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トランプのベネズエラ攻略

2025年1月5日   田中 宇

1月3日、トランプ政権の米国がベネズエラの首都カラカスに侵攻し、マドゥロ大統領夫妻を拘束(逮捕)して米国に拉致した。ベネズエラ政府は、ロドリゲス副大統領が大統領代行に就任した。
トランプは「マドゥロは麻薬組織を運営して米国に麻薬を輸出している」と言って逮捕し、これから米国(NY)の裁判所で有罪にする予定だ。だが実のところ、ベネズエラから米国への麻薬輸出はほとんどなく、マドゥロが麻薬組織の親玉だという話は濡れ衣の可能性が高い。
トランプは、NYの裁判所の判事たちに政治的なねじ曲げの判決を書かせ、マドゥロを有罪にするつもりだろう。
40 reported killed in Venezuela raid as Trump leans toward Maduro successor

米軍は、カラカス周辺のベネズエラ政府の拠点などを空爆した後、あらかじめ把握していたマドゥロの居場所を襲撃して夫妻を拘束した。この間、ベネズエラ軍からの反撃はほとんどなかった。マドゥロはあっさり拘束された。
米政府は、事前にベネズエラ側と話をつけていたと考えられる。マドゥロが米軍に拉致された後、ベネズエラ政府の閣僚たちは米国を非難しつつ治安や政府機能を維持した。
トランプ政権は8月から諜報要員をベネズエラに潜入させてマドゥロの居場所を把握すると同時に、マドゥロに亡命しろと加圧していた。エルドアンやプーチンや中共が仲裁を試みた。
マドゥロが亡命を拒否し続けたので米軍が侵攻して拉致したが、その前にマドゥロ自身が拘束を了承していたか、もしくは政権内の閣僚や側近たちがマドゥロの知らぬ間に米国側と密通していたので、ベネズエラ軍が反撃しなかったと考えられる。
How did US forces infiltrate Venezuela, capture Maduro from Caracas?

トランプは、ベネズエラを安全で適切な国に戻せる政権ができるまで、米国がベネズエラを統治すると宣言している。
マドゥロ政権を継いだロドリゲスは、マドゥロと同様に反米左翼だ(建国運動家の娘)。ロドリゲスは、トランプに譲歩せず対立し続ける感じがする。
トランプは、ロドリゲスが継いだ左翼政権をさらに加圧して転覆して、昨秋(米国の加圧で)ノーベル平和賞を受けた親米右派の野党人士マリアコリナ・マチャドに次の政権をとらせるのでないかと思われてきた。
だがトランプは1月3日、マチャドについて「素晴らしい女性だが、ベネズエラ国内で信用されず、支持を集めていないので、政権をとるのは難しい」と表明した。トランプが考えているベネズエラの次の政権はマチャドでない。
‘She has no support or respect’: Trump trashes Venezuelan Nobel winner’s claim to power
トランプのベネズエラ攻撃の意味

ベネズエラの野党人士としては、2024年の大統領選で67%を得票したとされるエドモンド・ゴンザレスもいる。この選挙では、30%しか取れなかったマドゥロが自分が勝ったと不正な結果を出して続投したため、ゴンザレスは野党にとどまっている
憲法に沿って30日以内に大統領選を実施し、ゴンザレスが勝って政権交代する流れもあり得る。しかし、その前にロドリゲスの左翼政権がトランプに石油利権の譲渡など大譲歩をして、左翼政権が再び選挙不正してゴンザレスでなくロドリゲスが大統領選で勝ち、左翼政権が親米化する可能性もある。
今後のベネズエラは複雑な展開になりそうだが、マチャド政権にはならない。米軍のさらなる侵攻もたぶん行われず、ゴンザレスの左翼政権が譲歩しつつトランプと交渉し続け、何らかの安定的な結果を出す可能性がある。
Regime Tweaking, Not Regime Change, Is What The US Just Achieved In Venezuela

ベネズエラは産油国だが、ずっと前から米国に経済制裁され、十分な石油開発ができていない。トランプは、ベネズエラを反米から親米に転換し、米国の傘下でベネズエラの石油産業を拡大したい。
ベネズエラは世界有数の石油埋蔵量だが、その多くは採掘や精製が大変な超重質油オリノコタールだ。
When Trump's big Venezuela oil grab runs smack into reality

トランプがマドゥロを逮捕した1月3日は、36年前(1990年)に米国(共和党パパブッシュ政権)がパナマの権力者だったノリエガ将軍を逮捕して米国に拉致した日でもある。
マドゥロもノリエガも、米国に違法輸出する麻薬組織の黒幕として逮捕された。2人とも、主権国家の指導者だったが、米州主義に沿って中南米諸国の国家主権を踏みにじる米国に逮捕された。
トランプは意図的に、ノリエガ逮捕の記念日にマドゥロを逮捕したと考えられる。
かつてノリエガを逮捕したのはパパブッシュら共和党の旧主流派(保守派のグローバリスト=英国系)だった。
トランプの台頭により、共和党の旧主流派は脇に追いやられたが、まだ連邦議会など米政界である程度の力を持ち、共和党内でトランプのベネズエラ攻撃を批判している。
トランプは、党内の旧主流派を黙らせるため、意図的にノリエガ逮捕の記念日を選んでマドゥロを逮捕し(容疑もノリエガと同じ麻薬取引にした)、党内の旧主流派に「あんたたちが昔やったのと同じことをしたのだから賛成しろ」と強要した。

トランプのマドゥロ逮捕は「多極型世界では、極の大国が、地域覇権下の諸国に対して国家主権を踏みにじる支配行為をやって良いんだ」という多極型の新世界秩序を示した感じがする。
中露は、トランプの国家主権無視のマドゥロ逮捕に抗議している。だが、中露も多極型世界の極である。今はまだ、旧来の英国系覇権が作った国家主権の建前に固執しているが、中露もいずれ、トランプを見習って、自国の利益を優先し、自分の地域覇権下の諸国の国家主権を軽視するようになる。
(そうなる前に、日本は、中国覇権下に入れられないよう、極にのし上がるしかない)
Team America is back! And keeping with history, has no real plan
日本を多極型世界に引き入れるトランプ

イスラエルのネタニヤフ首相が年末に訪米した。年初からイランの反政府運動を扇動して政権転覆につなげることをトランプと話し合った観がある。中東の地域覇権国(極)になるイスラエルは、中東で言うことを聞かないイランの政権を転覆し、南北米州の地域覇権国になる米国は、中南米で言うことを聞かないベネズエラを転覆する、というシナリオが、年初から動き出していると見ることもできる。
ベネズエラは、反米姿勢の一環で、イランやヒズボラと仲良くしてきた。
Collapse of narco-terror hub: Maduro's fall weakening Iran, Hezbollah's drug network
Venezuelan VP: US attack capturing Maduro has 'Zionist undertones'

イスラエルは、間もなくシリアのシャラア政権と正式な外交活動を開始する。中東のイスラエル覇権が健在化していく。
旧来の英国系の単独覇権体制(中東ではサイクス・ピコ協定の体制)に固執する英仏は、シリアが旧来のフランス覇権下からもぎ取られてイスラエル覇権下に入ることに抵抗し、米国抜きの英仏だけでシリアのパルミラ周辺のISISの兵器庫を空爆した。これは、イスラエルに対する隠然たる抗議行動だ。
UK, France hit Islamic State facility in Syria
Israeli-Syrian meeting to be held over next two days, source tells 'Post'

リクード系であるトランプのマドゥロ逮捕は、イスラエルの中東覇権拡大と連動する米国の多極化対応策として、この時期に挙行されたとも考えられる。今年はずっとこの傾向が続く。
イスラエルはこれまでも、一度にいくつもの戦争を並行することで目くらましにしている。
トランプは、コロンビアやキューバなど、中南米の他の左翼諸国に対しても警告を発している。米州はトランプ色(リクード色)に染められていく。
Trump issues warnings to three Latin American countries



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