決着ついたウクライナ戦争。今後どうなる?2023年4月26日 田中 宇ウクライナ戦争で露軍を支援してドンバスなどで戦っているロシアの愛国的な民兵団(傭兵会社)ワグネルの指導者であるエフゲニー・プリゴジンが4月14日、ロシア政府に対し「ウクライナ戦争(特殊作戦)の目的が達成されたので勝利宣言して作戦を終了すべきだ」と提案した。 ロシアにとってウクライナ戦争の目的は、ウクライナの極右政府から攻撃されていたロシア系住民が住む東部地域(ドンバスなど)をウクライナから分離してロシアに編入し、ウクライナ軍を撃退して弱めることだった。 東部地域はすでにロシア領になっており、ウクライナ軍も撃退されて十分に弱まった。激戦地バフムトもワグネルの活躍で露側が占領した。作戦の目標は達成された。だから露政府は勝利宣言して作戦を終結し、今後は東部地域の再建に注力すべきだとプリゴジンは提案した。 (Wagner Chief Calls On Putin To Declare End Of War, "Gain Firm Foothold" On Held Territories) (Kiev’s extremism, crimes confirm that special operation must go on) 日本など米国側のマスコミは、これからウクライナ軍の大規模な反攻が再開され、露軍やワグネルが敗走しそうなので、その前に露政府に勝利宣言してもらって停戦したいのだろう、などといった露側の敗北の隠蔽作戦だと「解説」している。 私が見るところ、その説明は大間違いだ。米側マスコミは開戦直後から、米諜報界が注入した意図的な歪曲情報を鵜呑みにして、ウクライナ側の優勢・露側の敗北という、事実と正反対のことを喧伝し続けている。今回もその延長だ。 (Ukrainian Official: 'We Don't Have The Resources For Counteroffensive') (Kennedy speaks about Ukraine losses) 実際は、露側が着々と勝っている。ウクライナ軍は、米欧から兵器類を大量に送られても苦戦し続け、5月の再開が予測されている大反撃が成功したとしても30キロぐらいしか前進できない。 ウクライナ軍は、戦闘経験がある兵士の大半が戦死もしくは負傷して戦えなくなり、残っている兵士は戦場でほとんど使い物にならい未経験者ばかりだ。ウクライナはもう勝てない。勝負はついた。 露側の目標はウクライナの完全壊滅でなく、東部の露系住民の保護だ。それはもう達成された。だから露側は勝利宣言して戦争を終わらせるのが良いとプリゴジンは言っている。 (Ukraine’s EU backers skeptical of counteroffensive - Bloomberg) (Ukrainian commander laments state of army) NATOは「ウクライナのNATO加盟の条件はロシアに勝つことだ。勝たねば入れてやらない。軍事支援するから、勝つまでがんばれ」と言っている。 NATOはウクライナがもう勝てないことを知っていて、こんなことを言っている。要するにNATOはウクライナを加盟させる気がない。人を馬鹿にしている。 (All NATO allies agree Ukraine should be member, but after victory - NATO chief) ウクライナ政府はNATO加盟できないことを知っている。その上で、事態が崩壊する前に裏金を作ろうとして「米欧NATOがもっと兵器をくれないと負けてしまうよ」と言っている。 米国側がウクライナに送った兵器や弾薬のかなりの部分が、ウクライナ当局者によって、ひそかに近隣のポーランドやルーマニアにある兵器のブラックマーケットに転売されている。 米欧はそれを知っているのにウクライナを軍事支援し続けている、とセイモア・ハーシュが言っている。 (Ukraine Official Demands Endless Streams Of Western Military Aid) (Lack of Arms? Start of Ukraine’s Counteroffensive Reportedly Postponed ‘Indefinitely’) ハーシュは、ノルド・ストリームを昨秋に爆破したのが米軍・諜報界であることを暴露した敏腕フリー記者だ。彼はあれ以来、米のマスコミ権威筋から陰謀論者扱いされ攻撃されている。ハーシュは攻撃されるほど敏腕さを発揮し、ウクライナ戦争の裏の汚い部分を暴露し続けている。 (West knows Ukraine weapons leaking to black market - Seymour Hersh) (‘Sophisticated naval forces’ bombed Nord Stream – Danish navy veteran) 日本など米国側では「(思い切り歪曲された米諜報界からのインチキ情報を鵜呑みにした)ロシアがいかに残虐で極悪か」という話と、「どうやってウクライナを勝たせるか」ばかり論じられ、この戦争の本質や、ロシアの目的についての分析が欠けている。 今回のプリゴジンの提案は、この戦争の目的がロシアにとって在外同胞の保護であり、その目的がすでに達成されたことを示している。 ウクライナの戦場で露軍よりも活躍している場面があるワグネルの指摘は誇張でない。 (Zelensky Says No Counteroffensive Until the West Sends More Weapons) 本来なら、民兵団のワグネルでなく露政府自身が、戦争の目的がすでに達成されていることを宣言すべきだが、露政府は沈黙している。 露政府は、ウクライナの戦争状態が長引くほど、ロシアに有利になるので、すでに勝っていることを言わずに黙っている。露軍が今にも負けそうだと喧伝する米国側マスコミのインチキ報道を訂正せず裏でニヤニヤしている。 本当は、ウクライナ戦争が長引くほど、米国側とくに欧州がロシアからの資源類の輸入を止めて自滅し、米覇権体制が崩れて多極化が進み、中国やBRICSなど非米諸国がロシアの味方になってくれる。これはニヤニヤするしかない。 (Western ‘experts’ thought they would destroy Russia’s economy. They failed.) 米政府はまだ表向き「ウクライナが勝つまで支援し続ける」と言っているが、裏ではすでにウクライナの負けで戦争が終わる展開に対する準備を始めている。 5月に予定されている「反撃」をウクライナ軍が延期するか、挙行しても成功せずに終わった場合、米政府がウクライナ戦争を失敗とみなして「敗北後の戦略」に移行する。その戦略がどんなものなのか、まだ明確でない。 (Biden prepares for Ukraine failure - Politico) (Russia And NATO Agree - The War In Ukraine Will Continue) ウクライナが勝てずに戦争が事実上終わったら、バイデンの米国は一昨年夏にアフガニスタンでやったような稚拙で大失敗な全面撤退をウクライナでもやらかしそうだという見方も出ている。 米国は、アフガニスタンに米軍を本格的に駐留していたが、ウクライナでは特殊部隊や諜報要員を秘密裏に配備しているだけだ。 米国のアフガンからの撤退は、劇的な全面敗走になり、アフガンのガニ米傀儡政権が全崩壊して政権がタリバンに戻った。対照的にウクライナでは、米国側勢力の撤退が隠然と行われる。しかし、残されたゼレンスキーの米傀儡政権が全崩壊に直面する点はアフガンと同じだ。 米側マスコミは崩壊局面を正しく報じないだろうから、大半の人々は事態の本質を知らないままになる。 (Ukraine given Afghanistan-style warning from US - Politico) ウクライナが勝てないことが確定し(米側勢力が隠然と撤退し)たら、その後のウクライナはゼレンスキー政権に対する失望感が急増し、政権転覆を画策する「逆マイダン革命」になるという予測も出始めている。 この再革命が起き、ゼレンスキーが失脚して政権転覆になると、その後の新政権は、米欧NATOからの介入を拒否する方向性を持つ可能性か高い。 ウクライナが米欧に頼らないなら誰に頼るのか。中露だろう。そのために習近平が和平提案して待っている。 (Ukraine could be looking at another Maidan) (Ukraine may see new ‘Maidan’ - Politico) 冷戦後のウクライナは、米傀儡反露と、親露非米傾向という2つの対照的な国是の間を行ったりきたりしてきた。 米国が裏で操って起こした2014年のマイダン革命で、ウクライナ政府は親露から反露に転換し、今回の戦争に続く流れが作られた。これから戦争が終わり、逆マイダン革命が起きて再び親露に転換する。ありうる話だ。 今回はロシアと戦争しているので、戦後のウクライナが露骨に親露になるのは難しい。それよりむしろ、習近平が和解を仲裁し、他のBRICSや非米諸国も戦後のウクライナを温かく非米側に迎え入れる。 その流れの中で露ウクライナが和解していく。このシナリオなら無理が少ない。ブラジルのルーラ大統領ら、中国以外の非米諸国が早速「ウクライナ仲裁クラブを作ろう」と言っている。フランスのマクロンも便乗組だ。 (Putin invests Lula da Silva to St. Petersburg Economic Forum - Brazilian Foreign Minister) (France Willing To Work With China On 'Peaceful Solution' For Ukraine) ドイツの防衛相が「米欧が兵器を支援しなくなったらウクライナ(国家)の終わりになる」と指摘した。 この指摘も、ウクライナが戦うのをやめたら米国が撤退するというシナリオに近い。ゼレンスキー政権が転覆されるのでなく、ウクライナが国家ごと崩壊してしまう感じだ。 ウクライナ国家が崩壊すると、東部とクリミアはロシア領になることが確定し、西部はポーランドの傘下に入る可能性が高い。西部はポーランドの影響下にある政権が新設されて(もしくはゼレンスキーが権力を保持したままポーランドの傘下に入り)ウクライナという国名が残るかもしれない。この場合、名目的には国家崩壊でない。 (German defense minister says stopping arms supplies to Ukraine would mean 'end of Ukraine') (The worst is coming true. Ukraine is being prepared for a takeover) ウクライナが西部だけになってポーランドの傘下に入る場合、ポーランドはロシア敵視の傾向が強いので、ロシアや中国と敵対し続けると予測しがちだ。 しかし、ポーランドがロシアを敵視するのは、米国の露敵視のお先棒担ぎをして米国から支援してもらえるからだった。米国がウクライナでロシアを打ち負かせないと結論づけて撤退する場合、ウクライナだけでなく欧州(少なくとも東欧)全体から米覇権が撤退する。 ポーランドやバルト三国は、唯一最大の後ろ盾だった米国を失い、無力な状態でロシアの前に立たされる。ポーランドもバルトも、ロシア敵視を維持できなくなる。 そこに習近平がやってきて「仲裁するので非米側に来ませんか?。米欧にぶら下がるのはもうダメでしょ。ロシアと隠然と和解させてあげますよ。一帯一路に入りませんか?。支援しますよ」と提案する。 ポーランドやバルトは、冷戦時代のようにロシアの惨めな傀儡国に戻るのでなく、中露・非米側の一員になるのなら、むしろ今後の米覇権崩壊後の世界で繁栄できる良策になる。行き詰まりから脱出できる。 他の東欧諸国も非米側に入りたがる。マクロンのフランスですら、そうなることを見越して4月に訪中した(G7やNATOという「米覇権の監獄」に閉じ込められて足抜けさせてもらえてないが)。 (欧州を多極型世界の極の一つにする) ウクライナが勝てない以上、米国に見捨てられて崩壊・失脚する運命にあるのは、ゼレンスキー政権もポーランドやバルトも同様だ。 ゼレンスキーが生き残るにはウクライナをポーランドの傘下に入れていくしかないが、それだけでなくゼレンスキーとポーランドの両方が習近平に頼って中露・非米側の仲間に入れてもらう必要がある。 それならばゼレンスキーは、ポーランドとの関係で優位に立つために、早めに習近平に渡りをつけて先に中露非米側に入れてもらい、ゼレンスキーが習近平をポーランドにつなげるぐらいのことをやりたいだろう。 だから、傀儡渡り歩きが得意なゼレンスキーは、習近平の和平提案を真っ先に絶賛した。 (China's Xi To Hold Talks With Zelensky After Meeting Putin) 事態は流動的だ。予測は難しい。だが、もうウクライナが勝てないことは確定している。事態を軟着陸させて漁夫の利を得るために和平提案した習近平が勝ち組に入っているのも確定的だ。 ウクライナが西部だけ残ってポーランドの傘下に入る可能性も高い。米国と西欧の崩壊が顕在化していき、東欧は非米側に転じ、NATOが解体する。ウクライナの国家名はたぶん残る(その方が和平が成功した感じを醸成できる)。 ゼレンスキーが生き残れるかどうかは怪しい。EUも解体する感じが強まるが、国権や通貨の統合を解消して元に戻すのは困難だ。混乱がひどくなる。EUは再編して存続する可能性があり、行方が不透明だ。
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