当局の中では、財務省より連銀の方が、金額的に大盤振る舞いの金融救済策をやっている。財務省は政府の一部なので米議会が監督できるが、連銀は半官半民の独立組織なので議会の監督の目が届かない。連銀は、発表されている表向きの金融救済のほかに、その何倍もの簿外のドルによる金融救済策(ドルを刷って銀行の不良債権を買うこと)をやっており、これは潜在的に連銀の健全性を著しく損なっている。連銀には監査官がいるので、米議会は監査官を呼んで証言させたが、連銀の簿外での運用のことを全く知らなかった。 (Fed Inspector General Knows Roughly Nothing About The Fed

 こうした流れの中で、米議会下院では、これまで全く行われていなかった連銀に対する本格的な調査を行うべきだ、連銀に対してこそ「ストレス試験」を行うべきだ、勝手にドルを刷って使える連銀の独立性を制限すべきだ、という提案がなされ、かなりの賛同を得ている。提案をしたのは、連邦政府の拡大に反対してきた共和党リバタリアンのロン・ポールで、これまで孤立主義者のレッテルを貼られてきたリバタリアンの主張が米議会で注目されること自体、米国の大きな変質を象徴している。 (Is it time to stress-test the Federal Reserve?

 この話を報じた上記のマーケット・ウォッチの記事は、米銀行に対するストレス試験の結果発表について、当初予定されていた合否判定は「合格・不合格」だったが、それは「合格・合格ダッシュ」に変わり、最後には「合格・合格」と、合格しかない判定態勢となった、と書いている。

▼「地球温暖化」と同じ手口

 米当局がおこなったストレス試験は、コンピューターに経済全体や金融機関の資産内容を入力し、実体経済をモデル化したシミュレーションのプログラムを稼働させて結論をはじき出した。シミュレーションのモデルを微妙に変えることで、試験者(当局)に都合の良い結論をいかようにも出力できる。試験結果を粉飾したというより、シミュレーション試験そのものがインチキを可能にしている。実体経済をモデル化する際にどのような手法が最も望ましいかは意見が分かれるところで、どれが正しい手法かというのはないので、当局は「都合の良い結論を出せるようなモデル化手法を採ったろう」と非難されても「違います」と言うだけですむ。 (Banks Holding Up in Tests, but May Still Need Aid

 このインチキの手法は、英国が国連を動かして都合の良い気候変動モデルのシミュレーションを作らせ、その恣意的なプログラムの稼働結果から「人類が排出した二酸化炭素などのせいで地球が温暖化している」とまことしやかに主張し、人類を軽信させている地球温暖化問題でも採られている。温暖化人為説の最大の根拠は、コンピューターのシミュレーション結果である。

 債務超過は、債券や不動産などの相場が下がり、銀行が保有する資産の価値が急落した結果、起きている。今後、いずれ相場が回復したら、債務超過を解消することが可能になる。しかし米政府は、債務超過が解消される前に、銀行を政府の支配下に入れようとしている。米政府は、ストレス試験で資本金が足りないとみなされた分について、一定期間内に各銀行が増資先を見つけられない場合、政府が不足分を出資するやり方で、大手銀行に対する政府の株式持ち分を増やし、国有化しようとしている。 (Stress tests signal more intervention

 ストレス試験は、銀行界に対する政府介入の拡大の口実に使われている。銀行経営者が失敗したのだから国有化は当然だという見方もできるが、金融危機発生以来の2年間の米政府の重過失的な金融危機対策の失敗の連続を見ると、米政府が金融界の運営をすると、失敗する可能性の方が大きい。90年代に金融救済を成功させたスウェーデンの財務相は最近、オバマの金融危機対策は失敗するだろうと指摘している。 (Swedish bank rescue expert doubts U.S. efforts will work

 金融危機は、不動産や金融商品の相場のバブルが拡大して破裂することで起きるが、今回の米政府の巨額の金融危機対策は、それ自体が前代未聞の巨大なバブルだという指摘もある。米政府は、金融バブル崩壊を救うための資金供与だといって、新しい「救済バブル」を作っている。このバブルはいずれ崩壊し、金融危機を再燃させうるが、その時には救済に使える政府資金がないので、破綻はもっとひどくなる。 (Bailout Bubble - The Bubble To End All Bubbles

 銀行以外の分野では、倒産した自動車メーカー、クライスラーの再建準備にかかる期間について、米政府は当初「2カ月」と発表していたが、倒産申請から数日後には、米政府は「2カ月ではなく2年かかりそうだ」と言い出した。2カ月でできるのは、クライスラーの最も良い資産の売り先を見つけることだけで、残りの悪い資産をどう処理するかを決めるには、その何倍もかかる。過度な楽観や粉飾が露呈していくことは、米政府に対する信頼を失わせている。 (Obama's 60-Day Chrysler Bankruptcy Goal Covers Only Asset Sale

▼近づくドル崩壊と日中の温度差

 米政府は、金融救済支出の増加と、不況による税収の減少、米軍がイラクからアフガンに転戦して再び戦争の泥沼に陥ることによる軍事費増、メディケア(高齢者などのための政府運営の健康保険)の赤字増などが重なって、財政赤字を急増させている。連銀も金融救済の「量的緩和策」でドルの発行を急増しており、ドルと米国債の潜在的な危険性が拡大している。 (White House forecasts higher budget deficit

 米国債を大量購入し、ドル資産を増やしてきた中国政府は、今春から繰り返しドルに対する危険性を警告している。中国の中央銀行である中国人民銀行は、5月6日にも「量的緩和のやりすぎによって、ドルなどの主要通貨の相場下落や、世界的インフレがありうる」との警告を発した。 (China c.bank warns of weak dollar risk due to quantitative easing %%%

(米国は欧日にも量的緩和を実施させ、世界的な資金供給増が起きている。このため株や債券、原油や金地金から、バルチックドライの船賃先物までのあらゆる投機対象の相場が上昇している。金や原油の上昇は、ドルに対する懸念の大きさも表している) (Crude Floating on Cheap Money) (Baltic Dry Index Closes At 7-Month High

 日本でも、5月13日に民主党の「影の内閣」財務相である中川正春衆院議員が、ドルの将来を懸念して、民主党が政権をとったらドル建ての米国債を買い控え、円建ての米国債を買うようにすると、英国BBCの取材に対して話した。円建て米国債なら、日本は円ドルの為替リスクを負わずにすむ。BBCは、この中川の要求は、中国人民銀行の対ドル懸念と同根のものであると報じている。 (Japan 'would avoid dollar bonds'

 とはいえ、挙国一致で対米従属の日本国では、ドルに対する懸念表明はタブーである。中川氏にはすぐに党内外から強い圧力がかかったらしく、その後のブルームバーグ通信の取材に対して中川氏は、円建て米国債の購入というのは選択肢の一つにすぎず、しかも個人的な見解にすぎないと、大幅に発言を後退させた。米国という王様が裸だと素直に言うことは、わが国の公式な場では許されていない。日本は、米国債やドルを抱えたまま大損失を被り、いずれ損失が確定した後になって、政治家やマスコミは、なぜ政府は米国の衰退に気づかなかったのかと騒ぎ、国民の多くも、その茶番劇を真に受けて憤るのだろう。 (Samurai-ed: Japan `would avoid dollar bonds'

 ここ数週間、米国債の金利が上昇傾向にあり、ドルと米国債に対する信頼が揺らいでいる観がある。FT紙には最近また、ドルの危険性を示す、以下のような論文が出た。「米政府はメディケア改革など、財政赤字を減らす本質的な努力を先送りしてきた。このままではドル(米国債)はいずれ今の最優良格付け(トリプルA)を失う」「債券のリスクを価格化したCDSの相場は、マクドナルドの社債より米国債の方がリスクが高くなる局面も出てきた」「米国はすでに11兆ドルの財政赤字と45兆ドル($45,000bn)の簿外債務(収入手当のないまま支出増が確定し、将来赤字の顕在化が必須のメディケアなど社会保障関係の潜在赤字のことらしい)を抱え、現状でも米国債がトリプルAを維持しているのは不思議だ」 (America's triple A rating is at risk

 この論文は、今後オバマ政権が提案するメディケア改革の議論の第一弾としての危機感醸成なのかもしれないが、米国債がいずれトリプルA格を失う可能性が高まっているのは事実だ。米国債がトリプルAを保っているのは、主要な格付け機関がすべて米英系の企業で、米英の都合にあわせた格付けをしているからにすぎない。

【続く】



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