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アメリカ「カトリーナ後」の孤立主義と自滅主義

2005年9月18日   田中 宇

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 ハリケーン「カトリーナ」がアメリカ南部に大きな被害をもたらしてから2週間、アメリカの言論界では「カトリーナを機にアメリカは変わった」とする主張が、保守派から出てきている。

 彼らの主張は「今のアメリカ政府は、国内のハリケーン対策も満足にできないのに、国外のイラクやアフガニスタンに介入し、資金と人命を無駄に使っている。ハリケーンの被害を受けて分かったのは、こんな状態はもうやめるべきだということだ。アメリカは、国外に対する介入を減らし、国内問題の解決に傾注すべきである」というものだ。(関連記事

 アメリカには以前から「世界のことに積極的に関与すべきだ」と主張する「国際主義」と、「関与すべきでない」と主張する「孤立主義」という対立する考え方が存在している。イラク占領とカトリーナ襲来という2つの失敗を機に、アメリカの世論は孤立主義の方向に傾き出した観がある。(関連記事

 ブッシュ政権はすでに、この線に沿って動き始めている。カトリーナ被害の復興に2000億ドルという巨額の連邦予算をつけることを発表した。この額は、災害復旧予算としては史上最大といわれる。米政府はすでに、被災地の復旧費として623億ドルを支出しているが、これに対して1992年の「アンドりュー」など3つのハリケーン被害の復旧費が178億ドル、1994年のカリフォルニア地震の復旧費が152億ドルだった。すでに今回の復旧費は群を抜いている。(関連記事

▼世界の中心の座を捨てるアメリカ

 その一方でブッシュ政権は、カトリーナ被害の復旧費が増えるのにともない、来年度予算から、外国に対する援助金の予算を減らすと示唆しており、米政府系の対外支援機関であるUSAIDも、減額を了承するコメントを出している。(関連記事

 おりしも国連では、イギリスのブレア首相らが音頭をとり、世界の主要国からアフリカなどの最貧国への経済援助を増やす国際的な仕組みを作ろうとしている。ブッシュ大統領は9月14日に国連で演説し、最貧国に対する支援は重要である、という認識を世界に示した。だが実際には今後、アメリカは世界への支援を減らす予定で、ブッシュの演説は世界から非難されないようにするための口だけの話である。(関連記事

 世界の貧しい国々に対するアメリカの経済援助は、GNPの0・18%にとどまっている。2002年に国連が決めた「モンテレー合意」では、先進国はGNPの0・7%を貧しい国々への経済援助に回すことを決め、アメリカもこの合意文書に署名しているが、ブッシュ政権はこれまでも援助を増額することを拒否してきた。今後、この傾向はさらに強まりそうである。

 このことは、イラク戦争の前後にアメリカと西欧(独仏)の関係が悪化して以来、関係を元に戻させ、再びアメリカを世界の中心に座ってもらおうとしてきたブレア首相の試みは、失敗に終わる可能性が増していることを意味している。(関連記事

 ハリケーンを機にアメリカは、政府も国民も内向きな度合いを強めている。イラク戦争以来、失われている「欧米協調体制」(欧米が協調して世界の中心であり続けるという仕掛け)は、元に戻りそうもない。こうした状況を見て、ベネズエラの反米的なチャベス大統領は「国連本部をニューヨークから、どこかアメリカ以外の場所に移転させるべきだ」と述べた。チャベスの発言は悪乗り的だが、真実を突いている。(関連記事

▼強くなる非米同盟

「カトリーナ後」のアメリカが、世界への関与を減らしていく孤立主義の傾向を持っていることは、イラクから米軍を撤退させる動きにもつながる。米マスコミの世論調査によると、今や米国民の80%は、イラク占領にこれ以上、金や兵力をかけるべきではないと考えている。(関連記事

 米軍が撤退した後のイラクでは、隣国イランからの影響力が増すことは確実だ。ブッシュ政権は、イランを経済制裁すべきだと主張するとともに「アメリカに脅威を与える国に対しては、核兵器による先制攻撃を行うことができる」と、イランを想定した発言も行っているが、これらはすべて裏目に出ている。中国、ロシア、インド、ベネズエラといった「非米同盟」が、こぞって国連の場でイランへの制裁に反対する意志を表明し、イランと非米同盟との関係が強化されてしまった。(関連記事

 イラクから米軍が撤退すると、イラクもこの非米同盟に入る可能性が大きい。世界の石油利権は、非米同盟に握られる傾向が強まる。「カトリーナ後」のアメリカがたどりそうな孤立主義の道は、世界を欧米中心体制から非米同盟が強い多極体制へと移行させることを加速しそうである。

 北朝鮮も6カ国協議の交渉に臨む際の態度が大きくなり、もはやアメリカが少しぐらい譲歩しても応じないようになった。北朝鮮の問題は、中国や韓国といった非米的な国々に任せる傾向が強まっている。

▼災害復旧の名目で始まる財政の大盤振る舞い

 ブッシュ政権がハリケーン被害の復旧に前代未聞の巨額な財政支出をつぎ込むことは、すでにイラクの戦費や大減税によってふくらんでいるアメリカの財政赤字を、さらに急拡大させることになりかねない。

 ブッシュ政権と議会がハリケーン被害復旧という名目で支出することを計画している2000億ドルの予算の中には、ハリケーン被害とほとんど関係ない支出がかなり含まれている。たとえば、北東部の諸州に対する石油価格の高騰への補助金8億ドルが予算に含まれている。(関連記事

 ミシシッピ川上流のイリノイ州やミズーリ州の農家に対しては、ハリケーン被害でミシシッピの川船を使った穀物運搬ができない分の補償費を計上するが、これは以前の予算案で通らなかった日照り対策費の名目だけ変えたものである。

 その一方で、ハリケーン被害に遭った地域は、いまだに軍以外の人々が立入禁止になっている場所が多く、復旧事業として何が必要なのか、政府の役人が入って調べられる状態になっていない。2000億ドルという大枠を先に決め、あとは各地の議員らが自分たちに都合の良いように支出の名目を考えながら議員間で分捕り合戦をやってくれるだろう、というのが今回の災害復旧特別予算である。

 ブッシュ政権は、以前にも似たようなことをやっている。911後の巨額な「テロ対策特別予算」である。ブッシュ政権は、先に巨額な特別予算枠を決め、各地の議員が自分の選挙区に必要な「テロ対策」の事業費を提案するかたちをとったが、その結果、テロ対策とはほとんど関係ない事業費が全米で乱発され、財政赤字は急拡大したが、実際のテロ対策はあまり行われていないという事態が起きた。

 こうしたブッシュ政権の大盤振る舞い戦略の背景には「わざと財政赤字を急増させて政府支出を増やすと、後で経済波及効果が出て税収が増え、最後には財政は黒字に戻る」という「レーガノミックス」の経済理論がある。(関連記事

 共和党内には「小さな政府」や「均衡財政」を主張する財政保守派がおり、彼らの批判をかわすため、ホワイトハウスは、911やハリケーン被害といった機会をとらえて、大盤振る舞いを行っている。

▼ふくらむ財政赤字の危険さ

 経済学者の中にはレーガノミックスを正しいと考えている人もいるが、私はそう思わない。この理論は、共和党内の「隠れ多極主義者」が放っているもので、アメリカを経済的に自滅させて世界を多極化しようとする動きの一環ではないかと思っている。

 彼らは「アメリカの国益」よりも「世界的な投資効率の向上」を考えており、欧米中心の世界体制を崩壊させて世界を多極化することで、中国やインド、ブラジルなどの経済発展を誘発し、投資効率が悪化しているアメリカを見捨てようとしている。(関連記事

 共和党内の財政均衡派は「財政の大盤振る舞いは、予算が効率的に使われないばかりか、政治家と癒着した業者がぼろ儲けするなどの腐敗を招く」と批判している。だが、ホワイトハウスは「ハリケーン対策の失敗で低下した国民の支持率を再上昇させるには、巨額の予算を使わざるを得ない」と主張し、批判を無視している。

 すでにチェイニー副大統領が以前に経営していた会社「ハリバートン」(イラクでもぼろ儲けしている)が復旧事業を請け負うなど、癒着が実際に起きている。巨額の予算がつぎ込まれても、ハリケーンで最もひどい目にあった黒人の貧困層にそれが渡る前の途中の段階で、多くが中抜きされてしまうと予測される。(関連記事

 ブッシュ政権の政策は、単に政治献金をしてくれる大企業を儲けさすのが目的で、アメリカを自滅させたいとまでは考えていない、と考える読者もいるかもしれない。だが、大企業を儲けさすには、経済全体の長期的が安定が望ましい。ブッシュ政権が生み出している巨額の財政赤字やひどい腐敗、癒着は、長期的にはアメリカ経済を衰退させることは明らかで、これは大企業のためにすらなっていない。

 事実、ブッシュ政権の政策の結果、GM、フォード、ノースウェスト、デルタ航空といった、アメリカを代表する企業群が、次々と経営難に陥っている。

▼救援を妨害したFEMA

 911を機に始まった「テロ戦争」は当初、ブッシュ政権を強化し、共和党内で強い「軍事産業」や「イスラエル」にとってプラスになるような動きとして始まりながら、結局のところブッシュ政権は窮地に陥る一方で「多極主義者」が最後に全部の利得を持っていってしまうという経緯になっている。ハリケーン「カトリーナ」をめぐる被害の経緯も、これと似ている。

 911事件の当日、アメリカの防空体制が奇妙に崩壊していたのと同様に、カトリーナがニューオリンズに上陸する前後には、アメリカの連邦政府の防災体制は、奇妙な無策や失敗に満ちていた。

 たとえば、ハリケーン襲来から数日の間、ニューオリンズ市内では、貧困層の市民たちが、交通手段がないため避難できず立ち往生していたが、被災者を助けようとする外からの動きは、すべて連邦政府の有事対策部門である国土安全保障省とその傘下のFEMA(米連邦緊急事態管理局)によって拒否された。

 アメリカ赤十字は、被災者に食糧を配るために被災地に入ろうとしたところ、国土安全保障省から拒否されたし、水没したニューオリンズ市内の中心部で、避難できずに困っている市民を助けようと、フロリダ州から救援に行こうとした500艘の民間のボート協会もFEMAから拒絶された。(関連記事その1その2

 ハリケーン上陸翌日の8月30日、カナダのバンクーバー市がチャーター機で派遣した救援部隊は、カナダからアメリカの領空に入ることを許可されず、引き返した。アーカンソー州など、近隣の諸州が準備した救援用飛行機も無駄になった。FEMAは、鉄道会社のアムトラックが用意した避難用の列車も、被災地に入れなかった。(関連記事その1その2

 本土防衛省やFEMAが、自前の救援活動を行っているのなら、外部からの救援を断るのは理が通っていたかもしれないが、連邦政府による自前の救援活動は、最初の数日間、ほとんど行われなかった。地元のルイジアナ州は、ハリケーン上陸4日前の8月25日から連邦政府に対して支援を要請をしていたが、FEMAが動き出したのはハリケーン上陸の5時間後で、実際に救援物資が被災者に届きだしたのは、その4日後だった。(関連記事

 FEMAは、ハリケーン襲来直後に200台の大型トラックに水や氷を積んで被災地に向かわせたが、被災現場を担当する陸軍との間の連絡不行き届きの結果、トラック部隊は水や氷を必要としない町を1週間も転々とさせられるという事件も起きている。(関連記事

 FEMAや国土安全保障省は無策だっただけでなく、災害対策の妨害もやっている。ニューオリンズの近くにあるジェファーソン郡の郡長によると、カトリーナが上陸する前日、FEMAの代理人と称する人々が郡の事務所にやってきて、郡政府に何も言わないまま、緊急用の通信線をすべて切って帰っていった。通信が不通になったことに気づいた郡の担当者が地元の警察を呼び、警察の通信担当者が通信線を復旧させたという。(関連記事

▼行政権を大統領に渡せ

 ブッシュ政権は、カトリーナへの対策が遅れたのはFEMAのブラウン長官が未経験で無能だったからだとして、ブラウンを辞任させて責任をとらせた。(関連記事

 たしかに、ブラウンをはじめとするFEMAの8人の首脳のうち5人は、災害復旧にたずさわった経験がない。彼らは、政治コンサルタントとしてブッシュが大統領になるための選挙戦で貢献したご褒美として高官の職位をもらった人々であり、人事そのものが癒着していたのは確かだ。だが、今回のハリケーン対策の無策や妨害は、未経験や無能さによって説明できる範囲を超えている。(関連記事

 むしろ、被害の拡大を故意に防がず、被災地が「戦場」のような状態になることを演出することで、政府の権限を拡大できる有事を作り出すことが当初からの目的だったのではないか、と感じられる。

 8月23日に配信した記事「政治の道具としてのテロ戦争」の中で、次にアメリカのどこかでテロなどの大事件が起き、地方政府が機能不全に陥ったら、その地方の州当局や警察など地方政府に代わって、連邦政府とその傘下の米軍が行政権を行使する、という国防総省の新しい有事計画(CONPLAN2002など)を紹介した。カトリーナの襲来に際して、ブッシュ政権は、まさにこの有事計画を実行に移したとしか思えないような対応をした。(関連記事

 FEMAや国土安全保障省といった連邦政府機関が動かず、民間や近隣州などからの支援も阻止する中で、被災地では地元ルイジアナ州やニューオリンズ市の警察などが救済活動を行おうとしたが、手が回らなかった。死者が増え、被災者に水も食糧も与えられず、事態が悪化する中で、ハリケーン襲来から5日後の9月2日、ブッシュ大統領はルイジアナ州のキャサリン・ブランコ知事に対し、一通のメモを送った。

 そのメモは、州政府に代わって連邦政府が被災地の治安維持に当たれるよう、被災地における州政府の行政権限を連邦政府に委譲し、州知事が持つ州兵(国家警備隊)に対する司令権を大統領に委任するよう求めるものだった。「被災地では無政府状態が拡大し、略奪などの犯罪行為が広がっている。治安維持のためには、州知事は自らの権限を大統領に渡すべきだ」という、大統領からの要求だった。(関連記事その1その2

 州政府が無能だった結果、権限の委譲を求めているなら分かるが、そうではなかった。連邦政府は、被災地の州や市の政府からの救援要請を無視し、外部団体からの救援も止め、数日たって事態が混乱してきたところで、権限をよこせと迫ってきたのだった。ルイジアナ州知事とニューオリンズ市長は、いずれも民主党で、ブッシュ政権の共和党とは対立関係にあった。

 ブランコ州知事は、ブッシュ大統領からの権限移譲の要求を断ったが、その代わり、州政府と連邦政府で合同の委員会を作り、州兵をその傘下に置くことに同意した。事実上、州兵は連邦軍(国防総省)の傘下に入ることになった。有事が起きたら連邦政府が地方の行政権を奪取するという国防総省の新有事計画は、テロではなく、ハリケーンを機に発動されたのだった。

▼扇動されなかった被災者たち

 ハリケーン襲来の5日後からニューオリンズ周辺に本格的に投入された米軍は、治安維持のためと称して市内の要所にチェックポイントを作り、避難する市民らを手荒く扱い、イラクで展開したのと似た、住民をわざと怒らせるかのような軍事行動を展開した。自家用車を持っていない貧困層の市民を数日間放置し、彼らが近所に駐車してあった他人の車を運転して避難をしようとするところを軍が止め、窃盗だと言って拘束したりした。

 混乱状態の中で一部の市民は店舗などに対する略奪を行ったが、これが「ニューオリンズはバグダッドのような危険地域になっている」といったような表現へと誇張され、マスコミを通じて流され、戒厳令や軍政が必要だという世論喚起がなされた。避難所に指定されたスーパードームでは、避難民を受け入れる体制を全く作らず、避難民が苛立って当局側に詰め寄ると「ドームは暴動寸前だ」という報道が流された。

 このような有事を作り出す作戦は、被災民の多くが扇動に乗らず、暴徒化しなかったため、結局成功しなかった。911後、ブッシュ政権が中東や米国内で、イスラム教徒をわざと怒らせるような中傷や軍事行動を行ったが、イスラム教徒の側が扇動に乗らなかったため、テロ戦争が本格的な「文明の衝突」に発展せず、むしろアルカイダのテロには米英やイスラエルの諜報機関が関与しているという指摘が出て、裏のからくりがばれ始めているのと似た顛末である。(関連記事



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