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足抜けを許されないイスラエル

2005年11月8日  田中 宇

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 先日、米ホワイトハウスの機密漏洩スキャンダルで起訴され、副大統領補佐官を辞職したルイス・リビーについて「ユダヤ人であり、アメリカよりイスラエルに忠誠を尽くしてきた人物である」といった指摘がネット上で出てきた。(関連記事

 これだけを見ると「ユダヤ人差別」の一つであるとも受け取られそうだが、その一方で、リビーの経歴や実績を見ると、彼が、イスラエルのためにイラク侵攻を実施した「ネオコン」の一人であることが浮かび上がってくるのも事実である。(関連記事

 リビーは1950年生まれで、1972年にイェール大学を卒業したが、大学時代の恩師の一人が、前国防副長官でネオコンの一人であるポール・ウォルフォウィッツだった。その後リビーは弁護士になった。顧客の一人は、マーク・リッチというユダヤ系富豪だった。(関連記事

 リッチは、1979年の大統領選挙期間中に起きていたイランのアメリカ大使館占拠事件を解決するためにイラン側と裏交渉した人物の一人で、リッチらの努力はレーガンの功績とされ、レーガンを勝利に導いたが、リッチは後で政敵に陥れられ、イランとの裏取引に絡み、脱税で起訴された。(関連記事

 選挙時の協力の報酬として、レーガン政権の要職には、多くのイスラエル系勢力が入り込んだが、その一人がリビーの恩師ウォルフォウィッツで、1981年に国務省の政策立案担当になった。ウォルフォウィッツは、教え子のリビーを国務省に入れ、自分の部下とした。

 次のパパブッシュ政権では、ウォルフォウィッツは国防次官で、リビーはその副官をした。国防長官はチェイニーだった。リビーはここで、冷戦後のアメリカの軍事世界戦略を立案し、1992年に「単独覇権主義」や「先制攻撃」の概念を盛り込んだ「防衛計画指針」(Defence Planning Guidance)を書いた。(関連記事

「アメリカが世界で唯一の超大国である状態が永続することが望ましく、アメリカに対抗する国や(EUなどの)国家連合の台頭を許さない」「大量破壊兵器を持ちそうな悪性の国に対して先制攻撃を行うべき」などと主張するこの指針は、EUやアラブ諸国との国際協調関係を重視する政権内の中道派に猛反対され、米政府の公式な方針としては認定されなかった。(関連記事

▼米政界のイスラエル支配

 だがこの方針は、その後も、軍事産業の代理人であるチェイニー、ラムズフェルドら「タカ派」と、イスラエルの代理人であるリビーやウォルフォウィッツら「ネオコン」によって支持され続け、2000年の大統領選挙では、イスラエル系在米組織が持つ選挙マシンが動員されてブッシュが勝ち、その報酬としてネオコンとタカ派勢力が再び政権中枢に入った。

 副大統領となったチェイニーは、92年の「防衛計画指針」を実現すべく筆者のリビーを側近に据えた。911事件を機に、単独覇権主義や先制攻撃の方針が次々と実現し、2003年3月には待望のイラク侵攻も挙行された。

 しかし、それから2年半、イラクは泥沼化し、存在しないイラクの大量破壊兵器のでっち上げが行われたことも広く知られることとなり、リビーは起訴され、アメリカの軍事力や財政力が浪費されて単独覇権主義も破綻した。

 今後、誰がイラクの惨事を生んだか、という責任追及が徹底されていくと「イスラエル」と「軍産複合体」(軍事産業)が犯人だ、という話になっていきそうである。特にイスラエルは、外国勢力であるため「イスラエルが米中枢に入り込んでイラク侵攻を起こした」という批判が出てきやすい。

 米政界では、今騒がれている機密漏洩スキャンダルのほか、国務省の担当者がイスラエルのロビー団体AIPACに機密を流したとされるイスラエル・スパイ事件も起きている。この事件は、捜査が途中で止まっているが、これは、機密漏洩スキャンダルの方を先に進めようという中道派の意図らしい。(関連記事

 イスラエルは、AIPACなどを通じ「ユダヤ人差別狩り」や、ユダヤ系米国人の豊富な資金力を武器として使い、イスラエルを少しでも批判する議員を潰す戦略を続けている。この戦略は大成功しており、米政界でイスラエルを批判する人はほとんどいない。しかし、今回のスキャンダルの行方いかんでは、米政界に対するイスラエルの呪縛が解ける可能性もある。(関連記事

▼ブッシュの中東民主化戦略に反対するイスラエル

 ここで私が疑問に思うのは「イスラエルは、本当にそれほど悪いのか」ということだ。大量破壊兵器のウソ情報を根拠にイラク侵攻する戦略を行ったのはネオコンであること、ネオコンがイスラエルのリクード右派と親しい存在であることは、ほぼ間違いない。しかしその一方で、ブッシュ政権によるイラク侵攻や「中東民主化戦略」は、結局のところ、イスラエルにとってほとんどプラスになっていないことも事実である。

 たとえばブッシュ政権は「中東民主化戦略」に基づき「イラクの次はシリアだ」とばかり、シリアのアサド政権を転覆する戦略を、しだいに強く打ち出すようになっている。これに対し、イスラエルからは、政権転覆に反対する意見が聞こえてきている。

 イスラエルの新聞ハアレツに載った「アサドはブッシュのおもちゃであり、スケープゴートである」と題する評論記事は「アサド政権が倒れた後のシリアは、イスラム同胞団など、アサドよりもっと過激な勢力が政権を取る可能性があり、イスラエルとアメリカにとって安泰ではない」「アサド後のシリアはイラク化する。イスラエルにとって最も静かだった国境は、短期間のうちに大混乱になる」と指摘し、シリアの政権転覆をはかるブッシュ政権を批判している。(関連記事

 アサド政権は、イラクのフセイン前政権と同様、政治の宗教化を嫌う社会主義系で、イスラム原理主義の諸団体を弾圧し続けてきた。アサドが転覆させられることは、過激派を封じ込めていたパンドラの箱が壊れることを意味する。

 米軍のイラク占領が泥沼化する前なら、イスラエルは諸手をあげてブッシュのシリア政権転覆計画に賛成したに違いない。だが、イラクの泥沼化にともなってアメリカとイスラエルが世界中で悪者扱いされ、アメリカ国内の世論も「ネオコンに政府を牛耳られた結果、アメリカはイラクの泥沼に陥った」「なぜアメリカ兵がイスラエルのために死ななければならないのか」といった意見がしだいに強くなっている。

 アメリカがシリアまで泥沼化し、最後には手に負えなくなって米軍が中東から総撤退したら、その後のイスラエルはアメリカの助けなしに、イスラム過激派が支配するシリアやイラクと対峙せねばならくなる。

▼ガザ撤退でアラブと和解したいシャロン

 そのような悪い状況は、米軍のイラク占領が始まって数カ月後の2003年後半には見え始めていた。シャロン首相は、03年12月にガザから撤退する計画を発表し、世界を驚かせたが、それはおそらく、イラクが泥沼化し、最後には米軍が敗退し、イスラエルもイスラム教徒の憎悪に囲まれて窮地に陥るという、最悪のシナリオが現実になるかもしれないと分かったからだと思われる。(関連記事

 今年9月にガザから撤退した後のシャロン政権は、イスラム諸国や国連など、これまで敵対関係にあった国々との関係改善に動き出した。クウェート、カタール、バーレーン、パキスタンなどと、国交正常化を視野に入れて関係を改善中であるほか、国連では、これまで参加していなかった安全保障理事会の非常任理事国のローテーションの中にも入れてもらうことを検討している。リビアやサウジアラビア、インドネシアなどと関係を改善するのではないかという憶測も飛んでいる。(関連記事

 イスラム諸国では、国民の間に強い反イスラエル感情があるため、イスラエルと国交を正常化すれば、国内世論が反政府側に傾き、各国の過激派勢力を有利にしてしまう。そのため、イスラエルとイスラム諸国は、政府間で秘密裏に和解を進めているが、妥結してもこれを公然化せず、しばらくは秘密の関係のままにしておくつもりなのだとも憶測できる。

 こうした動きは、今後アメリカがイラクで敗退して中東から出ていったとしても、イスラエルが周辺国の憎悪に潰されずに生き延びられるようにする目的がある。

▼イラク侵攻にも懸念があった

 イスラエルは、イラク開戦前から、ブッシュのイラク侵攻や中東民主化計画に対して、全面的に賛成ではなかった観がある。イラク侵攻の8日前の2003年3月12日のハアレツ紙には「米軍のイラク侵攻はイスラエルにとって良くない結果になるのではないか」と指摘する論文記事が載っている。(関連記事

 この記事は「イラクはイスラエルにとって脅威ではない」「ブッシュは再選されたい(だからイラクで戦争する)」と看破した上で「この戦争はユダヤ人の謀略だという声が、すでに広がっている」「戦争が失敗に終わったら、ブッシュはイスラエルに対する関心も失うだろう」「世界は、ユダヤ人がひどい目に遭うときにはいつも黙認するものだ」と書いている。

 アメリカ以外の味方がいないというイスラエルの政治的な立場を反映して、この記事は曖昧な書き方をしているが、私はこの記事を「アメリカがイラク侵攻に失敗したらユダヤ人のせいにされてひどい目に遭うかもしれない」という警告だと読み解いた。結局のところ、この警告は正しかった。ホワイトハウスのスキャンダル発生によって、イラク侵攻の失敗は、イスラエルのせいにされかねない状況となっている。

▼米英は反イスラエル感情を故意に拡大している?

 ネオコンがイスラエルのために挙行したはずのイラク侵攻が、イスラエルにとって迷惑な話になってしまったのは、前回の記事で説明したとおり、米中枢でネオコンの好戦的な戦略を止めようとしていた「中道派」が、開戦直前の段階で、ネオコンよりも好戦的な態度に転換する「乗っ取り作戦」を行ったからである。

 中道派のライス国務長官らは、イラクが泥沼化して「中東民主化戦略」が明らかに失敗だと分かった後も「イラクの次はシリアやイランを政権転覆し、中東民主化を続ける」と言い続けているが、こうした無茶苦茶な強硬作戦は、イラクや中東全域の混乱と反米・反イスラエル感情を故意に拡大し、世界におけるアメリカの外交的威信を失墜させ、その結果として世界を多極化している。(関連記事

 中道派のこの作戦の目的は、世界を多極化することだけでなく、アメリカの失敗をイスラエルのせいにするとともに、中東で反イスラエルの気運を故意に高め、イスラエルを弱体化させることも目的かもしれない。

 そのことはたとえば10月26日、イランのアハマディネジャド大統領が「パレスチナで過激派が勃興し、イスラエルを潰すだろう」「イスラエルと和解しようとするイスラム諸国の政府は、怒りの民意で倒されるだろう」という主旨の攻撃的な発言を行った後、欧米がいっせいにイランを非難した事件にも表れている。(関連記事

 アハマディネジャドの発言は、9月にイスラエル軍が撤退した後のガザで、イスラエルを敵視する傾向が強いハマスなどの武装過激派が力をつけていることを踏まえた客観的な予測として発せられた。ところが、欧米のマスコミで強いイスラエル系の勢力が、この発言を報道する際に事実をねじ曲げ「アハマディネジャドは、イスラエルを攻撃して潰すと発言した」と報じた。

(欧米のマスコミの中でも、ワシントン・タイムスとUPI通信のグループは、正確な報道をした。この集団は、韓国の反共宗教家である文鮮明師の系統で、右派なのだが、ネオコンなどイスラエル系の「新右派」とは敵対する「旧右派」らしく、ロイターやAPなどがイスラエル系勢力によって歪曲された報道をしている中で、読むに値するメディアとなっている)(関連記事

▼イラン好戦派を力づけたブレア

 ここまでは、よくある歪曲報道案件なのだが、この報道を受け、イギリスのブレア首相が「指導者がこのような発言を行うイランに対しては、武力による政権転覆が必要かもしれない」という主旨の発言を行ったあたりから、様子が違ってきた。(関連記事

 ブレアの発言は、結果として、イランやその他のイスラム諸国に強い反イスラエル感情を煽るもので、イランでは、イスラエルを敵視する街頭集会に100万人の国民が参加する展開となった。(関連記事

 こうした敵対扇動は、イスラエルのシャロン政権にとって、不利な状況を生んでいる。すでに書いたように、シャロン政権は、9月のガザ撤退をテコに、イスラム諸国との和解に動いている。イランのアハマディネジャドの発言は、このイスラエルの和解戦略を阻害しようとする意図が感じられる。

 アラブ諸国の多くやパキスタンなどは、政府は政権維持の観点から、アメリカに追従し、場合によってはイスラエルとも和解しても良いと考えているが、国民は反米・反イスラエル感情が強く、アメリカやイスラエルに甘い自国政府に怒りを感じている。アハマディネジャドは「イスラエルと和解した政府は、国民の怒りに潰されるだろう」と発言することで、イスラム諸国の反イスラエルの民意を煽り、各国政府にイスラエルとの和解を思いとどまらせようとする意図がありそうだった。

 問題は、これに対するブレアの発言が、イスラエルに味方するふりをしつつ、実はアラブ諸国の反英・反イスラエル感情を煽り、シャロンを困らせるとともに、アハマディネジャドを強化してしまう効果をもたらしてしていることである。

 以前の記事に詳しく書いたが、イギリスの政府は、イスラエル建国前から、イスラエルを支持するふりをして、実はイスラエルを弱体化させようとする戦略をとり続けている。イギリスは、欧米協調を重視するアメリカの旧中道派の味方であり、中道派の戦略を潰したネオコンやイスラエルを苦々しく思っているはずである。

 そう考えると、ブレアは「イランへの武力侵攻も辞さない」と発言することで、実はシャロンの和解戦略を阻止する隠れた目的を持っていたとしても不思議ではない。(騒ぎが一段落した後、イギリス政府は「イランを軍事攻撃するつもりはない」と発言を修正した)(関連記事

▼チェイニーもシャロンに嫌がらせ

 シャロンの和解戦略を許さない勢力は、中道派だけではない。長いことネオコンの味方だったはずのタカ派のチェイニー副大統領も、今ではシャロンに「足抜けは許さない」というメッセージを送っている。チェイニーは、イスラエル時間の午前3時にシャロンに電話してたたき起こし、シリアやイランを攻撃することに協力してほしいと要請しているという。これは、イスラエル存続のため勝手にアラブ諸国と和解し始めているシャロンに対する嫌がらせであろう。(関連記事

 一方、ライス国務長官はイスラエルに対し「パレスチナ人のイスラエルへの出入りを自由化せよ」と圧力をかけている。これは表向き、パスレチナ経済を向上させるための要請だとされているが、パレスチナで過激派が力をつけている中で、パレスチナ人のイスラエルへの入域を自由化することは、テロ攻撃が再び増えることを意味する。(関連記事

 ブッシュ政権はまた、イスラエル政府に対して「アサドの代わりのシリア大統領に誰がいいか、推薦してほしい」と要請したりしている。これも、アメリカはイスラエルの言いなりだというイメージを世界にばらまくことで、好戦派から足を洗おうとしているシャロンを不利な立場に陥れようとする行為に見える。(関連記事

▼イスラエルの世界支配を止めるための多極化か?

 1970年代以降のアメリカ政界の歴史は、軍産複合体と合体するかたちで政界中枢に入ったイスラエル系の勢力による乗っ取り攻勢と、それを阻止しようとする中道派勢力との不断の戦いだった。

 今、イラク戦争の泥沼化によって、中道派がアメリカを故意に衰退させ、世界を多極化しようとしているのは、911後、米政界でイスラエル系勢力が圧勝状態になってしまったため、中道派としてはもはや自滅作戦をやって世界を多極化し、覇権を分散させる以外に、イスラエルによるアメリカ支配を止めることはできないからなのかもしれない。

 前回の記事に書いたように、1980年代に最初にイスラエル系右派勢力がレーガン政権に入り込んで席巻したときには、後で「イラン・コントラ事件」などを契機に巻き返した中道派は、右派勢力が強硬戦略の道具として使っていた冷戦体制そのものを終わらせることで、イスラエル系勢力の再台頭を防ごうとした。

 こうした壮大な企みの歴史から考えれば、今回、中道派が、アメリカを衰退させても、イスラエルによる世界支配を防ごうと考えているのは、あながち途方もない戦略であるとは言えないことが分かる。

 私は以前の記事では「多極化は、成長しすぎて経済発展が難しくなっている欧米だけが世界の中心である体制を廃止し、中国やインドなど、今後経済発展する余地がある地域の台頭を誘発するという、資本の論理に基づいているのではないか」と分析した。その分析は、今も正しいと私は思っているが、それに加えて、イスラエルとアメリカの政治関係も、多極化が必要な原因の一つになっているのではないか、と今回考えた。




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