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ブッシュの「粗暴」なパレスチナ解決策

2003年4月16日   田中 宇

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「誰が反対しても絶対にイラクのフセイン政権を倒す」という強い頑固さを押し通したアメリカのブッシュ大統領が、こんどは「誰が反対しても絶対にパレスチナ問題を解決する」という強い頑固さを表明し始めている。

 ブッシュ政権は、EU、ロシア、国連と連名で「ロードマップ」と呼ばれるパレスチナ和平計画を近く正式に発表する予定で、そこには、イスラエルは現在行っているパレスチナ人に対するさまざまな抑圧行為を即刻中止し、5月末までにパレスチナ人地域での入植地からの撤退を始めなければならない、といった趣旨のことが盛り込まれている。

 ブッシュ大統領をイラク戦争に駆り立てたのは、ブッシュ政権中枢の各勢力のうち「ネオコン」(新保守主義派)といわれるタカ派の人々で、彼らはイスラエルの右派勢力と強い結びつきを持っている。イラクを牛耳りつつあるジェイ・ガーナー(日本占領時のマッカーサーにあたる行政長官)やアハマド・チャラビ(亡命イラク人のリーダー)などは、いずれもネオコンによる強い後押しを受け、権勢を振るい始めた。

 このように、イラク開戦とともに世界はネオコンの天下となった、というのが世の中の「常識」になりつつあるようだが、だとしたら、ブッシュ政権がイスラエルに不利になるようなパレスチナ和平交渉を進めるはずがない。ブッシュは、アラブ側の反米感情をなだめるために、かたちだけのパレスチナ和平交渉をやってみせようとしているのではないか、という疑問が湧いて当然だ。

▼「アブ・マーゼンをつれてこい」

 ところが、ここ数日間のイスラエルや欧米の報道を見ていると、話は逆の方向に進んでいる。ロードマップ計画は、かたちの上ではイスラエルとパレスチナの双方に協力や譲歩を命じているが、事実上はパレスチナ側にはもう失うものが何もなく、イスラエルの側が大幅に譲歩を迫られている。そのため、イスラエルはアメリカに対し、ロードマップがイスラエルに不利でないものになるよう、条文の100カ所近くを修正することを求めた。だがその要求は、米側のパウエル国務長官に、はっきり断られてしまった。(関連記事

 しかもブッシュ大統領は、近くパレスチナの首相に就任し、アラファト議長から権限の多くを譲り受ける(奪取する)見通しになっているアブ・マーゼン(「改革派」といわれる。本名マフムード・アッバース)を、首相就任直後にホワイトハウスに呼んで話をしたいと明言している。アバスがホワイトハウスに呼ばれてブッシュと握手し、その中継映像を世界に流すことは、ブッシュがアバスを支持しているという強いメッセージとなる。

 アバスは当然「ロードマップの日程に沿って和平を実現できるよう頑張ります」と表明するだろう。そのアバスに対して「努力が足りない」と非難し「だからわれわれも和平に向けた努力をしない」とイスラエルのシャロン首相が言ったら、イスラエルが「アメリカの敵」になってしまいかねない。イラク戦争が始まって以来、アメリカは「敵」に対して容赦しないということがはっきりしている。

 イスラエルの新聞「ハアレツ」によると、ブッシュ大統領はホワイトハウスの会議で、国務省の中東担当官(ウィリアム・バーンズ)に対し「アブ・マーゼンをここにつれてきてくれ」と命じた。バーンズ担当官が「今はマーゼンが首相になれるかどうか微妙な時期なので、アメリカが大っぴらに彼を支持するのは良くないです」と答えると、ブッシュは「とにかくワシントンでマーゼンに会いたいんだ」とはねつけ、その後イスラエル外相に対し「アブ・マーゼンがパレスチナの首相に就任できるよう、あんたたちも協力しなさい」と求めたという。(関連記事

 いかにもブッシュの粗野な単純さが表れているエピソードで、作り話の部分があるかもしれないが、アメリカ政府がこうしたエピソードを流すということは「ブッシュはおなじみの粗野で単純なスタイルで、パレスチナ問題を粗暴に解決しようとしている」というメッセージを発していると読み取れる。

▼「国際社会」の復活も視野に

 イラクに侵攻するときのブッシュの粗野な単純さは、世界の人々を怒らせ、絶望させたが、このパレスチナ問題に対するブッシュの粗野な単純さはどうだろう。ブッシュがこの方向で突進し続ければ、近いうちに世界の人々のかなりの部分が、一転してブッシュを支持し、彼の粗暴さを愛するようになり、彼が2005年にロードマップを完成してパレスチナ国家を無事に成立させることができるよう、来年の選挙で彼が大統領に再選されることを望むようになるかもしれない。

 そしてロードマップに沿って事が進むとしたら、ブッシュは「ネオコンの操り人形だ」と世界から思われなくなり、アラブ世界の反米感情も和らぎ、ヨーロッパやロシアとアメリカとの不和も解消されていくだろう。そう考えると、このロードマップがアメリカ単独の提案ではなく、EU、ロシア、国連という、イラク開戦に際してアメリカとの関係が極度に悪化してしまった国際社会の面々との共同提案になっていることは重要だ。

 このところ、ロシアに人脈があるコンドリーザ・ライス大統領補佐官が、モスクワのプーチン大統領に会いに行ったり、ブッシュとフランスのシラク大統領がイラク開戦後初めて電話で会話したり、シラクとブレアが会談したりしている。これを「先日まで反米だったロシアやフランスは、アメリカがイラクで圧勝するや、アメリカにすり寄っている」と醜いイメージでみる見方もあるが、ロードマップの進展を意識すると、それとは違うイメージに見え始める。

 また、ここ一週間ほどで急に強まったシリアに対するアメリカの強硬姿勢も、ロードマップの準備が進んでいることと考え合わせると、単に「イラクの次はシリアを潰す」ということではないかもしれない。シリアに圧力をかけてゴラン高原問題やレバノンに対する支配力行使など、イスラエルと敵対してきた問題でシリアの譲歩を引き出し「サダムがいなくなり、シリアも譲歩したのだから、もうイスラエルにとっての脅威はなくなったはずだ。君たちはもっと譲歩できるだろう」とアメリカがイスラエル側に圧力をかけるための事前工作なのかもしれないと思えてくる。

 ブッシュが本気でパレスチナ和平を進めようとしているのをみて、イスラエルのシャロン首相は、これまでで最も強い口調で「パレスチナ国家の樹立を支持し、問題となるイスラエル側の入植地の撤退を行う」と発言した。シャロンは「われわれには、他民族(パレスチナ人)を統治する余力も必要性もない」とも語り「いずれパレスチナ国家が現実のものとなるだろう」と述べている。(関連記事

▼中道派の反撃か?

 ロードマップの素案は、すでにイギリス政府によって4月13日に発表されており、4月20日ごろまでに正式な提案内容が発表されることになっている。そこに書かれた和平の進展方法そのものは、それほど目新しいものではない。ブッシュ政権は、2001年1月に就任後「ミッチェル案」(2001年4月)や「テネット案」(2001年6月)などの和平案を提唱してきたが、いずれも和平は実現せずに終わっている。( ロードマップの素案 )

 今回の案は、それらに加え、1993年の「オスロ合意」や、パレスチナ問題に関する3つの国連決議、それから2002年2月にサウジアラビアのアブドラ皇太子が提案した「アブドラ案」など、過去に実現しなかったさまざまな和平案を踏襲するかたちになっている。(関連記事

 ロードマップの前文にはそのことが書かれているが、そこにアブドラ案が重視されていると明記され、サウジアラビア王家の顔を立てるかたちになっているのは重要だ。ネオコンによる中東政策は「イラクの次はイランやサウジアラビアを強制的に民主化する」ことを狙っており、サウジアラビアの王家を窮地に追い詰めて潰すことを視野に入れていたはずだが、ロードマップが進められると、逆にサウジ王家の威信が守られることになりかねない。

 このロードマップは、国連やロシアと共同提案になっていることからみても、国連を潰したいネオコンではなく、彼らのライバルである「中道派」によって進められている。アメリカでこれを主導しているのはパウエル国務長官や国務省、それからCIAといった中道派であり、国防総省やホワイトハウスのNSC(国家安全保障会議)などに在籍するネオコンの手によるものではない。

 ネオコンの主力メンバーであるリチャード・パール(国防政策委員会の前委員長)は最近「国連なんか衰退した方がいい」といった論調の主張を展開しており、ネオコンは国連を潰したいと考えている。ロードマップは、こうした主張とは対立する政策として打ち出されており、ブッシュ政権内の「ネオコンの天下」を覆すための中道派による反撃として打ち出されている観がある。(関連記事

 ブッシュ大統領は「キリスト教右派」の影響を受けていると考えられており、私もそのような論調を書いたが、ロードマップは、それをも否定するものとなっている。というのは、キリスト教右派の牙城である「Christian Coalition of America」は最近、パレスチナ人の都市である西岸のナブルスやベツレヘムなどにあるキリスト教とユダヤ教の聖地は「イスラエルによって守られるべきで、テロリスト(パレスチナ人)に渡してはならない」と主張する議会工作のキャンペーンを始めている。(関連記事

 ブッシュ自身がキリスト教右派だとしたら、こうした主張をまっこうから無視するロードマップを強硬に進めることは考えにくい。また、ロードマップが成功すれば「ブッシュ政権は、中東のイスラム教徒の反米感情をわざと強めることによって『文明の衝突』を演出したいのだ」という仮説も正しくないことになる。

 イラクと戦争した直後に、すぐにパレスチナ問題を解決するという手法は、1991年の湾岸戦争のときにもアメリカがとった戦法だ。湾岸戦争が終わるとすぐ、中東和平交渉が進展し、1993年のオスロ合意が実現している。

▼パレスチナ人が自由を取り戻せるかも

 ロードマップの和平計画は3段階からなっており、今年5月末までの約1カ月半の期間をとった第1段階に、従来の状況から考えるとほとんど実現しそうにないような画期的な提案が、すでにいくつも盛り込まれている。

 たとえば、イスラエルは以前の国連決議などで禁止されているパレスチナ人地域(西岸とガザ)での入植地建設をこれまでどんどん進めており、特に2000年9月にパレスチナ人が「アルアクサ・インティファーダ」を開始した後、入植地を急拡大したが、この急拡大した分は、今年5月末までに撤退しなければならず、その他の入植地の拡大も、人口の自然増による拡大も認めない完全な凍結を求められている。入植地の拡大は、アメリカがこれまで何回か中止するよう求めていたが、すべて事実上無視されていた。

 また、イスラエル軍は「テロ対策」と称してパレスチナ人地域の住宅地を破壊し、パレスチナ自治政府の施設を砲撃するとともに、それに抵抗する人々を殺してきた。イスラエル軍は、パレスチナ各都市間の交通を遮断し、各都市を包囲して人々の移動を禁じた上、外出禁止令を敷くなど、人権侵害や経済活動の妨害を続けてきたが、これらのイスラエル側の活動を止めることも、ロードマップの第1段階に明記されている。

 第1段階は、パレスチナ側がテロの根絶を誓い、イスラエルを攻撃することを止めると明言したときから始まり、これを受けてイスラエル側もパレスチナ国家の建設に協力すると宣言することを求められる。パレスチナ側では現在、アブ・マーゼンの首相就任を前に、アラファトの強硬な反対が続いているが、これが収束してマーゼンが首相に就任した時点で、マーゼン新政権がテロ根絶とイスラエル容認を明言し、第1段階が始まることになる。

 パレスチナ自治政府の治安維持部隊は、2000年9月以来のイスラエル軍のパレスチナ破壊作戦によって壊滅状態になっているが、これを急いで再建する予定で、この再建には治安部隊の訓練などでアメリカが協力し、イスラエルも協力しなければならないことが、ロードマップに書かれている。

 つまり、パレスチナ側が上手にテロ根絶をできない場合、マーゼン政権の努力不足が批判されると同時に、イスラエル側の協力が足りないからだと批判されかねない。従来の中東和平案では、パレスチナ側がテロを根絶しない限り、イスラエル側が和平に協力する必要がない仕組みになっており、和平に反対するパレスチナ側の過激派とイスラエル側が結託するような感じでテロが横行し、和平交渉が頓挫する事態が繰り返されてきた。だが今回は、イスラエル側がそれを繰り返せない仕組みになっている。

 パレスチナ側には、まずアラファト時代の腐敗とテロ容認政策をやめるための政治改革を求めているが、これはすでにパレスチナ自治政府内で首相にアブ・マーゼンが就任し、アラファト議長が権力を奪われた時点で、政治改革が進行しているとアメリカが認めることになると思われる。ブッシュがマーゼンをホワイトハウスに呼ぶ以上、マーゼンは「政治改革を進める人」として描かれることになるだろうからだ。

▼予測されるイスラエル入植者の徹底抗戦

 ロードマップでは、2003年6月−12月の第2段階と、2004−2005年の第3段階までの間に、最終的にはイスラエルに対し、第三次中東戦争(1967年)以降に占領した全地域から撤退することを求めている。

 イスラエルでは、占領地内の入植地からの撤退に強硬に反対している勢力が非常に強くなっている。アメリカが強く要求したとしても、入植地からの撤退には手段を選ばない抵抗があるだろう。入植地に住んでいるイスラエル人の中には、強制的な入植地の撤収が行われた場合、やってくるのが自国の軍隊だったとしても、武装して銃撃して抵抗する気になっている人がたくさんいる。そういう事態になって、イスラエル軍が自国民を撃つことはできないと投げ出した場合、米軍機が入植地を空爆するといったことをブッシュが踏み切れるかどうか。

 またアメリカ国内には、AIPAC(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)など、イスラエル系の強力な政治圧力団体がいくつかあり、AIPACの機嫌を損ねたら大統領は再選されないというジンクスがあるほどだ。ネオコンに代表されるイスラエル支持勢力はワシントン中枢にも無数に入りこんでおり、彼らは強い情報収集力を持っていると思われ、彼らを敵に回すと、スキャンダルその他、何が飛び出してくるか分からない状態になる。ウォルフォウィッツ(国防副長官)やパールなどのネオコンも、この件に関しては今のところ沈黙しているが、裏ではすでにいろいろな対抗策を打ち始めているに違いない。

 張子の虎だったイラクの共和国防衛隊よりはるかに手ごわい敵と、ブッシュは対峙しようとしている。そう考えると、今は「すぐにアブ・マーゼンをホワイトハウスに呼べ」などと威勢が良いブッシュも、今回はすぐに萎えてしまうかもしれない。しかしその一方で、ロードマップを貫徹すれば、ブッシュは世界から賞賛され「良い帝国」として君臨できる可能性が強まる。

 逆に、アラファトの抵抗が強すぎてアブ・マーゼンの首相就任が大幅に遅れるかもしれないし、マーゼンが就任しても、パレスチナにおけるテロ活動を収束されることに手間取るかもしれず、ロードマップが進められない状態になる可能性もある。ブッシュが考えを翻し、ロードマップがいつの間にか消滅してしまうかもしれない。その場合、私はまた「大外れ」の烙印を押されることになる。



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