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維持される北朝鮮・イラン敵視策

2008年6月5日   田中 宇

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 核兵器開発疑惑をめぐる、北朝鮮とイランに対するアメリカの敵視戦略が、崩壊寸前の状態で延命している。北朝鮮に対してブッシュ政権は、表向き強硬な姿勢をとりながら、実際には、北朝鮮側が核開発を放棄していないのに米側だけが一方的な譲歩を続け、同時に中国の朝鮮半島に対する影響力の増大を容認する政策を展開してきた。(関連記事

 イランに対してもブッシュ政権は、表では「武力行使も辞さず」の強硬姿勢をとり続けているが、その一方で、昨年末には「実はイランはすでに核兵器開発をやめている」とする諜報報告書(NIE)を発表し「イランは核兵器を開発している」という米欧の主張自体が濡れ衣であることを露呈させ、ロシア、中国やイラン周辺のイスラム諸国がイラン擁護を強めることを誘発した。アメリカは今春には、米軍占領下のイラクで、米傀儡のイラク政府軍と、シーア派ゲリラの内戦の仲裁にイランが入ってくることを容認し、イラクにおけるイランの影響力拡大を黙認している。(関連記事

 ブッシュ政権は、北朝鮮やイランを強化するような、自滅的、重過失的な失策を、継続的に繰り返してきた。その結果、北朝鮮は30キログラムのプルトニウムを持ったまま、米政府から「テロ支援国家」の指定を解除されそうになっている。他方イランは、核兵器開発していないことをイスラム諸国などに認めてもらえるようになり、EU諸国でもドイツやスイスなどが、イランとの関係強化を検討する状態になっている。(関連記事

▼しぶとい「軍産英イスラエル複合体」

 私は、イラク占領の泥沼が確定した2004年ごろから「ブッシュ政権は、北朝鮮やイラン、中国、ロシア、ベネズエラなどを、稚拙なやり方で敵視しすぎることによって、これらの反米・非米的な国々を結束させて強化し、欧米中心の国際政治体制を、より多極的な体制に移行させようとしているのではないか。従来の欧米中心体制下で抑制されてきた非米諸国の経済成長を、多極化によって誘発し、世界経済の全体としての成長を持続させたいニューヨークの大資本家たちが、政権を動かすチェイニー副大統領らに、隠れ多極化戦略を採らせたのではないか」と考えてきた。(関連記事

 ブッシュ政権が、表層的な強硬策のやりすぎの結果、北朝鮮やイランに対する敵視戦略が崩壊寸前となり、同時に中国やロシアなど非米的な大国(BRIC)の国際政治力が増している現状は、まさに、ブッシュ政権が隠れ多極主義であることを象徴していると私には思える。(関連記事

 しかし同時に、最近見えてきたもう一つの兆候は、多極化にともなって影響力を減退させられそうな米英中心主義の勢力の方も、意外としぶといということだ。彼らは、ブッシュ以前から続いてきた北朝鮮やイランに対するアメリカの敵視策が今後も何とか維持されるよう、北朝鮮やイランが国際的に許されることを防ぐ敵視延命策を打ち、米中枢の隠れ多極主義者に対抗している。

 米英中心主義勢力の主体は、軍事産業、イスラエル、イギリスである。「軍産英イスラエル複合体」と呼びうる。彼らは以前には、冷戦構造によって世界の多極化を防いでいたが、隠れ多極主義のニクソンとレーガンという2つの政権によって、対中国・対ロシアの冷戦を終わりにさせられてしまい、それ以来、米中枢の暗闘が現在まで続いている。

 米英中心主義と多極主義の暗闘は、財政金融の分野でも展開されている。昨夏以来の金融危機に際し、ブッシュ政権は米連銀(FRB)に、急な利下げを実施させたりして、必要以上に投資家の危機感を煽り、今年3月には米金融界は、債券破綻防止のメカニズムである、残高62兆ドルのクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の市場が、投資家相互の不信感から全崩壊しそうな状態にまでなった。(関連記事

 だが、そこで延命策が発動され、CDS全崩壊の原因になりそうだった投資銀行ベアースターンズの倒産を回避する救済策が打たれ、金融崩壊は防がれた。米中枢の隠れ多極主義者がこっそり自滅策を展開していることに気づいた米英中心主義者が、対策を講じたように見える。それ以来、米金融界は一応の安定をしている。

▼イスラエルに逃げられ北朝鮮買収策は失敗

 北朝鮮に対するブッシュ政権の隠れ多極主義戦略の最新版は、4月8日にシンガポールで行われた米朝協議で締結された米朝合意に集約されている。合意は、北朝鮮が(1)過去にどのくらいのプルトニウムを製造したかわかるよう、寧辺原子炉の運転記録をアメリカに渡す、(2)シリアに核兵器技術を供与したことを、6者協議の場で認める、という2点を実行する見返りに、アメリカは北朝鮮を「テロ支援国家リスト」から外し、この制裁解除によって国際社会が北朝鮮と経済関係を持てるようにする、という交換条件だった。(関連記事

 北朝鮮がシリアに核技術を供与したというアメリカの主張は、それ自体がおそらく濡れ衣である。ブッシュ政権(チェイニー副大統領ら)は、イスラエルとシリアとの戦争を誘発し、イスラエルを潰すことで、多極化に抵抗している「軍産英イスラエル複合体」の頭脳を破壊しようとしている。

 イスラエルや在米ユダヤ人の中でも、シオニスト右派(リクード右派)は非常に好戦的で、彼らはシリアを戦争によって、イラクのように政権転覆することを提唱してきた。右派の中には、シオニスト(ユダヤ民族主義者)のふりをした多極主義者(ユダヤ資本家)の手先が、二重スパイ的に混じっているのではないかと疑われるのだが、チェイニーらはこのシオニスト右派を扇動し、シオニスト右派系の在米政治圧力団体であるAIPACなどを使って、イランと並んでシリアへの敵視を煽り、米政界をブッシュ政権のやりすぎの過激戦略に賛同させてきた。

 しかしその一方でイスラエルには、右派の超過激戦略によってイスラエルが自滅的に潰されかねないと考える現実派も強い。イスラエル政府(オルメルト政権)の中枢にいるリブニ外相ら現実派は、チェイニーら米政府の反対を押し切り、トルコに仲裁を頼んで、シリアとの和解交渉に入っている。4月8日に米朝合意が締結され、北朝鮮がシリアに核技術供与した話が大々的になりそうになった後、イスラエル政府は5月21日に、シリアとの和平交渉を公式に発表した。リブニらは、シリアと戦争する気がないことを世界に表明し、チェイニーらのイスラエル潰しを抑止した。(関連記事

 イスラエルがシリア敵視を続けていたら、シリア敵視の代わりに北朝鮮を許すという今回のブッシュ政権の北朝鮮政策は、米政界にいる米英中心主義、「軍産英イスラエル複合体」系の議員から支持されていただろうが、イスラエルがシリア敵視を歓迎しなくなったため、米政界の風向きが変わった。

▼テロ支援国家リストからの削除への反対と賛成

 北朝鮮が許されてしまうと、東アジアに米軍が駐留し続ける意義が薄れ、軍産複合体に不利益だ。アメリカが北朝鮮敵視を減じたら、その後の朝鮮半島では中国の影響力が強まり、「欧米日が中露を包囲する」という、冷戦型のイギリス好みの地政学的支配戦略から見ると失敗になる。北朝鮮を許すことは、軍事産業もイギリスも反対だから「軍産英イスラエル複合体」である米英中心主義者は、4月8日の米朝合意そのものを無効にしようとした。

 米議会では「大統領がテロ支援国家リストからある国を外そうとする時には、政府代表が議会に来て説明し、議会を納得させてからでなくてはならない」という、法律の新条項が用意された。テロ支援国家リストは従来、米政府が議会の承認なしに発表してきたので、北朝鮮をリストから外すことを議会が阻止するには、新条項が不可欠だった。(関連記事その1その2

 これに対抗するかのように、多極主義者の側を擁護する論調も米マスコミに出てきた。北朝鮮は、1980年代に大韓航空機を爆破するテロ事件を起こして以来、テロ支援をしていない。北朝鮮が、1970年の「よど号ハイジャック事件」の犯人たちを平壌に住まわせていることについては、すでに米政府は「テロ支援」の範疇から外している。アメリカが北朝鮮を非難している点は、テロ支援ではなく、核兵器開発であり、北朝鮮がテロ支援国家リストに載り続けていることは適切な判断とは言えない、という主張が出てきた。(関連記事

 米政府は従来、北朝鮮はプルトニウム型の核兵器開発だけではなく、ウラン濃縮型の核兵器開発も行っていると主張してきた。4月8日の米朝合意は、プルトニウム型のみを問題にし、ウラン型には全く触れていない。このため米政界では「ウラン型の核開発を黙認している米朝合意は無効だ」という主張も出てきた。

▼自供を撤回した「核の父」

 これに対抗して、多極主義者の側が画策したと思われることがある。それは、以前に「北朝鮮にウラン型核開発のノウハウを提供したのは私です」と自供した、パキスタンの「核兵器の父」アブドル・カディール・カーン博士(パキスタン核兵器開発の中心人物)が最近、自供を撤回したことだ。

 カーン博士は2004年2月、おそらくアメリカの要請を受けたパキスタン政府からの強要によって、パキスタンのテレビに出演して「私は、北朝鮮、イラン、リビアに対し、ウラン型核兵器開発技術を売りました」と自供した。その後カーンは、パキスタン政府によって軟禁状態に置かれた。(関連記事

 カーンに対する軟禁状態は、最近になって緩和され、5月末、4年ぶりに欧米の記者記者と会見した。そこでカーンは、イランとリビアに対しては相手国の要請に応じて核開発を支援したことを認知したものの、北朝鮮に対しては核開発を支援したことはないと否定した。

 カーンによると、北朝鮮はプルトニウム型の核開発しか行っておらず、それはソ連に留学していた北朝鮮人核科学者たちによって行われ、高い水準にあるので、北朝鮮はウラン型の核開発を必要としていなかったという。パキスタンはむしろ情報を買う側で、北朝鮮からミサイル開発技術を買ったことがあるという。(関連記事

 カーンは「04年の自供は、パキスタン政府に強要されて行ったものであり、事実ではない」と主張した。カーン発言は従来、北朝鮮がウラン型の核兵器開発を行ったとするアメリカの主張の根拠になってきた。それが揺らぎだした。(関連記事

 ところがその一方で、これに再対抗する米英中心派の動きを思わせる、別の新しい話も出てきている。それは、昨年末に暗殺されたパキスタンの元首相ベナジール・ブットが、1993年に北朝鮮を訪問した際、コートのポケットの中に、ウラン濃縮に関する情報を詰めたCDROMをしのばせて、それを北朝鮮側に渡し、見返りに、北朝鮮が持つミサイル開発の情報を詰めたCDROMをもらって帰ってきたという話である。この話は、ロンドン在住のジャーナリストが最近インドで出版した「Goodbye, Shahzadi(さよなら、お姫様)」と題するブットについての本に書いてある。(関連記事

 この話が事実だとしたら、たとえカーン博士が北朝鮮にウラン型核開発の技術を教えていなかったとしても、カーンの知らないところでブットから北朝鮮に技術供与がなされており、北朝鮮はウラン型核兵器開発をなしえたことになる。しかし、この話が事実である確証はない。本の筆者は02年にブット自身からこの話を聞いたというのだが、ブット本人が昨年末に殺されてしまった以上、確認は難しい。「死人に口なし」という言葉を想起させる。

▼「ライスとヒルが勝手にやったこと」

 甘い条件で北朝鮮を許そうとするブッシュ政権のやり方を潰す動きは、政権の「元担当者」からも出ている。03年にブッシュ政権内のタカ派から圧力を受けて辞めるまで国務省の北朝鮮担当だったジャック・プリチャードは、4月末に平壌を訪問し、現在も北の核交渉の担当者である金桂冠外務次官ら北の高官と会った。

 そこで北朝鮮側はプリチャードに「米朝合意に基づき、寧辺原子炉からのプルトニウム抽出工程については、米側にすべての情報を提供しているが、抽出したプルトニウムを核弾頭に加工する工程や、すでに何発の核弾頭を持っているかということについては、米側に伝える義務はない。アメリカは、わが国を核保有国として容認するしかない」「ウラン型核開発はやっていない」と述べたという。(関連記事

 プリチャードによると北側は「シリアに核技術を供与したことはない」とも述べた。これは、ブッシュ政権は議会の反対を受け、北朝鮮をテロ支援国家リストから除外することができなくなり、4月8日の米朝合意の前提が崩れたので、北朝鮮も、シリアへの核技術供与(という濡れ衣)を容認することはしない、という意味だろう。プリチャードは、ブッシュ政権の稚拙な交渉手法を批判している。

 これに対し米政府は、プリチャードが国務省を辞めた後、韓国系のシンクタンクに雇用されている点を突き「彼の発言は、米朝合意に不満な韓国の李明博政権の意を受けた、政治色の強いものだ」と反論している。(関連記事

 プリチャード以外にも、米政界では現在の対北朝鮮政策に批判的な勢力が拡大しており「ライス国務長官と、ヒル国務次官補が、他の関係機関に全く相談せず、北朝鮮との交渉を勝手に進めている」という批判が出ている。(関連記事

 ヒルは、北朝鮮問題に関してブッシュ大統領と一対一で会えるほど、ブッシュから信頼されているとされるが、それをやっかんでか「ヒルは、手柄を立てたくて暴走している」という見方も出ている。ヒルは、中国とは良く相談して北朝鮮問題を進めているが、6者協議の進展を歓迎しない日本には事後報告が多く、日本政府内でもヒルは嫌われている。(関連記事その1その2

▼米朝合意を歓迎しない日韓

 ヒルは「間もなく北朝鮮は核開発事業の破棄が終了したことを宣言し、6者協議が進展する」と言い続けているが、韓国政府は「北朝鮮側は、破棄の作業を終えつつあるが、米側の準備ができていない」と言っている。「米側の準備」とは、表向きは、北から受け取ったプルトニウム抽出工程の過去の情報の分析に時間がかかっていることを指しているが、実際にはそうではなく、米政界で北朝鮮をテロ支援国家リストから外すことに反対する意見が多く、米政府は北をリストから外す政治決定ができないでいる、ということだ。(関連記事その1その2

 ブッシュ政権が北朝鮮をテロ支援国家リストから外せないまま今年が終わり、現政権下では北朝鮮問題の解決はできないだろう、という予測も出てきた。(関連記事

 北朝鮮は苛立ち、短距離ミサイルを試射してみたり、北朝鮮の船が、韓国との間で未解決になっている黄海上の南北の国境線を超えて南進する国境侵犯を挙行したりしている。(関連記事

 前政権では北朝鮮に寛容で、米政権の多極化戦略に同調していた観があった韓国政府も、今年2月に李明博政権になってから一転して、米英中心の世界体制の維持を望むようになった。韓国政府は最近、北朝鮮が核開発を放棄したら、韓国は北を経済支援し、10年後には北朝鮮の一人当たりGDPを今の3倍の3000ドルにしてやるという「ビジョン3000」という構想を発表した。(関連記事

 これは一見、韓国が北朝鮮を支援する構想に見えるが、実際には、北が嫌う「開放」が中心概念に据えられており、北が拒絶することを見越して作られた構想である。韓国新政権がこの構想を見せたい相手は、北ではなくアメリカである。李明博はブッシュ政権が望む北朝鮮支援策を作ることで、米韓関係を改善したい。だがその一方で、南北関係が好転しすぎてアメリカが政治的・軍事的に韓半島から撤退することを誘発するのは嫌だ。李明博は、対米従属の継続を希求している。それで、表向きは北朝鮮支援策だが、実際には北の拒絶を誘発するキーワードをちりばめたビジョン3000が作られた。

 韓国では、従来は在韓米軍が持っていた韓半島有事の際の指揮権を、2012年4月に韓国軍に委譲するための準備期間が、今年4月から始まっている。在韓米軍のグアム島への撤退が始まり、グアム島の軍人人口が急増し、地価が高騰したり、行政サービスに負担がかかり、地元市長らが連邦政府に助けを求める状況になっている(沖縄の海兵隊のうち8千人も、グアムに移転している)。有事指揮権の委譲は既定のことで変えられないが、在韓米軍の撤退を何とか防ぎたい李明博政権としては、北朝鮮問題の解決をできるだけ先延ばししたい。(関連記事その1その2

 対米従属を続けたいので北朝鮮問題の解決をこっそり妨害するやり方は、日本政府も同じである。ブッシュ政権は、拉致問題を口実に6者協議への協力を渋っている日本の態度を変えさせようと、5月末に北京で行われた米朝交渉で、日本人拉致問題について北朝鮮側と話し合ったようだと報じられた。日本側に知らされていない拉致被害者の日本人がまだ北朝鮮に住んでいることを、北がアメリカに対して認知したという話も出てきた。(関連記事

 アメリカが拉致問題の新たな「解決案」を考え出し、北朝鮮の了承を取り付けた上で、日本に対し「これが解決策だ。これが実現したら日朝の国交を正常化せよ」と圧力をかけてきたら、日本政府にとっては大迷惑だ。日本政府は、拉致問題を本気で解決したいのではなく、拉致問題を理由に日朝の敵対をできるだけ長引かせ、それによって対米従属を維持したい。アメリカに拉致問題を解決されては困る。

 日本政府は、拉致問題以外の「外交防波堤」も準備しておく必要を感じたらしく、5月末、北朝鮮が核弾頭やミサイルを破棄しない限り、北朝鮮が6者協議で定められた核廃棄を実行したとはみなせない、と表明した。4月8日の米朝合意は、日本にも拒否されたことになる。

▼北朝鮮は核弾頭を作れていない?

 北朝鮮の核問題は、前任のクリントン政権の末期(2000年)に解決寸前まで進んだが今一歩のところで解決せず、現ブッシュ政権になってゼロからのやり直しとなり、再び政権末の今年、解決寸前まで進んでいるが、またもや解決せずに終わる可能性が増している(まだ、任期末までにもう一回ぐらい、解決を目指す新たな画策が米政権内から起きるかもしれないが)。(関連記事

 しかし同時に言えることは、この間の米朝交渉とその周辺の動きの結果、北朝鮮の核開発の全容がしだいに明らかになり、北朝鮮は核弾頭を持っていない可能性が増していることである。寧辺原子炉からプルトニウムが抽出されたことは確認されたが、作ったプルトニウムは約30キロだったことが、北が米に渡した過去の工程記録からわかった。30キロという数字は、昨年11月の米朝交渉で北が米に伝えた数字と同じであり、北は本当のことを言っていたことになる。(関連記事その1その2

 北がプルトニウムを使って核弾頭を開発できたかどうかについては、06年10月に行われた北の地下核実験が不成功に終わっているため、開発が成功していない可能性が高い。核実験の不発は、起爆装置の正確な同期に失敗し、核反応がほとんど起きなかった結果であろうが、このことから、北はまだ核弾頭を持っていないのではないかと疑われる。

 ウラン濃縮型の核開発については、カーン発言が撤回され、その他の根拠も曖昧なことから、実施されてない可能性が高い。ブッシュ政権が主張してきた「悪の枢軸」諸国の核兵器開発疑惑のほとんどはウソないし誇張であることから考えて、北がウラン型の核兵器開発をしているという米側の主張も、まずは眉唾を前提に考えた方が良い。北からシリアへの核技術供与も同様である。

 日本ではここ数年、北朝鮮を「悪」と描く姿勢が、政府やマスコミに充満し、北について客観的な分析を試みる前に、まず「善悪」の観点で「悪」だから「核兵器を持っているに違いない」「日本を攻撃してくるに違いない」「交渉しても金をむしられるだけだ」という結論に直結してしまう傾向が非常に強い。しかし、現実の国際政治の動きを詳細に見ると、北朝鮮が核兵器を持っている可能性はしだいに減っている観がある。

 米政府は昨年「北朝鮮政府は、国連機関である国連開発計画(UNDP)から受け取った援助資金を、定められた用途以外に流用している」と批判し、北朝鮮制裁の一助にしようしたが、それについても最近、国連の調査の結果、米政府の主張は事実無根との結論が出ている。(関連記事

▼朝鮮半島の非米化

 国際社会では、北朝鮮の核開発の解明より一足先に、イランの核開発についての全容がIAEAによって把握され、その結果、イランは核兵器を開発していない可能性が高まっている。しかし、その一方でアメリカ(米英イスラエル)は、北朝鮮に対してもイランに対しても「核兵器を開発している」「核兵器開発の意志がある以上は脅威だ」と言い続け、米英の主張に押され、国連も北朝鮮やイランを許せない状況が続いている。

 国際社会において、これまで漠然と「核兵器開発しているに違いないから極悪だ」と考えられてきた北朝鮮とイランは、しだいに核開発の実態を明らかにし、その結果「以前は核兵器を開発していたかもしれないが、今はやっていないようだ」「プルトニウムは持っているが、核弾頭を作れていないのではないか」など「極悪」というほどの脅威ではないということがわかってきた。

 しかしその一方でアメリカは「極悪に違いない」という路線を変えず、アメリカの影響下にあるG7諸国の政府もこの路線から出られない。米英日のマスコミも、政府からのプロパガンダ要請を受けて「極悪」路線を変えない。米政府が態度を変えない限り、北朝鮮やイランは、実際には大して(イランの場合は全く)悪くないのに、極悪とみなされる事態が続く。この「冤罪」「濡れ衣」的な状況が長引くほど、イランや北朝鮮と経済面で関係を持ちたい国々や企業は、アメリカの反対を無視して、イランや北朝鮮に接近する傾向を強める。

 特にイランの場合、石油や天然ガスが豊富なので、米英イスラエルがいくら脅しても、中国やロシア、インド、欧州などのエネルギー関連企業がイランに接近するのを止められない。この傾向は今後、強まり続ける。

 北朝鮮は資源が少ない(レアメタルなどは存在するが、大騒ぎするほどのものではない)ので、経済的な理由で接近してくる遠方の国は少ない。だが半面、北朝鮮は、韓国と中国という、経済成長で豊かになった国と接している。中国も韓国も、北朝鮮が不安定になると非常に困る。

 アメリカは、北朝鮮と国交を正常化せず、かといって「政権転覆」にも乗り出さない中途半端な状態を続けそうだが、この状態が続くほど、韓国と中国が、北朝鮮に支援や干渉をして安定化を維持することが重要になる。北朝鮮にとって最も重要なことが、従来の「アメリカとの国交正常化」から「中国や韓国との関係維持」に変わっていく。朝鮮半島の安定は、アメリカによってではなく、中国・韓国・北朝鮮・ロシアという、地元の国々によって守られる体制になる(日本は当面「対アジア再鎖国」を脱しそうもない)。

 アメリカが北朝鮮との国交を正常化しないことは、むしろ、アジア人がアジアのことを切り盛りするという、多極化の状態を誘導する。アメリカが北朝鮮との国交正常化を拒み続けることは、冷戦型の米英中心主義の維持につながると思われがちだが、現実はむしろ逆だ。

 朝鮮半島におけるアメリカの覇権を守るには、アメリカは中露を含めた6者協議ではなく、米朝直接交渉のみで、北朝鮮を核廃棄に向かわせ、その見返りに米朝国交を正常化するという、クリントン政権時代のやり方が正しかった。ブッシュ政権は、クリントンが途中までやった米朝交渉を放棄し、代わりに中国に朝鮮半島の覇権を移譲してしまう6者協議を行った。今後、米朝の国交が正常化してもしなくても、朝鮮半島はアメリカの傘下から抜けて中国の傘下に入っていくだろう。

 4月8日の米朝合意の具現化失敗が明らかになる一方で、次の動きとしてブッシュ政権は最近、北朝鮮の核廃棄の過程をIAEAがモニターするという、新たな計画を出してきた。IAEAは近年、イランの核開発疑惑に対する検証の過程で、米英から圧力をかけられても曲がらず「イランは核兵器を開発していない」とエルバラダイ事務局長が明言している。北朝鮮はIAEAの調査を受けることを歓迎しているが、それはIAEAがアメリカから着せられた濡れ衣を晴らしてくれるかもしれないからだろう。アメリカは、北朝鮮とIAEAとの交渉を仲裁する役目も、中国に任せている。(関連記事



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