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動き出すパレスチナ和平と外交

2003年4月29日   田中 宇

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 4月27日、日本がアメリカに楯突いて「独自外交」を展開しているように見える出来事が相次いで起きた。その一つはイギリスを訪問した小泉首相がブレア首相と会談し、イラクの戦後復興を国連中心でやるようアメリカに働きかけることで一致したというものだ。(アメリカは今のところ、イラク復興に国連を入れることを渋っている)

 もう一つは、中東訪問中の川口外務大臣が、パレスチナ自治政府のアラファト議長に会う予定にしていたところ、アメリカのパウエル国務長官から「会うな」と要請されたものの、それを拒否したことだ。(関連記事

 パレスチナでは、新たな中東和平交渉(ロードマップ)が始まりそうになっているが、アメリカやイスラエルは、この交渉のパレスチナ側の主役を、新しく首相となったアブ・マーゼン(本名マフムード・アッバース)にやらせたいと考えており、アブ・マーゼンに権力を奪われるのを防ごうとしているアラファト議長の影響力を削ぎたいと考えている。

 各国首脳がアラファトに会うと逆効果になるので、パウエル国務長官だけでなく、イスラエルも「アラファトに会う外国首脳は、シャロン首相には会えない」と発表しており、川口外相はシャロン首相ではなくシャローム外相に会っただけだった(4月29日時点)。こうしたアメリカとイスラエルからの横やりがありつつも、川口外相は4月29日にアラファト議長と会った。

 アラファト議長はブッシュ政権やイスラエルには嫌われているものの、パレスチナ内部やアラブ社会では、イスラエルとアメリカの言いなりになりそうなアブ・マーゼンよりはアラファトの方がましだと思っている人も多いため、まだ支持されている。

 川口外相が、アメリカやイスラエルからの圧力をはねのけてアラファトに会うということは、パレスチナを含むアラブ社会から「日本はイラク開戦時には、アメリカにしっぽを振ってついていったが、もはやそうではない。日本はアメリカから自立した親アラブの外交をやっている」と思ってもらいたいのだろう。同じ意図は、小泉首相がブレア首相との会談で、国連重視をアメリカに呼びかけたことにも感じられる。

▼パレスチナとイラクの新国家建設の歩調を合わせる?

 とはいうものの、今回の日本の外交戦略は大きな影響を持つものにはなりそうもない。今週中にパレスチナ和平計画の「ロードマップ」が発表され、それを機に国際社会はイラク開戦前の対立を一気に解消しそうな気配になっており、その中で日本が、国連やアラブに配慮する外交姿勢を見せるのは、むしろ当然の動きだからである。

 4月29日にはパレスチナの議会にあたるパレスチナ評議会が開かれ、アブ・マーゼンの新内閣を承認する予定で、その実現をみた後、今週中にアメリカは、EU、ロシア、国連と連名でロードマップを発表し、ブッシュはアブ・マーゼンをワシントンに招待することもあわせて発表する予定になっている。

 ロードマップの発表後、イラクの戦後復興のプロセスに国連やEU、ロシアを入れていく段取りがとられる可能性もある。イラクでは4月29日、アメリカ主導でイラク国内の諸派が会議を開き、5月末までに国民会議を開き、イラク新政府を設立することを決めた。5月末という時期はロードマップの第1段階の期限でもあり、このときまでに、パレスチナ自治政府の再建が軌道に乗ることになっている。(関連記事

 アメリカは、パレスチナとイラクの新しい国家建設を同時並行的に進めていくのかもしれないが、この方法なら、イラクの新政府がアメリカ主導で決められても、欧州やアラブの反発が少なくなる。

 このように、アメリカが欧州や国連と仲直りしそうなときに、日本が欧州や中東を回って「うちはアメリカから自立した外交をしています」と言って回っても、先方の人々はあまり驚かないだろう。

 日本側の事情としては、政治日程が少ない連休の空き時間を利用しただけだし、イギリスのブレア首相にとっては4月27日の小泉首相との会談より、4月29日にモスクワを訪問し、イラク開戦前後に戦争の評価をめぐって対立したプーチン大統領と会ったことの方が重要だろう。

▼再び出てきた中道派対タカ派

 イスラエル政界では、和平交渉に反対姿勢をとっている極右勢力がシャロンの連立政権から出ていく可能性がある半面、和平を主張してきたために政権から外れていた中道左派の労働党は、ロードマップが始まったら連立政権に入りたいとすでに表明している。イスラエル側も、和平を推進する政治環境に向かって動き出している。

 イスラエルの右派勢力は、アメリカのタカ派であるキリスト教原理主義と結束してロードマップを潰そうとする動きを始めている。(関連記事

 また、タカ派のギングリッチ元下院議長は、4月22日にネオコン系シンクタンク「アメリカンエンタープライズ研究所」で講演し、イラク戦争に向かう過程で、ラムズフェルドの国防総省が築いた成功を、イラク問題を国連に持ち込んだり、米軍のトルコの通行権を失ってしまうなど、パウエルの国務省がダメにしてしまったと批判し、国務省を組織改革して力を削ぐべきだと主張した。(ギングリッチはラムズフェルドと親しい)(関連記事

 最近ワシントンを訪れた知人からは「ワシントンはすでにネオコンの天下だ。パウエルには、もはや力はない。ネオコンを甘く見てはいけない」という分析を聞いた。アメリカをイラク戦争に引っ張り込んだのはネオコンだし、その戦争を短期間に成功させたのは、ネオコンやタカ派の巣窟である国防総省の手柄だということになっている。その一方で、ギングリッチの主張にあるように、中道派のパウエルは、イラク問題を国連に持ち込んだものの外交に失敗したりして、今や窮地に陥っていても不思議はない。

 ところが、現状の世界情勢をみると、それとは逆の展開である。ニューヨークタイムスによると、イラク開戦前にあった「中道派」対「タカ派」という対立構図が復活しており、その対立軸として北朝鮮、中国、パレスチナ、イラクなどの分野が挙がっている。(関連記事

▼パレスチナ人はどこまで譲歩するか

 これらのうち、パレスチナに関しては、すでに中道派的なロードマップが始まろうとしている。この和平交渉によって、パレスチナ側は、オスロ合意が最終的に頓挫し、アラファトが最終合意文書への調印を拒否した2000年のキャンプ・デービッド会談のときより、さらに譲歩したかたちの合意を飲まなければならなくなるかもしれない。

 キャンプ・デービッド会談から現在までの間に、西岸やガザにおけるイスラエル側の入植地はさらに拡大し、西岸からイスラエル本土へのパレスチナ人の越境を防ぐための「ベルリンの壁」のような防護壁も作られた。この壁は、国連が定めた西岸とイスラエル本土との境界線(グリーンライン)よりかなり西岸に食い込んで作られており、西岸の中でも比較的肥沃な土地の多くが壁の外側になり、イスラエル側に奪取されてしまっている。イスラエルは、ブッシュに強く言われたとしても、いったん作った壁を壊し、グリーンラインまで撤退するとは考えにくい。(関連記事

 しかも、この壁よりさらにパレスチナ側の西岸内部にも、ヘブロンやナブルスの近くなど、イスラエル側が重要視している入植地が何カ所も存在する。また、キャンプ・デービッド会談でアラファトが最後までこだわって破談を招いた「東エルサレムをパレスチナ人の町(首都)にする」という点も、今や東エルサレムをぐるりと取り囲むように入植地(住宅地)が作られ、20万人ものイスラエル人(ユダヤ系)が住んでおり、これらの人々を強制移住させることは非常に難しい。

 イスラエル側は、西岸とガザに約70カ所の軍事拠点(見張り台)を作っており、これらも撤去の対象となるが、イスラエル軍は「70カ所のうち違法なものは数カ所にすぎない」としており、残りは撤収しない姿勢を示唆している。(関連記事

 ブッシュ大統領は、アメリカ国内のイスラエル系圧力団体が怖いので、入植地の撤収をイスラエル側にあまり強硬には求めないと思われる。2000年のキャンプ・デービッド会談以後に拡大した入植地の撤収を求めるだけで終わるかもしれない。

 一方、穏健派(親米、親イスラエル)であるパレスチナ側のアブ・マーゼン新首相は、現実的な選択として、東エルサレムも放棄し、イスラエルが作った防護壁の存在も容認し、西岸内部の入植地の存在も公式に容認するかもしれない。そうなれば、ロードマップが破綻せずに進むことになるが、その場合、ハマスやイスラム聖戦団といった過激派が武力に訴えずに終るかどうか。

 パレスチナの過激派は、武器や財政面で、他のアラブ諸国の支援を受けてきた部分が大きいが、アラブ諸国はイラクがたたき潰されたのを見て、アメリカに逆らう気を失っている。外部からの支援が切れた状態で、パレスチナの過激派がどこまで自爆テロを続けるか。またこれまで、対立をわざと煽って和平交渉を潰すためなのか、イスラエル側がパレスチナ側にこっそり武器などを横流しする事件が何回か発覚しているが、イスラエル側がこうした「作戦」を完全に止めれば、テロが減る可能性もある。

 こうしたいくつもの未解決の問題や不透明感はありつつも、とりあえずロードマップが始まるということは、今のところは中道派がこの分野の主導権を握っているということになる。

▼2本の手綱?

 北朝鮮については、不透明感がまだ大きい。北朝鮮が核兵器の保有を表明したことに対し、アメリカ側が「武力による解決も辞さない」という姿勢を強めれば、タカ派主導だということになるが、北朝鮮が出してきた「北朝鮮を攻撃しないとアメリカが約束するのなら、核武装を解除する」という新提案について、中国を通じた間接協議であっても、アメリカが交渉する意志をみせれば、それは米朝関係の「正常化」を最終目標にした中道派的な解決方法になる。

 中国に関しては、北朝鮮問題がそのような方向になれば、当然仲介者である中国とアメリカの関係も悪くなりにくいので、これまた中国を敵視したいタカ派の戦略とは別物の、中道派的な戦略が通ることになる。

 イラクの戦後復興に関しては、アメリカが派遣してきたジェイ・ガーナーはタカ派でネオコン系の人だが、彼が「5月末までにイラク新政府を作る」という方向に動いていることは、ネオコン的な動きではない。新政府が早くできるほど、イラクの分裂や混乱は短期間に収束し、戦後のイラクを弱体化させようとしていたネオコンの意図とは反対の方向になる。

 またネオコンは、イラクの次はサウジアラビアの政権も転覆する(サウジの油田は米軍が守る)という方針を打ち出してきたが、ネオコンの上司であるラムズフェルド国防長官は4月24日「米軍は(サウジアラビアなど)歓迎されない国には駐屯しない」と表明した。サウジアラビアから米軍が撤退する可能性については、あちこちで語られ始めている。米軍の存在は、サウジの人々の反米感情と、親米姿勢を貫くサウジ王室への反感を煽る最大の要因の一つだったが、米軍が撤退するということは、サウジ王室も安定し、サウジ人の反米感情も低下すると思われる。(関連記事

 もともとラムズフェルド自身は、タカ派ではあるもののネオコンではない。アメリカの世界戦略が中道路線に逆戻りしているとしたら、その背景にはブッシュ大統領自身の「ネオコンと中道派という2本の手綱を上手く使い分ける」という作戦があるのかもしれない。その場合、ネオコンを捨てて中道派を再重用するというブッシュの転換にしたがって、ラムズフェルドも方向転換したということになる。



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