他の記事を読む

日本の有事法制とアメリカ

2002年4月18日   田中 宇

 記事の無料メール配信

 4月16日に小泉政権が閣議決定した有事法制は、アメリカのブッシュ政権が昨年9月11日の大規模テロ事件の発生とともに発動した有事体制と比べると、かなり穏便な内容となっている。

 とはいえ、沖縄県など米軍基地を抱える自治体のトップが、有事の際に米軍が基地の利用を拡大することに反対した場合、政府がその動きを封じることができるよう、首相が自治体への指示権を持つことになる点は大きい。

 この法案は、周りの国が日本を攻撃してきた場合だけでなく、攻撃してくると予測された時点で、有事体制が発動できることになっている。今の日本は、国防関係の情報収集をアメリカに頼っているので、中国・台湾や朝鮮半島などで緊張が高まり、日本が巻き込まれるかもしれないとアメリカが判断した時点で日本の有事体制が発動され、たとえ沖縄県の知事らが反対しても、東京の政府はそれを無視できるようになる。

 日本では、沖縄の人々は他の地域の人々に比べ、戦争体験と米軍基地を持つがゆえに、戦闘行為に対して敏感だ。今回の有事法制は「沖縄つぶし」の意味があると思われる。逆に言うと、これまで東京の政府は基地の利用拡大などを求めるアメリカ政府に対して「沖縄の人々が反対するのでできません」と言い訳して抵抗することができたのだが、今後はそれが言ににくくなる。今後、小泉首相よりも反戦色の強い人が首相になったとしても、アメリカの軍拡に反対するための外堀は埋められていることになる。

▼アメリカが東アジアの有事を誘発するかも

 アメリカの有事体制は昨年の911事件によって作られたものだが、アメリカ政府は有事体制を作るために911事件の発生を容認したふしがある。これまでに書いた点以外にも、911事件でワシントンの国防総省に旅客機が突っ込んだとされる国防総省ビル(ペンタゴン)の崩壊場所の幅や深さが、衝突したはずの旅客機の大きさと比べて小さすぎるという不審点もある。(関連記事

 アメリカの有事体制が自作自演的な性格のもので、今回の有事法制がアメリカ政府との連携のもとに行われているとすれば、今後アメリカ当局が日本のために有事を発生させてくれる可能性もある。たとえば昨年4月に中国の海南島沖合で、アメリカの偵察機が中国の戦闘機と接触し、米軍機が海南島の飛行場に緊急着陸して乗組員が中国当局に拘束される「海南島事件」があったが、あれなどはブッシュ政権が中国との緊張関係を高めるために企図してやった可能性が強い。

 「オサマ・ビンラディンとCIAの愛憎関係」に書いたように、オサマ・ビンラディンが911事件の少し前までCIAと連絡をとっていたと指摘されているなど、テロリストや麻薬組織、各国の諜報関係者などが接する諜報の世界では、敵だったはずの勢力と味方のような関係になることがときどきある。

 たとえばイスラエルのシャロン首相は、以前からイスラム過激派組織「ハマス」と連絡を取り合い、パレスチナ問題が和平に向かいそうになるとハマスがテロを起こし、それを取り締まるためにイスラエル軍が和平を壊してパレスチナに進軍する、という状態を作り出してきた、という指摘がある。(関連記事

 また、アメリカは1990年にイラクのサダム・フセインを挑発してクウェートに侵攻させ、その反撃として湾岸戦争を起こしているが、あの戦争はサウジアラビアやクウェートなど、ペルシャ湾岸の産油国がアメリカの軍事力に頼らざるを得ない存在にしておくという効果があった。放火魔と消火器メーカーが組んで営業をするような戦略だ。

 このようなことが東アジアでも考えられるなら、たとえばアメリカのCIAが北朝鮮に何らかの働きかけを行った結果、日本近海に不審船が登場するといったシナリオもあり得ることになる。

 以前カイロに行ったとき、エジプトの学者から、オサマ・ビンラディンとサダム・フセインがCIAの関係者かもしれないという話を聞いたとき「金正日もCIAではないのか」と尋ねられた。パレスチナ問題などを通じ、アメリカの行為を懐疑的にとらえざるを得ない中東の人々の目には、北朝鮮とアメリカは単純な敵対関係ではないと見えるらしい。

▼アメリカが挑発をやめる場合には駆け込み立法

 とはいえ、昨今の東アジアの状況は、昨年末に奄美大島沖に不審船が現れたころに比べ、かなり穏健になっている。北朝鮮は「悪の枢軸」に入れられてアメリカを非難したにもかかわらず、アメリカとの交渉に再び応じる素振りを見せているし、拉致問題をめぐる日朝の赤十字会談にも応じてきた。

 そして中国も、アメリカ政府から「敵」にされてしまうのを何とかして防ごうと、いろいろな手を打っている。4月初め、中国の保守派の重鎮である李鵬・全人代常委会委員長が訪日し、日本政府要人と親密な雰囲気を醸し出して帰っていったが、彼は昨年、台湾の李登輝前総統(大統領)の訪日に抗議して自らの訪日を延期し、反日感情を露にしていただけに、今回の李鵬訪日は、中国が日本との関係を好転させたいという意志表示として受け取れる。以前の記事にも書いたように、中国はアメリカとの関係も悪化させないようにしている。

 こうした流れから、今後ブッシュ政権が中国や北朝鮮を挑発する行為をやめる可能性が高く、東アジア情勢が沈静化に向かうならば、小泉政権としてはなるべく早く有事法制を国会に通したいと考えたとしても不思議ではないということになる。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ