コソボ戦争の2回戦2022年12月17日 田中 宇コソボ戦争(紛争)は、米国が、冷戦後のロシア敵視策の一つとして、欧州の親ロシア(正教徒どうし)な国であるセルビアからアルバニア系が多いコソボ地域を分離独立させるよう扇動し、その結果1999年にセルビアとコソボ(アルバニア系)が戦争(内戦)になり、米NATOがコソボに味方してセルビアを空爆した。当時のロシア側はソ連崩壊から10年しか経っていなかったので弱く、セルビアはコソボの分離独立を防げなかった。NATOやG7の加盟国など米国側の諸国がコソボを国家承認した半面、セルビアや露中インドなどはコソボを独立国として認めなかった。中国は当時、今よりずっと親米的だったが、コソボ戦争のさなかに米軍機が駐セルビアの中国大使館を「誤爆」と称してわざと空爆した(米軍が中国大使館の位置を知らなかったはずがない)。そのため中国は激怒し、コソボの独立を認めていない。 (The nation is facing a “difficult night,” Aleksandar Vucic said amid a standoff in northern Kosovo) コソボは米国やEUの支持を得て2008年にアルバニア系が率いる国としてセルビアから事実上独立した。米国はコソボのアルバニア系政府(KLAなど)を強く支持・支援しており、コソボは米傀儡の国だ。コソボの人口の6%はセルビア系であり、コソボのアルバニア系当局は国内のセルビア系を弾圧し続け、セルビアやロシアを怒らせ続けた。この状態は、米国が2014年にウクライナの親露政権を転覆して米傀儡で露敵視の極右政権にすげ替え、ウクライナの人口の3割を占めるロシア系住民を弾圧し続け、ロシアを怒らせ続けて今春からのウクライナ戦争を誘発したのと同じ構図だ。 (Kosovo is ‘playing with fire’ – Moscow) 米国(諜報界)がコソボを支援してきたのは、コソボのアルバニア系の人権を重視したからでなく、セルビアの後ろにいるロシアを怒らせるためだ。コソボにおける内紛を解消するための国際軍(治安部隊)としてKFORがいるが、KFORはNATO傘下であり、アルバニア系の部隊もいるので当然ながらアルバニア系の味方で、コソボ政府によるセルビア系への弾圧を容認している。 (NATO likely to turn down Serbia’s request for deployment of forces in Kosovo — diplomat) コソボのセルビア系は主に北部に住んでいる。北部の中心都市ミトロビカは、セルビア系地区とアルバニア系地区が完全に分断されている。コソボ政府は独立後もずっとセルビア系を弾圧し、セルビア系が反撃して一触即発の状況が続いてきた。両者の対立は今年に入って激化し、コソボ国内の紛争を超えて、11月初めにはコソボからセルビアに攻撃用の無人機(ドローン)が飛ばされ、セルビア軍が迎撃する事態になっている。 (Serbia shoots down drone) (Why do Kosovo-Serbia tensions persist?) 外交的には、コソボとセルビアの自動車のナンバープレートをめぐる対立が続いている。コソボは「独立」後も経済的にセルビアに依存している。コソボからEU(ハンガリーなど)に行くにはセルビアの高速道路を通らざるを得ない。コソボはEUに国家承認されており、コソボ政府は独自のナンバープレートを発行しているが、コソボ政府の存在を認めていないセルビアは、このナンバープレートも認めていない。コソボの車がセルビアに入境する際は、コソボのナンバープレートの上にセルビア政府発行の臨時ナンバーを貼り付けて通行する。臨時ナンバーは2か月有効で5ユーロだ。 (Wikipedia 2022 North Kosovo crisis) ナンバープレートをめぐる両国の協定は暫定的なもので、暫定協定の期限が終わった今年8月、コソボ政府は「セルビアの車がコソボに入境する際にも、コソボ政府発行の臨時ナンバー(2か月有効で5ユーロ)を貼り付けねばならない」と発表した。コソボ政府は「互恵主義」を主張してセルビアを真似た臨時プレート制度を発表したが、コソボを認めないセルビア政府は激怒した。コソボ国内のセルビア人たちは自動車にセルビアのナンバープレートをつけており、それまではコソボ政府がそれを認めていたが、8月からは認めなくなり、コソボのナンバープレートへの交換を強いられることになった。 (‘Hell on earth’ may break out in Kosovo - Serbian president) これに抗議して、コソボ政府に協力して議員や警察官などの公職に就いていたセルビア系が、11月に一斉に辞職した。セルビア系は、コソボ政府を困らせるために集団辞職したつもりだったが、コソボ政府は辞めたセルビア系議員団の穴埋めに、選挙を経ていないアルバニア系の議員団を就任させ、コソボの民主主義を破壊して問題を乗り越えようとしている。セルビア系が多く住むコソボ北部では、住民が幹線道路をトレーラーなどで塞いでコソボとセルビアの間の交通を遮断する抗議行動を開始し、政府が治安部隊を派遣して銃撃戦になった。 (Kosovo ‘seizes’ Serb municipality – Belgrade) (Kosovo’s PM demands Serbs remove barricades by Sunday evening) 米傀儡のコソボ政府が、親露なセルビアと、国内セルビア系住民への敵視策を強めているのは、ウクライナ戦争と連動した米国(諜報界)のロシア敵視策だ。以前のセルビアは、後ろ盾のロシアが弱かったこともあり、コソボやNATO・EUなど米国側にやられっ放しだったが、ウクライナ戦争が米国側の自滅的な対露制裁によってロシアを強化してEUを弱体化した今、セルビアとロシアはかなり強気になっている。2回戦は、1回戦と様相が違う。 (The West’s Ongoing Coercion Of Serbia) セルビアはNATOやEU、KFORに対し、コソボ政府を加圧してセルビア系住民への敵視策をやめさせるよう要請したが無視された。そのためセルビア政府は「コソボ政府がセルビア系住民への敵視をやめないなら、セルビア軍をコソボ北部に進軍させてセルビア系住民を守る」と言い出している。コソボ政府がセルビア系住民に自治を付与して大事にすることは、国連決議1244に盛り込まれた義務だ。コソボ政府とその背後にいるNATO・EUが義務を果たさないなら、セルビア軍がコソボに進出してセルビア系を守るしかない。 (Serbia to request troop deployment in Kosovo) セルビア政府はコソボの分離独立を認めていないので、これはセルビアにとって「侵攻」でなく軍隊の国内移動だ。ロシアはセルビアの立場を支持している。EUは、セルビア軍の進出に猛反対している。米国はロシアを怒らせることが目的なので、コソボ政府をけしかけてセルビア系を弾圧させる策を今後も続ける。セルビア軍がコソボに進出し、EU米NATOがセルヒア敵視・制裁を一気に強め、ロシアがセルビアへの支持・加担を一気に強める事態が起きそうだ。それは、米諜報界の意図により、ウクライナ戦争の構図が東欧に拡大することを意味している。 (Kosovo Urges NATO Intervention As Serbia Border Tensions Explode, Gunfire Exchanged) ウクライナ戦争は、米国側の自滅的な対露制裁によって、石油ガスなど資源類の世界的な利権の中心が非米側(露中印サウジ)に移転し、米国側の金融バブル崩壊と相まって、米国側の弱体化と非米側の台頭、米覇権崩壊と多極化を加速している。セルビアとコソボの戦争が再燃し、ウクライナ戦争の構図が東欧に拡大すると、米欧・米覇権の崩壊と多極化がさらに進む。 (現物側が金融側を下克上する) (ドルを否定し、金・資源本位制になるロシア) セルビア軍がコソボに進出すると、対抗して米軍などNATO軍がコソボに進出してセルビア軍と交戦するかもしれない(露軍の進出を誘発することを恐れ、NATOは進出しないかもしれない)。もしNATOが進出すると、ロシアがセルビアを加勢して進出し、米露が戦争になって「第三次世界大戦」になる可能性が増す。米国はウクライナにパトリオット迎撃ミサイルなど新兵器を輸出すると言っており、あちこちで米露の世界大戦が起きそうな感じが強まっている。マスコミもそう喧伝している。 (Kosovo pushing for conflict – Serbia) (NATO Chief Says Full-Blown War With Russia Is a ‘Real Possibility’) 実のところ、米国(諜報界)が世界大戦になりそうな感じを醸成している理由は、世界大戦を起こしたいからでなく、世界大戦が起きたら確実に戦場になって焼け野原になってしまう欧州・EUが、犠牲になるのをいやがって対米従属をやめたくなるように仕向けるのが目的だ。実際には、米露の交戦は起きない。今の事態は「大戦代替」として起こされている。世界大戦にはならない。米諜報界は隠れ多極派に乗っ取られている。多極派は、欧州など同盟諸国を率いて自滅的で超愚策なロシア敵視や中国敵視を激化させ、ついてこれない同盟諸国が脱落して対米自立して米覇権が削がれていく事態を引き起こしている。 (世界大戦への仮想現実に騙される) (米諜報界を乗っ取って覇権を自滅させて世界を多極化) マスコミは多極派に操られ、過激で間抜けな露中敵視の歪曲報道をまき散らしている。米マスコミでは近年、国際情勢の分析記事を書いている記者の多くが、客観的なふりをして事態を歪曲して書き、極悪な露中側が米国側にやっつけられる勧善懲悪なウソの構図を描く詐欺師で占められている。巧妙な詐欺師ほど出世するのが近年のマスコミだ。多くの人がマスコミ描画のウソ構図を軽信し、間違った善悪観で洗脳されている。コロナや温暖化や金融システムに関する描写も同様だ。すごく曲がった情報構図のもとで、米覇権崩壊と多極化が進められている。大規模な覇権転換には、先例に従うなら世界大戦が必要だが、彼ら(諜報界)は世界経済を破壊したくないので、大戦なしに覇権転換(多極化)引き起こす代替策をやっている。多極派は資本の理論で動いている。マスコミのおかしな事態は大戦代替のためにある。詐欺師の多くはそれに気づかず、自分の出世のために詐欺記事を書いている。 (NYT, WSJ Look to Hawks for Ukraine Expertise) コソボ戦争が再燃したら、すでにウクライナ戦争で激化しているEUの内部分裂がさらに激しくなる。犯罪組織のKLAなどが中枢にいるコソボ政府がいかがわしい存在であり、米国がコソボを使って東欧を破壊してきたことを欧州・EUの多くの人が知っている。ウクライナの極右政府は、もっといかがわしい。米諜報界はもういい加減にしてほしいと、欧州人(の中の軽信しない人々)は思っている。EUの上層部は米傀儡を離脱できないので、ウクライナやコソボの戦争が長引くほど、EUは機能不全に陥っていく。 ("Let's Get Out Of NATO": Discontent Soars Across Europe As Russian Sanctions Backfire) 欧州は、経済の根幹部分が共通通貨ユーロで束ねられて縛られているので、EUが分解して個々の国民国家に戻ることは難しい。今後のEUは、加盟各国の政権が米傀儡エリートから非米ポピュリストに転換していき、最終的にEU上層部も非米ポピュリストに乗っ取られて対米自立するシナリオになりそうだ。 (EU自滅の行方) まずは、セルビア軍がコソボ北部に進出するのかどうかが注目点だ。
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