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中台関係と日本の憲法改定

2005年3月1日   田中 宇

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 アメリカは、中東が自国の行動によって不安定化している最中には、東アジアに対しては安定化(宥和策)させる方向を模索する傾向があるようだ。2003年の春、アメリカがイラク侵攻に踏み切り、次は北朝鮮を軍事攻撃して政権転覆を画策するに違いない、と多くの人が思っていたとき、実際にはアメリカは、逆に北朝鮮の問題を中国に任せる傾向を強め、北京での6カ国協議の開催に至った。(関連記事

 今また、アメリカは、シリアとイランに対して攻撃的な態度を強めている。アメリカやイスラエルなどは昨年から、これまで20年間シリアが隠然と支配してきた隣国レバノンを「民主化」するため、シリアに撤退を要求していたが、レバノンで先日、カリスマ的な政治家だったハリリ前首相が暗殺されたのを機に、シリアに対する撤退要求をさらに強めた。

 レバノンは複雑な多民族国家で、シリアによる支配を通じた安定化の機能が失われると、再び1980年代のような内戦状態に陥る可能性が高まる。80年代にもレバノンに干渉していたアメリカやイスラエルなどは、そういったレバノンの弱さをよく知っているはずなので、シリアに対する撤退要求は、レバノンに対する民主化戦略などではなく、レバノンを再び不安定化させる作戦ではないかと疑われる。

 となりのイスラエルでは、シャロン首相が、アラブ側と交渉して地域を安定化させることを目指す「安定派」に鞍替えした観があるが、「不安定派」であるイスラエル右派勢力とアメリカのネオコンは、このシャロンの動きを嫌っている。そのため、ハリリを暗殺してレバノンを不安定化させ、イスラエルとアラブの交渉を破綻させる作戦が進行しているように見える。

▼アメリカは6月にイランを攻撃する?

 他方、イランの核開発疑惑に関しては、EU(独仏英)は宥和的な解決策を模索し、アメリカは強行的な解決策(政権転覆策)を模索していたが、最近のブッシュ政権はEUとの関係改善のため、イラン政策を軟化させていると報じられている。(関連記事

 しかし、その一方でブッシュ政権は、EUとイランとの外交交渉を容認するのは今年6月までで、それまでに交渉がうまくいかなければ、アメリカは国連で対イラン制裁を呼びかけるなど、強行策に戻ると宣言している。EUとイランの交渉は時間がかかりそうで、6月までに終わりそうもない。(関連記事

 アメリカは期限を切ることで、EUに「君たちのやり方は失敗した」と言える状態を作ろうとしているのであって、結局のところイランの政権転覆をやりたいのではないかと思える。元CIA要員のスコット・リッターは最近「ブッシュはすでに、今年6月にイランを空爆する計画を承認している」と述べており、それらを総合すると、6月まではEUに交渉させ、それが失敗に終わるだろうから、その後は空爆などの強硬作戦に移る、というシナリオが読み取れる。(関連記事

 このようにアメリカは、中東を「民主化」するといいつつ実は「不安定化」させる動きを、イラクからイラン、シリア、レバノンへと拡大していく姿勢をみせているが、その一方で、東アジアに関しては、北朝鮮の核武装宣言に対して強硬姿勢で応じず、交渉を中国に任せる宥和策の方向性をますます強めている。

▼2+2協議、日米の温度差

 ここまで読んで「アメリカは日本との防衛協議で、日本と組んで台湾海峡を守り、中国を封じ込める姿勢を見せたではないか。日米は、中国に対して強硬姿勢を強めているのであって、アメリカがアジアで宥和策を採っていると考えるのは間違いだ」と思う人もいるかもしれない。

 たしかに、2月19日の日米の「2+2協議」(防衛・外務のトップどうしの安全保障に関する協議)では、台湾海峡の問題を平和的に解決することが日米の共通目標であると初めて両国が表明した。日本ではこの話が、日米が共同で中国を封じ込める姿勢を強めたことの証しであると解釈されている。(関連記事

 ところが、この協議の前後のアメリカ側の対応を見ていくと、実はアメリカは「日本と組んで中国を封じ込める」という動きを採りたがっていないように思える。その一つは、ライス国務長官の反応である。2+2協議後、共同声明の中に台湾海峡問題が盛り込まれたことを最初に報じたのはワシントンポストだったが、報道を読んだ記者団に尋ねられたライスは、台中対立の問題に対してアメリカは立場を変えていないことを強調し、中国を刺激せぬよう配慮する姿勢を見せた。

「もちろん、台湾海峡問題はアジア太平洋地域における懸念材料ではあるが、そこにおけるアメリカの立場ははっきりしている。アメリカは一つの中国の原則を貫いているし、その一方で台湾関係法も遵守している」とライスは述べ、中台のいずれかが現状を一方的に変更することに反対した。(関連記事

 アメリカはここ20年以上、ときに中国と対立するものの、長期的な傾向としては、中国に対する態度を軟化させる動きが続き、その反動として民主化後の台湾に対して独立傾向を阻止する動きを強めている。ライスが対中国政策に変更がないと強調したことは、アメリカが2+2の宣言を機に再び中国に対して強硬姿勢を採る方に向かっているわけではないことを示している。

 北朝鮮をめぐっても、日米が見ているものには微妙な食い違いがある。日本の報道では、中国が北朝鮮の核兵器開発を止められない場合、日米はこの問題を国連安保理に持ち込むことで合意したとされているが、アメリカ国務省の担当者は、そのような合意は存在しないと述べている。(関連記事

 中国は、北朝鮮問題は自国の影響圏内の問題であると考え、国際問題にされたくないので、国連に持ち込まれることを強く嫌っている。何とか中国をおだてて北朝鮮問題を解決してもらいたいアメリカは、中国が反発する国連上程をしないでおこうと考えているのに対し「日米が団結し、中国や北朝鮮と対峙している」という構図を国民に見せたい日本の政府は、違う絵を描いている。

▼直行便計画で台湾に接近した中国

 昨年は、現状維持を脱して「台湾独立」の方向に動こうとした台湾の陳水扁政権も、最近では現状維持を変えようとする意思を減退させている。事態はこの点でも、日米が台湾と組んで中国包囲網を強化するという方向には動いていない。

 陳水扁政権は、昨年12月の議会選挙で勝利を逃すまでは、台湾が中国とは別の存在であることを明記した新憲法を作ることなど、独立を強める動きを画策していた。アメリカは台湾の独立傾向に反対したが、台湾の民進党政権は昨年12月の選挙を独立化の方針を国民に問う選挙と位置づけ、選挙に勝つという民主主義の力でアメリカからの圧力をかわそうとした。ところが民進党は12月の選挙に負けてしまった。(関連記事

 アメリカとの関係が悪化した上、選挙に勝てずに窮していた陳水扁政権に対し、中国側は目立たない形で接近してきた。その一つは、今年の旧正月(2月)に台湾と中国の間に直行便の旅客機を飛ばす話が実現したことで、中国政府は1月に台湾の野党国民党の政治家たちを北京に呼び、旧正月の直行便を実現させるべく動いたりした。(関連記事

 中国と台湾を行き来する場合、従来は香港、マカオ、那覇などの空港で乗り換えが必要だったが、上海、北京などに住む台湾商人たちが今年の旧正月に台湾に帰省するのに合わせ、臨時の直行便を飛ばした。この計画は、政治的には意味が大きかったが、経済的にはあまり意味がなかった。中国には多くの台湾人がいるが、台湾には中国人は住んでいないため、帰省は一方通行となり、航空会社は黒字を出しにくい。

 台中間には直行できる飛行ルートがないため、飛行機はいったん北京や上海から香港まで南下し、香港の上空を経由し、再び北上して台北に向かう必要があり、途中での乗り換えはないものの、飛行時間が長いことには変わりなかった。また、直行臨時便の開設を決めたのが旧正月の3週間前だったため、すでに多くの台湾商人は帰省用の航空券を予約してしまっていた。

 それでも、初めて台中間に台中双方の航空会社が飛び交うことを急いで実現させたのは、中国側が経済分野で台中の接近を実現し、台湾が独立方向に動くことを止める意図があったと思われる。(関連記事

 旧正月が終わった後、中国側は今後も休暇のたびに直行便を飛ばしたいと提案したが、台湾側は、航空会社にとって割に合わないことがあるので、貨物便の直行便の方が望ましいという対案を出した。また中国側は、民進党の支持者が多い台湾南部の農村の産物を中国に輸出できるよう規制緩和することが可能だと、台湾側に提案した。(関連記事

 中国の四大銀行が台湾に進出し、すでに実施されている台湾の七大銀行の大陸進出と合わせ、台中間で金融の相互乗り入れを開始するという構想もある。中国側は、台湾人の反中国意識を緩和してもらおうと、経済面で攻勢をかけていることがうかがえる。(関連記事

▼陳水扁を親中国に転向させた宋楚瑜

 もう一つ、台湾の政治を親中国に傾けようと中国側が画策したのではないかと思われる動きは、台湾第3の政党である親民党が、これまでの国民党との連携をやめて、民進党に急接近する動きを見せたことである。

 親民党は民進党に接近するに当たり、民進党政権が独立志向をやめて親中国の傾向を強めることを要求し、受け入れられている。親民党の党首である宋楚瑜は、以前から「中国寄り」と見られており、彼の鞍替えの背後には中国政府の意図があるのではないかと勘ぐれる。(関連記事

 台湾の政界は従来、反中国で独立派の民進党に対抗し、親中国の反独立派として国民党と親民党が結束を保ち、国・親両党はいずれ合併する構想があった。昨年12月の選挙で国民党が意外と健闘し、親民党は不振だったものの、国民党と親民党の議席を合わせると、議会(立法院)の過半数を維持することに成功し、いよいよ合併して民進党への対抗を強めるかに見えた。

 ところが親民党の党首である宋楚瑜は選挙後、国民党ではなく民進党との交渉を始め、2月25日に宋楚瑜と陳水扁は10項目の合意事項を発表した。そこには、陳水扁は独立を宣言しない、国号を変えない、中国との関係改善を進める、といった方針が盛り込まれていた。親中国の宋楚瑜と連携するために、陳水扁は独立傾向を薄め、親中国の方向に傾いたかたちになっている。(関連記事

 陳水扁としては、宋楚瑜を取り込むことで議会での多数派になれるという利点があるが、それだけでなく「宋楚瑜と組むには、親中国の傾向を強めざるを得ない」と弁解できる状態を作ることで、民進党内の独立派から強く反発されることを防ぎつつ、アメリカから批判される独立傾向を薄め、アメリカの後ろ盾が心細くなる中で、中国と折り合う方向に自然に方向転換することができる。

▼外された親日独立派

 台湾では、1947年2月28日、国民党政府が中国大陸から台湾に入ってくる前の段階で、国民党に反対しそうな台湾の青年を多数殺害した「228事件」が起きた。その事件を記念する行事が毎年2月28日に行われ、反国民党の独立派(親日派)の人々を中心とした集会が開かれている。

 これまでは毎年、民進党の重鎮たちはこぞって228の行事に参加するのが常だったが、今年は重鎮たちは228の行事に参加しない方針を打ち出した。これは、宋楚瑜を取り込むための方策とみられているが、同時に中国に対する宥和的なメッセージであるともいえる。(2月28日当日になって、独立派の怒りをしずめるため、陳水扁らは行事の一部にのみ参加する行動をとった)(関連記事

 中国では3月5日から開かれる全人代(国会に当たるもの)で、台湾の独立傾向を阻止する「反国家分裂法」の制定について審議する予定だが、台湾側が態度を軟化させたのに合わせて、中国側がこの法律の条文を和らげたり制定を見送ったりするのかどうかが注目される。中国側が反国家分裂法を制定すると、台湾側の世論が再び反中国に傾き、独立派が力を取り戻す可能性がある。(関連記事

 宋楚瑜と組むという名目で台湾独立の理想を捨て、中国に接近する陳水扁に対し、民進党内の独立派は不満の声を強めている。そんな台湾独立派にとって嬉しい知らせは、2+2協議の共同宣言を通じ、日本が初めて台湾を守る気概を見せてくれたと思えたことだった。(関連記事

 しかし、台湾独立派が喜んでいるということは、党内の独立派の動きを煙たく思い始めている陳水扁や、台湾独立派を強く嫌う中国共産党、それから台湾独立派が台中関係を悪化させることを懸念するアメリカにとっては、喜ばしくないことになる。2+2の宣言は、日米共同宣言であるはずなのに、アメリカにとって好ましくない結果を生んでいる。

 すでに紹介したライス国務長官の反応にもうかがえるように、アメリカは2+2の宣言を発しつつも、中国を刺激する結果にはしたくない。このようなややこしい状況になっている理由として推察できることは、宣言に台湾海峡問題を盛り込みたかったのは、アメリカではなく日本なのではないか、ということである。

▼日本が竹島問題で強硬姿勢になったのも・・・

 そのように考え始めると、ほかにも思い当たることがある。日本政府が一昨年あたりから、韓国との領土問題である竹島問題に対する姿勢を少しずつ強め、島根県議会で2月22日を「竹島の日」に制定する議案が提出されたことを機に、日韓の国家的な対立にまで発展しかねない状況になってきていることである。(関連記事

 韓国では、以前から学校で「独島はわが領土」(トクトヌンウリタン)という唱歌を生徒に覚えさせるなど、反日感情を使った愛国教育の一環として竹島(独島)の領有権を主張する運動が展開されていた。これに対し、前後の日本政府は自国内での民族主義の高まりを避けるためか、竹島問題そのものを国民の話題にしないようにつとめ、日本では竹島問題の存在自体を知る人が少なかった。

 そのため、日本の政府や民間団体が最近になって竹島の領有権を強く主張し始めたことに関して、日本国内では「わが国の領土なのだから、それを主張して何が悪い。今まで黙っていたことの方が問題だ」という考え方がされがちである。

 しかし、竹島問題を日韓の対立点にしないようにしてきた日本政府が、昨年あたりから、外務省のホームページで竹島の領有権の主張を強めたり、島根県が竹島の返還を呼びかけるテレビ広告を出していることを政府が黙認するなど、以前とは違った方針をとり始めたことには、何らかの理由があると思われる。(関連記事

 中国が以前から開発してきた東シナ海の石油・ガス田の問題に関して、それまで黙認してきた日本政府が、中国を批判する態度に転換したのも、昨年の初めぐらいからのことだ。そうした周辺諸国との関係悪化の流れは、最近になって頂点に達し、竹島の問題は「韓流」ブームを吹き飛ばす日韓の対立になりそうな勢いだ。中国との対立も激化し、北朝鮮との関係も以前よりさらに悪化した。

▼憲法改定を実現するための脅威作りか

 ここまでそろって悪化すると、私には、何かおかしいと感じられる。日本政府には、中国や韓国、北朝鮮と、わざわざ対立しなければならない特段の事情でもあるのだろうか、と思っていたところ、国会で出てきたのが、日本国憲法改定のために必要な国民投票を行う構想であった。(関連記事

 憲法を改定して日本が正式な軍隊を持てるようにする国民投票を成功させるには、周辺諸国が日本にとって脅威である状態の方が良い。小泉政権は、憲法9条を改定するために、周辺諸国との関係を悪化させる方向へと事態を微妙に動かしてきたのではないかと思われる。

 小泉政権が憲法9条の改定を急ぐために周辺国との関係を悪化させているのだとしたら、なぜそこまでして急いで憲法を改定しなければならないのか。その理由はおそらく、すでに前回の記事で書いたことだが、在日米軍が日本から撤退していくので、自衛隊を軍隊に格上げするなど、日本は軍事的な行動の自由を広げて対応しなければならなくなっている、ということだろう。

 中国は軍事力を強化しているといっても、まだ日本に比べて技術はかなり低い。中国の潜水艦は作動音を小さくできないので、自衛隊は比較的簡単に見つけられる。中国軍が日本の脅威になるのは、まだかなり先である。今から騒ぐ必要はない。中国が軍事技術を磨いているのなら、日本も静かに技術を高めれば良いだけだ。日本国内で中国脅威論の旋風を吹かせることには、明らかに別の意図があり、それが米軍撤退に備えた憲法改定であろうというのが私の仮説である。

▼米軍なしの平和憲法は成り立つか

 戦争を放棄し、戦力を持たずに国家運営をすることを9条に掲げた日本国憲法は、理想に満ちた高貴な憲法である。その点だけを見ると素晴らしいが、現実には、戦後の日本は米軍という世界最強の軍隊に守られ、日本自体は軍隊を持たずに戦争を放棄していた代わりに、アメリカが軍隊を持って戦争を続けてきた。

 日本は外交権など国家の基本的な権限のかなりの部分をアメリカに譲渡する代わりに、米軍に守ってもらい、外交方針も事実上アメリカに決めてもらっている。日本は隠然たるアメリカの植民地だったわけで、そこまでの事情を勘案すると、日本国憲法は他国に誇れるものではないし、憲法9条も崇高とは思えなくなる。

 今後、米軍が日本からいなくなると、憲法9条の暗黙の前提が崩壊する。米軍が去った後で自衛隊も縮小し、今こそ日本国憲法の精神を本当に実践すべきだという主張もあり得るが、あまり現実的ではないと思える。軍事力を少なくするとしたら、国際社会を生き抜くためには、代わりに卓越した外交力が必要になるが、戦後の日本はアメリカに外交を頼ってきたので国際情勢の判断能力が低い。

 私の仮説が正しく、米軍がいなくなるのだとしたら、その後の日本がどのような憲法を持つべきか、どの程度の防衛力を持つべきかを議論する必要がある。だがそもそも、本当に米軍がいなくなる方向にあるのかどうか、確定的でない。米軍の再編は機密の中で行われて、実態が分からない。

 日米の軍事的な一体化をはかると発表されながら、現実には沖縄のアメリカ海兵隊のほとんどはイラクに行ってしまっている。アメリカではイラクでの戦死を恐れる人が増え、米軍は必要なだけの新兵を集められなくなり、沖縄からイラクに行った米軍兵士が沖縄に戻る目途はなさそうだ。だから、日米軍の一体化は名目だけで、実際には自衛隊が米軍に取って代わっているのではないかと私は考えるのだが、これまでに書いたこと以上の確証があるわけではない。

 日本の憲法をどうすべきかを議論したくても、その前提となるアメリカの方向性が秘密にされて曖昧な以上、きちんとした議論ができない。このこと自体、対米従属を続ける日本の限界になっている。




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