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トランプの2層化した欧露戦略

2026年9月8日   田中 宇

この記事は「CIA長官訪露と欧露戦争の拡大」の続きです。

8月25日にラトクリフCIA長官がモスクワを訪問した後、ウクライナや欧露をめぐる状況は、戦争方向と和平方向に分裂・2層化している。トランプが意図的に2層化している、とも言える。
2層のうちの1層は、英国とロシアの対立激化に加え、ドイツとロシアも対立を強めるという、外交と軍事の欧露対立の激化だ。

英国はその後も、ウクライナがロシアの奥深くまで攻撃できるよう軍事支援を加速している。8月24日のウクライナ独立記念日にバーナム英首相がキエフを訪問、英仏が開発した長距離巡航ミサイルMBDAの機密の技術をウクライナに提供することを決めた。ロシアはこれを英国のウクライナ参戦とみなし、露軍が英国軍の(英本土やウクライナやその他の欧州にある)施設に報復攻撃せざるを得ないと言い出している。
UK to share missile tech with Ukraine, says PM Andy Burnham

英海軍は8月29日、自国周辺海域にいるロシア船舶(影の船団)に対する追跡監視を強化、8月31日には英政府が対露金融制裁を強めた。
9月1日には露政府が、英露対立で7月から空席の駐英大使の新任者の派遣は、適切な時期が来るまで行わないと発表した。昔から良くなかった英露関係がさらに悪化している。
ウクライナ開戦前と似た感じで、英国がウクライナにロシア攻撃を激化させてロシアを怒らせ、戦争を勃発したがっている。英露が戦争になりそうな感じは、CIA長官訪露後も加速している。
Royal Navy spent three days tracking Russian vessels in UK waters

CIA長官訪露後の欧露関係の変化で特筆すべきは、英国だけでなく、ドイツも新たにロシアと強烈に対立し始めたことだ。
話の中心は、8月4日に独東部ライプチヒのハレ空港で、ウクライナへの支援物資を載せた貨物機の近くで爆弾を載せた無人機が発見された事件について、独政府が9月1日、ロシアの攻撃であると正式に発表したことだ。
露政府は事件発生直後から自国の関与を否定し、独当局が発し続けるロシア犯人説を根拠薄弱だと非難してきた。
AuBenminister Wadephul zu russischer Urheberschaft bei Anschlagsversuch in Leipzig bei der gemeinsamen Pressekonferenz mit Innenminister Dobrindt

ライプチヒ事件をめぐる独露対立は8月からあったが、正式な対立でなく、独政府は捜査中だと言っていた。だが、CIA長官の訪露(後のドイツへの指示?)を待っていたかのように、独政府は9月1日にロシア犯人説を正式に声高に言い出し、独露対立が劇的に高まった。
独政府は対露制裁を強化し、自国内のロシアの領事館や文化施設を閉鎖し、ロシアの船舶への監視と追尾を強化した。露政府は、ドイツの行為は戦争と同じだと非難し、報復として自国内のドイツの領事館や文化施設を閉鎖した。ドイツはCIA長官の訪露後、英国と並んでロシアと対立(複合戦争)しはじめた。
Putin Outraged At Norway's Seizure Of Russian Expedition Vessel In Arctic Waters: 'State Terror'

独政府が発表したライプチヒ事件のロシア犯人説は、かなり無理やりだ。発見された無人機やアンテナ類に付着したDNAの鑑定からロシア旅券保有の2人が浮上し、この2人が露当局の意を受けて犯行したことになっている。
だが、露当局の犯行なら露旅券を使わないはず。歴史的に見て、露旅券を使う要員が多いのはロシアでなくウクライナの諜報界だ。
3機の無人機が関与したことになっているが、2機目(DHL機に衝突)は野鳥を誤認した可能性がある。3機目の話は最近(CIA長官訪露と同期)公開され、空港近くの畑で見つかった爆弾搭載の無人機の残骸で、犯行の予備用だったとされる(犯人以外が事件後に置くことが可能)。
Bus driver kicked explosive drone out of the air at German airport, lawmaker says

独政府は、東欧各地で起きている無人機領空侵犯など複合戦争のすべてがロシアの仕業なので、ライプチヒ事件の犯人もロシアだという話にしている。私も前回の記事で、複合戦争のロシア犯人説を軽信してさらりと書いてしまった。
だが、この手のテロや隠然攻撃は歴史的に、自作自演とか逆偽旗が多い(25周年になる911事件とか)。諜報事案は、一つずつの事件の周辺を深く探っていき、陰謀論として誹謗中傷されても自粛せず分析していかないと、諜報界のプロパガンダに取り込まれる。
Berlin's latest Russia panic is reckless even by its own standards

ライプチヒ事件が、露当局の仕業に見せかけたククライナ当局の偽旗作戦だったとしても、全体的に辻褄が合う。ウクライナもロシアも高度な無人機技術を持っている。
ライプチヒの空港は、NATO各国からウクライナへの支援物資の中継地点だ。無人機の一つはウクライナ貨物機に衝突したが爆発しなかった。ウクライナ当局が真犯人なら、自国の大事な貨物機を爆発させずに偽旗作戦をやりたいはず。
The Leipzig Incident Has All The Hallmarks Of A False Flag

ウクライナ諜報機関(SBUやゼレンスキー)を最も操っているのはMI6など英諜報界だ(CIAでない)。英国がウクライナにライプチヒで偽旗作戦をやらせ、ドイツを露敵視の構図に巻き込んだ可能性がある。
ドイツはウクライナ開戦半年後の2022年9月にも、ロシアの天然ガスをドイツに運んでいたノルドストリーム海底パイプラインを、英国系の諜報勢力によって破壊されている。英国系の犯行がバレそうになったので、最終的にウクライナ諜報界の単独犯行という話にされている。
ライプチヒ事件も、英国系の破壊活動をドイツ人が歪曲話で軽信させられる構図が同じだ。
単独覇権とともに崩れゆく米諜報界

欧州ではスウェーデンも、CIA長官訪露後の8月28日、ロシアと接するフィンランドの対露防衛強化のためにスウェーデンの空軍と海軍が恒久的に参加していく策を発表した。フィンランドは法改定し、7月1日から米英仏の核兵器を置けるようにした。
8月31日には仏マクロン大統領がスウェーデンを訪問し、フランスがスウェーデンの軍事強化に協力する枠組みを決めた。CIA長官の訪露は、欧州の露敵視な軍拡を進める起爆剤になった感じだ。
Sweden to deploy fighter jets, warships to Finland

2層化した欧露対立の1層目はそんな感じだ。そして2層目は、9月6日からトランプ特使のウィトコフとクシュナーがモスクワとキエフを訪問し、プーチンとゼレンスキーに相次いで会ったことに始まる。トランプは特使の派遣により、米国がロシアとウクライナを停戦・終戦させる仲裁の動きを再開した。
プーチンは、ロシアが併合したドンバスとクリミアの領有権をウクライナが放棄することを求めているが、ゼレンスキーは領土の放棄を拒否している(少なくとも戦後のウクライナの安全が保障されないとダメだと)。
US Envoys Witkoff, Kushner Land In Moscow For Peace Talks As Putin Halts Attacks On Kiev

ゼレンスキーはむしろ、兵器が足りないのでもっと支援してくれとウィトコフらに要求した。ウクライナ停戦は実現しそうもない。だが今後、米露ウクライナの実務者級の会合が何回か開かれていきそうな話にはなっている。トランプは、ロシアとウクライナを仲裁しつつ、米国がロシアと和解していく流れを再び作った。

8月25日のCIA長官の訪露は、英独など欧州がロシア敵視を強める流れを作った(1層目)。だが9月6日からのウィトコフらの訪露は、米国がウクライナ停戦交渉を仲裁しつつ、ロシアと和解していきそうな流れを作った(2層目)。
トランプは、欧州にロシア敵視を強めさせつつ、米国だけロシアと和解していこうとしている(欧州の露敵視を維持するため、表向きは欧州に同調して露敵視を保つだろうが)。
これはトランプの意図的な策略だ。だからトランプは、欧州の露敵視を進めるCIA長官の訪露と、米国の対露和解を進めるウィトコフらの訪露という2つのモスクワ訪問を、別々に派遣したのだろう。

▼欧露戦争を起こして米国を巻き込みたい英国

トランプはなぜ今のタイミングで、こうした2層の動きを再開したのか(トランプは2期目の就任直後の2025年2-3月にもウクライナ停戦を仲裁したが短期間で終わった)。
最もありそうなことは、英国がロシアを戦争拡大に引き込もうとしているので、トランプがそれを止めたり、ねじ曲げて英国系の敗北に至らせようとしている、という流れだ。

英国とその傘下の勢力は、世界と欧州の両方で、かなり追い詰められている。世界的には、米覇権運営(諜報界の主導権)をめぐるリクード系との暗闘に負けている。リクード系のトランプは、表向き英国と親しくする演技をしつつ、裏で英国系を自滅させる動きを続けている。
欧州では、英国系の仇敵であるAfDやルペンといった親露でNATO批判派の極右が独仏の政権を取ろうとしている。AfDはすでに9月6日の旧東独のザクセン・アンハルト州議会選挙で大勝し、戦後初の「極右主導の州政府」ができそうなところにきている。
AfDがドイツの連邦政府の政権を取るのは時間の問題だ。来年5月の仏大統領選挙で極右のマリーヌ・ルペンが当選する可能性も強まっている。
Germany's Anti-Immigration AfD Party Reaches Record Support Days Before Pivotal State Election

いずれ極右が独仏で政権をとったら、独仏協力でEUから権限を剥奪しつつ英傀儡を放逐し、NATOを有名無実化し、対露和解していく。米露独仏がすべて反英的な極右政権(リクード系)になり、英国は孤立した「沖の小島」に成り下がる。
そうなる前に、英国は、新たな欧露戦争を誘発し、欧州を露敵視で団結させて英国が主導役になり、できれば米国も露敵視に巻き込みたい。
そのための策として、英国は6月ごろからウクライナへの軍事技術などの支援を拡大し、ロシアを怒らせて英露対立を強め、そこに全欧を巻き込んできた。
How Britain built a war network around Russia

欧州では、ロシアが今にもバルト三国のどこかに「ちょっと侵攻」しそうな感じが流布されてきた。ロシアがNATOの5条(集団防衛の義務)が機能不全であることを暴露する目的でちょっと侵攻するかもという話だ。私も前回の記事で、この構図を鵜呑みにして書いた。だが、この話は実のところ、英国がロシアを挑発して侵攻を誘発する流れとして具現化するかもしれない。
バルト三国でなく、親露な沿ドニエストルをいじめているモルドバが対露挑発に使われる可能性もある。すでにモルドバに隣接するウクライナのオデッサ周辺では、戦闘の頻度が高まっている。
Russian forces strike two Ukrainian army’s logistics centers in Odessa Region

英国系はかつて傀儡化したウクライナ軍に国内の露系住民を攻撃させ、ロシアの反撃を誘発して2022年のウクライナ開戦を起こした。この戦争はロシアを敗北させるはずだったが、実のところ英国系は諜報界でリクード系に出し抜かれており、リクード系は開戦前からプーチンに入れ知恵し、ウクライナと英欧を劣勢にした。
ウクライナ戦争は、その後の隠れ反英なトランプの返り咲きと組み合わせ、戦争が長引くほど英欧を疲弊・自滅させる構図になっている。英国は、リクード系にしてやられて大幅に弱体化し、崩壊寸前だ。だから英国は、ここいらで一発大逆転せねばならない。これは、英国にとって最期の機会だ。
Moscow has stopped calling Britain ‘Great.’ Here’s why

そうした英国の対露戦争誘発の動きが激化したところで、8月25日にCIA長官が訪露した。CIA長官が欧露の対立を扇動したというより、欧露の対立が激化したのでCIA長官が訪露したと考えた方が良いかもしれない。
トランプは欧露の対立激化を止めていない。放置している。対立激化を止めたければ、ドイツ政府にライプチヒ空港事件の犯人がロシアだと根拠薄弱な発表をさせなかったはずだ。
欧露の対立が激化するほど、欧州は軍事費を早く増額し、トランプの目論むNATO3.0を実現できる。米国の兵器類を欧州に高値で売れる。だからトランプは、英国系が目論む欧露対立の扇動を止めない。そのようにも考えられる。
Who really benefits from the CIA chief’s Moscow trip?

しかし、もし英国が本当にロシアを挑発して新たな欧露開戦を実現できたら、それは英国がトランプをロシアとの戦争に巻き込む策略になる。英国系に勝っていたリクード系のトランプが逆転されうる。英国系は、自分たちの破滅を回避するために何でもやる。トランプは、本当の欧露開戦を警戒し、回避せねばならない。
そこで、2層目のウクライナ和平交渉の再開が出てくる。和平交渉は、短期的に欧露戦争の可能性を低める。

中長期的には、別の筋書きになる。ウクライナ停戦が本当に実現できるのかどうか怪しい。トランプがプーチンの希望を優先するので、英仏は対抗してゼレンスキーの希望を声高に代弁し始めている(後述するキリロ・ブダノフの存在を考えると、意外に停戦が成功するかもだが)。
英仏がウクライナを外交支援した結果、トランプの停戦仲裁が失敗したら、トランプは英仏のせいで失敗したと言って、ウクライナやNATOへの支援をさらに縮小する。英仏は、米国に頼らずウクライナを支援する傾向を深め、ジリ貧になる。
Ukraine cannot be settled like a business deal

英仏軍がウクライナに駐留したら、露軍がそれを標的にしうる。ウクライナで英露が交戦しても、NATO外の話なので米国に支援義務がない。
ウクライナ停戦が成功した場合も、英仏は停戦後のウクライナに平和維持軍として入ることを計画している。ロシアはそれに反対している。これまた露軍がウクライナ駐留の英仏軍を標的にしうる。

トランプは、ウクライナの停戦交渉が始まったら、交渉の場を借りて米露対話を深めると示唆している。プーチンも9月3日のウラジオストク演説で、ウクライナ和平の可能性を指摘しつつ、対米関係を完全修復したいと表明している。
Putin Says There's A Chance Of Ukraine Peace Deal, Wants To Restore Full US Relations

米露はすでに8月31日、米国で開かれたG20財務相会議でベッセント米財務長官がロシアのシルアノフ財務相と会談し、ウクライナ戦争後の金融経済面の米露協力について話し合った。
欧州諸国は、米国がロシアをG20会議に招待したことを非難し、集合写真の撮影にロシアを入れるなとゴネた。英傀儡なドイツの財務相は、ウクライナ戦争が続く限りロシアと正常な関係を持たないと宣言した。米欧の温度差が拡大している。
Europeans bristle at Russia's return to G20

▼キリロ・ブダノフの登場

ウクライナの諜報界では、英国系と米国系の間で銃撃戦も起きている。9月2日にキエフで、内務省の情報機関であるSBU(保安庁)が、軍部の情報機関であるGUR(情報総局、HUR)の要員をロシアのスパイ容疑で拘束し、GURの関係先を捜索し始めたため、GURとSBUの要員間で銃撃戦になった。
ウクライナの諜報界は開戦後、MI6など英国系の影響下にあり、SBUもゼレンスキーも英国系の傘下にあった。しかし最近は、CIAが育てた諜報将校のキリロ・ブダノフが長官となったGURが台頭した。ブダノフは今年初めからゼレンスキーの大統領府長官という要職につき、ゼレンスキー政権を仕切り始めている。
Kyrylo Budanov - Wikipedia
Inside The Fight Of MI6 And CIA Proxies Over Who Is To Lead Ukraine

これは、トランプになってから米国系が英国系を押しのけてウクライナの上層部を握った感じだ。英国系のSBUは不満をつのらせ、ブダノフ傘下のGURの要員にスパイ容疑をかけて弾圧しかけ、銃撃に発展した。
ブダノフは開戦後、ウクライナ軍の部隊を率いて露軍に反攻して激しく戦った。だがその後、トランプが2025年にロシアとウクライナを仲裁した際には、ウクライナ代表団の主導役の一人として、対露和解交渉の場に座っていた。
Ukraine's Zelenskiy says investigation underway after clash between two security agencies
The Newly Violent GUR-SBU Rivalry Is Ukraine’s Most Important Domestic Political Dynamic

ブダノフは対露和解派であり、だからこそトランプ政権から推され、ゼレンスキーのお目付け役になっている。9月4日にはNYタイムスがブダノフを評価する記事を出している。
ブダノフはウクライナの諜報幹部として、ロシア諜報界の上層部(プーチンも諜報界出身)や、ロシアの諜報安保活動の兵站や周辺部を担ってきたワグネルのプリゴジンとも交渉・対話してきた。露軍との捕虜交換も手掛けてきた。
露敵視で英傀儡のBSUから見ると、たしかにブダノフは親露派だ。しかし、ウクライナが国家としての統合を維持するために対露和解するしかないとしたら、ブダノフこそ交渉役にふさわしい。逆に、ブダノフを敵視する英傀儡なBSUは売国奴だ。
After Fighting Russia Fiercely, He Wants to Forge Ukraine’s Path to Peace

ブダノフは、9月下旬にも米国仲介の停戦協議が再開されるが、冬の間はロシアが攻撃を試み続けるので、停戦の条件が整うとしたら来春以降だと言っている。これはかなり具体的だ。
ブダノフが大統領府長官としてウクライナを実質的に率いて、米国仲裁の今後の対露交渉を進めていくだろう。これまでのゼレンスキーの米露との交渉は、戦闘での不利を挽回するための時間稼ぎだったが、今後のブダノフは、本当に停戦和平する可能性がある。
9月2日の銃撃戦は、この流れを止めようとする英国系の最後のあがきだったのかもしれない。それとも、この暗闘はまだ続くのか。しばらくは緊張が続く。
The head of the Ukrainian presidential administration announced that peace negotiations between Ukraine and Russia could take place in September, with the participation of the USA.
We cannot stop war now, we will be fighting in winter - Head of President's Office

今回の記事も、延々と、ああでもないこうでもないになっている。読みにくくて申し訳ない。



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