他の記事を読む

EU自滅の行方

2022年11月3日  田中 宇 

ウクライナ戦争が、EUとNATOを自滅させている。今年2月の開戦直後、この戦争はEUとNATOを強化・蘇生する救世主とみられていた。EUは(英国の謀略により)加盟国を東欧や南欧に拡大しすぎて内部対立がひどくなっていたが、ウクライナ開戦とともにEUはロシアと戦うために欧州を結束させる組織として蘇生した。米国が欧州を支配しつつロシアと敵対する冷戦構造の機関だったNATOは、1990年代の冷戦終結とともにいったん役割を終えていた。冷戦後、ドイツなど欧州諸国が石油ガスをロシアに依存して対露協調を強め、ロシア敵視を続けたい米英と、対露協調したい独仏伊などとの齟齬が大きくなった。米国は、ブッシュの単独覇権主義やトランプの覇権放棄によって欧州から信頼を失い、仏マクロンなどが「NATOは脳死状態だ」と揶揄していた。そんなNATOも、ウクライナ開戦による米欧一体となった強烈なロシア敵視・対露制裁の開始とともに、米国が欧州を支配する組織として見事に蘇生した。機能低下していたG7も、開戦と同時にロシア敵視の機関として再生した。開戦は、露敵視を使った米覇権体制の復活策であるかのように見えた。 (Europe's Ultimate Choices On Ukraine) (Putin: Germans Paying the Price for Berlin Prioritizing NATO Relations

しかし、それらは長続きしなかった。米諜報界がばらまく戦争プロパガンダでは、今にもロシアが負けそうな感じが醸成され続け、短期間のうちに米欧ウクライナが勝ってロシアが敗北・譲歩し、再びロシアから欧州に安い石油ガス資源類が輸出されて欧州経済の成長が戻るシナリオが描かれた。だが実際は、ロシアの優勢で戦争が長期化し、ロシアから欧州への石油ガス輸出が止まったまま、ロシアは欧州に送る分の石油ガスを中国インドに送る態勢を確立した。欧州は経済の崩壊がひどくなり、石油ガス食料などの値上がりや不足が続いて市民生活が悪化している。欧州は今冬、多くの地域で暖房や食料が欠如して飢餓や凍死の危険が増し、経済の停止や失業やインフレがひどくなり、市民生活が破綻していく。人々の不満を抑え込むため、民主主義のはずの欧州諸国が全体主義的な策を強めている。 (German opposition wants end to anti-Russian sanctions and weapons supplies to Kiev) (Europe's Descent into Totalitarianism

米国がウクライナ内戦を激化させてロシアのウクライナ侵攻を誘発しなければ、そしてEUや欧州各国政府が米国の戦争戦略やプロパガンダに乗らなけれは、こんなことにならなかった。欧州市民の多くがそう思うようになり、政府への不満をつのらせた市民が、各地で対露和解や経済制裁終了、NATO脱退や対米自立を求める反政府集会やデモに参加している。露敵視プロパガンダ機関に成り下がった米国側のマスコミはこうした現状を報じず、意図的に無視している。 (Massive Protest By Czechs Targets Russia Sanctions, High Prices

ドイツなど多くの欧州諸国ではこれまで、中道の左派と右派の2大連立政党群のエリートたちが権力を握り続け、米諜報界がエリートたちを傀儡化して欧州を対米従属の状態に置いてきた(911以降、米国の過激策によってこれがうまく機能しなくなっていた)。左右エリートたちは、市民生活や経済を維持することよりも、米諜報界の傀儡として対露制裁を続けることを重視するばかりだ。エリート政治家に対する欧州市民の信用が失墜し、これまで政界の主流から外され、けなす意味でマスコミ権威筋から「極右」とレッテル貼りされてきた右派ポピュリストの人気と議席が増している。彼らは、米諜報界による欧州支配・洗脳の枠外にいたため、ロシアよりも米国が欧州を破壊していることを知っている。欧州は、傀儡化と金融バブルを押し付けてくる米国よりも、石油ガス資源類を安く売ってくれるロシアと付き合った方が良いと、右派ポピュリストの多くが主張している。 ("Let's Get Out Of NATO": Discontent Soars Across Europe As Russian Sanctions Backfire

ドイツの世論調査によると、独国民の55%が、ショルツ首相を無能すぎて適任でないと思っている。今後、米傀儡の欧州エリートたちが対露制裁・対露勝利に固執するほど、エリートは欧州の有権者に支持されなくなって議席と権力を失い、代わりに対米自立・親露的な右派ポピュリストが欧州の権力を握るようになる。欧州は米国の傀儡でなくなっていく。NATO離脱を求める欧州市民が増える。米覇権やNATO、米傀儡組織としてのEUを強化するかのように見えたウクライナ戦争は、正反対に、米覇権やNATOやEUを弱体化・自滅させている。 (Most Germans believe Scholz is not up to the job – poll

これは、覇権を運営する米諜報界の過失による失策なのか。多分そうではない。今回の展開とよく似た動きが、20年ほど前の911からイラク戦争、シリア内戦までのテロ戦争の時期にもあった。米諜報界の自作自演臭が強い911テロ事件で始まったテロ戦争は、諜報界が育てたイスラム過激派にテロをやらせて米覇権を強化する長期戦略のはずだったが、実際には米政権中枢のネオコンなどが(意図的に)過激に稚拙にやりすぎて、米国の国際信用と覇権を浪費・失墜させる結果になった。テロ戦争の失敗は、過失による偶然の結果でない。米覇権を自滅させて覇権構造を転換・多極化するための意図的な策だった。ウクライナ戦争による欧米の自滅は、テロ戦争の覇権失墜の延長にあり、過失の結果でなく意図的な多極化策である。 (US interested in weakening Europe militarily and de-industrializing it - Lavrov) (The EU Is Driving 'Polexit'

対露制裁による欧州の経済や市民生活の破綻は、今後さらにひどくなる。それを受けて、右派ポピュリストだけでなく、欧州諸国の左右エリート界からも、対米従属での露敵視をやめて対米自立と対露和解を目指す勢力が出てくるかもしれない。半面、米諜報界は欧州エリート界を深く傀儡化しているので、既存のエリートたちが市民の生活苦や民意を無視して、手段を選ばず対米従属的なロシア敵視・対露制裁を続けようとする動きも続く。とくにEU上層部は丸ごと米傀儡になっている(離脱前にEUを隠然支配していた英国が米国のために遺した体制)。

露敵視・米傀儡のエリートと、それに反対する民意や右派ポピュリストが欧州を分裂させ、EUやNATOが決定不能な状態を続ける状況は今後も続く。転換は簡単でない。米傀儡から対米自立・親露へとすっきり変わることはない。対米自立・親露化した諸国は、NATOやEUから離脱するのでなく、残留し、全会一致の制度を逆手にとって、NATOやEUが何も決められないようにすることで、米覇権の衰退を加速させ、ロシアを助ける。EUには通貨をユーロにしている国が多く、通貨が統合されているので加盟国が簡単に離脱できない。EUは潰れるのでなく、最終的に丸ごと米傀儡から離脱して非米側に転換し、世界の極の一つになることで多極化に対応する。 (Misguided Foreign Policies Against Russia And Others Damage The U.S. And Its 'Allies'

ハンガリーのように、右派ポピュリストがすでに政権を強固にとり、ロシア敵視に反対している国もある。米諜報界がハンガリーの野党にカネを渡して政権転覆をやらせようとしたが失敗している。こういう策は(隠れ多極派による意図的な)逆効果だ。 (Moscow: US Poured Millions Into Hungarian Opposition Trying to Topple PM Orban

ハンガリーはEUとNATOに加盟している。EUもNATOも重要事項の決定が全会一致制なので、ハンガリーのせいで意思決定がやりにくくなっている。EU当局はハンガリーを敵国扱いし始めている。ハンガリーとは逆に、以前からロシア敵視が強いポーランドも、EUとの齟齬が拡大して言うことを聞かなくなっている。イタリアも、最近の選挙で右派ポピュリストが政権をとった。今後この傾向がさらに進み、EUもNATOも決定不能な状態がひどくなる。 (Finnish PM Urges Two Holdout Countries To Swiftly Approve Sweden, Finland NATO Bids) (Poland moving further from EU as both sides dig in

ドイツとEUは、ハンガリーと並ぶ親露国であるセルビアに対しても「ロシアと仲良くするなら敵とみなす」と脅し、セルビアの敵であるコソボをそそのかして攻撃を試みさせたりしている。コソボの方が昔から戦争犯罪組織で極悪だが、欧米マスコミは善悪逆転して親露なセルビアを敵視する歪曲報道を続けている。この事態は全く逆効果で、セルビアは親露的な姿勢を強め、ロシアがセルビアを助けて東欧の覇権を拡大していくだけだ。米傀儡のドイツは間抜けだ。経済破綻するのは自業自得だ。米国はガス不足の欧州の足元を見て、高値でLNGを売ってボロ儲けしている。ドイツやフランスは米国に不満を表明するが、対米従属をやめることはしない。だから米国に馬鹿にされ続ける。 (Germany tells Serbia to choose between Russia and EU – Reuters) (Scholz and Macron threaten trade retaliation against Biden

米国では来週の中間選挙で、トランプが主導する共和党が議席を大幅に増やし、米議会は上下院とも多数派が民主党から共和党に移りそうだ。2020年の大統領選で不正をやってバイデンを勝たせた(覇権放棄屋のトランプに続投させたくない)民主党は、今回も郵送投票制度を悪用して選挙不正をやっているふしがあるが、民主党の支持の減少は大幅な(上院7、下院50議席とギングリッチが予測している)ので、選挙不正によって覆せる範囲でない感じだ。共和党の権力が増すほど、米国はウクライナを支援しなくなり、逆にゼレンスキーらの不正や戦争犯罪行為を問題にしていく。がんばって米傀儡を演じ、ウクライナの不正に目をつぶって支援し、ゼレンスキーに馬鹿にされても我慢し、欧州市民の生活苦を無視して対露制裁してきた欧州エリートは、米国からはしごを外される。 (GOP Could Gain Up To 7 Seats In Senate, 50 Seats In House, Gingrich Says) (After Sending Out 240,000 Unverified Ballots, Pennsylvania Now Warns Of 'Delays' Counting Midterm Votes

米議会の共和党(ランド・ポール上院議員ら)は、中間選挙で多数派になったら新型コロナ対策での米政府(アンソニー・ファウチら)の不正を暴くと宣言している。コロナのインチキも暴かれていく。民主党による選挙不正も暴かれるかもしれない。極悪政党に成り下がった米民主党は裁かれた方が良い。共和党支持に変身したイーロン・マスクがツイッターを乗っ取り、民主党支持の経営陣を解雇して、彼らがやってきた言論抑圧をやめさせている。この動きが中間選挙の直前に実現したことも興味深い。 (Rand Paul says U.S. botched covid. He could soon lead probes of it.) (Elon Musk promises ‘most accurate source of information on Earth’

ウクライナ戦争は、米傀儡の欧州エリートが権力を失い、非米親露的な右派ポピュリストの勢力がEUを乗っ取るまで続くのでないか。早ければ来年の後半ぐらいに終わるかもしれない。それまでに米金融システムの崩壊も起こるかも。米諜報界を牛耳る多極派が、いろんなもののタイミングを一致させている感じがする。米中間選挙を前に、NATOがロシア国境近くで軍事展開し、今にも世界大戦になりそうな感じを演出している。米連銀は利上げして米経済を潰そうとしている。北朝鮮もさかんに打ち上げている。 (NATO has doubled troops on border – Russia) (North Korea Launches Record Number Of Missiles, Prompting Response From South) (The Mainstream Is Increasingly Accepting The Possibility That The Fed Will Blow Up The Economy

G7は、日本の脱落によってロシア敵視機関として機能しなくなったと指摘されている。日本政府は、ロシアとの天然ガス開発の2つの合弁事業でうち、すでに継続を決めたサハリン2だけでなく、サハリン1もロシアと協調して継続していくことを先日決めた。これが日本の「脱落」だ。日本政府はEUと異なり、国民生活と経済の維持を優先し、米国主導のロシア敵視に乗らずに静かに無視・離脱し、サハリンから天然ガスを輸入し続けることにした。日本が離脱したら、ロシアはサハリン1と2の利権を中国に転売し、二度と日本に戻ってこなくなる。それはまさに日本の自滅だ。日本政府は一見、対米従属のように見えて、実はこっそり米傀儡から「脱落」して足抜けし、現実的な非米化の路線を静かに進んでいる。間抜けなドイツはロシアだけでなく中国をも敵視してきたが、日本は対照的に、今後の多極型のアジア覇権を握る中国やロシアとの協調関係を維持している。日本は、国際政治の技能が低いように見えて、実はこっそりかなり高い。 (Anti-Russian Alliance Fractures After Japan Decides To Stay In Russia's Sakhalin-1 Energy Project



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ