他の記事を読む

イラン戦争の膠着化はイスラエル覇権の強化策

2026年8月12日   田中 宇

トランプとイスラエルが、イラン戦争を意図的に膠着化してイスラエル覇権を強化する策略を続けている。世の中は、イラン戦争の膠着化をトランプの大失敗と考えている。だが、私が見るところではそうでなく、意図的なものだ。

イランは、ホルムズ海峡の対岸にあるオマーンと協議して、2カ国でホルムズ海峡の船舶航行を管理しようとしている。管理の対価として貨物の価値の3-7%にあたる通行料を設定する予定だ。
トランプ政権は、イランとオマーンの動きを即座に拒否するかと思いきや、そうでもない。ベッセント財務長官は8月8日、イランとオマーンの協定を容認するかのような姿勢を見せた。
Iran Insists US Must Meet Stringent List Of Demands Before Hormuz Opens

米軍は2月末以来のイラン戦争で、ミサイルの在庫をほとんど使い果たしたという説が流布している。流布し始めた当初、この話は本当で、トランプはミサイル在庫の払底を早く教えなかったヘグセス戦争長官を叱責したと伝えられた。
だがトランプはその後、在庫払底説は大ウソで、この偽情報を流布した犯人を探して刑事罰を与えるつもりだという態度に大転換した。どっちが本当なのか。米軍のミサイル払底は本当なのか、ウソなのか。
Trump says he is happy with Hegseth after ‘treasonous’ reports of fight over munitions shortages

本当はやはり払底しているが、払底を認めると米軍の弱さが露呈してしまうことに気づき、トランプは払底をウソだと言い直した、という話も出ている。
米軍のミサイルが払底しているので、トランプはもうイランとの戦争を継続できず、だからイランとオマーンのホルムズ管理を認めるような動きになっている、という説だ。
ここからさらに発展し、米軍の上層部では、イラン戦争の終りが見えないので政治決着した方が良いという意見が出始めた。
Joint Chiefs Chair Pushing For Iran War Off-Ramp, Warning Escalation Will Backfire

ホルムズ海峡は国際法上の国際海峡(国際航路)で、国際社会の共有財産であり、国連海洋法条約によってすべての船に自由航行が認められている。国際航路の自由航行は、戦後の米英(英国系)覇権のグローバリズム、自由市場体制の基盤だった。
イランとオマーンという沿岸2国が海峡を排他的に管理して通行料を課すことは国際法に反している。ただし、2カ国による管理を米国など国際社会が認知するのなら話は別だ。
イランとオマーンのホルムズ管理が実現すると、戦後の米英(英国系)覇権に風穴が開く。覇権の弱体化を象徴し、マラッカやジブラルタルなど、他の国際海峡の自由航行体制も揺らぎかねない。
Trump willing to end war, declare victory on Iran with no nuclear deal, officials say

ホルムズが開きそうだ、という話で一時的に石油相場が下がった。米国が負けてイラン戦争が終わる流れになるかも、という話で米国債が売られ、大幅に凹んだままの金相場が少し上昇した。
米民主党の上院議員(Chris Murphy)や、トランプ敵視に転じた権威筋の国際政治研究者(John Mearsheimer)が、トランプはイラン戦争に負けたんだと言い出している。みんな、米軍の兵器が払底しているという話を事実だと考えている。
US senator says Trump has ‘lost’ Iran war
Trump ‘flailing around’ over unwinnable Iran war - John Mearsheimer

イランとオマーンがホルムズ海峡を管理する話は、イランが、米国に突きつけたすべての要求(撤兵や損害賠償)に応じない限りホルムズは再開しないと言い出した。米国はイランの要求を突っぱねているため、具現化できない袋小路に入った。
US military pressure forcing Hormuz closure – Iran

米国がイランとの戦争再開を避けるなら、イスラエルが単独でイランと戦争再開するかも、という説が出ている。だがこれに対してイスラエルのメディアは、米国がイランを加圧し続けてくれるなら、戦闘がなくてもイラン政府は弱体化し続けるのでイスラエルはそれで良いと考えている、という解説を流している。
Israel prefers Iran pressure without war, but officials warn: ‘Trump is unpredictable’

結局ホルムズは再開せず、米軍によるイランの海上封鎖も続いている。8月11日には米軍が、封鎖を突破してイランの港に向かおうとしたパナマ籍のコンテナ船(Vera Nova)を攻撃した。イランは報復として、親米アラブ諸国の石油ガス施設などを追加で攻撃するかもと言っている。
IRGC threatens attacks on global infrastructure as mediators push for deal

ホルムズ再開の可能性が下がり、米イランの対立が再燃した。開戦前に1日140隻だったホルムズ海峡の通行量は、8月10日に、1日6隻まで減少した。それ以前の10日間の平均は1日11隻だから、減った上のさらなる半減だ。
Hormuz Traffic Sank To Just Six Vessels Monday

こうした最近の流れについて、世の中では以下のように考えられている。
トランプがイスラエルの言いなりになって、稚拙で好戦的なイラン戦争を展開した挙句、イランを打ち負かせないまま米軍のミサイルが払底し、停戦・終戦せねばならなくなっている。
イランはホルムズ管理案をオマーンとまとめ、トランプが撤兵・譲歩したらホルムズ海峡を再開すると言っている。世界の石油ガス流通を復活させたい人々(アラブや英傀儡)は、トランプに敗北を認めろと要求し始めている。
だが、それはトランプのプライドが許さない。イランは強硬姿勢を崩さない。戦闘は下火だが、ホルムズは閉まったままだ。事態は米国が不利なまま膠着している。
もしトランプが譲歩して、イランとオマーンによる管理下でホルムズ海峡が再開したら、それは国際航路の自由航行体制の崩壊であり、グローバリズムや英国系覇権の破綻の始まりを意味する。英国系の人々は、それも容認しがたい。トランプのせいで、状況が行き詰まっている ・・・。(世の中の説明ここまで)

私が見るところ、米軍ミサイルの払底話は、少ない戦闘でホルムズ閉鎖を長引かせるために、トランプ側(リクード系支配の米諜報界)が意図的に流している。
トランプ側は、ホルムズ閉鎖を長引かせるために、イランの過激な防衛隊政権を延命させたいが、その点でも米軍がミサイル払底でイランをあまり攻撃できないという話にしておくと好都合だ。
トランプは、ウクライナ戦争の継続を英欧に任せ、米国は足抜けして英欧(リクード系のライバルである諜報界英国系)の自滅が加速するようにしたい。その面でも、ミサイル払底話は有効だ。トランプは、ミサイルをイランで使い果たし、もうウクライナに出す分がないので英欧だけで出してくれと言える。
Kiev, West may be forced to accept Russia’s terms

トランプが譲歩してホルムズ海峡がイラン管理下で再開され、戦争が終わると、イラン国内政治の有事状態が解け、対米和解を進めたい現実派(ペゼシュキアンら)が力を回復し、好戦的な革命防衛隊の政権が崩れかねない。
防衛隊政権は自己の延命のため、トランプと和解するわけにいかない。だからトランプとの交渉で強硬姿勢を崩さず、和解や海峡再開が具現化しないようにしている。

トランプ側(リクード系)は、防衛隊政権を延命させたいが、彼らが強くなりすぎるのも困る。また、アラブの産油量が不可逆的に大幅減少したら、ホルムズ閉鎖長期化の目的が達成されるので、防衛隊政権は必要なくなり、イランを政権転覆する策に転じねばならない。
それらのためにリクード系は、防衛隊政権に入れ知恵して動かし、すでに死んでいるモジタバ・ハメネイを生きていることにして最高指導者に就かせ、防衛隊がモジタバのふりをしてイランの権力を握る構図を作らせた。
モジタバ・ハメネイはすでに死んでいる

リクード系は、マスコミ権威筋やインターネット(AIとかグーグル)を通じて世界のプロパガンダ(何が事実かということの不正操作)を握っている。リクード系は今のところ、モジタバ死亡説を偽情報・妄想扱いして、世界の人々にモジタバが生きていると軽信させている。だから、イラン国内でもモジタバ死亡説はタブーだ。
"Lie To People Who Want To Be Lied To": How To Make A Political Fortune As A Far-Left Democrat

8月8日、イランの国営メディアが、モジタバが神学生たちと懇談している動画を発表し、モジタバ健在説を強化しようとした。だが、この動画がイラン開戦前のものであることがすぐに明らかになり、むしろイラン当局がモジタバの生存を証明できないことが露呈した。
モジタバは死んでいる可能性が高まったが、リクード系のプロパガンダを軽信させられている世界では、依然として、誰もモジタバ死亡説を声高に言い出さない。
Mojtaba Khamenei in good health, although video with him is old

だが、いずれ必要になったら、リクード系はプロパガンダ機能を動かし、モジタバ死亡説が事実に近いと人々が思うように誘導できる。イラン国内でも、防衛隊がモジタバの死を隠蔽して権力を詐取してきたことがバレていき、防衛隊政権が崩れていく。
リクード系は防衛隊政権を用済みにして転覆させ、代わりにリクード系の傀儡政権を据えていく。これがイラン問題の完成形だ。
いつそうなるかは、まだ見えない。アラブ油田ガス田の状況悪化や、世界のエネルギー流通の操作による英国系諸国の自滅により、リクード系の世界戦略が完遂したら、イランが政権転覆する。

イラン開戦後、6か月近くが過ぎた。この間、アラブ産油国、とくにイラクとクウェートとカタールは、石油ガスをほとんど輸出できていない。
カタールとクウェートは、ホルムズ海峡航路以外の輸出路がない。イラクは、タンクローリーを使った陸路でトルコやヨルダンに石油を出すことができるが、量が多くない(産油量の3-10%)。コストも高い。

これらの諸国は、タンカーの位置情報発信機(AIS)を切って、イラン当局に知られないようホルムズ海峡をこっそり通過するやり方で、開戦前の輸出量の6-8割ぐらいの石油ガスを出せていると発表している。
だが、その話は多分、今後のOPEC内の生産枠を確保するための誇張だ。それに、AISを切ったタンカーは、無事にホルムズ海峡を通過できるのか不確実性とリスクが高い。
イラン当局に見つかって警告されたら、ペルシャ湾内に引き返すか、下手をすると攻撃されて沈没する。保険も、高価もしくはつけられない。輸入する側は、安定的なエネルギー供給源とみなせない。

イラン開戦前、信頼できる安定した石油ガス輸出国だったイラクやクウェートやカタールは今や、高リスクなB級の供給源だ。
これらの国々の油田ガス田はおそらく、すべて閉鎖されている。各政府は完全閉鎖を否定し、何割かを出していると言っているが、すでに述べたように誇張の可能性が高い。各国は備蓄施設も少ない。カタールのガス施設はイランに空爆され、復旧に3-5年かかる。
ホルムズ閉鎖を長期化し世界のエネルギーを支配

今後、可能性は低いが、イランとオマーンの管理下でホルムズが再開されたとして、ホルムズ航行が開戦前のような低リスクに戻るのか??。米イラン間の敵視は続くので、ホルムズはいつ再閉鎖されてもおかしくない不安定な状況が続き、高リスクなままだ。保険料も下がらない。
ホルムズが不安定な状態で、イラクやクウェートは閉鎖した油田を再開するのか。半年かけて注水などして油田を再開しても、その後米イランの対立が再燃してホルムズが再閉鎖されたら、せっかく再開した油田を再閉鎖せねばならない。
油田ガス田は、閉鎖と再開を繰り返すと、地下の地層の劣化が激しくなり、次に再開しても産油量が激減する。ペルシャ湾内の油田ガス田は、破綻への道を歩まされている。
世界はペルシャ湾を見捨てつつある。それは、トランプとリクード系の策略でもある。
ホルムズ開閉繰り返しで中東の油井を破壊する?

米国と並ぶ世界最大級の産油国であるサウジアラビア(開戦前に日産1000万バレル前後)は、油田のほとんどがペルシャ湾岸にある。紅海岸へのパイプラインがあるので、その輸送量を日産500万から700万バレルへと増強し、ホルムズ経由の石油輸出をほぼ停止している。
パイプラインをさらに増強すれば、サウジは開戦前の石油輸出量を回復できる。ホルムズ迂回によりサウジ原油は開戦前の低リスクに戻ったかに見える。
だが、紅海からインド洋への出口にあるイエメンにいるイラン傘下の民兵団フーシ派が、イエメン内戦の敵でもあるサウジへの報復として、サウジ原油を積んで紅海からインド洋に出るタンカーを攻撃している。
Fire Erupts At Saudi Aramco's Jazan Refinery As Iran-Backed Houthis Claim Drone Strike

この攻撃により、サウジ原油が持つリスクは再び大幅に上がった。イランの防衛隊政権は最近、フーシ派に対するテコ入れを改めて表明した。
リクード系は諜報力を駆使して防衛隊政権の好戦策を扇動できる。サウジ原油のリスク低下を妨害するのも、リクード系の策略の一つと考えられる。
イスラエルは、イエメンの対岸にあるソマリランドと親密な関係を結び、イスラエル軍はソマリランドに秘密の空軍基地を設けている。イスラエルは、フーシ派を過激化することも、抑止することもでき、延々とサウジを困らせられる。
Iran Tells Houthis To Close Red Sea Energy Chokepoint If Trump Bombs Power Grid

サウジの権力者MbS皇太子は、米イスラエルから脅威を受けている。その対策としてMbSは8月9日、これまでサウジとパキスタンで結んでいた安保協定にトルコも誘い入れて拡大するリヤド協定を結んだ。
イランの周辺にある3か国が連携してイランの脅威に立ち向かおうという趣旨だ。
トランプの米国はイスラエルに取り込まれ、イランの過激な防衛隊政権を延命する策をやっている。サウジの安全を守ってくれなくなっている。
Turkey ,Saudi ,Can ‘Islamic NATO’ reign in both Israel and Iran?

それでMbSは、せめてもの穴埋めとして、トルコを安保協定に誘い入れた。しかし、この協定も張り子の虎だ。
トルコは表向き、パレスチナ問題や、シリアへの影響力行使などの面で、イスラエルを非難したり競ったりしているライバル、もしくは敵だ。
だがトルコは実のところ、イスラエルの敵として振る舞う役割の傀儡、もしくは「隠れ親イスラエル国」だ。この役割を担う見返りに、トルコはコーカサスへの影響力増加を許されている。イスラエルは、プーチンを加圧してコーカサスでのロシアの影響力を低下させ、その分をトルコに与えている。

MbSはエルドアンにカネを払い、安保協定に入ってもらった。トルコ外相によると、安保協定にはNATOの5条のような相互防衛義務が盛り込まれている。
だが、もし今後サウジがイスラエルと敵対した場合、トルコが本気でサウジを助けるとは思えない。イスラエルはトルコに入れ知恵して、サウジを助けるふりをして陥れさせるだろう。
トルコもイランも、イスラエルの「駒」だ。サウジも駒になるしかない。
Turkey ,Saudi ,Can ‘Islamic NATO’ reign in both Israel and Iran?

結局、アラブ産油国でうまく石油を出せているのは、イスラエルと親密なUAEだけだ。UAEは進んでイスラエルの「駒」になっている。見返りにイスラエルは、UAEがうまくやれるようにしている。

サウジがイスラエルの駒になりたくても、イスラエルがそれを許さないかもしれない。イスラエルの目標は、アラブ諸国の石油ガスの産出量を長期的に激減させ、アラブの経済力を大幅に落とすことだ。
イスラエル周辺の諸勢力は、弱体化するか、イスラエルの傀儡になる。UAEは小さな国だからイスラエル傀儡にしてもらえたが、サウジは現状だと強すぎる。
サウジが石油を出せない状態が長期化し、国民がサウド家への不満を強めてMbSの政権が転覆されるぐらいの事態になり、サウジが大幅に弱体化したら、駒にしてもらえるかもしれない。

イスラエルは今回のイラン戦争(やガザ戦争、シリア転覆など)を通じて「文明の衝突」で示されたイスラム世界との戦いに勝とうとしているように見える。
すでにパレスチナ抹消は進行している。シリアは隠然と傀儡化され、レバノンは敵でなくなりつつある。イランは、軍事的に無力化したが、ホルムズ閉鎖のために防衛隊政権を延命させている。
ホルムズ閉鎖の長期化で、アラブ産油諸国は壊滅していく。「周囲をイスラム諸国に囲まれて孤立している」という、イスラエルについてこれまで言われていた常識が覆されていく。

イスラエルは、イスラム世界の中でも、UAEやモロッコ、トルコ、アゼルバイジャン、カザフスタン、インドネシアなど周縁的な諸国を、イスラエルの側に取り込んで世界戦略で使おうとしている。
だが、サウジとイランはイスラム世界の中心であり、イスラエルにとってかなり弱体化させねばらない相手だ。それによってイスラエルは、イスラム世界との「文明の衝突」を、構図ごと破壊しようとしている。
世界はイスラエル覇権体制になった

アラブ諸国が石油ガスを出せなくなった分は、米国とロシアが穴埋めする。米露はいずれも親イスラエル(またはイスラエル傀儡)だ。トランプは、親イスラエルな国には石油ガスを売るが、反イスラエルの国には売らない。潰れるままに放置される。世界的に、反イスラエルな諸国が減っていく。
親イスラエルな日本は金融が何とか持っているが、政府がイスラエル敵視な韓国は株価が暴落させられた。米軍は、韓国から迎撃ミサイルを運び出して防衛力を低下させた。

トランプは不人気が増しているが、米民主党は極左化がひどくなり、もっと不人気が増している。民主党は中間選挙や次期大統領選で勝てない。ヒラリー・クリントンが自党の極左化による支持低下を警告している。
米諜報界を握るイスラエルは、極悪だがとても強い。トランプは負けない。負けるのは、米国でも欧州でも日本でも、トランプやイスラエルや高市を非難・誹謗するリベラル派の方だ。
Hillary Clinton Warns Dems: GOP's Anti-Communist Messaging "Very Effective" As Marxist Hijack Party
Hillary Clinton Fears "Revolution" Preventing The US From Becoming A "Rainbow Nation"



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ