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アメリカの戦略を誤解している日本人

2005年11月29日  田中 宇

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 前回の記事では「米軍は日本から撤退している」「米軍の撤退に対応するため、小泉政権は、憲法を改定し、自衛隊を強化しようとしている」「日本国内に憲法を改定できる雰囲気を作るため、小泉首相は靖国神社に参拝している」といった分析を展開した。私は、ふだんは日本の政界の動きをウォッチしていないのだが、前回の記事を書いたので、政界での憲法改定の動きを少し調べてみた。すると、興味深いことに気づいた。小泉政権は、憲法改定のプロセスを進めることに対し、ものすごく急いでいる、ということである。

 象徴的なことの一つは、自民党で憲法改定の作業を進めている憲法起草委員会が、中曽根康弘元首相がとりまとめた憲法前文の草案を、全く採用しなかったことである。中曽根氏は、憲法起草委員会のメンバーで、前文について議論する小委員会の委員長をしていた。中曽根前文は「日本国民はアジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に、天皇を国民統合の象徴としていただき、和を尊び・・・」といった、日本人の愛国心や郷土愛を喚起するもので、自民党内の保守派が好む言い回しを集約した文章になっている。

 自民党内からは、この前文に対する異論もあり、中曽根案をたたき台として、ある程度の時間をかけた議論が行われるものと予測されていた。ところが小泉首相の意を受けて動いていた憲法起草委員会の中心メンバー(事務局次長)である舛添要一参議院議員らは、中曽根前文をほとんど採用しない憲法草案を作り、10月28日に起草委員会として決定・発表してしまった。(関連記事

 舛添氏は「中曽根前文は復古的な内容で、公明党や民主党が憲法改定に賛成できなくなってしまうから削除した」という主旨の説明をしている。公明党と民主党が賛成すれば、憲法改定を発議するのに必要だと憲法96条で定められた国会の「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」が得られる。一方、中曽根氏は、議論が全く行われなかったと怒っている。小泉氏は、自民党内である程度の議論を行ってから公明・民主を抱き込む、というプロセスを経るだけの余裕がなかったことになる。(関連記事

▼性急な在日米軍撤退に待ったなしの憲法改定

 憲法草案は、前文以外の部分でも、公明・民主を抱き込めるようになっている。草案は9条について「戦争放棄」を定めた9条1項を現行憲法どおりに残す一方、「戦力の不保持」と「交戦権の不認」を定めた9条2項のみを改定し「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」を「内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する」と改定することにしている。

「戦争放棄」を削除すると、多くの国民の支持が得られなくなり、公明・民主も同意しにくいが、2項の変更だけの場合、交渉の余地が大幅に広がる。この点についても舛添氏らは、自民党内に9条1項の削除や改定を求める声があったのを無視して草案を決めている。

 また自衛隊が昇格させて作る正規軍の名称も、党内には「国防軍」にしたいという主張があったが、公明・民主を抱き込めるよう「自衛軍」とした。

 舛添氏は、党の会合で「今回の憲法改定は、9条2項を変えることに尽きると言っても良い」と説明している。つまり、自衛隊の存在を正規軍として憲法に明記することが今回の憲法改定の目的であり、それを実現するためには、自民党内のいろいろな主張につき合うことより、公明・民主を抱き込んで国会の3分の2の賛成を得ることの方がはるかに重要だ、というわけである。

 憲法とは、国のかたちを言葉にしたものである。本来なら、新しい憲法を作る際には、前文をどうするかとか、戦争に対する考え方をどうするか、といった「精神論」や「あるべきだ論」の議論が重要になる。その意味で「精神論が抜け落ちている」という中曽根氏の小泉批判は正しい。

 なぜ小泉政権は、与党内の反対を独裁的に抑圧し、急いで自衛隊を正規軍に格上げせねばならないのか。私なりの答えは、先週すでに書いた。「米軍が日本から撤退するから」である。

 イラクが泥沼化するまで、日本からの米軍の撤退は、もう少し時間をかけて行われる予定だったのかもしれないが、今の米軍は、予算面でも人員面でも、全く余裕がない。アメリカ国防総省は議会から予算削減を求められているし、全米で行っている新兵募集も、必要数に満たない応募しか得られない状態が続いている。そのため世界的な米軍の再編(効率化)は待ったなしの状態だ。

 10月には、性急な軍事再編に協力できない日本政府の姿勢に苛立つラムズフェルド国防長官が、東アジア歴訪の際、日本政府を牽制する意味を込め、予定を変更して、日本だけ立ち寄らなかった。米軍が一方的に在日米軍の空洞化を進め出している中で、小泉政権としては、早く自衛隊を正規軍に昇格させる憲法改定を実現せねばならない状態に追い込まれている。中曽根氏らの悠長な精神論議につき合っている暇はないというわけだ。(関連記事

▼対米従属ではなく裁量増大を目指したアーミテージ・レポート

 米軍が日本から出ていくという表明はすでに、日本の官僚や専門家らの間で、ブッシュ政権の対日政策の要諦とみなされている2000年の論文「アーミテージ・レポート」に書かれている。この論文には「アメリカは、戦力を低下させない範囲で、日本における米軍の駐留を削減していくことを目指すべきである」と書かれている。(レポートはこちら

 この論文は、ブッシュ政権が誕生した2000年の大統領選挙を前に、共和党のリチャード・アーミテージ(前国防次官)と、民主党のジョセフ・ナイ(元国防次官補、ハーバード大教授)らが中心となり、次の政権の対日政策の草案として超党派でまとめたもので、アメリカでは「アーミテージ・ナイ・レポート」(Armitage-Nye Report)と呼ばれている。

 この報告書は、アメリカを転換させた911やイラク戦争の前に書かれたものだ。911後、米政権内では「タカ派」が強くなり「国際協調派」であるアーミテージやナイの影響力は低下した観がある。それを考えると、911前に作られたアーミテージ・レポートは、もはや過去の文書とも思える。

 ところが日米の間で実際に起きていることを見ると、軍事問題に限るなら、このレポートで提案されている「沖縄の在日米軍を縮小すべき」「日米は、軍事施設の共用化や、訓練の合同化を進めるべき」「日米は、ミサイル防衛の分野で協力を深めるべき」といった事項は、今も貫かれ、実現されている。

(この論文の提案の中でも「日米共同でロシアの極東開発を支援すべきだ」といった外交面の提案などは、実現していない)

 日本人の多くは、このレポートに込められた戦略は「アメリカが日本を、従来の経済面だけでなく、軍事面でも、アメリカの好きなように使える下請け的存在に変え、アメリカのために日本が派兵する状態を作ろうとしている」というもので、日本に対米従属の永続を強いるものだと考えている。ところが私が読み解くところでは、この理解は間違いである。この論文には「日本はアメリカに従属するのではなく、対等な同盟関係に近づくべきだ」と書かれている。

 国際社会から「危険な国」とみなされていた敗戦後の日本は、軍事・外交の権限を持たせてもらえず、代わりにアメリカが日本に軍事駐留し、安全を保障してやっていた。しかし、この状態はアメリカの負担が大きい。もう日本を信頼しても良い時期に来ているので、アメリカは日本に軍事的・外交的な自由裁量を与え、防衛技能を日本に教えるための施設共用のプロセスを経たうえで、米軍は出ていくべきだ、というのがアーミテージ・レポートの精神であると読みとれる。

▼アメリカの外交負担軽減のための多極化

「しかし、それはあくまでも、日本が対米従属の態度を崩さない限り、という制限がついているのではないか」と考える人もいるかもしれない。ところがアーミテージの論文では、日本政府が1997年のアジア通貨危機の際、アメリカを含まない「アジア版IMF」を作る構想を打ち出したことを例に挙げつつ「アメリカは、日本が(日米2国間ではなく)多国間協調的な外交を展開することを、自国のアイデンティティとして重視していることを、理解し認めてやるべきだ」と書いている。

 論文執筆の中心人物の一人であるジョセフ・ナイは最近、アメリカ抜きの東アジア共同体を作ることを目指した、今年12月に開かれる「東アジア・サミット」について「アメリカの外交負担を軽減するために役立つので、アメリカは自国抜きのアジア共同体の出現を容認すべきだ」と書いている。(関連記事

 アーミテージ・レポートの精神は「日本に対する対米従属の強化」「アメリカによる世界支配の強化」とは逆方向で、むしろ「アメリカだけが背負ってきた外交負担を分散できるバーデンシェアリングの利点があるので、ある程度、世界が多極化した方が良い」「アメリカの意向を気にせず、日本も自由に国際影響力を拡大してかまわない」という姿勢だと感じられる。

 冷戦後、アメリカは日本だけでなく、西欧諸国に対しても、大幅な自由裁量の拡大を認め、東西ドイツが統一してドイツが強国になることを容認し、西欧諸国が市場統合や通貨統合を進め、EUがアメリカに対抗できる勢力になることを黙認した。これらはいずれも、アメリカにとって自国の覇権の負担を軽減する意味があったと感じられる。EUはアメリカの容認を受けて覇権を拡大したが、対米従属の方が心地よい日本は、ほとんど姿勢を変えなかった。

▼日本の反中国は黙認しつつ米は親中国

「アジア版IMF」は日本の提唱である一方、「東アジア共同体」は中国が主導である。「アメリカは日本のことは信頼しているが、中国のことは信頼していないはずだ」と考える人が多いかもしれない。

 ここで、私が日本人の2つ目の誤解だと思っていることが表れてくる。日本人の多くは「アメリカは中国の台頭を許さないはずだ」と考えているが、私から見ると、それは間違いである。アメリカは、中国の台頭を黙認している。米政界に、反中国派が存在しているのは確かだが、レーガン、パパブッシュ、クリントン、息子ブッシュと、歴代の米政権は、中国の大国化を容認する方向に動き続けている。

 それなら、アメリカは小泉首相の靖国神社参拝に反対なのか、というと、そうでもない。アメリカは、自国は親中国の傾向を強める一方で、日本が反中国の姿勢をとることは容認している。アーミテージ・レポートでは、この件に関してただ一点「日本が尖閣諸島を含む自国領土を防衛することに、アメリカは協力することを再宣言すべきだ」と書いている。

 私はこの部分に「日本が尖閣諸島を自国領だと主張して中国との対立を激化させることを、アメリカは容認する」という意図があるのではないかと感じた。日本がアメリカに頼らない防衛力を持つために国内のナショナリズムを扇動する必要があるなら、尖閣でも靖国でも、何でも使って良いとアメリカは認めますよ、ということではないかと思う。

 日本では、今年2月の日米の「2+2協議」で、台湾海峡の問題を平和的に解決することが日米の共通目標であると初めて両国が表明したことをもって、日米が共同で中国を封じ込める姿勢を強めたと解釈されている。しかし2+2協議後、ライス国務長官が、台中対立の問題に対してアメリカは立場を変えていないと強調し、中国を刺激せぬよう配慮する姿勢を見せるなど、米側は「日本と組んで中国を封じ込める」という動きを採りたがっていないというメッセージを発した。(関連記事

「日米が協力して中国を封じ込める」という構図作りは、憲法改定など米軍撤退に応じた新しい措置を行う必要がある日本政府が、日本国民を好戦的な方向に引っ張っていくために発したイメージ戦略(プロパガンダ)であろう。日本人の大多数は、これに乗せられている。台湾でも「独立派」の人々は、この新構図の登場に歓喜したが、その後、台湾上層部の人々は、この構図は幻影であって本物ではないと分かったらしく、陳水扁政権は、独立派からも統一派からも距離を置く中間路線を維持している。

「日米で中国と敵対する」というのと同様に「アメリカは日本に従属を求め続けている」というプロパガンダを発しているのも日本政府、特に外務省である。外務省は戦後、一貫して対米従属の外交だけをやってきたので、対米従属以外の国是に対応できない。「鎖国」だけをやってきたので、黒船が来ても「外交」ができなかった江戸幕府の家臣たちと同じである。

▼911で方針の大転換

 アーミテージ・レポートは日本に対米従属を要求していないが、日本が親米を貫く続く前提で書かれていることは確かである。レポートは「日米関係を米英関係のようにすることが目標だ」と書かれている。

 冷戦後のアメリカは、日本や西欧が親米国であり続けることを前提に、親米の先進国がG7などの場に集まり、集団的に世界を統治し、外交や軍事の負担も分散するという「国際協調戦略」を採っていた。アメリカは「人権」「民主」「環境」など、人類にとって普遍的な権利とされるキーワードを使い、それを守るといううたい文句で、日欧など先進諸国を束ねようとした。

 だがこの方針は、2001年の911事件から03年のイラク侵攻にかけて、ブッシュ政権が掲げた「単独覇権主義」に取って代わられた。「アメリカは世界最強なのだから、単独で世界を動かせる。どこの国とも同盟関係を結ぶ必要はない。反逆する国は、アメリカ単独で先制攻撃して潰す」というのが新方針となった。

 この新方針は世界を驚かせ、独仏などは反米傾向を強めたが、外務省など日本政府は「対米従属でない国は潰される時代が来たのだ」「われわれの方針に間違いはなかった」と考えたようだ。ところがその後アメリカは、短期間に快勝できるはずのイラク侵攻が泥沼化し、軍事力と財政力を浪費したうえ、開戦事由としたイラクの大量破壊兵器について米高官たちがウソをついていたことが明らかになり、国際的な信用も失ってしまった。

 さらに奇怪なことに、ブッシュ政権は、イラク戦争の失敗が露呈した後も単独覇権主義的な態度を変えず、イランやシリア、キューバなどを攻撃する姿勢をとり続けた。その結果、欧州諸国との関係は回復せず、国際協調体制は失われたままとなっている。

 その一方でアメリカは、中国やロシアといった、アメリカが親しみを感じないはずの国々が台頭することを容認した。北朝鮮問題を中国に任せた結果、朝鮮半島はアメリカの覇権下から中国の覇権下に移った。アメリカは、中央アジアで人権問題を振りかざしすぎた結果、ウズベキスタンなどが親ロシアに寝返り、米軍基地を追い出した。アメリカは、ロシアでエリツィン時代に強かった親米のオリガルヒ(新興大資本家)が、プーチンの時代になって潰されるのを黙認した。(関連記事

 中国やロシアは、イランやベネズエラといった反米の国々とも親交を深め、アメリカ抜きの緩やかな世界同盟体(非米同盟)ができ、アメリカから覇権を奪っている。

▼先進国に失望し反米諸国に覇権を分散する

 ブッシュ政権は、非米同盟の勃興を黙認しており、政権中枢のネオコンの人々らは、泥沼化すると分かっていてイラクに侵攻し、侵攻後もわざとイラク人を怒らせる戦略が採られていた。このことから私は、米中枢には、イラクをわざと失敗させ、従来はアメリカだけが持っていた覇権を世界に分散させるという秘密の作戦を行った人々(多極主義者)がいるのではないか、と考えるようになった。アメリカは「単独覇権主義」を掲げたことによって、多極主義を実現したのである。

 911以前の国際協調主義と、イラク泥沼化後の隠然的な多極主義とは、実は似ているところがある。国際協調主義は、冷戦終結直後にアメリカが単独で持っていた世界覇権を、西欧などの親米の先進諸国に分散させるものだった。一方、多極主義は、覇権を反米(非米)の諸大国に分散させるものである。

 国際協調主義の限界は、日本の存在に象徴的に表れている。アメリカから「覇権をあげよう」と誘われても「要りません」という国が多いのである。これでは、覇権分散の見返りとして負担の分散を実現しようとしていたアメリカは、困ってしまう。このことは、以前の記事「行き詰まる覇権のババ抜き」「アジアでも米中の覇権のババ抜き」に書いた。

 日欧やカナダ、オーストラリアなどの先進国は、いずれも親米なのでアメリカに頼る傾向が強いのに対し、ロシア、中国、ブラジル、イラン、ベネズエラといった、反米の立場に置かれている国々は、各時代の政権によって差はあるものの「アメリカには頼れない」「頼りたくない」と考える傾向が強い。これらの国々は、アメリカと対峙してきただけに、アメリカが退却したらその分、前に出ることが必要だと考えている。

 国際協調主義によって、先進国の間で覇権を分散しようとした米中枢の人々は、これがうまくいかないと判断した結果、911からイラク戦争にかけての一連の出来事を活用し、反米諸国の間に覇権を分散させることにしたのではないか、もしくは独仏やサウジアラビアなどの親米国を怒らせて反米に転じさせ、それらの国々が覇権を求めるように仕掛けたのではないか、というのが私の推論である。

 そして、アメリカが覇権を分散したかった理由は、1980年代以来の世界的な経済民営化の結果、覇権が経済利益に結びつかなくなったからであると考える。(関連記事

▼黒幕は誰か

 この考えに基づくと、アメリカ中枢の国際協調主義者と多極主義者、単独覇権主義者は、対立し合っているのではなく、同じ勢力が方針を転換したり、作戦の一部として演技をしていたのではないかと思われてくる。国際協調主義者だった人々は、戦略がうまく行かないと判断し、多極主義に移行し、その際の戦術として「単独覇権主義」を振りかざしたのではないか、と思われる。

 この勢力は、アメリカを中枢で動かしている人々であるが、ブッシュ大統領が自覚的にこの戦略転換に参加していたとは考えにくい。彼は、使われて踊らされているだけだろう。ネオコン諸氏の中にも、意識的な参加者と、「イスラエルのために」などと信じて参加して騙された人の両方がいそうだ。チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官は、軍事産業などの利益代理人の色彩が強く、これまた業界のために動いたつもりが、多極主義者の自滅作戦に使われる結果になったのではないか。

 真の黒幕が誰か、というのはまだ確定しにくいが、一つの推測としては、キッシンジャー元国務長官らの一派、ロックフェラー財閥、そしてイギリスのロスチャイルド財閥などという、ひとかたまりの勢力が、欧米の大資本家たちの利益を代弁するかたちで、この転換を思いついたのではないか、と考えることができる。

 あまり推論を広げると「貴殿こそアメリカの戦略を誤解している」というメールが意地悪な読者から届きそうなのでこのへんで止めるが、ほぼ間違いなく言えることは、今のアメリカは、日本に従属を求めていないし、中国包囲網を強化する方向にもないということだ。これらは、多くの日本人が思い込んでいる誤解である。



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