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中国経済の減速と米中分離
2023年6月4日
田中 宇
この記事は「コロナ対策やめて世界経済の中心になる中国」の続報です。
中国は今年1月に新型コロナ蔓延の終結を宣言し、都市閉鎖などのゼロコロナ策(効かない超愚策)をやめた。それまで抑えられていた消費や生産が再開され、中国経済が成長し始めた。
だが、それから5か月たった今、中国経済は息切れして成長が減速している。景況感はまだプラスだが落ちている。
米国と中国が互いに経済制裁して、これまで一体のものとして世界経済の中心に位置してきた米中の経済が分離される「米中分離」の流れが進んでいることが減速の一因だ。
中国は世界最大の消費市場だが、同時に世界に工業製品を供給する世界最大の生産国でもある。銅や鉄鉱やガラスなど、製造業の原材料の価格が、中国と世界の需要減により下落している。
(These Five Niche Commodities Signal China's Recovery Faltering)
ウクライナ開戦後、米中の間だけでなく、世界経済が米国側と非米側に分離し始め、冷戦終結後に一体感(グローバリゼーション)が強まっていた世界経済が二つに分裂している。世界の流通網が二分され、中国が主導する非米側の経済システムも形成途上で未完成だ。需給のバランスが崩れて価格が乱高下している。
開戦後、米国側が非米側を経済制裁・分離した結果、米国側は資源類が高騰して、以前からあった流通網起因のインフレが激化した。
米連銀などが(間違った)インフレ対策として利上げとQT(資金の回収)を続けているので、これまでゼロ金利を前提に発展していた米国側(と非米側)の景気が悪化して不況になっている。インフレと不況が併存するスタグフレーションが続いている。
習近平の中共政権は、米中分離(米国と非米側の分離)によって米国側が市場と資源(いずれも非米側に集中)を失って米覇権が崩壊し、中国がBRICSなど非米側を率いて多極型の覇権を作っていく覇権転換の戦略を進めている。
習近平は、この戦略を進めるためなら中国経済が減速・後退してもかまわない。中共は経済指標の発表もしだいに縮小している。
習近平より前(トウ小平以来)の中共は、米国から頼まれたとおりに高度経済成長することを最も重視していた。中共は、経済指標をできるだけ正確に発表して米国に評価してもらう必要があった。株価も大事だった。
(中国の興隆でどうする日本)
だが、新型コロナ(の無効な)対策として中国全土を都市閉鎖して(意図的に)経済を急停止したあたりから、中共は戦略を対米自立の方向に大転換した。中国は米国の「下請け」をやめた。
トランプ以降の米国も、中国敵視を強めて中国との経済関係を断絶していき、ウクライナ開戦後は米中分離や世界非米化の流れが加速した。
米国は金融バブルが大好きだが、習近平は株式など金融のバブル崩壊を、貧富格差を縮小するものとして容認(こっそり歓迎)している。
今年1月に中共がコロナ対策をやめて経済成長を再開した後、中国の株価はいったん上昇したが、3-5月ぐらいから上海も香港も株価が下がっている。これが中国経済の減速の現れであるのは間違いないが、同時に、中共のバブル崩壊容認策の現れでもある。
(金融バブルと闘う習近平)
以前の中共は、不動産バブルの膨張も容認・扇動してきた。習近平はこれも崩している。中国の不動産バブルは、2021年秋に大手不動産会社の恒大集団が破綻したのを機に崩壊した。
今年1月のコロナ規制解除後、いったん不動産市況が回復したが、バブルの再膨張は続かず、4月以降また悪化している。
中国の不動産業界は、ローンの頭金なしとか、値下がりしたら業者が買い手に補償金を出す営業手法で住宅を売り始め、当局に規制されている。
(Chinese Developers Resorting To "Negative Down Payment" Practices)
(恒大破綻から中国の国家リスク上昇、世界金融危機への道)
中国の住宅市況は崩壊寸前だ。中国各地の中古住宅の価格は今年4月の1か月間で3-4割も下落した。
中国の不動産バブルが崩壊すると、バブルに資金提供して膨張させてきた銀行業界も連鎖破綻する。中国の住宅市場は63兆ドルの規模で世界最大だ(米国34兆ドル、日本11兆ドル)。
(World's Largest Real Estate Market On The Brink Of Collapse: Experts)
中国では最近、再び新型コロナが北京や山東省などで流行し始めている(という演出が行われている)。習近平はコロナ再燃を演出し、都市閉鎖やPCR義務化などゼロコロナ策を再開するかもしれない。
ゼロコロナはコロナの感染拡大を防げず、経済を自滅させるだけの超愚策だ。それは習近平も知っているはずだ。
中共のゼロコロナ策は、不満を封じ込めるなど習近平の独裁を強化するためにある。これから経済が悪化すると習近平への不満が強まるので、それを抑止するためにゼロコロナ再開へのシナリオが開始されているのだろう。
習近平は、中国経済の短期的な浮き沈みを重視していない。彼が重視するのは長期的な世界の政治経済・覇権動向だ。覇権の多極化をやれるのは習近平(とプーチンのコンビ)しかいない。
習近平が辞めさせられたら、中国は中途半端な対米協調に戻り、米国から食い物にされて行き詰まる。だから中国は、習近平の独裁を続けねばならない。
(COVID-19 Testing Resumes In Beijing, Shandong, As Reinfection Cases Surge)
米国側から見ると、中国経済は米国に制裁されて不況に陥り、コロナ規制をやめていったん回復したのにすぐ悪化し、中共の失策で株価や不動産市況も崩壊寸前になっている。中国はもうダメだと喧伝されている。
だが実際の中国は、ダメになっているのでなく転換している。世界最大の市場と生産国であることには変わりなく、それが米国の下請けから離脱して、世界の大半(人類の8割)を占める非米側に新たな世界システムを作っている。長期的に見て、ダメになっていくのは中国でなく米国側だ。
(China Shadow Banking Defaults Surge)
(China’s UnionPay Overtakes Visa in Debit Transactions as Global Financial Realignment Continues)
だから最近、米国の経済人を代表するようなテスラのイーロン・マスクと、JPモルガンのジェイミー・ダイモンが相次いで中国を訪問して要人と会っている。2人とも、米国企業は今後も中国と密接に関係していくのが良い、米国は中国と分離しないと明言している。
米国の政治家たちはトランプからバイデンまで皆、中国は敵だから米中間の経済関係を断絶するのが良いと言っている。だが米国の経済人たちは、これから発展するのは米国側でなく中国(など非米側)だから米中関係を強化したい、米中分離はダメだと言っている。
私から見ると経済人が正しい。政治家たちは隠れ多極主義に取り憑かれている。
(Jamie Dimon Visits China, Says No "Decoupling And World Will Go On")
中共は訪中したイーロン・マスクを大歓迎し、秦剛外相が出てきて会った。これは破格だ。マスクは経済人を超えた、米国を代表する政治的な存在として中共からみなされた観がある。米政界がどのくらい本気で中国との経済分離を進める気があるのか確かめる意図も中共にありそうだ。
実際は、財界人が反対しても米国は中国との分離を進める。来年の大統領選挙で誰が勝っても、米国は中国を敵視し続ける。
中国も、自国の経済が悪化しても米国に譲歩せず報復し、米中分離を進める。米中分離は、米国の代わりに中国を(隠然とした)覇権国に押し上げる多極化の策だから、長期的に中国の大きなプラスとなる。米中分離は今後さらに進む。
今のタイミングでマスクやダイモンが訪中したことを見ると、これから米国がさらに中国を敵視し、中国も報復して、米中分離が加速するのだろうと思われる。
(Musk's Beijing Visit Could Lead to 'Better Understanding' of US-China Diplomacy)
米中分離が進むと、マスクのテスラなど米国側の企業は、米国か中国かどちらかを選ばされる。中共は、中国敵視でない限り米企業を歓迎し続けるが、米政府は中国と付き合う企業を米国から追い出す。
これからの時代、米国側よりも中国・非米側の方がはるかに経済発展していく。企業が儲けを重視するなら、米国を捨てて中国の側に行くしかない。
だが、マスクら米国人の経営者は、米国を捨てることができるのか??。これは今後の米国のエリートたちが抱える問題になる。
(Dangerous Global Shift From Dollar Driven By CCP And US Policy, Experts Say)
(China’s Boeing competitor faces a steep climb)
最近、中国と結託して自国を非米化して発展しようとしている国が増えている。その一つはインドネシアだ。
インドネシアは、ニッケルや石油ガスやボーキサイトや錫や銅など、自国が産出する20種類の資源類を、加工せずに海外に輸出することを禁じ、自国で資源を精製する産業を育成する政策を導入し始めている。
この策は2019年から手がけられ、世界の生産量の半分を占めるニッケルにおいては成功しているが、もっと世界での占有率が低い他の資源類では難題が多く、試行錯誤が続いている。
(Export bans boost Indonesia's onshoring policy)
時間はかかりそうだが、インドネシアの新政策は、欧米など外国勢がインドネシアの資源類を安く買い叩いて原料のまま持っていってしまう植民地的・対米従属的な従来の状況を転換するものだ。
外国勢は、インドネシアに作られる精錬所などに参加・投資していくしかない。そして、それやっている最大の外国勢が中国だ。
(Largest Supply Glut In A Decade Crashes Nickel Prices)
中国はインドネシアからニッケルやボーキサイトなどを多く輸入しており、インドネシア側と合弁で精錬所などを作り始めている。中国勢以外は、まだインドネシアの新政策に対応していない。
インドネシアは資源面で米国側から離脱する。米国側はインドネシアの資源類の利権を失う。そして、その利権はインドネシアと中国で山分けされる。
中国は、インドネシアの新政策に積極的に協力することで、米国側の世界支配を破壊し、世界を多極化しつつ、インドネシアと中国自身を儲けさせている。
(How Indonesia Used Chinese Industrial Investments to Turn Nickel into the New Gold)
インドネシアは、貿易決済にドルやユーロを使うことも避け始めている。韓国とインドネシアは最近、両国間の貿易決済を両国の通貨で行うことを奨励する策を決めた。またインドネシアは、消費者の決済システムとしてビザやマスターカードを使うことをやめて、ロシアのミールのようなデビットカードの独自システムを作ろうとしている。
(Key US ally reduces role of dollar in trade)
(Indonesia ready to bypass Visa and Mastercard - media)
(BRICS de-dollarization push gaining momentum - Jakarta)
インドネシアのバリ島は世界的な観光地だ。だが、バリ島の州知事(Wayan Koster)は先日、角質な観光客が増えたので、海外からの観光客の受け入れを制限し、人数枠を設けて事前許可制にすることを検討していると発表した。
悪質な観光客はロシア人が最も多い(年初来の国外追放101人のうち27人)ので「米国側を締め出す策」とは言い切れないが、米英が作ったグローバルな観光システムからの離脱をインドネシア人が考えているとは言える。
(Bali Governor Wayan Koster mulls putting cap on tourist arrivals)
(Bali set to curb tourism)
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