中国を敵視してロシアと結束させる2023年2月26日 田中 宇2月20日に米バイデン大統領が、欧州などを従属させつつウクライナ戦争とロシア敵視の構図を巻き直すために、初めてウクライナを訪問した。米国は、それと同期して、従属諸国を巻き込んで中国への敵視を強めている。米国は、気球騒動で中国との敵対構造を扇動しつつ、台湾との軍事関係を強める動きをして中国を挑発している。 (欧米をますます不利にするバイデンのウクライナ訪問) (中国から迷い込んだ気球で茶番劇) 中国政府は1月初めに、習近平が今春ロシアを訪問して中露の軍事関係の強化をプーチンと話し合う予定だと発表した。米国とNATOは、中国が習近平の訪露後にロシアとの軍事関係を強化し新兵器などを売りそうなことを把握した上で、最近、「中国がロシアに殺傷兵器を売ったら、それは極悪の行為なので、米欧は中国への経済制裁を強める」と宣言している。米欧がウクライナに兵器を売ることは「とても良いこと」だが、中国がロシアに兵器を売るのは「極悪」というわけだ。 (Pledging Deepened Military Ties With Putin, Xi To Visit Russia In Spring Against Backdrop Of War) こうした宣言は、中国にロシアとの軍事結束をやめさせるためでなく、何でも良いから適当な理由をつけて中国を敵視するために発せられた観がある。米国の宣言・命令に従って中国が対露協調をやめたら米国が中国を許して再び仲良くしてくれるかと言えば、全くそうではなく、中国はもう何をしても米国から敵視を強められる。ならば、米国の命令など無視してロシアとの結束を強め、非米側が団結して米国覇権を引き倒してしまう方が良い。中国はそう考えるようになり、最近、米国の覇権主義への非難を強めている。 (U.S. Hegemony - At War With China's Global Security Initiative) (China slams NATO, warns of ‘confrontation and crisis’ ahead) 米国は中国と本気で戦争するための軍事的な準備を進めているのでなく、中国を怒らせ、米中の政治的な敵対関係を強めようとする動きをしている部分が大きい。たとえば米国は最近、台湾の軍隊に技術的なことを教えるために台湾に派遣している米軍の要員数を30人規模から100-200人規模に増やすと発表(リーク)した。これは「米国が台湾への人的な軍事支援を4倍に増やした。いよいよ台湾で米中戦争だ」みたいな喧伝につながっているが、30人から200人への増強はわずかなものだ。従来の30人の派遣は米台が断交した1979年から続いてきたが、中国を怒らせぬよう、ずっと非公式の目立たない形だった。それが一昨年に公式化され、さらに今回の増員になった。米国が中国と本気で戦争したいのなら、軍事支援の内実や増員を公表するのは中国に手の内を知られてしまう愚策だ。米軍が毎年25-150人の台湾軍を米国に招いて訓練していることもずっと非公式だったが、最近公式化され、招聘数を増やして500人にすると発表されている。これも同様の愚策だ。 (US Plans to Expand Military Presence in Taiwan, a Move That Risks Provoking China) そもそも、上記の米軍の台湾支援は規模が小さい。ウクライナへの軍事支援の10-100分の1だ。また、もし米国が中国と戦争する気なら、まずウクライナ戦争を終わらせ、もうロシアと戦争しなくて良い状態にして、ウクライナを支援しすぎて武器弾薬が足りなくっている米国NATOの軍用在庫も復活させねばならない。できればロシアとNATOが仲直りし、米国が中国と戦争したらロシアが米国に味方してくれる状態にしてから中国と戦うのが良い。しかし、今の現実の米国は、ウクライナで少なくともあと数か月は戦争を続けるつもりであり、ロシア敵視を再強化すると同時に中国敵視を強めている。米国はわざわざ事態を中露と同時に戦う不利な「2正面戦争」に仕立てている。大馬鹿である。冷戦初期、米英がスターリンと毛沢東を対立させてうまくやっていたのと対照的だ。武器類が払底している今の状態で米軍は中国と戦争できない。 (Escobar: Putin's "Civilizational" Speech Frames Conflict Between East And West) 米国は、台湾で中国と本気で戦争する気などない。米国は、台湾をダシにして中国を怒らせ、中国が軍事でなく政治経済で米覇権を引き倒す方向に、中国を押しやっている。かつて世界最大の米国債保有国だった中国は最近、米国債をどんどん売り放っている。中国の米国債保有は1年間で17%減った。その分、米国債は値下がり(金利上昇)している。中国は、非米諸国との貿易決済を人民元建てに変えて非ドル化している。サウジアラビアに続いてイラクも、中国との決済を少しずつ人民元化していくことを発表した。イラク政府は、米国が中国と貿易するなと言って中国イラク間のドル決済を監視して口座凍結などの制限をやるので、やむなく人民元化するのだと説明している。これも米国の超愚策の反動だ。この手の動きが加速すると、非米世界でドルや米国債が敬遠され、米国の覇権低下に拍車がかかり、いずれ金融破綻になる。 (Iraq To Drop Dollar For Yuan In Trade With China) 「ロシアはウクライナで苦戦し続けている」というマスコミ報道を信じている人は「ロシアは戦況改善のため中国の最新鋭の兵器がほしいはず。その意味で、米欧が中国に対露武器支援するなと加圧しているのは正しい」と思うだろう。しかし、これも間違いだ。以前から書いているように、ロシアはウクライナで苦戦していない。「苦戦するふり」をして、一進一退の戦況を意図的に作り出し、戦争を長引かせて欧米に自滅的な対露経済制裁を続けさせ、欧米の政治経済と覇権の崩壊を引き起こし、露中など非米側を相対的に台頭させて世界の中心にするのがロシアの策略だ。米国側は最近、追加の対露経済制裁を発動したが、米国側はすでにロシアとの経済関係を完全に切っており、これ以上切ったら米国側の経済に深刻な打撃を与える。だから追加された経済制裁は中身が薄く無意味だ。 (EU approves new anti-Russia sanctions) (ウクライナでゆるやかに敗けていく米欧) 露当局は最近、「(苦戦しているので)ウクライナの占領を海岸部などに拡大する作戦はやめて、代わりにウクライナを長期戦で疲弊させる策に転換することにした」と言っているらしい。演技を本音に近づける動きになっている。ロシアは苦戦しておらず、軍事的な余裕があるので、中国の新兵器も特に必要ない。ロシアが中国に望むのは軍事支援でなく、米国債の売却やドル不使用によって米国の経済覇権を潰す動きをすることだ。それと、欧米が買わなくなったロシアの石油ガスを中国がどんどん買ってくれることだ。 (Russia has changed its plan to take over Ukraine, with the goal now to exhaust the country rather than conquer new territory, UK intel says) ウクライナ戦争が長期化すると米覇権が崩壊することは、米国側の支配者たちも知っている。ジョージ・ソロス系のシンクタンクであるクインシー研究所は最近「米欧はウクライナ戦争の外交的解決を準備せねばならない。和平すると、戦争で高まっていたロシア国内でのプーチンの政治力が落ち、非米世界でのロシア支援も減り、戦争継続よりも効率的にロシアとプーチンを潰せる」という感じの論文を出した。うまい詭弁だ。万が一、本当に今すぐ戦闘をやめてウクライナが恒久和平体制になれたら、ウクライナは東部とクリミアをロシアに取られたままになり、プーチンはウクライナのロシア系住民(同胞)を守った人としてロシアで支持され続け、米国側とゼレンスキーは負け組になり、ロシアは米国の侵略に勝った国として非米側で称賛される。クインシー研の詭弁は妄想と化す。 (US-West must prepare for a diplomatic endgame in Ukraine) (Putin Popularity Remains High At Home) そもそも現状だと和平は無理だ。ゼレンスキーは、クリミアと東部を奪還するまで和平しないと言っているし、プーチンは、ウクライナが非武装・非ナチ化するのでなければ和平できないと言っている。非武装・非ナチ化とは、ウクライナが米国の傀儡でなくなってゼレンスキーも失脚することであり、米国が敗けを認めて撤退することを意味する。 (There’s only one potential ‘scenario’ for Ukraine talks – Russia’s envoy) (Ukraine prepares attack on Crimea - Zelensky) ロシアはこの戦争を長期化させる策略を続けており、米上層部の好戦派(隠れ多極派)も長期化させたがっている。だから和平は不可能だが、この戦争を放置して長引かせると米覇権が潰れる。米覇権を延命したい米欧のエリートたちは、何とか早く戦争を切り上げようと考え、あちこちから和平案が出てきている。NATOは、英国主導で独仏も賛成して和平案を練っている。だが米国は、まずあと数か月ウクライナに戦争を続けさせ、ある程度の失地回復をして優勢になってからロシアと交渉させたいと言って、和平を先延ばしにしている。数か月の戦争予定は、簡単に1-2年へと長引き、自滅的な対露制裁の長期化で米覇権を崩壊させたいプーチンの思惑通りになる。英国は開戦直後から、当時のジョンソン首相が米国(隠れ多極派)の言いなりで和平を潰す動きをしてきた。英国主導の和平案はうまくいかない。 (NATO majors float Ukraine negotiations plan - WSJ) (ウクライナ戦争をやめたくてもやめられない米国側) 中国は米国側から敵視を強められるのと反比例して、一帯一路など非米側諸国との経済関係を強化し、非米世界の雄になっている。インドも、表向きは国境紛争などで中国と対立しているが、実質は中国主導の非米側の世界システムにどっぷり入り込んでおり、米英と対立する傾向になっている。先進諸国以外のほとんどの国が非米側の世界システムに入りつつつあり、それを中国が隠然と主導している。今後いずれ米国側は金融崩壊して覇権が瓦解する。その後の世界は非米側が中心になっていく。最近のバイデンのウクライナ訪問、米国側の中露敵視の強化は、こうした米覇権自滅と世界の非米化(多極化)への流れを加速する動きとして出されてきた観がある。 (One year on, here's how the Ukraine conflict is changing the world order) (Russia's "Sanction-Proof" Trade Corridor To India Frustrates The Neocons) 欧州や日本など米国側の諸国は今のところ、対米従属の一環として露中を敵視し、善悪歪曲のウクライナ支援・必勝のプロパガンダを撒き散らしている。だが最近、ウクライナ戦争が長期化する見通しとなり、表層の歪曲喧伝と裏腹に、米覇権が自滅して中露が台頭していく流れが見え始め、これはやばいかも、と対米従属諸国は深層で懸念をつのらせている。いずれ本当に米覇権が金融面から瓦解していくと、先進諸国の中でもとくに中国に近い日本などは、中国敵視をいつの間にか引っ込め、中国に逆らわない対中従属の姿勢を強めることになる。今は、そこに至る前の「最後の中露敵視プロパガンダ膨張の始まり」の状態にある。 (ドル崩壊への準備をするBRICS) (中国の興隆でどうする日本)
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