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ロシアの戦略とプリゴジンの死
2023年9月13日
田中 宇
8月23日にロシアで傭兵団ワグネルの頭目プリゴジンらが自家用ジェット機の墜落で死亡してから3週間が過ぎた。ワグネルは今春、ウクライナ戦争で天王山となったバフムト(アルティモフスク)の攻防戦で活躍し、国家的な英雄集団となった。またワグネルは、シリアやアフリカ諸国など、対米関係上などでロシアが正規軍を派兵しにくい地域に、正規軍に代わって駐留し、ロシアの世界戦略に大きな貢献をしてきた。
ロシアは昨年から、アフリカのサヘル(サハラ砂漠周辺地域。マリやブルキナファソ、ニジェール)での影響力を大幅に拡大したが、それはワグネルがサヘル諸国の軍部と結びつきを強め、諸国の軍部が相次いでクーデターを起こして米仏と親しい政権を倒して親露政権を作ったからだ。
(アフリカの非米化とロシア)
(中露と米国の大戦代替)
ワグネルはロシアの安保戦略に不可欠な存在だ。それなのに(というより実は、だからこそ)、今年6月末にワグネル頭目のプリゴジンが露政府に対して「反乱」を起こし、8月末にはプリゴジンらワグネル上層部が自家用ジェット機の墜落で死んでしまった。
しかも、頭目のプリゴジンが死んだ後も、ワグネルはドンバスや中東アフリカ各地で変わらずに活動している。これらの状況の全体に対してあらためて分析が必要だと私は考えた。
(露政府は、プリゴジンの死をDNA鑑定で確認したと正式発表しており、政府の信用上、プリゴジンがどこかでこっそり生きている可能性はない)
(After Prigozhin, what does the future hold for Wagner in Africa?)
(Where & How Wagner Group Has Engaged in Africa)
結論から書くと、この間の動きの本質は、プーチン大統領ら露政府の上層部が、ワグネルを露軍の傘下に組み込もうとしたのに対し、プリゴジンがそれを拒否し続けたため殺し、予定通りワグネルを露軍の傘下に組み込んだ、という流れだ。
私は従来、プリゴジンはプーチンに対して強い忠誠心を持っているはずだから、プーチンがワグネルを露軍の傘下に組み込むならプリゴジンはそれに従うと考えていた。だが、そうではなかったようだ。
(ロシアでワグネル反乱の意味)
(Why Yevgeny Prigozhin Had to Die)
今年5月20日にワグネルと露軍がバフムトを陥落(解放)し、6月5日からのウクライナ軍の反攻も3日間で露軍に潰され、ウクライナ戦争は露側の勝ちで一段落した。その後、露政府はワグネルの全要員に対し、6月末までに露軍に兵士として登録し、7月1日から露軍の一部として活動するように通達した。
プリゴジンはこの策に反対したが聞き入れられなかったため、6月23日、プーチンに直訴しに行くと言ってワグネル部隊の一部を引き連れてドンバスからモスクワに行進(進軍)し始めた。これが「反乱」として米国側で喧伝された。
数時間後、プーチンがプリゴジンに対し、6月29日に面談の機会を設けることを伝え、プリゴジンはモスクワへの行進(反乱)を中止した。
(Who Killed Yevgeny Prigozhin?)
6月29日の面談では、プリゴジンだけでなく35人のワグネル幹部が集められ、プーチンと会談した。35人のほとんどは戦闘などの現場で指揮をする露軍の将校であり、大多数はワグネルが露軍の傘下に入ることに賛成だった。
プーチンはプリゴジンらワグネル幹部たちに対し、露軍出身のワグネル幹部の1人であるアンドレイ・トロシェフ(Andrey Troshev)を7月1日からワグネルのトップにしたら良いと思うがどうかと尋ねた。この人事提案は、プリゴジンの解任を意味していたが、そこにいたワグネル幹部のほとんどがプーチンの提案に賛意を表明した。プリゴジンだけは反対を表明した。これは、プーチンとプリゴジンの決別だった。
(What we know about Andrey Troshev, the man Putin proposed as the new Wagner boss)
(Andrei Troshev: who is Wagner mercenary Putin wants to replace Prigozhin?)
トロシェフはワグネルの現場司令官として、2015年にロシアがシリア軍を支援し始めた当初から、シリアで兵站の運営を担当しており、現場のワグネル兵士たちに支持されていた。プーチンは6月29日の会合で「トロシェフは(軍人でないプリゴジンと違って)真の司令官だから(プリゴジンが辞めて)彼がトップになってもワグネルは何も変わらないよ」と述べたという。
(Explained: Who Is Andrey Troshev, Why Russian President Putin Wants Him To Lead Wagner Group?)
(What we know about Andrey Troshev, the man Putin proposed as the new Wagner boss)
この会合後、8月23日のプリゴジンの死亡まで、ワグネルには、プリゴジンをトップとする指揮系統と、プーチンが推したトロシェフをトップとする指揮系統の2つが存在した。プリゴジンの側は7月3日、会合翌日の6月30日付でトロシェフをワグネルから追い出したと発表した。
プリゴジン自身は、プーチンと決別した会合後もワグネルのトップとして活動し続け、アフリカに行ったり、ワグネルの本拠地があるサンクトペテルブルクとモスクワの間を往復し続けたりした。自分がワグネルのトップであることを示す動画をアフリカで撮ってネットで世界に流したりした。
露政府は、サンクトの警察をプリゴジンの屋敷に家宅捜索に入らせたりして、行動を慎めと警告を発したが、プリゴジンはワグネル運営の活動をやめなかった。だから、消すしかなかった。
(Who Killed Yevgeny Prigozhin?)
(Wagner Group Fires One of Its Five Leaders - a Former Russian Army Colonel)
プリゴジンは、プーチンに逆らい始めて2か月後に死んだ。この経緯を見ると、プーチンがプリゴジンの殺害を露軍に命じたようにも思える。だが、プリゴジンは露軍や露政府の多くの幹部に対して喧嘩を売り続けてきた。
それらの政敵の1人が、6月29日の会合でプーチンと決別して後ろ盾を失った後のプリゴジンを殺しても、プーチンが支配する露当局からは何のお咎めも受けない。ならば、プリゴジンの自家用ジェット機に時限爆弾などを仕掛けて殺すこともできる。プーチンが動く必要はない。
(Evgeny Prigozhin buried in St. Petersburg – media team)
(Putin Proposes Andrey Troshev “Sedoy” as the New Leader of the Wagner Group)
米国側では、プリゴジンが死んだのは6月23日にモスクワに進軍を試みてプーチンに反逆したからだと考える傾向があるが、それは間違いだ。プリゴジンが死んだのは、ワグネルを露軍傘下に組み入れる政策を拒否してワグネルを自分の傘下に置き続けようとしたからだ。
ワグネルの運営をプリゴジンに任せ続けるには、いろいろ無理があった。たとえばアフリカのスーダンでは、国軍(SAF)と、アラブ系の民兵団RSFが内戦を続けており、ロシア政府はどちら側も支援せずに停戦を仲介してきた。
だがプリゴジンのワグネルは今年4月の内戦激化後、RSFが運営する金鉱山の警備を依頼されたことからRSFに肩入れして、鉱山で採れた金の延べ棒と引き換えに武器供与するようになり、露政府の停戦仲介戦略を妨害することになってしまった。
(What Prigozhin's death means for the future of Wagner and Russia in MENA)
(What Putin would get out of eliminating Prigozhin)
スーダンから西にいったサヘル諸国では、露軍が入っておらず、ワグネルが露軍の監督を受けずに自由に活動してきた。だが最近、サヘル諸国では、相次ぐクーデターで米仏勢力を追い出してロシア(というかワグネル)に頼る傾向が強まっている。
この状態を放置すると、ワグネルは無手勝流のプリゴジンが露政府のアフリカ戦略を無視してサヘル諸国と直接交渉して事態を動かしかねない。そうなる前に露政府は、ワグネルの運営権をプリゴジンから奪う必要があった。
(What happens to the Wagner mercenary group now that Yevgeny Prigozhin has reportedly died?)
(Wagner boss announces major move ‘to make Russia greater’)
ウクライナに関しても、ウクライナ戦争の構図が長期化するほど欧州の経済破綻がひどくなり、米覇権の崩壊が進み、ロシアが発展・台頭できる多極型世界が確立するので、プーチンは勝利宣言や戦争終結を先延ばししてきた。
プリゴジンはプーチンの戦略に不満で、プーチン自身に対する非難は避けつつ、側近のショイグ国防相らを非難し続けた。プリゴジンは、早く露政府が勝利宣言して戦争を終結させ、ロシアが併合したドンバスの復興事業に専念すべきだと言い続けてきた。
今年3-5月、露軍がプーチンの策に沿ってバフムト陥落に時間をかけていると、プリゴジンは不満を表明しつつワグネルを全力で戦わせてさっさとバフムトを陥落・解放してしまった。ロシアの世論はワグネルを英雄視したが、プーチンは別の長期化策を考えざるを得なくなり、ひそかに不満だった。
(決着ついたウクライナ戦争。今後どうなる?)
(Prigozhin Is Gone, but Wagner Is Everywhere)
ワグネルは、内戦が続く北アフリカのリビアでも活動している。エジプトに隣接するリビア東部を支配するハフタル将軍の国民軍(LNA)を支援している。
リビアは内戦なので国連が武器輸出禁止令を出しており、ロシアやエジプトの政府軍がハフタルを軍事支援すると国連決議違反になってしまう。ワグネルは「民間組織」として、エジプトに頼まれてリビアに進出している。
露政府は、8月22日に国防次官がリビアを訪問し、ハフタル将軍と会談した。これは露政府による内戦後初めてリビアを公式訪問だった。この訪問で、露軍の傘下に入ったワグネルが今後も変わらずにハフタル将軍のLNAを軍事支援していくことが決まった。
(Russia maintains Libya role after Wagner's mutiny, Prigozhin's death)
そして、この露次官訪問の翌日にプリゴジンが死んでいる。プリゴジンがそのまま生きていたら「ワグネルは露政府でなく自分が動かしている」とハフタルに言うためにリビアを追っかけ訪問しかねない。そうなる前に死なせた、ともいえる。
プリゴジンは、ワグネルの移管を円滑に進めるために消された。リビアの経緯を見ると、プリゴジンは政敵の1人が勝手に殺したのでなく、いつ殺して良いのかを露政府の上の方、つまりプーチンから示唆されていた感じもする。
(Prigozhin’s death spells end of Wagner, but Russia won't abandon its missions)
プリゴジンは昨秋、自分がワグネルを動かしていることを初めて公式に発表した。それまでワグネルは謎の組織だった。
プリゴジンは今回の事態が起きる半年前の昨秋すでに、ワグネルの運営権をいずれ露政府・露軍に没収されそうな感じを持っていたので、自分が指導者だとカムアウトしたとも感じられる。プリゴジンの懸念は的中し、運営権を奪われて抵抗しているうちに殺されてしまった。
(Yevgeny Prigozhin - Wikipedia)
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